都市に木陰を増やすには
今年の夏は近年に比べると暑さをそれほど感じなかったけれど、年々過酷さを増す日本の夏の屋外空間における日陰の必要性は高まっている。それは、これまでの公共R不動産の記事からもお分かりの通りだ。
斯く言う私も、街なかの日陰事情が気になりすぎて観察を続けているうちに、公共R不動産の金子愛さんと、「日陰ZINE」なるものまでつくってしまった。



日陰の中でも、「木陰」という空間はこれからの日本の屋外空間を語る上で欠かせない要素だと切実に感じている。
想像してみてほしい。オーニングで作られた人工的な日陰空間よりも、木陰の下で過ごす方が圧倒的に心地よいと感じるだろう。実際、その両方が存在していた韓国の公園では、木陰を選んで過ごす人の数が断然多いようだった。

(撮影:鎌田芙実)

それなのに、残念ながら日本の公共空間で上の写真のような心地の良い木陰空間に出会える場所はとても限定的なように感じる。その理由がなぜなのか、気になり調べていくうちに「樹冠被覆率」というひとつの指標に出会った。
猛暑が続く日本に、木陰を創出するにはどうしたらよいのか、都市の制度的な観点から考えてみると、どうやらこの「樹冠被覆率」を重視するかどうかがその分かれ目になっているようなのだ。
まずは、早くから木陰の重要性に気づき、都市政策として取り組んでいる海外の事例から見ていこう。
「樹冠被覆率」という木陰指標
「樹冠被覆率」とは、地表面の面積に対し、樹木の枝や葉が覆っている面積(樹冠被覆地)を示す割合だ。近年、ヒートアイランド対策、暑熱対策において欧米をはじめ、世界的に重要視されはじめている指標である。

メルボルンやニューヨーク、バルセロナなどでは、この樹冠被覆率という指標が都市政策に積極的に取り入れられ、そのパーセンテージを引き上げる目標が各都市で明確に掲げられている。
具体的な数値目標は以下を参照いただきたい。
・メルボルン(オーストラリア)
行政のインフラ投資として、2040年までに公共の街路や公園における樹木の日陰(キャノピー)面積を、当初目標の22%から40%へとほぼ倍増させる計画を掲げている。
・ニューヨーク(アメリカ)
2010年時点で21.0%だった市全体の樹冠被覆率が、2017年には22.0%まで増加。2035年までに30%へ引き上げる目標を掲げ、植樹を精力的に推進している。
・バルセロナ(スペイン)
2017年時点の市全体の樹冠被覆率約25%を、20年後の2037年までに5%増加させ、30%とする目標を掲げている。
参考:その他都市の政策(Cities4Forests)
Cities4Forestsが世界各地の都市森林に関する政策を取りまとめた参考資料。
都市の緑化を目的とした、日本の「緑化率」
一方、日本における緑の指標はどのようになっているのだろうか。
日本で広く採用されているのは「緑化率」という指標だ。これは、都市における緑地の保全及び緑化の推進を目的とした都市緑地法に基づくもので、高木の木陰だけでなく、草地や田畑、低木なども緑化面積として計上できるのが特徴である。
渋谷区(東京都)を例に、もう少し詳しくみてみよう。
渋谷区では、都市緑地法に基づき独自の条例、渋谷区みどりの確保に関する条例を制定している。
この条例によると、敷地面積が300㎡以上(法的には1000㎡以上だが、条例で300㎡以上まで引き下げ可能)の場所に建築物を建てる場合、必ず緑化が必要となってくる。
規定の計算方式に基づき、敷地内の地上や屋上、壁面などを活用し、規定面積以上の緑化面積の確保が義務付けられている。この申請が通らないと、建物を建てる許可が得られないという、なかなか厳しい制度だ(私自身も、限られた敷地の中でどのように緑化面積を確保するか、設計時いつも悩まされている)。
ここで着目したいのは、日本の緑化政策の目的が「都市における緑地の保全および緑化の推進」であり、「木陰の創出」を目的としていない点だ。そのため、屋上緑化や壁面緑化でも代替が可能となる。
事業者側からすれば、低木地被の方がメンテナンスがしやすいし、限られた敷地の中で建物面積は最大限確保したいので、規定面積を屋上や壁面で代替したくなる。わざわざ木陰となるような高木は採用されにくい。結果的に木陰という都市の居場所が創出されづらい制度となっているとも言える。

東京の樹冠被覆率は、減少傾向
東京大学「都市・ランドスケープ計画(寺田徹)研究室」の白石欣也氏の論文によると、東京の樹冠被覆率は2013年時点で9.2%、2022年には7.3%にまで減少したという。樹冠被覆率の減少に影響を与える主な要因として、民間の住宅開発、都市の再開発に加えて、公園や街路などの樹木伐採だと指摘している。
前述した海外の樹冠被覆率の数値と比べると、その差は歴然だ。
国内でも、樹冠被覆率の指標を取り入れようとする兆しはある
樹冠被覆率について、日本では未だ明確な指標として採用されていない。2026年4月に国土交通省が発行した緑被率算定の手引きにおいても「樹冠被覆率」は項目立てされていなかった。
※緑被率:上空から見た際の、平面的な緑地の「量」に関する指標。緑地に覆われている土地(緑被地)の面積の割合として算定される
しかし、明確な目標設定には至っていないものの、樹冠被覆率の重要性に着目する自治体が少しずつ現れ始めている。
・川崎市(神奈川県)
緑の基本計画改定に向け、暑熱対策のため樹冠被覆率を強化すべき視点と捉えている。

・府中市 (東京都)
緑被地調査の際、樹冠被覆率を項目に設け、現況調査を行っている。


海外事例と比べながら木陰(樹冠被覆率)に関する実態をリサーチしてみて思うのは、日本の緑化政策に、木陰(夏の居場所)の視点をインストールして欲しいということだ。
海外では樹冠被覆率を確保するため、容積率の緩和や補助金等のインセンティブ制度、ボランティアの積極的な採用もあったりするという。
国・自治体レベルで樹冠被覆率が都市政策の指標となるにはまだまだ時間がかかりそうだが、
まずは道路の一角や特定の施設など、身近なスケールから魅力的な木陰空間の好事例が生まれていくことを期待したいし、観察を続けていきたい。




