新しい図書館をめぐる旅
新しい図書館をめぐる旅

地域自治を育む公共施設をつくる。株式会社マナビノタネ 森田秀之さん

公共R不動産の新連載「新しい図書館をめぐる旅」にて、都城市立図書館を訪れたのは去年の暮れのこと。館長の井上康志さんからお話をうかがう中で、キーパーソンとして浮かび上がってきたのが、管理運営事業共同体MALコンソーシアムの代表団体・株式会社マナビノタネ森田秀之さんの存在でした。

都城市立図書館で体験した、みんなの居場所として地域の人が集い、社会性を育み実践する場として機能する新しい公共図書館像。そのメッセージの源泉に触れたい思いに駆られて、私たちは森田さんのもとを訪ねました。東京から新幹線で1時間。森田さんは全国の名だたる公共施設の開館支援を行いながら、長野県軽井沢町の隣町、御代田町に居を構え、無農薬で米をつくり、薪をつくるために木を伐って山も守り、自ら実践者として自然と一体になって生き抜くための実験と場づくりを行っています。

そんな森田さんのフィールドを体験しながら行ったインタビュー。話は図書館の枠を大きく超え、環境問題から現代物理学まで話題を横断しながら、聞き進めるほどに、森田さんが培ってきた知見、仕事のスタイル、人との付き合い方、そして都城市立図書館で感じたことが次々とリンクしていく心地よさを覚えました。山に入り仲間と会話する森田さんの姿や、御代田町の風景、冬晴れの透き通った空気に触れることで、さらにそのメッセージは深く裏付けられ、ふに落ちていくのです。あぁそういうことなのか、と。私たちはこれからどう人と地域と関わり、生きていくのか。森田さんが手がける公共施設と信州の暮らしから、大きなテーマを受け取った気がしました。

(聞き手:公共R不動産ディレクター 馬場正尊/ 文:中島彩)

 


森田秀之さん プロフィール

1966年東京都生まれ。早稲田大学大学院 理工学研究科 物理学及応用物理学専攻 修士課程修了。1991年株式会社三菱総合研究所入社。2001年同社主任研究員。2007年同社退職、株式会社マナビノタネを設立。
教育文化施設や、イベント、観光ツアープログラムなどの文化事業を通じて、地域やコミュニティが課題やテーマを共有しながら創造的な活動を行う”場”づくりをおこなっている。
開館に携わった公共施設には、せんだいメディアテーク、川口市中央図書館・メディアセブン、島根県古代出雲歴史博物館、武蔵野プレイス、瀬戸内市民図書館もみわ広場、石巻市復興まちづくり情報交流館、札幌市図書・情報館などがある。
都城市立図書館の備品調達業務、開館準備業務、管理運営業務、カフェ経営を引き受けた事業共同体(MALコンソーシアム)代表。クリエイティブディレクター兼務。
http://www.manabinotane.com/
 

信州で知った「自治」の本来の意味

馬場 東京から軽井沢まで新幹線で1時間。そこからローカル線で15分、あっという間に着いてしまいました。先日、都城市立図書館を見てきたのですが、館長の井上さんの言葉の端々から、森田さんの考え方に共鳴している感覚がありました。今日はどのようにして都城市立図書館ができたのか、そこにはどんな思想や背景があるのかをゆっくりうかがいたいと思います。

森田 僕の場合は、図書館以外の話が多いかもしれませんね。

馬場 今日、ここにうかがったこととも大きな関係があると思っています。森田さんが三菱総合研究所(MRI)を経て、ここを住処として選ばれていることもすべて繋がっているのではないかと思ったんですね。なので、遠回りしながら聞けるといいなと思っています。

 

森田秀之さん(左)と馬場正尊(右)。御代田町の森田さんのご自宅にて。

森田 ここに移り住み、いまでも僕を動かしている動機は、地球環境問題を知ってしまったことにあります。MRI時代、2005年の愛・地球博で「サイバー日本館」のディレクターを担当したときのことです。博覧会の共通テーマである地球環境問題をまず知ろうと、編集者、ライターさんとともに気象や環境の専門家、有識者へのインタビューを始めました。それが、あまりにも衝撃的な内容ばかりだった。

「地球は随分前に地獄の門をくぐっており、もう後戻りはできない。たとえ大昔の生活に戻したとしても百年は灼熱地獄。毎年未曾有の台風が来て、集中豪雨など年々激しくなっていく。地球規模で食糧難になる。」

最近では専門家たちは、2030年までに人類は生き方、暮らし方を変えないと地球は急激な気温上昇による気候崩壊が起こり、それを抑えることができなくなる、と言っています。環境を保つためだけでなく、おかしくなる気候の中で生き抜く術も身につけておかなければならない。

そういう話をすると人は怖がるし、嫌なことは聞かないですよね。だからとにかく気付いてしまった人が先に行って試しておくしかない。ここでの暮らしは、家族を巻き込んだ大実験です。どのくらい頑張れば自分たちが生きていける分のお米をつくることができるのかとか、太陽熱利用システムと薪ストーブでどれだけエネルギーがまかなえるのかを知ることから始めました。

 

町のクラインガルテン(滞在型農園施設)交流棟。都市住民が定期的に滞在し、農作業や地域の暮らし、人と触れ合う。森田さん主宰の「通い稲作塾」でも利用。これらがきっかけで住み始める人もいる。

森田 ここで暮らしていく中で自治活動に自然と参加するようになりました。自治なんて東京では、ほとんど関係ないじゃないですか。僕は生まれも育ちも東京ですが、町内会のつながりは秋祭りで御輿があったぐらいで。こっちに来て、水や里山は誰が守っているのか、地域の清掃とか農道の管理とか、その成り立ちや手段が全然わからないことに気付いてしまった。

長野県では公民館をとても大切にしています。公民館っておもしろい場所で、建物は行政が建てるんですが、その後の維持管理は地区の人がやる。区費や使用料を集めたり、行政からも補助をもらったりしながら地区住民が運営を回していくんです。住民が集まって飲みながら地区のことを話し合ったり、お母さんたちが集まって一緒にものをつくったりする活動の拠点です。本来の公民館のあり方を、ここに来て初めて知りました。

馬場 それって自治そのものですね。

森田 地区では共同清掃の日があって、昔の道普請(みちぶしん)も兼ねているのだけれど、みんなで道の草刈りをしたり、雨で流されて排水溝にたまった土砂を取り除いたりしていく。本来、まずは自分たちでやってみて、できないことを自治体にお願いする。自治とはそういうものなんですよね。だけど、今の世の中は、自分の所のことでなければ自治体に任せる。自治の拠点となるはずの公民館も役割が薄くなっています。

そもそも日本の地域図書館のはじまりは、地区住民が集う公民館の図書室や本のコーナーだったわけです。1949年に定められた社会教育法の中の公民館の項目に、事業のひとつとして「図書、記録、模型、資料等を備え、その利用を図ること。」とあるんです。公民館にみんなが集まって、そこに本がある。その流れからしても地域の図書館は「本のための建物」ではないはずです。だから僕は図書館の建築設計の過程では、人の居場所としてのあり方を大事に考えることにしています。その過程で書架のレイアウトも決まっていく。人の居場所として考えるから、椅子とか人が触れるものも大切にする。

馬場 そうかぁ。武蔵野プレイスも都城市立図書館も、まずは巨大な公民館で、そこに図書館という機能が入ってきているということか。

森田 それは、せんだいメディアテークにも言えることです。メディアテークは、1階が公開空地になっていて、公園扱いにしている。つまり、だれもが来られて、何をしてもいいし、何もしなくてもいい。そういう場所があるんです。

 

持続的に活動をおこすための「熾火」をつくる

馬場 移住して自ら経験したことが、図書館づくりに反映されているということでしょうか。

森田 ここに移住したのは2007年で、ちょうど同じタイミングで武蔵野プレイスの開館準備の協力依頼を受けたんです。だけど移住直後はまだ自治の意味も分かってないんですよ。でもしばらくして、ここで暮らしていると自治に対するいろんな気づきがあって、それで、僕が入る前に基本構想でうたわれていたコンセプト「知的創造拠点」を、「活動支援型の公共施設を目指す」に変えましょうと提案しました。「“気づき”から始まる『アクションの連鎖』が起こり得る機会と場を提供し、支援」していくことになりました。

馬場 市が決めていたコンセプトを、途中で変えるのは勇気がいることですね。

森田 武蔵野市でも市民活動をもっと進めるべきだと思ったし、自らの気づきで始めていくアクションの重要性を感じていたから。個人が自分を深めていく垂直方向と、人が人に行動を気付かせて範囲を広げていく水平方向の両方が大切。それが武蔵野プレイスの考え方です。そのためには、すごく本が好きな図書館ユーザーだけでなく、あらゆる人が来ないといけない。一般的には、図書館を使うのは市民の2割、多い地域で3割くらいと言われていますが、それをもっと引き上げないとダメだと思いました。

僕が武蔵野プレイスのプロジェクトに参加した時にはカフェは1階の窓際にレイアウトされていたのを、入り口を入ったエントランスフロアの中央に変更しましょうということになりました。真ん中に会話をしているような場所があれば、誰もが建物の中に入りやすい雰囲気になるだろうと。

2階の書架はテーマごとになっていますが、大型書店で書架の写真を何百枚も撮らせてもらって分析して、それを参考に司書さんとふたりで配架プランを考えました。図書館は使わないけど本屋には行くという人にすぐ馴染むような。

そのほか、予約できる有料席をつくって雑収入分を事業費に回せるようにしたり、市民活動支援のフロアでは情報共有のスペースや仕組みをつくったりと、どのようにアクションが連鎖していくかを具体的に考えてつくっています。

 

森田さん自ら山にある薪炭林に入って薪をつくる。広葉樹は適齢で伐れば、切り株から自然に芽(ひこばえ)が出て山が若返るという。地域で里山をどう守っていくか、仲間たちと取り組んでいる。

馬場 活動が続いていくのは、なかなか難しいことですよね。

森田 自宅では薪ストーブを使っているのですが、薪って激しい炎の中に入れてもなかなか火がつかないんですよ。持続的な熱が必要なんです。その熱によって木炭ガスが出てきてそれが燃える。だからストーブの中がすごく熱ければ、薪を置いてあげるだけですぐ燃え上がる。理想は、火が立っていない赤々と燃えている500℃ぐらいの熾(おき)という状態なんですけど。

人も同じで、まずスタッフやメインのユーザー層に熾火の状態になってもらう。そうすると新たな人にも次々に火がつく。活動が続く場所をつくるというのは、いい熾火をつくるということで、とにかく僕は熱が上がるようにあおぐんです。新しいアイディアや取り組みに対して「いいじゃん!いいよ!」と応援していくと熱くなっていく。

せんだいメディアテークは来年1月で20周年になりますが、ますます燃えていますね。それはやっぱりスタッフの熱量が持続しているから。新しいスタッフが入ってくると、着火しちゃうんですね。ノウハウの伝授とかじゃないんですよ。大事なことはそんなことではない。

馬場 すごい、言い放った! 熱量なんですね。

森田 新しい人が入ると、新しい何かが発火する可能性がある。老舗もそうじゃないですか。暖簾を守るってずっと同じことをやっているわけではないですよね。総入れ替えしちゃうとまったく違うものになるけど、少しずつ変わっていきながら、燃え続ける。時間が経つごとにどう変わっていくんだろうって楽しみにしています。

 

空間を風景としてとらえた公共施設づくり

馬場 都城市立図書館は、元ショッピングモールの広い空間の中に、濃度の違いがうまく分布されているし、森田さんのアイディアとも共鳴した空間になっていますよね。

森田 空間デザイン総合監修を行った建築家の会田友朗くんのセンスのおかげです。ハーバード大学の建築で修士を取っていますが、その前に東京工業大学の中村良夫先生のもとで景観工学を学んでいて、空間を、建物としてではなく、まずは風景としてとらえるんでしょうね。

グラフィックデザイナーの井口仁長くんの力も大きい。これまでも何度も一緒に仕事をしていますが、仁長くんは見やすさという基本をしっかり押さえてから可能性を広げていくデザイナーで、ロゴからサインまで主にグラフィックの面からアートディレクションを担当してもらいました。

会田くんは三次元の感覚が鋭いし、仁長くんは二次元でしっかりと見せるのがうまい。2人のセンスがうまく合わさっているわけです。

 

都城市立図書館のホール。開放的な空間で、歩くだけで発見がある施設。

馬場 図書館の運営チームはどのような体制なのですか?

森田 僕の会社(株式会社マナビノタネ)と図書館関連事業を行う株式会社ヴィアックスとで管理運営事業共同体「MALコンソーシアム」をつくり、都城市と5年間の指定管理者契約をして運営を行っています。図書館のスタッフは現在五十数名。僕がオーナーをしているカフェショップのスタッフと合わせると、全体で70人近いチームですね。図書館運営の現場は「ライブラリー」「スタジオ」「総務」と大きく3つのグループに分かれていて、さらに「ライブラリー」グループの中に「資料」「相談」「場づくり」「移動図書館」「高城(分館)」のチームがあります。

馬場 場づくりチームとは?

森田 児童書エリアやティーンズ向けの書架、それからシニア、障がい者に関連したものも担当しているチームです。一般的な公共図書館では、児童担当、青少年担当のように世代で担当を決めて、対象者に本を提供していくことを仕事にしていますが、都城市立図書館ではそういう人たちに自分で面白そうなものを見つけていくことを経験していく場、自由にしていていいよ、楽しんでいいよという場をつくることに力を入れることにしました。それをチーム名にしたんです。

特に、感性を育む「こどものにわ」という活動を東京と福島で続けている櫛田拓哉さんとコラボしてつくった、その名も「こどものにわ」という部屋を中心に場づくりに力を入れています。場づくりチームは櫛田さんのものすごい熱量に触れて、もう火がついています。

馬場 なるほど。思想がちゃんとチーム名に出ているんですね。

 

感じたことについて考える

馬場 都城市立図書館では、都市計画のキャリアを持つ井上さんに館長をオファーしたと聞きましたが、館長に必要だと思っていたキャラクターはどんなものだったのでしょうか。

森田 あらかじめ決めていないですね。この役はこういうキャラクターがいいとかはない。人と会って感じるだけ。第一印象でもそうだったし、何回会ってもやっぱり井上さんがいいなぁと感じました。どうやってこの仕組みをやろうとか考えることはありますが、「これに決めた」ということには、あんまりはっきりとした理由がない。すべてそうですね。この場所に引っ越したこともそう。この土地に決めたときも「ここだ」と感じるんですね。

馬場 総合的な感覚で判断しているんですね。

 

レイチェル・カーソンの遺作『センス・オブ・ワンダー』。森田さんが本棚から取り出してくれた、感じることの尊さを教えてくれる一冊。

森田 2010年に山形県庄内地方に初めて行って、そのご縁から庄内の農家さんの後継者を増やす取り組みをお手伝いすることになったんですが、そこで出会った羽黒山伏の最高位である星野文紘さんから、庄内に入って何かやるならまず修行だなと言われて、星野さんの先達で修行をやりました。それも2回もやってしまった。それで大事なことに気がつきました。そこに身を置いて感じることなんです。

星野さんはみんなに「感じるままにやればいいよ」と言います。感じるということは、何か理由がある。それを他人がどう言おうと、感じたということは正しいのだから、それに従って行動することが大事だと。しかし、感じたことについて、ちゃんと考えなければいけないって言うんですけどね。

馬場 感じたことを考える。すごいフレーズだ。確かにすごく重要な行為ですよね。

森田 大学では物理学を専攻したのですが、今まで決まり切った常識だと思っていたことが、そうではないことに気がついてしまった。現代物理学では、光というものは何なのかとか、現象を解明するために仮説を立てて理論的に数式を解いていくのですが、どうしても日常の世界での常識が通用しないこと、不確定なことが世の中にはあるということを認めざるを得なくなる。実は人間が「わかる」ことなんて、ほんのわずかな領域でしかないのかもしれないと思うようになる。そうなると常識とか理屈とかに捉われないようになってくる。

馬場 理屈じゃないんですね。現代物理を極めていくとそういうふうになるのか。

森田 僕は極めてないけど、でもそうなんですよ。だからはっきり理解していないものも、何かよさそうだなと感じたらとりあえずやってみる。

 

記憶からアイディアが生まれる

馬場 都城市立図書館を見ていても、武蔵野プレイスを見ていても、発想がすごく多面的で一見バラバラに見えるんです。それがちゃんと編集されてひとつの塊になっていますが、そのひとつひとつはどうやって思いついているのか、どんな思考回路をたどっているのか。もしかしたら、ロジカルに解けないことなのかもしれないですが。

森田 どうやって発想していくのかとよく聞かれるんですが、記憶が元なんですよ。僕はあまり記憶力が良くないこともあって、大事だと思ったことは忘れないようにあえて思い出す機会をつくっているんです。そうすると、「あの人があのとき言っていたことって、こういうことだったのかな」と、その人が本当にそう思っていたかはわかりませんが、自分の中では後で意味づけられる。記憶って不確かで、自分の中で印象や意味がどんどん変わっていくんですよね。それを繰り返していくうちに新しい思考、発想が出てきて、機会が来たら逃さずやる。

馬場 そうやって具体的なアイディアとか空間に変換されていくわけですね。

 

森田 たとえばこんな感じです。MRIで初めてプロジェクトリーダーをした仕事が、現在の岐阜県立情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の開学支援でした。20代後半の頃です。岐阜は戦後、繊維業が盛んだったのですが、中国にその工場のほとんどが移ってしまった。そこで当時の岐阜県知事の梶原拓さんが、地域にデザイン力だけは残そうと、情報技術と芸術、科学を融合させた領域で「表現者」が生まれるような、まったく新しい学校をつくろうと号令をかけたんです。

IAMASの仕事の中で、表現者とは何かを随分議論しました。その記憶を思い出していたら、ふと農家だって表現者なのではないかという考えが湧いてきたりして。それで、みんなが表現者になるっていい考え方だなあって思って、市民が表現する場所が未だないなら図書館の中につくろうと。知ることと表現することは表裏一体だから。それで「プレススタジオ」というアイディアが生まれてきたんです。

いや、常に記憶を掘り起こしているわけじゃないですよ。人と話している最中に、そういえば「表現者」って話してたよなぁとか思い出す。何か生み出さなくちゃと無理やり考えるのではなくて、ふと出てくることが多い。

山伏の星野さんは、たまたまとか、偶然にというのは「魂が先に行っているんだよ」と言います。スピリチュアルな話に聞こえますが、無意識の中で思いが先に行動を起こしているということらしい。説明つかないかもしれないけど、信じられないということはない。

馬場 なるほど。だからあのような構成になるのか。理屈的じゃなく、いろんなところからやってきたアイディアが並べられているようなポジティブな散漫さはそういうことだったのですね。

 

 

種はまくものではなく、こぼれ落ちるもの

馬場 プロジェクトを動かすとき、どのようにチームづくりをしているのですか?

森田 具体的なことしか言えないのですが、まずはメールからですね。「様」は絶対にNG。「お世話になっています」というような形式的な挨拶もやめてほしい。「こんにちは」「おはようございます」はOK。そうやってメールベースから徹底して、好きなことが言える雰囲気をつくります。だから僕はどんな偉い人でも、お会いして普通にお話できるようになったら、メールは「○○さん」で書き出すんですよ。

馬場 そのほうがうまくいくことがありますよね。

森田 そうですよね。プロジェクトをスタートさせるとき、最初に具体的にそれをやるだけで、僕のスタンスがみんなに伝わる。いつだったか言われたんですよね、すごくありがたかったって。今までは下請け業者のように扱われることが多かったのが、自分もほかの人と変わらないパートナーとしてそこにいて、役割がある、期待されていると感じたと。

馬場 ごく自然にフラットになる小さな工夫だけど、それが徹底的な力を持っている。それって大きいなあ。いいことを聞いたなぁ。熱も起きやすくなりそうだ。

森田 僕は建築家のみなさんやいろんな方と一緒に仕事をさせていただいていますが、互いにいくつものアイディアを出していくんですよ。たくさん出して、つぶして、残ったものがいい形になっていく。だからそもそもアイディアを出せないと、いいものができない。そして、アイディアを形にするための土作りをしていくというか。いろいろな種がこぼれて、その中から芽が出るものがあって。

馬場 さっきのアイディアを具現化するプロセスと似ていますよね。これは僕の感想なのですが、森田さんの発想や言っていることのひとつひとつは、極めて具体的なんですよね。だけど、その集積が自然界のようにちゃんと調和し始めているというのは、空間のつくり方も人とのチームづくりも仕事の仕方も、同じトーンで一貫性があるから。それが現代物理の話の確定的ではないことにも、散らばったまま存在していることにも、すごく通底しているなと思って、一人で納得して喜んでいるんですよ。

森田 「(あなたのような人に)いままで出会ったことないです」って言う人もいます(笑)

馬場 メタファーが畑であることも、森田さんらしさなのかな。そういえば、マナビノタネという社名もそうですね。

森田 実は社名の本当の意味は、永遠に不明なんですよ。

馬場 永遠に不明?

森田 大学の指導教授は僕が修士課程を終えて大学を出た翌年に定年退職したのですが、会社を午後半休して最終講義を聞きに行ったんです。先生は東大で博士号をとっていて、東大の時の恩師が最終講義の最後で言われたことを同じように最後に話しますと言って、こんな言葉を残したんです。

「種はまくものではなくて、こぼれ落ちるものだなぁ」

こう言って最終講義は終わって。その意味を聞きたいと思っていたら亡くなってしまった。先生は大きな問いを出されて去られてしまった。会社を設立する時になぜかこのことを思い出し、社名に「タネ」を付けました。

いまは、僕はこう解釈しています。種は本来、意図的にまかれるものではない。自然とこぼれた種は、条件がすべて整った時に芽が出る。そこから自らで育っていったものは強い。だから種がこぼれ、芽が出るのを待たなければいけないし、それを引き受ける大地もまた健全であることが大事なんだろうなぁとね。

PROFILE

中島 彩

公共R不動産/OpenA。ポートランド州立大学コミュニケーション学部卒業。ライフスタイルメディア編集を経て、現在はフリーランスとして山形と東京を行き来しながら、reallocal山形をはじめ、ローカル・建築・カルチャーを中心にウェブメディアの編集、執筆など行う。

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