千葉県空き公共施設活用促進プロジェクト
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トライアル・サウンディングから制度をつくる。佐倉市「旧今井家住宅活用プロジェクト」と城下町の変化

自治体と公共R不動産による公共空間活用プロジェクトを振り返るコーナー。今回は、佐倉市の「旧今井家住宅活用プロジェクト」を取り上げます。その最大の特徴は、行政が制度を整えてから活用事業者を募集するのではなく、まずはトライアルとして実践し、そこから制度や契約を更新していったプロセスです。国登録有形文化財の古民家が、地元の食を発信する拠点へと再生された約6年間の歩みを紐解きます。

佐倉市・ちばぎん総研・公共R不動産によるパートナーシップ

2026年2月、千葉県佐倉市の歴史的な街並みが続く新町通りの古民家に、和食店「むぎとろ 寿るがや(するがや)」がオープンしました。
歴史情緒あふれる空間のなかで、地元の食材を使った料理やクラフトビールを通じて地域の魅力を体感できるお店です。

佐倉市は「旧今井家」として親しまれてきたこの国登録有形文化財を重要な拠点と位置づけ、約6年間にわたってその活用方法を模索してきました。

佐倉市観光グランドデザインの策定から始まり、トライアル・サウンディングの実施、エリアビジョンの策定、公募などを経て物件の活用に至った本プロジェクト。佐倉市、ちばぎん総合研究所(ちばぎん総研)、公共R不動産の3者が協力し、それぞれの知見を持ち寄りながらプロジェクトを推進してきました。

各ステップにおいて、公共R不動産と佐倉市、ちばぎん総研がどのように連携していったのか。プロジェクトの背景とプロセスを紐解いていきます。

お話をうかがったのは、佐倉市佐倉の魅力推進課の向後貴大さんと、株式会社ちばぎん総合研究所の観音寺拓也さんと五木田広輝さん、公共R不動産の小柴智絵さんです。

左から、ちばぎん総研の観音寺さん、公共R不動産の小柴さん、佐倉市の向後さん、ちばぎん総研の五木田さん

国登録有形文化財「旧今井家住宅」保存から活用へ

まずは今回のプロジェクトの舞台、旧今井家住宅について紹介します。

旧今井家住宅は、明治時代中期から「駿河屋(するがや)」の屋号で呉服商を営んでいた店舗兼住居です。佐倉の城下町・新町通りに位置し、商家としては珍しい平屋建ての構造で、当時の佇まいをいまに伝える貴重な建築として、2019年12月に国の登録有形文化財に指定されました。

旧今井家住宅。江戸時代にはこの敷地で旅籠が営まれ、桂小五郎ら幕末の志士たちも宿泊した由緒ある場所(提供:佐倉市)

2018年に佐倉市によって旧今井家住宅は購入されました。
向後さんは当時の市の思いについて「城下町の風景を形づくってきた建物が失われていくなかで、この建物は守り継ぐべきだという使命感があったのではないか」と振り返ります。

しかし、取得に際しては「単なる保存・公開に留めず、利活用を前提とする」という方針が取られました。先進的な判断ではあったものの、どの部署が活用するのかをめぐって、庁内での縦割りの壁も生じたといいます。
市はすでに2008年、新町エリアにあるもうひとつの古民家・旧平井家住宅を譲り受けていました。「活用」を目的に据えた結果、最終的には観光施策を担う魅力推進部が旧今井家・旧平井家が観光部署の所管として統一され、プロジェクトを具現化するための組織体制が整備されました。

古民家活用を軸とする「観光Wコア構想」

旧今井家住宅活用プロジェクトの基盤となっていったのが、佐倉市観光グランドデザイン「観光Wコア構想」の策定です。
「旧今井家・旧平井家の活用」というミッションと「観光グランドデザインをつくるべき」という庁内の流れが重なったことで、2つの古民家を軸とした「観光Wコア構想」がまとまっていきます。

Wコア(ダブルコア)とは、城下町エリアの「歴史」と印旛沼周辺エリアの「自然」の2つを核とすること。当時、佐倉の魅力推進課の前身となる産業振興課が一丸となって自前で策定されました。

さらにその後も、向後さんは異動や兼務など部署をまたぎながら継続的にこのプロジェクトに関わり続けていきます。そんな担当者としての情熱とそれを支えた柔軟な人材配置が、長期にわたるプロジェクトの推進力となっていきました。

旧今井家住宅のある城下町エリア・新町通り(提供:佐倉市)

ちばぎん総研と公共R不動産の連携体制

2023年、ちばぎん総研は佐倉市からの委託を受け、「佐倉市古民家等を活用したまちづくり支援業務」に着手しました。

この業務の主な目的は、トライアル・サウンディングを活用して、旧今井家住宅などの空き公共施設の利活用方法を検討し、それらを活用する事業者を募集する公募要領案を作成すること。

業務の実施に向けて、ちばぎん総研は公共R不動産へ再委託するかたちで連携する体制を組みました。リサーチや効果測定、プロジェクトマネジメントに強みを持つちばぎん総研に対し、公共R不動産は公共空間活用のプロデュースが専門領域であり、なかでも小柴さんは、不動産活用の実践や自ら事業主として施設運営にも携わる経験を持ちます。互いの強みを持ち寄り、密に連携しながら企画提案するというチームアップです。

なお、事業者公募の審査においても観音寺さんと小柴さんがアドバイザーとして関与し、審査のトップには副市長が座ることで、推進力が担保されていきました。

トライアル・サウンディングから見えた事業リスクの検証

2023年8月にはトライアル・サウンディングを実施しました。トライアル・サウンディングとは、事業者募集の前に、民間事業者が実際にトライアルとして事業を行う期間を設け、官民双方がその結果を公募に活かしていくプロセスです。

今回は旧今井家住宅と旧平井家住宅を期間限定で無料開放し、利用期間を最短1日、最長1か月間として、使いたい人を募りました。ちばぎん総研が運営支援と事後ヒアリングを担当し、期間中は現場に通って利用者の様子を観察しました。

結果として、9件の利用があり、市内の事業者にとどまらず、都内から古民家を検索してやってきた人もいたといいます。トライアルの運営支援と利用者ヒアリングを担当した五木田さんは、多様な顔ぶれについてこのように話します。

「最初はどれくらい集まるか未知数でしたが、蓋を開けてみたら想像以上の反響で驚きました。不登校支援やフードロス対応、有機農業の実践者など、明確な課題意識を持った方が多く集まってくれたことも大きな収穫です。ここが課題解決の場となり、まちの財産へと育っていく期待を抱くことができました」

一方、無料開放だったこともあり、単発のイベント会場として使いたいという参加者もいたといいます。ヒアリングを通じてその温度差が明らかになり、後の公募や社会実験に向けた選別・連携の判断材料となりました。

左 トライアル・サウンディングの様子。テイクアウトの食事提供や野菜の販売を実施(提供:佐倉市) 右 中古本書籍販売やカフェ、読書会イベントも開催されました(提供:佐倉市)

小柴さんは、トライアル・サウンディングの最大の効果を「短期の実験では見えない『事業リスク』を事前に把握できる点にあると話します。

商売の条件は平日・休日、昼・夜で大きく異なり、また、前面道路の音や振動、視認性、近隣との関係性も実際に使って初めて分かることです。1日単位では「点」の判断にとどまりますが、最長1ヶ月という中長期のトライアルを経ることで、商売を成立させる「面」としての条件を検証できます。

最終的に出店を決めた合同会社ZAIRAIの寺尾さんによるフィードバックからも、昼夜を問わず人通りが想定より少なく、ウォークイン(飛び込み客)はほぼ期待できないこと、車のスピードでは店舗の存在を認識されにくいことなどが明らかになりました。

立地による集客ではなく、わざわざそこを目指して足を運んでもらう「目的来店型」モデルでなければ成立しないという事業戦略を事前に見出すことができたといいます。

実態から制度をつくる
現場の声から生まれた条例改正

トライアル・サウンディングは、事業者の検証にとどまらず、制度設計にも大きな影響を与えました。

この敷地は奥へと深く、古民家の背後には開放的な庭が広がっています。期間中のヒアリングでは、この広さを活かして「転貸したい」「小さな店の集合体として使いたい」という声が多く集まりましたが、当時の市の規則ではいずれも認められていませんでした。

通常であれば、ここがボトルネックとなり「前例がないため不可能」と断念されかねません。しかし今回は向後さんが規則の改正を担当課に相談し、担当課が他自治体の先進事例を検証するなど前向きに動きました。その結果、単独利用を前提とした制度から、複数の主体が関わることを想定した柔軟な制度設計へと転換することができたのです。

現場のリアルな声が、仕様書や公募条件へと反映されたこの一連のプロセスについて、小柴さんは単なるお試し期間ではない、トライアル・サウンディングの本質だと振り返ります。

「古民家や公共空間の活用は、どうしても『理想』から入りがちです。しかし実際に運営してみると、立地の特性や建物のクセ、近隣との関係性など、想定外の現実が次々と見えてくる。今回はトライアルを通じてそうした実態を一度出し切り、それを形骸化させずに制度設計へ落とし込めたことこそが、プロジェクトを成功に導いた要因だと思います」

改修を経て誕生した和食店「むぎとろ 寿るがや」。現在は一社による展開ですが、規則の改正により、今後は複数の事業者で空間をシェアして活用する道が開かれました。

エリアビジョンから社会実験へ

トライアル・サウンディングと並走して、「佐倉城下町エリアビジョン」の検討も進んでいきました。

当初、市から依頼されたのは、旧今井家住宅と旧平井家住宅の活用事業者の募集を支援することでした。しかし、ちばぎん総研と公共R不動産は「ただ建物に事業者を誘致するだけでは本質的な解決にならない」と考え、エリアの全体像を描いたうえで必要な事業者を呼び込むべきだと、物件の公募とあわせたエリアビジョンの策定を市に提案しました。

観音寺さんは、このエリアビジョンの意義について「エリア全体の将来像を共有することが、その後の事業者公募や社会実験の土台になった」と振り返ります。

ビジョンの策定にあたっては、アンケートやワークショップ、青年会議所へのヒアリング、高校生の巻き込みなど多様な手法を展開。さまざまな立場の人々との対話を重ねながら、市が主体となって推進していきました。

こうして2024年4月、「暮らす人も訪れる人も楽しめる『となりの城下町』」をスローガンに掲げたエリアビジョンが完成しました。

佐倉市城下町エリアが目指す姿(佐倉城下町エリアビジョンより抜粋)
佐倉市城下町エリアのマップ(佐倉城下町エリアビジョンより抜粋)

このエリアビジョンを具現化する取り組みとして、2024年と2025年に社会実験「タマルバ〜城下町HANGOUT〜」が開催されました。城下町エリアに複数の拠点を設け、マーケットやイベントを展開するというもの。トライアル・サウンディングで出会った多様なプレイヤーを元にタマルバのプログラムが構成されました。

この社会実験においても、旧今井家住宅はエリアを回遊するための重要な拠点の一つとして位置づけられています。2025年の開催時には、旧今井家住宅の前がオーガニックマーケットなどの会場となり、市民や来街者に開かれた場として利用されました。

タマルバに参加したコンテンツ主催者のみなさん。公共R不動産がプロデュースと運営、ちばぎん総研が効果測定業務を担当した(提供:佐倉市)
旧今井家住宅前ではオーガニックマーケットが開催され、合同会社ZAIRAIの寺尾さんも飲食店として出店(提供:佐倉市)

社会実験の計画プロセスや狙いについては、以下の記事をご覧ください。

関連

[11月16-17日]千葉県佐倉市のライフスタイルを体験する社会実験「タマルバ〜城下町HANGOUT2024〜」

国登録有形文化財における民間活用事業設計の難しさ

社会実験「タマルバ」の準備と並行して、旧今井家住宅の活用事業者の公募準備も進んでいきました。公共R不動産とちばぎん総研は、公募を待つだけではなく、地域や物件との親和性が高いと考えられる事業者との対話を重ねながら、トライアル・サウンディングへの参加を促しました。こうした取り組みを通じて、公募に向けた事業者の関心や機運が高まり、その後の事業者公募へとつながっていきました。

公募型プロポーザルの仕様書づくりや契約条件の設計でも、公共R不動産の専門性が活きてきます。行政の賃貸借契約書は、コピー&ペイストで使い回されているケースも少なくないのが実情ですが、今回はひとつひとつの条件を分解して整理していきました。

焦点となったのが「原状回復をどこまで求めるか」という問題。原状回復の範囲が決まれば、保証金の水準も変わる。契約条件はすべてつながっているというわけです。

今回は「国登録有形文化財は外観に歴史的価値があり、その価値を保ちつつ活用していくという考え方であり、内装工事はむしろ物件のバリューアップになる」という整理のもと、原状回復を厳密に求めないかたちで契約条件が組まれました。その結果、保証金等が見直され、事業参入のハードルが下がることに。
「物件の実態に合った契約条件を設計すること、つまり『契約をデザインする』ことが大切です」と小柴さんは話します。

改修後の旧今井家住宅。床を土間に仕上げ、古民家の趣を残しながらも、飲食店として柔軟に活用できる空間へと再生。厳密な原状回復を求めない契約条件によって実現したリノベーション(提供:佐倉市)

入居事業者の決定
コンセプトは「佐倉の食の発信拠点」

最終的に手を挙げたのは、「佐倉の食の発信拠点」という事業コンセプトを掲げた合同会社ZAIRAIです。市としても、トライアル・サウンディングの開始当初は物販・宿泊・飲食の3つの方向性を検討していましたが、事業者の反応を見るなかで「飲食が最もこの場所にフィットする」という手応えを実感。有機農家が多い佐倉の地域性や、農とのつながりを活かせる点でもベストなマッチングとなりました。

耐震補強や内装工事を経て、2026年2月にオープンした「むぎとろ 寿るがや」。当初は集客への懸念もありましたが、オープン当初から予想を上回る賑わいとなりました。古民家特有の空間も好評で、お気に入りの席を見つけて楽しむお客さんの姿も見られます。

「むぎとろ 寿るがや@surugaya_mugitoro  」を営む、合同会社ZAIRAIの寺尾卓也さん
ランチでは、麦とろ御膳を中心に、佐倉産の新鮮な野菜をふんだんに使ったおばんざいをビュッフェスタイルで楽しめます(提供:佐倉市)

合同会社ZAIRAIの寺尾卓也さんは、もともと佐倉に畑を持つ「在来農場」の開設者です。グループ会社が都内で複数展開する直営レストラン「WE ARE THE FARM」は、次世代型オーガニックレストランとして人気を集め、収穫した農産物のほぼすべてを東京に出荷していました。そんななか「農場の近くにレストランを出したい」という構想を長年考えていたそうです。

今回の出店について寺尾さんは、「ビルのテナントとして出店する店とは違い、こうした歴史的な建物での出店はご縁がないとできません。地域と繋がりが深い場所で出店できたのは、本当にいい巡り合わせでした」と想いを語ってくれました。

新町通りに生まれ始めた変化

一連のプロセスの影響は、旧今井家住宅だけでなく、城下町の新町通り全体へと広がり始めています。社会実験「タマルバ」をきっかけに、新町通りではこれまで閉まっていた店舗のシャッターが開き始め、新たなプレイヤーによる出店やチャレンジが少しずつ生まれています。商工振興課には「新町通りに出店したい」という声が届くようになり、空き店舗とのマッチングを検討するフェーズに入りつつあります。

旧今井家住宅の隣にオープンした、本と喫茶が楽しめる書店。トライアル・サンディングや社会実験をひとつのきっかけに誕生した(提供:佐倉市)

同じく新町通りにある佐倉市立美術館にも動きがありました。カフェの運営者に都内でも人気の飲食店を複数運営する飲食企業が選ばれ、2026年6月には新しいカフェがオープンしています。旧今井家住宅の隣の空き店舗には、トライアル・サウンディングに参加していた書店が入居しました。

「トライアル・サウンディングや社会実験などのステップを踏めば、エリアへの出店意欲が高まってくるとは想定していましたが、これほど早いとは思わなかったです」と小柴さんは語ります。

それぞれの専門性を持ち寄り、フラットに対話しながらプロジェクトを進める“チーム佐倉”のみなさん。

開始から足掛け6年。向後さんは「ハードの整備には時間がかかりますが、庁内に古民家活用のノウハウがない状態からここまで実現できました。城下町再生への大きな一歩になったと思います」と話してくれました。

Wコア構想のもう一方の柱である旧平井家住宅についても、今年度中の活用事業者の選定に向けて準備が進められています。旧今井家住宅の再生はゴールではなく、城下町全体へと変化を波及させる起点です。今後、新町通りがどのような変化を見せていくのか、引き続き注目していきたいと思います。

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