「クリエイティブな解体」の多様な可能性
前回(研究員トーク前編)は、公共不動産の解体がなかなか進まない背景にある根深い課題と、それゆえに陥りがちな「負のスパイラル」について、構造の理解と現場感覚を持ち寄って議論を深めました。そして、そうした困難な状況のもとでも、川口さんが岡山県津山市で実践してきた、財源確保や発注方式の工夫といった「足元を固める」ためのクリエイティブな「守り」の取り組みから、多くのヒントを得ることができました。
ただ、「守り」を固めるだけでは、解体はどうしても「コスト」や「後始末」という後ろ向きなイメージから完全に抜け出すことは難しいかもしれません。そこで後編となる今回は、そこからさらに一歩踏み込み、解体から新たな「価値」を生み出す「攻め」の視点、そして「クリエイティブな解体」が持つ多様な可能性について触れていきます。


解体資源の価値化「モノ」の価値を見つけ出す

解体で出てくる古材などを新たな資源として活かす「モノの価値を見つけ出す」視点から。初回記事では「アップサイクル」に注目し、長野県諏訪市の「ReBuilding Center JAPAN」や、OpenAとナカダイの共同プロジェクト「THROWBACK」を例にあげました。
前回のトーク中に川口さんから話のあった、解体する建物の建具フリマ販売の話をもう少しお聞きしたいです。大きな収益にはならなくても、前例のない中で可能なことをまずは試してみる。その実践は多くの自治体職員の方にとってヒントになるんじゃないかと思うんです。自治体でフリマってあまり聞いたことがなかったのですが、取り組んでいる自治体は多いんですか?

地方自治体が財産処分をすることについて、地方自治法に規定があまりなく、結構デリケートなところがあります。行政により異なりますが、フリマ販売は高額のものはあまり認められず、少額であれば随意契約として許されるところも。近年はオークションサイトも出てきていて、出品している自治体はあれど、あまり広がっていない気がします。

例えば古い図書館のいい感じの備品ってあるじゃないですか。本棚とか、マガジンラックとか。あれを欲しがる人はいると思うんですけど、規定により譲渡できないと判断する自治体は多いでしょうね。譲渡はできないが、処分するまでの間なら無償で貸与することはできる、としていたりとか。それなのに、最終的には自分たちで費用をかけて処分している。規定としては正しいのかもしれないけれど、もう少しやりようがあるのではないかと思います。


津山市では結局、オークションサイトではなく、フリーマーケットアプリで販売してみたんですよね。先着順の随意契約という扱いですね。プラットフォーム側が手数料を数%持っていきます。あくまで少額のものなので、これで売上がたくさん上がるということにはならないですが、小さくてもいろんなことに挑戦してみようと思ってやってました。

解体工事の見積で、撤去された廃材から売却できるものを売って得られる収入分を充てて解体工事費を抑えたりもしますよね。

はい。閉鎖した給食センターの厨房機器を、全部持っていってくれる前提で入札にかけたら、けっこうな値で応札があったこともあります。

ゴミを細かく分離することで「資源」となりお金に変わるという視点では、鹿児島県の大崎町を想起します。町民の協力を得て頑張って分別して、それで稼いだお金を商品券のようなもので町民に還元しているんですよね。それは素晴らしいなと思います。

「ゼロ・ウェイスト」を宣言している徳島県上勝町にあるゴミステーション併設のホテル「上勝町ゼロ・ウェイストセンターWHY」では、これを資源化するとグラムいくらになります、処分費がいくらかかります、とかちゃんと金額が書いてありました。数字としてわかりやすく見えるというのがとてもいいなと感じました。


まさに「資源の収穫」ですね。解体工事という現場でそれがどこまで現実的かという事情もありつつ、持って行きやすく資源化しやすい「モノ」がなんなのかを知っておくことで、対応策も出てくるような気がしました。再資源化する企業の見学なども行きたくなってきました。
解体プロセスの価値化「コト」の価値を創り出す

次は、解体のプロセスそのものを地域との接点や学びの場として活かす「コトの価値を創り出す」視点。初回記事では、山口市のYCAMが行ったアートプロジェクト「meet the artist 2022」」や、東京渋谷のビルの終活「アートゴールデン街」を例にあげました。

グッドデザイン賞を受賞している「棟下式(むねおろししき)」というのもありましたね。建物を取り壊す前に感謝とお別れの儀式を行うもので、神職による清祓いや思い出の品を囲んだ語らい、写真・動画で記録し、可能であれば部材のリユースなどを行います。建物に関わった人々の想いを整理し、新しい価値や文化へつなげることを目的としています。

惜しむプロセスみたいなのがちゃんとあるというのは大事ですよね。一方でいよいよ解体される前にしか行かないという問題もありますが。

東京・谷中の木造アパートを改修した「最小文化複合施設」HAGISOのプロセスもまさにそれでしたね。解体して駐車場にする予定だったアパートに死化粧を施して看取るというアートイベントをしたところ、想像を遥かに上回る来場で大盛り上がりし、不動産オーナーがもったいないと感じて、結局リノベーションして使うことになった、という。


必ずしもすべての建物を改修・活用できるわけではないということは、確かに寂しい現実です。だからこそ事務的に解体工事を進めるのではなく、解体のプロセスを共有する余地があるなら、「無くすだけのことに金をかける」という世界観とは異なる「価値」が生み出されることがある。そこにもう少し目を向けてよいのではないかと感じます。
解体後の活用価値化「ツギ」の価値をデザインする

そして最後は、解体後の空間のあり方をどう描くかという「ツギの価値をデザインする」視点です。初回記事では、瑞穂町図書館の減築・改修など、場所の記憶を「継ぎ」ながら新たな価値を加えるアプローチや、更地をマーケットなどで暫定活用することを通じて求められる「次」の姿を見つけていくアプローチなどを挙げました。

台湾・台南の「台南スプリング(Tainan Spring)」を挙げたいです。ショッピングモール跡地を公園に変える再開発。都心にあった廃墟を解体し、その躯体の一部が風景として残りながら、水や緑が心地よい公共広場に生まれ変わりました。駐車場があった地下1階部分を活用してサンクンガーデンにしたことで、まちとつながりながらも別世界を演出するとともに、周縁部や道路下に日陰が生まれ、暑さが厳しい台湾に適した公共広場のデザインになっています。水辺脇には店舗も計画されており、気持ちのいい商業空間と公共広場が融合した空間になるでしょう。コロナの影響で僕が訪れた2024年末にはまだ店舗はオープンしていませんでしたが……。


岐阜の柳ヶ瀬商店街で、2002年に閉店した商業施設跡地を市が買い取って、都市計画公園として解体・整備するという事業が進んでいるようです。宇都宮でも同様に、オリオン通り商店街の中にあった商業施設跡地にオリオンスクエアというステージ付きでイベント等もできる広場ができている。老朽化が進んでしまい活用も難しくなってしまった、中心部の大型商業施設の跡地は、こうした例が増えてくると思っています。だからこそどのような広場になるのか、デザインや運営面がとても大事な要素になってくると思います。

福山の「iti SETOUCHI」もそうですね。確かに都市部においてはこの方法がど真ん中な気がします。ただ、どのエリアでもできる話ではない。そこをどう考えていくか、という課題は残りますね。
エリア特性に応じて考える「解体後」と未来像
都市部と、農村部や過疎地とでは、やはり解体後の展開が大きく異なります。特に、売れない土地、使い道のない土地ではどうするか。一見すると解体とは結びつかないようなキーワード「粗放農業」が飛び出しました。

解体が進まない要因のひとつに、解体した後どうするの?という、つまり「その先が見えていない」ことがあると感じています。更地にしても売れないとか、使い道が思い浮かばない土地が多くあり、行政がその後のイメージを描けていない。だからこそ、よい事例や、伝わりやすいビジュアルも含めて、解体後の未来像をもっと提示していく必要があると思います。

僕が最近注目しているのは「粗放農業」です。いわゆる「活用」の方策が見当たらないゆえに、コストをかけず「放置」するという選択肢になりがちなエリアにおいて、手をかけずにゆっくり自然に還していく、あるいは次の活用が決まるまでの「つなぎ」として使う、そんなグラデーションのある土地利用の選択肢として、可能性を感じています。


例えば解体した跡地に牛やヤギなどの家畜を放牧したり、人の手をかけすぎずに自然の遷移に任せながら植生を管理したりするイメージです。大きな設備投資や日々の集約的な管理を必要とせず、荒廃の防止、獣害対策、あるいは小さな安全な食糧生産の可能性にもつながる。人の手をかけずに土地を適正に管理し、ゆっくりと自然に還していく、あるいは次の明確な活用策が見つかるまでの大切な「つなぎ」として機能する。これは金沢大学の林直樹先生が提唱されている『農村の撤退戦略』という考え方にも通じるのですが、必ずしもすべての土地を急いで開発や活用に結びつける必要はないのではないか、むしろ時間をかけてその場の可能性を見守るという視点も大切なのではないでしょうか。

すごく面白いですね。五島列島の小値賀島で、公園にヤギを放牧して草刈りをさせているのを見たことがあります。町としてそういう風景を積極的に受け入れ、自然と共存している。こういう地域に根差した風景の維持も、解体後の風景を考える上で大切なあり方の一つかもしれません。

一方で、都市近郊や、かつてニュータウンとして開発されたエリアの大規模な団地跡地など、また異なる特性を持つ場所のデザインも、これからの大きなテーマです。

UR(都市再生機構)の郊外団地でも、施設の老朽化が進み、建て替えも売却も一筋縄ではいかない、という土地が増えて、大きな課題になっていると聞いています。そうすると、粗放農業のような視点も一つのヒントになりますし、あるいは周辺に残る農地と積極的に連携したり、地域住民が主体的に関われるコミュニティ農園やオープンスペースとして再整備するような形も考えられるかもしれません。その土地のポテンシャルを時間をかけて引き出す、という発想の転換が求められているのかもしれません。
エリア別の課題感や将来像を見据えながら有効なアプローチを探っていくことが必要だということが見えてきました。
「解体」のミクロから「まち」のマクロまで
ひとつの建物の解体というミクロなアクションが、エリア全体の再編や、ひいては国土全体の持続可能性というマクロなビジョンと接続していくような感覚も、研究員に生まれてきました。

近年の都市計画分野では「縮退」や「シュリンク」というキーワードで、肥大化した都市を如何に適正なスケールに編集できるかという提案や議論がなされてきました。他方で、建築物の解体のスキームや技術も開発が進んできました。今日の話を聞いていて、そろそろこのふたつが合流してくる時期なんだと感じました。一棟の解体にとどまらず、それが地域全体の土地利用の更新や、都市の再編シナリオとどう関わるか。そうした視点を持つことが、「クリエイティブな解体」には欠かせないと感じます。
この『クリエイティブな解体』というテーマは、きっと多くの自治体の皆さんにとっても、目の前にある、避けては通れない『問い』のひとつではないでしょうか。
皆さんの地域では、公共不動産の「解体」といまどのように向き合っていますか? あるいはこれからどのように向き合っていきたいですか? ぜひ皆さんの地域の取り組みやお考えもお聞かせください。
ぜひ一緒にこのテーマ、この視点をポジティブに捉えながら、まちの未来を豊かにしていくためのヒントを、この連載を通じて探求していけたらと思います。引き続き、今後の動きにもご注目ください。
初回記事では、「解体」という行為を捉え直してみようと、「モノ」「コト」「ツギ」という3つの視点から、価値化の方向性を仮置きしてみました。
ひとつめは、解体で出てくる古材などを新たな資源として活かす『モノの価値を見つけ出す』視点。
ふたつめは、解体のプロセスそのものを地域との接点や学びの場として活かす『コトの価値を創り出す』視点。
そして最後に、解体後の空間のあり方をどう描くかという『ツギの価値をデザインする』視点です。