公共R不動産研究所
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「公共不動産データベース」担当の頭の中 #03 社会の多様性を現す最先端 社会教育施設編

「使われなくなった公共不動産」とひとくくりにする中にも、多岐にわたるカテゴリーがあり、またその活用にあたってはそれぞれの課題を抱えています。公共不動産活用の情報プラットフォーム「公共不動産データベース」に携わる担当者の目線から、日頃感じていることをエッセイ的に綴ります。第3回は「社会教育施設」について。図書館、体育館、公民館……と、内包する用途の多様さゆえに、そこには社会の最先端が表れています。

バラエティに富んだ「社会教育施設」

第3回で取り上げるのは「社会教育施設」。公民館、図書館、博物館、青少年・女性教育施設、社会体育施設、劇場・音楽堂、生涯学習センターなどの施設です。バラエティに富んでいますが、社会教育法では「社会教育施設」としてひとくくりに呼ばれています。

(公共不動産データベースでは「社会教育施設」という物件カテゴリーはありません。これまで取り上げた「学校/廃校」「土地」のほか、ぜんぶで8つの物件カテゴリーがありますが、社会教育施設は「行政施設」「文化施設」「スポーツ施設」「その他の施設」などに分かれます。)

なぜこうしたことになっているのか分からなかったので、少し調べてみました。

「社会教育施設」は、狭い意味では社会教育法に定められた「社会教育の奨励に必要な施設」のことで、すべての国民が「あらゆる機会、あらゆる場所を利用して、自ら実際生活に即する文化的教養を高め得るような環境を醸成するよう努めること」は、国や地方公共団体の任務とされています。戦後のリベラルな社会を目指す思想の流れや、高度経済成長に支えられたシビルミニマムの思想などもあり、社会教育の「場」として各市町村に「社会教育施設」が増えていきました。広い意味では語学学校、カルチャーセンターやスポーツクラブなどの民間施設までも含むようです。

「社会教育」という言葉自体がそもそも、家庭教育・学校教育を除くそれ以外の教育と守備範囲が幅広く、その内容も教養の向上、体育・レクリエーション、家庭教育・家庭生活、職業知識・技術の向上、市民意識・社会連帯意識の醸成活動など多様です。また、青少年教育、女性教育、生涯学習など、時代の要請に応えたテーマごとの施設などもあり、社会教育の多様な需要に沿って多様なタイプの社会教育施設が細分化して生まれてきたのでしょう。そんな成り立ちが見えてきました。

社会教育と言っても、掲げる目的や扱う内容・施設内容や施設数・利用者が異なってくるため、自治体によっては所管する部署が細分化していることもあるようです。

「社会教育施設」は減ったり増えたり

文部科学省が3年ごとに実施する「社会教育調査」にて、「社会教育施設」の施設数を追ってみました。

あくまで『社会教育調査』で把握できる範囲内であるが、定点観測として大きな傾向は読み取れる。

まず社会体育施設の圧倒的な多さに驚きますが、それは傍に置くと、公民館等の減少の著しさが目につきます。

公民館等は、1999年度から2021年度までの間で、平均約240件/年のペースで減少しています。社会体育施設も、2000年代初めのうちは増加しているのですが、2008年度以降は平均約150件/年のペースで減少しています。青少年・女性教育施設も傾向としては同じような増減となっています。

一方、増えているのは図書館、博物館等です。

図書館は1999年度から2008年度まで勢いよく増加し、それ以降も増加傾向を継続。全体で平均約30件/年のペースで増加しています。博物館等も1999年度から2008年度まで勢いよく増加しますが、その後いったん減少が続き、直近でまた増加。全体で平均約30件/年のペースで増加しています。劇場・音楽堂等も傾向としては似たような増減となっています。

施設の増減理由は、詳しいところまで確認することはできませんでした。ただ、人口動態や財政状況といった要因だけでなく、市民の社会教育に対するニーズを捉えたものであるとは言えそうです。

これは社会教育施設に限りませんが、老朽化した施設を更新せず閉鎖するという判断になる要因に、建設時と比べて法令等による施設の要求水準や市民の求める施設水準が高まっていることがあります。現在の要求水準を満たそうとすると、施設規模が大きくなり同じ敷地内で建替えできない、または設備も含めて建設費が高くなるため財源調達が厳しいといったことが起き、また、すでに既存の民間施設で代替できてしまう、公的な施設としての制約を守ると民間施設より使い勝手が悪く稼働が低くなることが見込まれるといった理由から、更新せず閉鎖という判断になることが多いようです。

社会教育の原点に立ち戻るような社会教育施設の変化

「社会教育施設」に起きている変化は、数の増減だけではないところに本質があり、さらにその変化はこれからもっと劇的なものになるのではないか?と感じます。

例えば図書館。

専業主婦が家にいることを前提とした社会での図書館のあり方と、共働きや個人事業主・小規模企業が増えた社会での図書館のあり方は、そのニーズに答えようとすれば自ずと変わります。「貸本業」と揶揄されるようなものではなく、必要とする情報へいかにアクセスできるようにするかに求められる役割が変わった時、図書館に目を見張る進化が生まれました。そして地域コミュニティの醸成や課題解決の支援など、まちづくりの基盤ともなってきています。

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例えば公民館。あえて「地域交流センター」などと呼び替えるところもあるようですが、恥ずかしながら私自身も場所貸しのイメージが強かった「公民館」。実は、市民自らが学習に取り組むための場でした。「学習」というと、カルチャースクールのような消費的な学習の場も増えていますが、住民自治を育むような学びあいに取り組む公民館(つまり本来の意味の社会教育)や、他の公共施設の中に「公民館的」な機能を入れ込む動きも生まれてきています。

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こうした図書館、公民館の変化は、単にユニークな施設が生まれているというレベルにとどまらないものです。

社会教育施設がもっと複合的になり、社会教育に関わる行政・企業・市民ももっと多様になりながら、社会教育の原点に立ち返りつつこれからの時代を見据えて再編されていく。そんな根本的なレベルの変化が起きているように感じます。

モダン建築として積極的に生まれ変わるものも

「社会教育施設」に限らず大型の公共施設には、近現代建築としての歴史的価値・文化的価値があるとされるものも多くあります。市民に長く使われながら、時を経て老朽化が進んだ時、解体するか保存・活用するかが大きな議論になります。

特に「社会教育施設」はそのニーズに特化した空間構成であるがゆえ、転用するときの制約も高く、高コストになりがちです。とはいえ近現代建築としての歴史的・文化的価値を考えると、解体という判断も簡単ではありません。またその特徴的な空間構成が、転用時の新たな特徴にもなり得ます。

専門家も関わりながら政治や行政の強いリーダーシップを必要とする領域ではありますが、近現代建築としての歴史的・文化的価値を保全しつつ、積極的に用途転用・改修され生まれ変わるものも、今後増えていくのではないでしょうか。

増えてほしいという期待を込めつつ、公共R不動産研究所の研究員が関わった、また現在関わっているものからふたつの事例をあげます。

〈旧・市村記念体育館〉

佐賀城公園「こころざしのもり」に佐賀県立図書館と共に面する体育館。特徴的な外観を維持したリノベーションが進行中。(写真提供:内海研究員)

1963年に竣工した坂倉準三設計の市村記念体育館(開館当時は「佐賀県体育館」。リコー創業者・市村清が寄贈したものであることから名称変更)は、老朽化によりスポーツ施設としての利用は終了するものの、佐賀県の「体育館を残して文化施設として新しい使い方をしていく」という強い方針のもと、新しい文化芸術の拠点として生まれ変わらせるプロジェクトが進んでいます。現在、体育館の構造とのシビアな戦いがありつつ、限られた予算の範囲内で利活用設計業務が行われています。

2023年6月には、近現代建築の記録と保存を推進しているDOCOMOMO Japanの「日本におけるモダン・ムーブメント(近代運動)の建築」に選定されました。

〈旧・泉北すえむら資料館〉

公園の景観を妨げないように配慮された当初の設計意図は、地域コミュニティ拠点になった今こそ有効に作用していると言えるかもしれない。(写真提供:高松研究員)

1970年に竣工した槇文彦設計の旧泉北すえむら資料館(開館当時は「大阪府立泉北考古資料館」)は、泉北ニュータウン建設時に出土する須恵器を収集・保全・展示する施設として開館し、2016年老朽化により閉鎖されました。2021年泉北ニュータウン大蓮公園のPark-PFI導入を契機にリノベーション。私設図書館やカフェなど地域コミュニティの複合拠点「Design Ohasu Days」になりました。

実は竣工年の建築誌『新建築』に、設計者が「いずれはこの地域のコミュニティ・ミュージアム(Community Museum)に発展することを期待した」と記述していたことが判明したというエピソードも。

社会の多様性が現れ続ける最先端「社会教育施設」

今回は「社会教育施設」をひとくくりで取り上げたゆえに、解像度が粗いところも多くなってしまいました。生涯学習・社会教育そのものの潮流も大きく変わってきていますし、公民館、図書館、スポーツ施設など、それぞれがとても興味深いところがあるので、また取り上げていきたいと思います。

あらためて振り返ると、社会の多様性に応じ続け、今後もクリエイティブな施設が生まれ続ける期待感がある、その最先端が「社会教育施設」であると感じます。

公共施設等総合管理計画のように、公共施設の再編はファシリティの状況把握、老朽化と財政難を背景とした「ハコ」の課題への対応に視点が集中してしまいがちでした。

ただ、それでは考える軸がずれてしまっています。

本質は、人口バランスやライフスタイルなど社会構造や価値観の変化に伴って社会ニーズが変化し、従来の公共サービスのままではこのニーズの変化に応えられていないため、社会ニーズの変化に対応した公共サービスの再編が求められている、というところにあります。

社会ニーズの変化に応じて、公共サービスに関わる行政・企業・市民の役割も、そのグラデーションの中でもっと多様になるはずです。そして、財政課題を抱えた中で、これらの公共施設が持続的であるためには、どのような施設経営構造でなければならないかという視点を欠かすことはできません。ますます公民連携が前提になります。それだけでなく、従来の行政組織も部署間連携を強めることは必要ですし、統合・再編するようなことも生じてくるかもしれません。

社会教育施設には、こうした社会の状況がすでによく現れています。

東洋大学PPP研究センター長の根本祐二教授が、PPP研究における枠組みの中で位置付けた「PPPトライアングル」。スウェーデンの政治学者ビクター・ペストフ氏が提唱したトライアングルを原型にしたもので、現実の公共サービスがどのような仕組みで実施されているかを把握することができる。この図に示されるのは、硬直的な公共サービスではなく、公共の担い手は多様に存在することができる、ということだ。

PROFILE

矢ヶ部 慎一

文学部出身の再開発コンサルを経由して公民連携分野へ。1976年生まれ。株式会社タカハ都市科学研究所にて、法定再開発の事業コーディネート等に従事し、経営企画等も経験。東洋大学大学院経済学研究科公民連携専攻修士課程を修了後、現場経験をベースに公民連携分野へ展開中。東洋大学PPPリサーチパートナー/公共R不動産/株式会社アフタヌーンソサエティ/その他、埼玉県小川町でのNPO法人正会員など。

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