PARKnize 公園化する都市
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メディアのように空間を編集する。下北沢 BONUS TRACKのメカニズム「散歩社」小野裕之さんインタビュー(前編)

新連載「Parknize(パークナイズ) -公園化する都市-」のインタビュー編。ゲストは東京・下北沢 BONUS TRACKを運営する「散歩社」の小野裕之さんです。私たち公共R不動産は、商業施設でありながら自由で寛容な風景が広がるBONUS TRACKを「線路跡地のパークナイズ」だと感じました。この場所の運営の仕組みや込める想いについてお話をうかがっていきます。

2020年春に東京・下北沢に誕生したBONUS TRACK(ボーナストラック)。小田急電鉄の地下化に伴う線路跡地再開発プロジェクト「下北線路街」のひとつにあたる場所で、商業棟1棟と店舗兼用住宅4棟とそれをつなぐ広場によって構成された、新しいタイプの商店街です。線路が地下化された下北沢駅南西口を出ると、駅前から低密度のまちなみが広がり、緑地や広場が続く先にボーナストラックが見えてきます。

下北沢駅南西口から続く遊歩道沿いには、広場や緑地がのんびりと広がる。

取材日は2月中旬にもかかわらず、暖かい春のような陽気。ボーナストラックの中心にある広場には散歩途中に立ち寄ったであろうご近所の人々や近隣に勤めるワーカーが集い、誰もが自由にリラックスして過ごす、まるで公園のような風景がありました。

この場所はどのようなプロセスで生まれ、そしてどのようなメカニズムでこの風景が成立しているのか。公共R不動産プロデューサーの馬場正尊とメンバーは、ボーナストラックを運営する「散歩社」の小野裕之さんのもとを訪ねました。

複数の店舗をつなぐ広場は、まるで公園のような空間。写真提供:BONUS TRACK

ボーナストラックだけではなく、今後リニューアルする旧世田谷ものづくり学校の運営を担い、その準備に奔走する小野さん。話題はボーナストラックを超えて、世田谷区のまちのあり方、そして新しい民主主義にまで展開していきました。そのトークの全貌を前後編の2回に分けてじっくりとお届けします。

まず前編はボーナストラックについて。用途地域などの事情から収益性の高い高層ビルの建設は難しく、当初は駐車場にする案があったといいます。背景は違えど、地方都市の中心市街地でも空地を駐車場にする流れが一般化しつつあります。駐車場ではなく「公園のような新たな商店街」という解答を見出したボーナストラック。この場所の運営の仕組みや収益モデルなどから、今後の地方都市に向けたヒントが見えてきました。

(聞き手:公共R不動産 馬場正尊、飯石藍、木下まりこ、中島彩、小川理玖、和久正義)

小野裕之さん プロフィール
1984年岡山県生まれ。中央大学総合政策学部卒。ベンチャー企業を経て2012年、ソーシャルデザインをテーマにしたウェブマガジン「greenz.jp」を運営するNPO法人グリーンズを共同創業。20年春には、マスターリース運営会社として株式会社散歩社を創業し、現代版商店街「BONUS TRACK」を下北線路街にて開業。同施設でグッドデザイン賞ベスト100(21年)。

公園の中に集落があるような風景

馬場 ここは外の空間もいいですね。今日は気候がいいし、すごく穏やかな雰囲気。

小野 平日はこうして地域の人を中心に日常的な使われ方をしていますね。

馬場 僕たちはいま「Parknize(パークナイズ)」といって「都市は公園化したがってるのではないか」という仮説を持っています。ボーナストラックもまさに公園の中に集落があるような風景になっていますね。

小野 「公園化」ですか。おもしろいですね。どんな経緯で注目したのですか?

馬場 これまで僕たちが関わってきたいくつものプロジェクトから気づきがありました。例えば、有楽町の Slit Park では、都心のビルとビルの間の路地を細長い公園に見立てて空間をつくったり、池袋のグリーン大通りの社会実験でも、南池袋公園のコンテンツや活動がストリートにまで広がって通りが公園のような風景になったり。

こうしたプロジェクトを通じて、この概念は地方都市にも当てはまるのではないかと思ったんですよね。「高密度」や「にぎわい」というのは近代の呪縛であって、コロナを経たいま、地方都市では粗密でいうと「密」ではなく「粗」の魅力があってもいいのではと。そんなに成長しなくていいし、にぎわわなくてもいいんじゃない?という、風景に対する価値観の転換が起こっている。そんなことを思い始めたんですね。

衰退してまちがスカスカになっていくのは悲しいことではなくて、公園のような風景になっていると捉え直すと、ちょっとハッピーなのではないかなと。そう考えたとき、ボーナストラックの不思議な風景とメカニズムはもしかすると特殊解ではなく、地方都市の未来を考えるなにかのきっかけになるかもしれないと思ったんです。

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路地裏のように小さな店が集まるこの場所には、飲食店や書店、雑貨店など個性豊かなジャンルの店が共存している。

ボーナストラック開発前の状況

馬場 では、まず小野さんの経歴から教えてください。

小野 最近では肩書きが謎になってきてるのですが(笑)、一番しっくりくるのは広義の編集者ですね。15年間ほど『greenz.jp(グリーンズ)』というウェブメディアで編集やクライアント企業へのソリューション提供などビジネス面も担当してきて、いまはボーナストラックのように魅力的なテナントさんを集めて、リアルな空間をつくることもやっています。

この場所は第一種低層住居専用地域で商業のみの施設はつくれないこともあって、木造の商店兼住宅を中心に構成されています。容積率を使い切るような過密な設計にはなっていないし、家賃も相場より3割くらい抑えられているという、都心では奇跡のような場所なのですが、ここを定借20年でマスターリースして運営しています。

編集者の仕事からは少し外れますが、東京の小伝馬町で「ANDON(あんどん)」というおむすびスタンドをやっていて、いざとなったらテナントもやれるので、編集や立ち上げだけに終わらないところが今の自分の特徴になってるのかなと思います。

馬場 いまではいろんなことを展開しているから忘れそうになっていたけど、最初はウェブメディアの編集からスタートしたんだよね。そしていまではメディアを超えたプロデュースを手がけながら、飲食店もやっていると。

小野 やっぱり見たことのない組み合わせとか、ありそうでないことに興味があるんですよね。プロデューサーというと再現性を求められたり、説明責任を求められることがありますが、僕はすこしあまのじゃくな立ち位置で「こういうのもありじゃないですか?」ということをやっていきたいんですよね。だからすんなり立ち上がってしまうプロジェクトには面白さを感じなくて。少し複雑に始まっていくものの方が好きなんですよね。

馬場 やっぱりそう考えると、事業よりメディアが先だよね。好奇心や先の見えない何かに向かってジャーナリスティックな視点を持って入っていくという。そんな小野さんが、このプロジェクトにどんな風に巻き込まれてスタートしたのですか?

小野 属人的にはなりますが、この線路街のプロジェクトリーダーをつとめた小田急電鉄の橋本崇さんと2009年ぐらいに原宿(当時)の東京R不動産でやっていた勉強会で同席していたというご縁があって。その後、2017年にUDS社長の黒田哲二さんに呼んでいただき、トークイベントで橋本さんと僕の3者で話す機会をいただきました。そこでメディアだけでなくおにぎり屋をやっていると話をしたところ、橋本さんから「ちょっと巻き込みたい案件があるんですけど」とお話をいただいたという流れです。

駐車場か、新たな価値創造か

飯石 声がかかったとき、ここはどんな状態だったのですか?

小野 更地にはなっていましたが、まだ再開発の反対運動や住民訴訟が冷めやらぬ時期で開発が止まっている状態でした。ここは線路跡地なので高層化もできず、不動産の収益性は高くない案件なので、“困難なわりには儲からない開発”という感じで、積極的に推し進めるのに躊躇する状態のようでした。

馬場 ビジネスの側面だけで考えたらそうなりますよね。

小野 実はここ、駐車場にするという案もあったんです。

馬場 え!?

小野 ボーナスラックの入り口に時間貸しの駐車場がありますが、ここも駐車場でいいじゃないかと。

馬場 放っておけば地方都市の中心地がどんどん駐車場になっていくように、収益性が上がらない土地は都心であっても駐車場にしようという発想になるんですよね。思考停止な解答だなぁと思うのですが。

小野 それはそれで便利だし、みんなからの不満も出ないですからね。

馬場 だけど、そうではない解答を求めたときに、何かが出てくるっていうのがおもしろいよね。

馬場 どうやって駐車場の案を覆(くつがえ)して、ボーナストラックになったのですか?

小野 橋本さんが周辺にある数百にもおよぶ不動産オーナーさんとほぼ全員知り合いで、約2年間をかけてすべて調整に回り、「橋本さんが言うならと」という状態になったそうです。その調整に回っていた時期にちょうど僕にも声がかかったというわけです。

馬場 小野さんはメディアの人だったし、おにぎり屋さんとして自分で事業もやっているから巻き込まれたというわけですね。

小野 地権者のみなさんの想いが強い分、反発の声も大きかったので、普通なら一瞬関わることを考えてしまうでしょうね。だけど僕自身、不動産業界の常識をよくわかっていなかったし、都心で低密度な開発はなかなかできないから新しいことができそうだと思ったので「おもしろそうっすね」と(笑)。

飯石 橋本さんはここを駐車場ではなく、どうにかしてこの場所が意味あるものにしたいと。その志(こころざし)ひとつだったんですね。

小野 橋本さんは一般的なサラリーマンタイプではなくて、開拓者という感じで。もちろんチームや会社からのサポートは少なからずあったと思いますが、やっぱり橋本さんじゃなければ成し得なかったと思います。

小野 ここは東北沢と世田谷代田駅間の全長約1.7㎞の空き地を「下北線路街」として13の街区に分けていて、それぞれ別の事業者が運営しています。そのひとつがボーナストラックなのですが、ほかにもいろんな魅力的なコンテンツがあります。東京農業大学の世田谷代田キャンパスもおもしろいですよ。東京農大がマスターリースして1階にはお土産屋さんやパン屋さんが入っています。

馬場 東京農大って国立大学ですよね?マスタリースしているんですか?

小野 小田急電鉄の向井さんが話をまとめたと聞いているのですが、東京農大の生涯学習施設として2階をキャンパスにしつつ、地域の高齢者のみなさんにも通って学んでもらえる施設になっています。農業やワイン、お酒など周辺にお住まいの方たちが好きそうなものはなんでも教えられる場所です。人口減少で学生が減っていく中で、高齢者向けにコンテンツを整えながら収益もあげていこうという考えですね。

あとは世田谷代田に本社があるカルディのベーカリー&カフェスタンドがあったり、温泉旅館や保育園があったり、居住型教育施設のSHIMOKITA COLLEGEがあったり。全部がちゃんと企画されているんです。

余白空間の意義

小野 「シモキタのはら広場」というスペースもおもしろい場所になっています。

馬場 下北沢駅からすぐ近くにある、緑がいっぱいのスペースですね。

「シモキタのはら広場」下北沢駅南西口から徒歩3分。約700㎡の敷地には緑が繁々と育ち、都市の駅前とは思えない開放的な空間が広がる。

小野 あの場所は暫定利用しているんです。駅前に附置義務駐輪場がありますが、「そこまで駐輪場が大きくなくてもよいのではないか」と橋本さんから世田谷区に相談をしてつくった場所らしく、駐輪場が足りなかったらいつでも広げられるように暫定利用として余白になっているんです。あんな場所は普通、駅前に絶対につくれませんよね。

馬場 なるほど!この都市のど真ん中に「なんで?」って思ったんですよね。用途を決めない余剰地という扱いだから、あんなにゆとりのある空間が許されているんですね。

小野 のはら広場の向かい側に地域コミュニティの「シモキタ園藝部」さんの管理事務所があって、線路街全体の植栽の管理を年間で受託しながら、その受託費であの場所代を払っていて、受託費と場所代でトントンになっています。だから赤字にはならないんです。のはら広場は園藝部さんによって管理されていて、収益化をしてOKとしているので、堆肥化したりハーブティーをつくって販売したりもしています。

馬場 「保留」という状態にしたこと。これは発明だよね。「保留」は近代においては中途半端な状態だと捉えられていたけど、それを極めてポジティブに捉えている。その保留の状態で収益性をトントンにしながら続けられるロジックと価値観。ものすごくデザインされた空地だなぁ。保留っていう概念が社会に定着すると、もっと柔軟な都市計画がつくれるかもね。

小野 13の街区ごとに管理する人が明確にいることもポイントだと思いますね。

馬場 ニューヨークのブロードウェイの構造と一緒だな。

小野 小田急電鉄さんは13の街区ごとにビジネスの主体者を立ててマスターリース契約をし、なおかつそれを小規模な事業者に依頼することで、安定した運営ができると考えているのだと思います。小田急電鉄といった大企業ではM&Aが起きたり企業の方針ががらっと変わる可能性があって、リスクをとっている分、経営判断によって運営方針を変えざるを得ない。だけどスモールビジネスではそのようなことが起こる可能性は低いですからね。最初に賃貸借契約をつくっておけば、その期間は方針が変わらないことが確定するので。

飯石 クオリティを担保するために、あえてそうしていると。「自分の組織が変わることで、関わるみなさんを苦しめないように」という計らいですよね。

馬場 いろいろ示唆的だな。今までは大企業の方が安定していて大企業と契約する方が安心という常識があったけど、今の話はまったく逆。大企業はどんな経営判断をするかわからないから、ある意味で安定性がない。それならば顔がしっかり見えている個人、もしくは小さな組織の方が安定感があるという。収益だけを追求しようとしてる事業ではない場合は、後者が「正」ということですね。

メディアのように空間を編集する

小野 2017年の年末、グリーンズが過去に取材したスモールビジネスのオーナーを20組くらい集めて、小田急電鉄と小田急電鉄の子会社だったUDS(*)とワークショップをしたんです。

*2023年12月、小田急電鉄は連結子会社であるUDS株式会社の全株式を野村不動産ホールディングス株式会社に譲渡。

馬場 なるほど。ここで編集が効いてくるんだな。

小野 当時はUDSが基本設計に着手していたくらい。ざっくりとした配置図はありましたが、いろんなことが未定の状態でした。

馬場 UDSが事業計画をしていたってことですね。

小野 そうです。事業計画のシミュレーションは何回でもやれたほうがいいので、子会社のUDSが設計やコスト算出、法規のチェックを担っていたんですよね。UDSさんが独自に地元の調査をして、結果をまとめたリーフレットも作成されていました。

馬場 UDSは事業も設計もわかるから、配置のバリエーションがいろいろ出せるというわけですね。

コーヒーが飲める日記の専門店「日記屋 月日」。遊歩道側から気軽にコーヒーを買うことができる。

小野 ワークショップをやった時点から、この場所には「新たなチャレンジや個人の商いを応援する」というコンセプトがありました。というのも、下北沢は駅前の坪単価が10年で3倍になってしまって、大手の立ち食いそば店さえ撤退する自体になっていました。たった10年前の下北沢は家賃が比較的安くて、若い人も商売がしやすくて個性的な店が多かったですよね。だけど開発が進むと、家賃は高くなって立ち退かざるを得ない店が増えてきました。

この場所は第一種低層住居専用地域ですが、商業にとってのデメリットをメリットに変えられるようにしようと。普通は住宅付き店舗はあまり好まれないけど、まだ若くて資金力があまりない人なら「安いなら住宅付きでもOK」という人もいるはずです。チャレンジできる環境を下北沢に残し続けることで、小規模事業者が新規出店を考えたとき最初に想起されるまちで在り続けられたら、小田急にとっても、そうした“シモキタ”のカラーは価値になりますよね。

「発酵デパートメント」。ボーナストラックには、新規出店者や新しい事業を試したい人の店が集まっている。

小野 そういった考えのもと、新しい商店街をつくってお店のスタートアップが集積していく場所をつくろうと。橋本さんから声がかかった2017年当時、僕はまだマスターリースという言葉すら知らなかったのですが(笑)、自然とやる流れになっていきました。僕は過去に7000件ほど取材してきた店や人たちと繋がりがあって、誰がどんな店を出したいかというリストが常にあったので。

馬場 こうやって聞くと納得するんだけど、小野さんにとってリーシングは編集なんだよね。

小野 そうですね。普通に、なんとかできそうって思ってしまいました。

馬場 リーシングって事業性のあるテナントを呼んでくるイメージがあるんだけど、小野さんにとっては、雑誌やウェブにおもしろいコンテンツを配置するようにリアル空間にも事業者を配置して、あとで事業性をくっつけていると、そんな感じですよね。

小野 まさにそうですね。

設計を担当したのはツバメアーキテクツ。木造の店舗兼用住宅のたたずまいもまた、この場所の穏やかな雰囲気をつくる要素のひとつ。

小野 シモキタカルチャーの重要スポットであるB&Bの内沼晋太郎さんにもお声がけして参画してもらえることになりました。内沼さんは下北沢の老舗店とも新規の店ともバランスよくお付き合いしていて、それぞれをつないでいる重要な存在です。

内沼さんと共同創業者というかたちでマスターリースをする会社「散歩社」を立ち上げて、大きな2つの区画と小さな8つの区画のリーシングをすることになり、最初にB&Bの移転と僕のANDON2号店が入ることが決まりました。2人とも不動産の経験はなかったので、小田急電鉄さんや設計のツバメアーキテクツさんにもサポートしていただきました。

馬場 オープンするときにはほとんどリーシングは終わってたんですね。

小野 そうですね。新しいチャレンジを応援するというコンセプトなので、一区画だけは意図的に空けたままオープンしました。開業時期はコロナと重なってしまったのですが、ありがたいことにすぐに決まりました。

馬場 開業時期が奇しくもコロナと重なったものの、ここは密な店舗空間ではなく建物の間に広場があって、粗密でいう「粗」な空間。屋外がかなり活躍したのではないでしょうか。

小野 そういう意味ではラッキーと言えますよね。公園みたいな状態なので、イベントもやりやすかったです。

飯石 立地的にも、ご近所の方々がふらっと歩いて立ち寄れる距離感ですしね。

小野 それが一番良かったですね。僕らは店子でもあり開業でお金を使い切ってしまってかなりピンチだったのですが、ロックダウンのときに買い支えてくれたのは周辺住民のみなさんでした。もし平常時にお祭りのようなムードで開業していたら、おそらく地域の方たちは「観光地ができた」と疎外感を受けていたかもしれない。

馬場 日常的なスタートが切れたというわけですね。

小野 コロナが落ち着いたいまでも、週末は遠方のお客さんでにぎわうこともありますが、今日のような平日昼間は公園のように住民の方が主体となって使われることが多いです。結果的にすごくよかったと思っています。

遊歩道からボーナストラックへ路地に迷い込むような感覚で入っていく。近隣の人がふらりと立ち寄りたくなるような、日常的な落ち着きのある雰囲気。

「あなたにとってのボーナストラックはなんですか?」

馬場 コンセプトにもつながってくると思いますが、「BONUS TRACK(ボーナストラック)」という名前にはどんな意味が込められているのですか?

小野 2つの意味を込めています。ひとつは、ここが元線路(TRACK)で、線路の地下化という珍しいタイミングと重なり、ボーナス(BONUS)的に突如として出現した場所であるという意味。もうひとつは、レコードのボーナストラックのように、アルバム本編とはテイストが違う曲、実験的な曲、ライブ音源といったアーティスト本人がそのとき表現したかったもうひとつの側面という意味です。 

テナントさんにはこのコンセプトに共感、賛同していただくことを条件としていますし、入居の際には「あなたにとってのボーナストラック的なお店(≒いつかやろうと思って温めてきた実験的なお店)」を前提にして出店内容を考えていただいています。ボーナストラックに、街中であまり見ない業態が多いのはそのためかもしれません。実際に、既存のモデルをボーナストラックでも横展開したいということで、調整は試みましたが、非常に魅力的なテナントさん候補ではあったものの、出店をお断りせざるを得なかったケースもあります。

テナントさんには短期的にはうまく稼げないかもしれないチャレンジをしていただくことになるので、ボーナストラックは箱側として全力で応援するスタンスで臨み、同じゴールを一緒に目指していく仲間のようになれたらと考えています。

ともすれば店舗も、いま流行っているスタイルに収斂(しゅうれん)しがちです。まちの多様性はお店がつくり出す部分が大きいと考えているし、多様なスタイルが生まれ続けることはとても大事なことだと思っています。

ボーナストラックのロゴマークは「だるま」。願いを叶える縁起物であり、疫病退散の意味も含んでいる。

ボーナストラックのマネジメント
「共益費はコミュニケーションツール」

馬場 散歩社ではマスターリースだけでなく、運営も手がけていますよね。ここには公園のような風景がありますが、どのようなメカニズムで成り立っているのか、運営の部分も聞かせてください。

小野 毎月一回、店長会というミーティングをしています。以前、ここの広場で出前のピザを頼んで食べている家族がいて、店長会でそれがありかなしかについて話し合ったことがありました。ここが商業施設の客席だと思えば、ピザを頼んだ分、テナントの売り上げが減るとも考えられます。だけどここを公園だと思えば問題ないわけで。

そういった余白があるほうが居心地がいいし、集客性にもつながると思うし、僕は公園のような場所であってほしいと思っています。よく商業施設には「店舗で買ったもの以外食べてはいけません」という張り紙がありますが、そういう禁止事項はつくらないようにしています。

小野 開業以来、一度もゴミ箱を置いていないことも特徴かもしれません。ゴミ箱って管理が大変なんですよね。ゴミ箱を置かない代わりに「他店舗で出たゴミも預かりますよ」と各店舗で呼びかけてもらうことにしているんです。テナントさんが使い捨てじゃないコップやお皿を出すモチベーションにもつながっています。もちろん利便性も考えて試行錯誤ではありますが。

馬場 領域の占有とか所有の概念が普通とはだいぶ違うんだね。ちなみにこの広場はテナントにとって共有部という扱いになるのですか?

小野 基本的に運営社側で管理・運営していて、テーブルや椅子も僕たちが置いています。開業から半年〜1年くらいはこのようなファニチャーは置かずに、リースラインはあくまで建物の中ですが自分の店の前ならはみ出てOKとしていたので、各店舗ごとに店先にテーブルや椅子を置いていました。だけど「(共益費が少し上がることも含めて)散歩社で管理してほしい」という声があり、いまのスタイルになりました。

馬場 なるほど。ここの広場やファニチャーは共有物という考え方なんですね。

広場の配置図。4棟の長屋型兼用住宅全10戸と商業棟が広場を内包しつつ路地をつくっている。(BONUS TRUCK 公式サイトより)

小野 店長会とは別に、半年に1回オーナー会もやっていて、共益費の用途は全部みなさんにお伝えしていますし、新しい用途を考えるときもみなさんに相談しています。そこでの話し合いのもと、共益費を上げたり下げたりしています。

馬場 最初から設定してきたルールではなく、やりながら編み出しているんですね。店長会やオーナー会議って重要そうだね。定期的にやることで、少しづつ変化させたりカスタマイズさせながら定着していったということか。共益費の考え方もすごくおもしろい。

小野 共益費って、まるっともらって少し利益をのせているパターンが多いじゃないですか。用途もざっくりした内容だけで詳細は知らされずに、結論だけ知らされることが多いと思います。僕らはそういうことをやらないと決めていて。

小野 全部透明化していて、例えば「清掃費は共益費の中で面積按分しましょう」とか「お手洗いや広場の清掃の回数はどれくらいの頻度が適切なのか話し合いましょう。みなさんの負担感に合わせて決めます」など。共益費を通じてテナントさんとコミュニケーションしている感じです。

馬場 なるほど。共益費をコミュニケーションツールにしているんだ。

小野 そうなんです。値上げや値下げも人によって意見が違いますし。紛糾することも含めて、共益費とはそういうものだと話していこうと思っています。そもそもなぜ共益費について説明するのか、についての説明もしています。

馬場 バロメーターみたいなもんだよね。

飯石 自治会みたいな感覚にも似ているのかもしれないですね。普通のテナント入居よりはちょっとコミュニケーションが多くてめんどくさいけど、それも分かってくださる方が入居しているってことですよね。むしろちょっと口を出したいとかね。

馬場 意見する権利も担保されてるってことなんでしょうね。

小野 毎回ドキドキしますよ。ちゃんと説明しなきゃいけない責任があるし、同じ内容でも説明の仕方が大事になるので。

馬場 緊張感があるんだ。

見えるところは曖昧に、見えないところは明快に

飯石 ここではイベントもやっていますね。どれもユニークな企画ばかりな印象です。

小野 イベントは毎週末のようにやっています。イベント開催の人件費は共益費からは捻出せず、施設プロモーションは僕らで自活しているかたちです。

馬場 散歩社でイベント事業もやっているというわけですね。

小野 だからスポンサー付きのイベントもやってマネタイズしないといけない。一般的な商業施設では、共益費に少し施設プロモーション費用ものせて、運営会社でクリスマスやバレンタインなど施設PRのためのイベントをやることが多いと思います。

だけどそうした施設のPRイベントってあまりおもしろくなっていかない感じがして。それよりは都度、ときにはスポンサーが付いたり、クラウドファンディングを活用するような企画物を実施した方が僕らもテナントさんにとってもwin-winだろうと。プロモーション費用をみなさんに負担してもらっていない分、ちゃんと僕らはイベントで稼がせてもらいます、と切り分けているんです。

馬場 そうだよね。無料で施設PRをやって集客してもらっていることになるからね。

小野 そのあたりもすべて「なぜ」を明確にしています。なのでイベントのときテナントさんはかなり協力的ですね。

馬場 空間は曖昧になっているけど、事業の収益や責任区分はすごく明快。つまり見えるものは曖昧だけど、見えないところはすごくはっきりしてる。この曖昧な空間がなぜ成り立っているのかというと、運営ルールやシステムがものすごく緻密に決められていることが秘訣だとわかってくるね。しびれるね!

飯石 会議以外にも、店舗同士のコラボレーションやコミュニケーションはありますか?

小野 日常的に起きてますね。一緒に小さいイベントをやったり、コラボメニューをつくったり。他店舗のスタッフ同士の仲がいいですからね。

馬場 ここを大きく複数店舗で共有しているから、そういうことは起きてくるよね。

小野 特定の店舗じゃなくて「ボーナストラックで働きたい」というニーズもありますね。だからこの中の2店舗でバイトをやってる人もいるし、コワーキングスペースの会員で週末だけコーヒースタンドで働いている人もいます。

馬場 人材も流通しているんだ。

小野 マネージャー研修を複数店舗共通でやっていたりもしますね。複数店舗になったときのマネージャー育成って難しいじゃないですか。外部から講師を呼ぶと高額なので小さなお店では難しいですが、例えば5店舗が一緒になって呼べばかなり負担が軽くなりますからね。複数店舗で研修を受けると、ただマネジメントやインバウンド対応などの知識がつくだけじゃなくて、受講者同士で共通感覚が生まれるし、意識が高まって別店舗のマネージャー同士で相談し合ったりできるじゃないですか。商工会議所みたいな感じもありますね。

馬場 ほんとだ、新しい商工会議所だ。

小野 スモールビジネスに必要なことを細々とサポートしている感じです。

メディアタイアップのような収益モデル

馬場 さまざまな角度からマネジメントについてお話いただきましたが、経営的な面も聞いてみたいです。散歩社はこの場所のマスターリース、管理・運営、そしてイベント事業もやっているわけですよね。どのように経営の全体像をつくっているのですか?

小野 イベントとマスターリースの収入は半々くらい。スタッフは正社員が2人と業務委託が7~8人ほどで、業務委託はほとんどイベント企画者です。イベントの半分はスポンサーによる持ち込みイベントになりますが、ここは場所貸しだけはしていなくて、企画を大切にしています。

馬場 場所自体がこれだけメディア化しているから、場所自体に価値がついてるってことだよね。平日には日常があり、土日休日には非日常となって、スポンサーにとってもバランスがいいんだろうね。

飯石 イベントはどうやって企画しているのですか?

小野 最初はコロナだったのでコストがかけられず、すべて自分たちで企画から運営までやっていました。今となってはそれがよかったと思います。トンマナがそこで決まったから、その後に持ち込まれる企画もクオリティが高いものばかりで、持ち込んでくださる方も「ボーナストラックでやるからにはちゃんとやらなきゃ」と思ってくれているみたいです。企画がおもしろければ、場所代は歩合制にするケースもあります。イベントを含めた場所の運営自体をメディア業だと思っているので。

馬場 小野さんにとっては不動産業ではないということだね。

小野 日常的な運営やテナントのキュレーションで価値を上げて、時間単位のレンタルフィーも上げられる可能性を高めておこうと思っています。なんでも自由にやれて、自分たち色に染められるイベントスペースを望んでいる人たちは、それを借りればいい。ただそこの場所が持つ力には乗れないですよね。でもここでは場所の力に乗っかることができるので、僕らのレギュレーションに則ってもらうほうがお互いにとっていい結果になると思います。
馬場 この収益モデルの発想は完全にメディアのタイアップや記事広告そのものですからね。場所自体をメディアだと思うと、今の小野さんの発想がすごく自然に受け入れられる。不動産業からは組み立てにくい発想だと思います。いろいろ示唆的だなぁ。

小野 場所代だけ払ってくれれば誰にでも貸すという平等さは僕らにはいらないかなと思っていて。公共空間と同じで、フリーライダーが一番得するのはよくないですよね。積み上がってきている人の流れとか、クオリティは維持していきたいと思っています。

後編に続く

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