記憶を継承する、リノベーションと増築のハイブリッド再生
山形県天童市の中心市街地にある天童市立図書館。築40数年が経過して、設備の老朽化や空調の効きの悪さなど、多くの図書館が抱える典型的な課題に直面していた。
当初、地元の東北芸術工科大学に相談があり、同大学で教鞭をとる馬場が率いる設計事務所、OpenAの設計チームが現地を訪れた。

雪国ならではの大きな切妻屋根を持つ、巨大な家のような佇まい。内部は大空間に本棚が並ぶワンルーム型の落ち着いた空間だ。奥には将棋の街・天童のシンボルとして将棋駒のかたちをした窓が象徴的に配されている。とてもいい雰囲気の建物であり、市役所の隣で立地も良好。周辺には美術館や大きな駐車場も備わっていた。
市の職員と一緒に館内を歩きながら、改めてこの空間の魅力や、この場所に蓄積された市民の想いなどのエピソードを聞いた。そんなストーリーと、昨今の建設コストの高騰などの現実的な要因を考慮しながら、どのように図書館整備を進めていくべきか、市とディスカッションを繰り返していった。
既存の図書館は建築から約40年近くが経過し、設備の更新は余儀なくされている。また蔵書数の増加に面積が追いつかず、本は空間に溢れ気味だった。天童市の人口規模に、3000平米くらいが図書館の適切な面積であり、「これまで市民に愛された図書館の記憶を残したい」と市の担当者のみなさんは話していた。
最終的に、2000平米の既存の図書館をリノベーションで活かしつつ、1000平米の増築を行うハイブリット型の整備に着地していった。「この天童市の決定はとても合理的であり、市民の想いや記憶を継承するという意味でも素晴らしかった」と馬場は振り返る。
こうして東北芸術工科大学とOpenAによる基本計画がスタートした。
この計画は、単線的に進んでいったわけではない。本プロジェクトでは、複数のプレイヤーを行き来しながら、検討が重ねられていった。
・個別の声を拾う「ヒアリング」
・公開で議論・拡散する「デザイン会議」
・実験する「デザインワークショップ」
・議論を収束させる「懇話会」
ヒアリング:雑談から見えてきた、図書館のリアルな姿
計画開始からの半年間は、徹底的にヒアリングを実施した。これはOpenAがプロジェクトを始めるときに大切にしているステップだ。対話を重ねながら、相手のエピソードや生の声を丁寧に拾い上げていく。
ヒアリング先は、市からの要望を受け、司書や図書館ボランティアなどの現場の人々にとどまらず、隣接する美術館の館長、高校生や子育て中の母親たちなど幅広い利用者の声を集めていく。また、民間活力を取り入れる視点から、市内のカフェ事業者なども含めて、合計10数カ所を巡って意見を求めた。
ヒアリングの際は対象者に合わせて、堅苦しい聞き取りではなくリラックスした雰囲気で本音を引き出す工夫をした。ときにはコーヒーを飲みながらの雑談のような形式にしたことも。
すると、こんな率直な感想がポロポロと出てきた。
例えば、母親やボランティアの方々からは「館内がシーンと静まり返っているので、子どもが騒いだら注意されそうで行きづらい」「読み聞かせも会議室のような場所でやらざるを得ない」といった、静寂を重んじる空気への戸惑いの声。
特に天童市で生まれ育ち、現在、天童市で子育てしている方からの、「幼少期から図書館は声を出してはいけない場所と教えられてきた。いま自分も子どもたちにそう教えてしまっているかもしれない」という声は、地域に根付いた歴史ある図書館ゆえのジレンマを感じさせた。
高校生からは「図書館はおしゃれじゃない。居場所がないからイオンモールやスタバに行く」というシビアな本音も聞こえてきた。40年以上にわたって築かれてきた慣習で、司書のみなさんも既存の雰囲気を当たり前と捉えていた部分があったという。
デザイン会議:プロセスを公開し、市民を巻き込む
こうしたヒアリングと同時進行で「デザイン会議」を2回開催した。市民公開型でこれからの図書館のイメージを描いていく企画会議だ。図書館づくりのプロセス自体を公開し、市民にコミットを深めてもらう目的もある。
内容は、基調講演、プレイヤープレゼン、ディスカッションの3部構成。
まずは図書館の計画・運営の専門家をゲストに招き、先進的な図書館の事例を紹介してもらう。続いて、将来、図書館に具体的に関わる可能性がある地域のプレーヤーに、企画や関わり方の可能性を5分間プレゼンしてもらう。そして最後に、参加者へポストイットを配布し、自由に意見を書いてもらう。

議員や教育長もいるなかで、匿名性を高めて「好きなことを書いてください」と伝えたところ、驚くほど多くの意見が集まった。市民がそれだけ強い思いを抱えていたことが、リアルタイムで可視化されたのだ。
会場は300人を収容する市民プラザの多目的ホール。 KJ法を用いて、集まった意見をその場で分類し、「これはどうですか?」と面白がりながら、ショー形式で一緒に考えていく。そのプロセスを経て会場の空気がぐっとラフになり、自分たちが図書館づくりに関わっているという手応えが共有されていく。この合意形成のあり方こそが、今回のデザイン会議の核心だった。
いつもは静かに図書館を守っている司書のみなさんも、慣れない人前の場でありながら、数多く寄せられる市民の声に押されて、改めて未来の図書館に対するイメージや想像力を膨らませていたようだ。「外から見ていると、まるで解き放たれたような空気を感じたりもした」と馬場は話す。市民や関係者など、その場に集まったすべての人が、図書館という場所の可能性を共有できた場となった。
市民の想いを受けて、司書や市の担当者たちの意識はさらに変わっていった。デザイン会議で出たポストイットを図書館内に貼り出し、来館者が「いいね」シールを貼って投票する企画も、司書や市の担当者のみなさんが自発的に始めたものだ。自分たちが主体となって新しいことに挑戦していいのだと気づき、現場の意識もクリエイティブな方向へシフトしていった。

デザインワークショップ:リニューアルを先取りする実験
今回は既存図書館のリノベーションプロジェクトなので、いまある図書館を舞台にした新しい実験も始まった。「デザインワークショップ」と題して、東北芸術工科大学 美術科の講師がファシリテーターをつとめた。
「本とコーヒー」の回では、地元の焙煎所オーナーからコーヒーの淹れ方を学び、お気に入りの場所にコーヒーを持ち込んで本を読む体験を提供した。「図書館と高校生」の回では、高校生が自分の興味のある本を館内から選びプレゼンするイベントが行われたり、「自分たちが考える・つくる図書館」についてポストイットに書いてもらい、グループごとに発表をした。
また、「本とアート」の回では、親子で絵本のお話に沿って主人公やアイテムを制作。また、図書館を散策したり、つくった物を交換するイベントも実施した。
図書館でしかできない体験を通して、市民と新しい図書館の可能性を考える場が育まれていく。司書のみなさんも「リニューアル後にこんな企画をしたい」など、妄想をするきっかけになったようだ。
懇話会:コンセプトの決定「みんなの図書館」から「わたしの図書館」へ
市民との「デザイン会議」でビジョンを共有・拡散するのと並行して、有識者や司書、読み聞かせサークルなどのステークホルダーが集まった「懇話会」を2年間にわたって開催した。
デザイン会議で広がったアイディアは、懇話会の場で整理され、計画の骨格へと落とし込まれていく。その行き来を繰り返すことで、理想の図書館のあり方を練り上げていった。
議論を重ねるなか、コンセプトは「人とまちと時をつなぐ わたしの図書館」に決まった。
当初は「みんなの図書館」という案で進めていたが、懇話会のメンバーから「『わたしの』のほうが自分ごととして捉えられるのではないか」という提案があった。誰もがこの意見に賛同し、途中の変更ながらスムーズに決定したという。多世代の多様な人たちが、それぞれ「自分の図書館」と思えるような、一人ひとりにとって心地のよい居場所にしたいという願いが込められている。

こうして議論を重ねるなかで、関係者同士の距離も少しずつ変化していった。設計期間中には、市担当者、司書、設計担当者が一緒に先進的な図書館へ視察ツアーに行く機会もあった。道中や食事などの時間を共有してざっくばらんに語り合う。「そんな小さなコミュニケーションの積み重ねが現在の工事段階まで続き、フラットなプロジェクト推進体制の基礎となっていった」と栗田は話す。
空間デザイン:ざわめきのグラデーションをつくる
こうした議論を経て、空間にどのように落とし込まれていったのか。
リニューアルにあたって、蔵書の拡充、カフェの新設、内外装の刷新から、給排水や空調設備などインフラの更新まで、多岐にわたる改修が行われることになった。
全体の構成については、中央の既存棟を挟むように西側と東側に増築棟を配置している。

設計の全体コンセプトは、「ざわめきのグラデーション」。壁で空間を分けるのではなく、本棚の高さやゾーニングなどの工夫で、音の濃淡や密度に変化をつけた。静けさを求める人から、グループで勉強をする中高生、飲食する親子たちなど、多様な人々が共存できる環境を目指している。
大まかな配置は以下の通り。
・南側:外に向いて、自由にアクティブに過ごせるエリア
・中央:本を片手にリラックスできるエリア
・北側:従来の図書館を好む人が、集中して知識と向き合うエリア

⚫︎既存棟
既存棟は本来の持ち味を活かすため、内部の改修は最低限にとどめた。南側の窓際には床を張り、屋外の景色とつなぐ「えんがわプレイス」を設置。靴を脱いでリラックスできる空間とした。屋外との連続性によって、弱めの空調を好む人が選べる場所にもなっている。
空間の中央には、背が低めの既存家具を配置した。屋根が下がっている部分には、天井まで届く本棚を設けることで蔵書数を確保し、「本の中をさまよえる空間」をつくった。開架で12万冊を目標に、蔵書の充実を図っている。

⚫︎増築棟(東側)
東側の増築棟は既存棟の落ち着いた空間とのコントラストをつけて、光が入り、外からなかの活動が見えるオープンな空間とした。
1階にはカフェがあり、コーヒーを図書館内や外へ持ち出すことが可能。床仕上げの高さを内外で揃えてシームレスにつなぐことで、入館への心理的なハードルを下げるとともに、近隣の保育園からの動線としても機能させている。

内部には、1・2階からアクセスできる象徴的なブックタワーを設置。増築棟と既存棟をつなぐ奥側には、建具で仕切った「ちびっ子プレイス」があり、音環境を気にせず利用できる。2階には、中高校生のグループワークエリアや、コーヒーを片手に文学や芸術書などを楽しめるゾーンも設けた。

⚫︎︎増築棟(西側)
西側エリアは、入口に広がる大きなひさし(キャノピー)の下をガラス建具で囲い、新たな居場所へと再生する。
外部と緩やかにつながる「アクティブゾーン」として、中庭デッキと連動する多目的スペースを設置。読書や自主学習、展示など、自由度の高い活用をうながしていく。床はフローリングで統一し、外を内側に取り込むようなデザインとした。
厳しい西日への対策には壁面緑化を取り入れ、空調に頼りすぎない心地いい空間づくりを目指している。

仮設図書館:街とつながり、つくる過程を共有する
設計が固まり、いよいよ工事へ。その期間中の2025年11月、JR天童駅直結のビル1階に「仮設図書館」がオープンした。改修工事に伴う期間限定の臨時施設ではあるが、この場所が極めて重要な役割を果たしている。
当初はプレハブや倉庫を借りて設置する案もあった。しかし、「プロジェクトの熱量を下げたくない」「いま何が行われているか、市民に分かるようにしたい」と、プロセスを公開できる場所での設置を提案した。蔵書にICタグを付ける作業なども仮設図書館で公開しながら、プロモーションにつなげようと考えたのだ。

ターニングポイントは、駅ビルに260平米の空き物件が出たことだった。ここは市所有のスペースだが、民間企業ではなかなか借り手がつかない広さだったことから、市の所管課から了解を得て活用できることになった。
空間づくりにもこだわった。ドーナツ型の形状で、利用者が回遊しながら本を選べるのが特徴。このスタイルは市の職員による発案から生まれたものだ。こうした庁内の連携やアイディアによってこの仮設図書館が実現した。
また、仮設期間後の転用も見据えて、木造住宅に使われる木材規格と工法を採用している。地元の工務店のサポートによって、ビスを1本も使わずに組み上げ、仮設とは思えない魅力的な空間となった。

この場所は、中高生の居場所づくりの練習の場にもなっている。また、駅直結という立地ゆえに、旅行者や通学・通勤する人など、普段は図書館に足を運ばない人々との新たなタッチポイントにもなった。
最初はこの人目に晒される場所を司書のみなさんが受け入れてくれるだろうかと心配したが、いざ始まってみると、市民とのコミュニケーションが自然に生まれ、いまではこの環境を楽しんでくれているようだ。本館のリニューアルオープン後も「ここをサテライト図書館として残せないか」という声もあがっている。

通常、計画が進むにつれて規模が縮小しがちな公共プロジェクトだが、プロセスを公開したことで、逆に活動が外へと展開・進化していった。
一方で、すべてプロセスを公開すれば必ずうまくいくというわけではない。活動を外に見せることに対して、現場のスタッフは少なからず抵抗を感じることがある。まずは仮設というかたちでローコストで試し、変化を実感してもらう手法が有効だったのだ。
駐車場から公園へ:図書館から広がるまちづくり
試行錯誤のプロセスをオープンにして、周囲を巻き込んでいった今回のプロジェクト。
天童市役所のなかでも図書館の再整備をきっかけに、その動きは段階的に広がっていった。担当職員を中心としながら、市役所の関係各課へ。そうした横断的な連携は思わぬ展開につながっていった。
図書館に隣接する駐車場を一部移転させ、周辺を公園化する計画が動き出したのだ。図書館からつながる緑の空間が生まれることで、来館者がそこを通って図書館と美術館、保育園などの周辺施設を行き来する。そんなつながりの連鎖をイメージしている。
天童市立図書館は、2027年春頃にリニューアルオープン予定。この図書館を軸にして、周辺の温泉街や市役所を含むエリア一帯にも計画が広がっていくかもしれない。そんな可能性を秘め、プロジェクトは続いていく。
後編では、図書館から波及した外構の公園化構想についてレポートします。
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