公共R不動産のプロジェクトスタディ
公共R不動産のプロジェクトスタディ

開かれた公民館のような公共施設。
延岡市駅前複合施設「エンクロス」

2018年4月にオープンした、宮崎県の延岡市駅前複合施設「エンクロス」。カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下、CCC)が指定管理者となり施設をプロデュースし運営を手がけています。企画会社として培ってきたクリエイティブな発想力と草の根的に地域にコミットする運営ノウハウとは?CCCが新たに起こした公共施設のイノベーションを紐解いていきます。

学びや文化の場を、どのように地域に残し、展開していくか

CCCといえば、Tポイントを基盤としたデータサイエンスの活用やTSUTAYA のFC事業をはじめ、代官山蔦屋書店での書店のイノベーション、そして2013年には新たな公民連携のスタイルとして佐賀県武雄市図書館の指定管理を担うなど、常に社会に新しいライフスタイルを提案する企画会社です。そんなCCCが武雄市図書館のみならず、全国の公共施設のプロデュースを手掛けているのをご存知でしょうか。

現在では、多賀城市立図書館(宮城県)、海老名市立中央図書館(神奈川県)、和歌山市民図書館(和歌山県)、高梁市立図書館(岡山県)、周南市立徳山駅前図書館(山口県)、そして延岡市駅前複合施設「エンクロス」(宮崎県)と、図書館をメインとする7つもの公共施設を運営(2020年4月現在)。

多賀城市では地元の飲食店とカフェカンパニー株式会社と3社で連携し、図書館の中に新しいファミリーレストランを企画したり、ベッドタウンの海老名市ではファミリー向けのイベントを強化していたり、高梁市では観光案内所として、地域の物産を集め観光の情報発信を担ったり、周南市では図書館と賑わい交流施設のハイブリッド型の指定管理を受けていたり。その土地の背景やミッションを汲み取り、さまざまな手法を組み合わせてCCCのクリエイティブをインストールしていくことが特徴です。
 

図書館や公共文化施設は、ただ本を貸し借りしたり、生涯学習機能を高めたりする場所ではなく、まちづくりや関係人口づくりの装置である。
本やコミュニティづくりを軸に、学びや文化の場をどのように地域に残し、展開していくか。

そんな思想のもと、CCCが手がける図書館以外の新たな公共施設のパターンとして、2018年4月に誕生したのが、延岡市駅前複合施設「エンクロス」です。

「誰もが集まるオープンな公共施設」
市民活動スペースを施設全体に点在させる

延岡市は宮崎市内から車で2時間ほどの人口約12万人のまち。多くの市町村と同様に延岡市も駅周辺の中心市街地の空洞化が課題になっているそうです。中心市街地の活性化というと、駅前に商業ビルを建てて商業で再興を図ることが多い中、近年は商業による活性化の失敗例も増えています。

そこで、延岡では市民ワークショップが開かれ、商業に頼らず、「市民力によるまちづくり」をテーマに計画が進んでいきました。元々、延岡は周辺を山々に囲まれた立地環境もあり、市民が自分たちの力で生活を楽しみ、イベントを企画実践するという特徴があると言われています。

とはいえ、日常的な賑わいをつくり出すためには、市民活動だけの要素では足りないと考え、エンクロスは、駅の待合、市民活動の場、キッズスペース、読書の場(蔦屋書店と閲覧用の図書資料)、カフェ(スターバックスコーヒー)、地域情報拠点という6つの複合機能を持った公共施設となりました。
 

約300の座席を設け、Wi-Fiや電源も完備して、人々が本やコーヒーと一緒にゆっくり過ごせるよう空間が設計されている。
建築の設計は、延岡駅周辺整備プロジェクトのデザイン監修者を手掛けた乾久美子氏で、2020年日本建築学会賞を受賞。
左 1階の階高をおさえて、2階の人の賑わいを1階からでも見やすくするなどの工夫がされている。 右 設計から運営まで「オープンにして人の賑わいを見せる」という考えが一貫しているのも、エンクロスのポイント。

エンクロスの最大の特徴は、市民活動の場であるということであり、建築や機能の配置にも市民活動を誘発させる工夫が見られます。

従来の公民館では閉じられた空間で活動が行われ、たとえ室内で賑わっていても外からその様子は見られない状況でしたが、エンクロスではできるだけオープンに、区分を設けず活動スペースが施設各所に散りばめられているのです。

通常の公共施設では部屋の稼働率が問題になりますが、エンクロスは、市民活動の場と読書やカフェ利用が「重ね使い」できるようになっていることも特徴のひとつです。
 

館内には約2万冊図書資料と、約2万冊の書店在庫がある。
左 図書閲覧コーナーにある本棚は可動式。 右 イベントがあるときは本棚をすべて移動させて広い活動スペースとして使うことも可能。

図書閲覧コーナーの一区画でトークセッションができたり、物産コーナーにキッチンを設置し料理教室をしたり、キッズスペースでヨガをしたり。

市民活動が開かれ、市民の目に触れながら行われることで、偶然に訪れた人が活動を知るきっかけとなり、その輪がどんどん広がっていく相乗効果を生んでいます。
 

オープンな空間の中にキッチンが設置されている。
キッズスペースでもイベントが行われる。

誰でも企画、参加できること。市民活動をオープンに。

2018年4月のオープンから2年で、合計1,730回の市民活動が行われています。平均すると1日約2~3件のペース。参加者数は、延べ2万6千435人で、約197組が市民活動者として登録しています。

市民活動においてエンクロスが大切にしているのは、“その道の達人”を集めて、市民と市民とが教え合い、学ぶこと。キッチンで開かれる料理教室で教えているのは決して一流シェフではなく、「料理が得意」「料理仲間をつくりたい」といういち市民であり、市民から相談を受けて、具体的なコンテンツや集客、そのほかの準備を市民と一緒に話し合いながら進めていきます。

開催されているのは、例えばこんなコンテンツ。

子どもと一緒に参加できるママたち向けのヨガ。活動者自身も子連れで参加し、活動後にはみんなでお弁当を食べたり。エンクロスではヨガだけで様々なジャンルやターゲットがあり、すでに13種類の活動が開催されているそうです。
 

左 「ママとベビーの癒しのヨガ」キッズスペースで開催されている。 右 「ラフターデー」という心のヨガといわれている、笑いヨガ。シニアの参加が多い。

ほかにも、ボードゲームが好きな社会人サークルから「一緒にプレイする仲間がほしい」と相談を受け、毎月1回ボードゲームステーションを開催。いまでは子どもからお年寄りの方までゲーム仲間となって、一緒にボードゲームを楽しむ姿が見られるそう。

キッチンでは、オーガニック食材の良さを伝えたい方がおつまみの料理教室を開催したり、地元のお菓子屋さんが子どもたちに和菓子の魅力を伝える和菓子づくり体験を企画したり、施設のあらゆる場所で幅広い活動が行われています。
 

左 ボードゲームステーション「みんなでボードゲームを楽しもう!」 右 オーガニック野菜を使ったおつまみをつくる教室。その後、試食とお酒を楽しむ。
左  和菓子の日に和菓子づくり体験 右 キッズスペースでもイベントが行われる。

こうして参加者が集まって友達になり、さらにまた新しい活動に参加していく連鎖が生まれていく。エンクロスでは市民活動がすっかり日常風景となっているようです。

では、なぜそのように市民活動がアクティブに行われているのか。

エンクロスが大切にしているのは、誰でも参加できること。そして、オープンな活動であること。営利目的ではないので、交通費や材料費などの諸経費を除いてほぼ非営利で開催されています。

市民活動の登録は随時募集。活動を始めたい市民は、エンクロス2階にある市民活動カウンターにて登録し、スタッフと一緒に活動を進めていきます。

活動が終わった後は、反省会が行われることもポイントです。活動の企画者とスタッフと一緒に今回はなぜ成功したのか、次回はどんなことが改善できるかなどを毎回話し合い、PDCAを回しながら活動が継続されていきます。
 

エンクロスは市民にとっての学びの場であり、“ミニ発表会の場”でもある。

じっくり時間をかけて地域にコミット。
草の根の精神が施設の基盤をつくる。

エンクロスのスタッフは、日常的に市民活動者の相談を受けて、丁寧なサポート体制をつくる、いわばコンサルティングのような業務であり、高いコミュニケーション能力が求められます。しかし、驚くことに、それらの業務はほぼ現地採用されたスタッフが行っているとのこと。

CCCでは指定管理業務を請け負う際、開設の1年前には必ずスタッフ2〜3名が現地に移住をし、地元の人とコミュニケーションをとることから業務を始めています。市民活動のサポート業務は、エンクロスの主要機能です。じっくりと地域にコミットしながら現地でリクルート活動をし、地元のスタッフと一緒にスキルを磨いていくことが、エンクロスに盛んな市民活動と活気をもたらしているのです。

「エンクロスのスタッフは個性豊かで、まちのために能動的に動いてくれるので、とても頼りになります」とエンクロス館長の中林奨さんは話します。あくまでCCCはファシリテーターのような位置づけであり、主役は地元の人々。スタッフも市民活動の実施者も、参加者も市民の中で好循環が生まれている。それはきっと行政にとって喜ばしいポイントだと思います。
 

「エンクロス」には、人と人との縁が交差する場所という意味が込められている。

公共施設運営の指定管理を受ける場合、その評価は来館者数や本の貸し出し数など、定量的な指標になりがちです。エンクロスでは、来館者数はもちろんのこと、アンケートを年1回実施して、市民の満足度も指標のひとつとしています。

さらに最終的なミッションは延岡市を盛り上げること。例えば、エンクロスでヨガの活動をしていた人が、まちの中でヨガスタジオを開業したり、料理教室をしていた人がレストランをオープンしたり。そんな市民活動の変化や進化が、今後の評価項目のひとつとなっていくかもしれません。
 

延岡出身のアーティストの作品を展示。空間のパーツも情報発信の一環としている。

CCCならではの公共施設のつくり方

エンクロスでは、延岡の情報発信ステーションとして、ウェブサイトやSNS、空間、店頭ブース、紙媒体をも駆使して、積極的に情報発信が行われています。

物販スペースでは、延岡の物産がセレクトされているほか、ローカルマガジンやフリーペーパーが揃うコーナーも設置。さらにエンクロスでは、出版社と共同で延岡の自然、スポット、グルメ、人などを取材して『NOBEOKA DEEP GUIDE』という書籍を制作しています。全国にはTSUTAYAが約1,000店舗あり、延岡の魅力がたっぷり詰まった書籍が全国展開されていく、という仕組みです。紙媒体の展開は、出版事業を持つCCCならではの強みといえるでしょう。
 

地域情報のコーナーがあり、ローカルペーパーを集めて情報発信。
延岡の物産がセレクトされた物販スペースも情報発信の場。

公共施設の運営と共に、市民活動の輪を育てていくというハイブリット型の展開。その裏には、イベント企画、コミュニティづくり、TSUTAYAというプラットフォームや情報発信力など、CCCが長年育んできたクリエイティブな発想やノウハウ、そして人材の蓄積がありました。

民間企業がつくる公共施設のカギは、地元との融合。時間をかけてやわらかく地域に溶け込みながら、企業のクリエイティビティやスキル、ノウハウを地域へと引き継いでいく。そこに地域と行政、民間企業が有機的に発展していく未来があるのかもしれません。

「読書や勉強する人もいれば、一日中お仕事されている方、ぼーっとしている方、子どもと遊んでいる方、打ち合わせをしている方、活動をしている方、それぞれの使い道があるのが、エンクロスのいいところだと日々感じています。エンクロスを市民の皆さんにもっと使い倒してもらいたい。そして、これからもまちづくりのために一緒にできることを増やしていきたいなと思います」(エンクロス館長・中林さん)

首都圏外の小規模のまちで、学びや文化の場をどのように残し、展開していくか。CCCの挑戦は続きます。

画像提供:エンクロス

PROFILE

中島 彩

公共R不動産/OpenA。ポートランド州立大学コミュニケーション学部卒業。ライフスタイルメディア編集を経て、現在はフリーランスとして山形と東京を行き来しながら、reallocal山形をはじめ、ローカル・建築・カルチャーを中心にウェブメディアの編集、執筆など行う。

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