ハビタ的 自然化する都市のつくり方
ハビタ的 自然化する都市のつくり方

葉山のグリーンインフラの取り組み(後編):市民協働のレインガーデンづくりで洪水を抑制する|ハビタ的 都市のつくりかた vol.9

人間や植物、その他の生物たちが気持ちよく共存するハビタット(居住・生息空間)をつくる、これからの都市デザインについて考える連載「ハビタ的 自然化する都市のつくりかた」。水の流れを把握するためのフィールドワークをレポートした前回に続き、vol.9は実践編として、まちなかにレインガーデンをつくり、住民と行政が浸水被害改善に向けて協働するグリーンインフラの取り組みについて紹介します。

前編はこちら

平野邸レインガーデンづくり

レインガーデンとは、雨を浸透貯留させる庭のことである。具体的には雨樋(あまどい)をカットして雨水を庭に導き、ゆっくりと土に浸透させるタイプや、道路や公園などの表流水を集め、地面に掘り込んだ穴に砕石を詰め、石の空隙に雨水を貯留しつつ、浸透を行うものなどがある。その結果、レインガーデンは、雨水の下水道への流入量を減らし、集中豪雨時の洪水抑制対策に寄与する。レインガーデンの模式図を図−1に示す。土に植える植栽により生物多様性の向上や環境学習の場などにも効果を発揮するグリーンインフラの一部である。

図−1レインガーデンの模式図

葉山町で最初にレインガーデンをつくるにあたって、様々な人びとに見てもらうことと、関わってもらうことを重視し、地域で古民家をリノベーションした宿泊施設のかたわら、コミュニティガーデンなどの地域活動が行われている平野邸を設置場所としてまず選んだ。レインガーデンづくりの協働パートナーとして、葉山の在来種や和ハーブを使ったガーデニング活動を行う「一般社団法人はっぷ」、建築や景観保全を行う「NPO葉山環境文化デザイン集団」、平野邸を運営する「不動産会社エンジョイワークス」などの協力を得た。

古民家である平野邸には、庭の片隅にかつて使っていた防火用水枡が放置されていた。これを雨水タンクとして活用し、雨樋をカットし、雨水を溜めることにした。さらにその枡から溢れた雨水を受け、竹樋で導き、庭に散水すると共に、庭にある池に雨水を供給するようにしている(図−2)。

この池には葉山固有の在来のメダカである葉山メダカが飼育されており、水質を改善し、メダカがより棲みやすくなる生息環境をつくることを目的としている。竹樋が池に流入する付近には、海岸で採取した石を敷き、ツワブキなどの海浜の植裁を植え、葉山の「海の景」を演出した。竹樋は、葉山の里山エリアである上山口の竹林から切り出し、子どもたちを含む協働メンバーと竹を割り、加工と設置を行った。

このようにならべくお金をかけずに庭にあるもの、地域にあるものを資源として活用し、DIYで手軽に作れるレインガーデンのあり方を追求した。また、施工も一日で一気にやり終えるのでなく、毎月のコミュニティガーデン活動日に、少しずつ手を入れアップデートさせていくという方法を取っている。レインガーデンは、平野邸での利用者や宿泊者へグリーンインフラの考え方を説明する施設として利用されている。

図-2平野邸レインガーデン

花の木公園レインガーデンプロジェクト

民有地である平野邸でレインガーデンづくりを進める傍ら、町から役場近くの花の木公園にて雨水流出、浸水被害の課題があることの相談を受けた。花の木公園では、敷地内の土壌が踏み固められ、雨水貯留浸透機能の低下の結果、大雨が降る度に敷地外の道路交差点へ泥水の流出を繰り返していた(図−3)。消防署前の交差点付近は、葉山小学校、葉山中学校への通学路、町役場への経路であり、大雨の際は雨水流出により児童、歩行者が通行しにくくなっていた。

これを抑制するために公園内にレインガーデンを設置し、事前事後で流出抑制効果を測定するスモールプロジェクトを葉山町環境課、都市計画課の協力を得て開始することにした。花の木公園はみずみちウォーキングを行った森戸川流域に存在し、このプロジェクトの成果を森戸川流域の敷地に水平展開すれば、流域での浸水被害の軽減が図られると考える。

図−3 花の木公園から道路への流出の状況(2022年9月18日)

レインガーデン設置にあたって、公園敷地内の雨水貯留浸透機能を正確に見積もる必要があるため、公園外へ流出する雨水流出量および敷地内の地盤の浸透能力の測定をした。これは、レインガーデンの計画目標・規模を設定することと、事前・事後の測定を通して、雨水流出抑制効果を数値的に評価することを目的としている。なお、レインガーデンの数値評価に関する調査計画・現地測定等は葉山町在住の防災の専門家である矢部満氏(応用地質株式会社勤務)の協力と同社の支援の下で行った。

1 公園の雨水流出量の測定

公園の雨水流出量は、公園内の雨水流出が集中する階段周辺に土のうを設置し、降雨時の雨水を堰き止め、三角形状の間から流れ出る水の高さを小型カメラで撮影することで、高さと流量の関係式から求めた。また、周辺の雨量観測も行い、降雨時の雨水流出量と降雨強度の関係を把握した。

図−4 直角三角堰の設置状況 

図−5は台風の影響により大雨のあった2022年9月18日、19日における雨水流出量と降雨強度の関係図である。それぞれの流出ピーク時である降雨強度87mm/時間、75mm/時間は、葉山町の雨水排水の設計降雨強度(60mm/時間)を超える値でもある。このピーク時の雨水流出量の値を流域に降った雨による流出量を求める経験式にあてはめ、ピーク時の流出係数はそれぞれ0.5、0.56が逆算された。流出係数とは、流域からどれぐらいの流量が流出するかを表す係数で、例えば0.5なら流域に降った雨の半分の水が流れ出すことを示す。算出結果を踏まえ、流域の流出係数の代表値を0.5とした。

図-5 雨水流出量と降雨強度の関係図(2022年9/18,9/19計測)

2 公園敷地の浸透能力の測定

花の木公園の敷地内の浸透能力(浸透能)の測定は、レインガーデンの施工を想定した深度(地盤面より30cm)で、金属製の大小2つの筒を使った簡易なダブルリング法により行った(図−6)。測定地点は、降雨時に長時間水たまりが発生し、表土が露出したベンチ付近、芝やその他植生が地面を覆っている場所の合計4か所とした。このうちベンチ近くの地点では、土が締固めされており予備注入でも水がまったく浸透しない状態であった。一方、植裁部分では浸透能は高まる傾向にあった。

浸透能は時間あたりで浸透する水の深さの単位で示されるが、その他の場所の測定値(7~10mm/時間)の値は、これまでの研究成果1)で示されている「グランド・裸地」7mmと「芝地」22mmの中間的値であり、本公園の造成地が「締め固められた盛土相当」と推定すると妥当な値と言える。

図-6 ダブルリング式浸透能測定の様子

3 レインガーデン計画案とその雨水浸透貯留能力

以上の測定結果を踏まえ、レインガーデン試験施工の配置計画を図−7のように策定した。

公園の雨水流出の流末(階段)に近いエリアの小さめのレインガーデン4か所、公園北東の斜面上からの雨水流出をキャッチする、やや大きめのレインガーデンの1か所とした。レインガーデンの穴の深さは40cm、下から砕石層を30cm、土壌層を10cmとし、使用した砕石の空隙率は40%とした(図-9)。

レインガーデンの雨水貯留浸透機能を計算すると(※)、設計降雨強度に対する流出量に対して約2割の雨水貯留浸透効果が発揮されることが推定された。

※台風などの大雨に相当する60mm/時間の雨が降った場合の雨水貯留浸透能力を計算すると、雨水貯留量は4.3m3、雨水浸透量は0.26m3、合計の雨水貯留浸透量は4.56m3であった。上記の60mm/時間の雨の際の雨水流出量21m3に対する流出削減に対する雨水流出削減へのレインガーデンの寄与率は21.7%であり、設計降雨強度に対する流出量に対して約2割の雨水貯留浸透効果が発揮されることが推定される。

さらなる詳細は、以下のレポート(p.44〜)にまとめている。
https://www.chikyu.ac.jp/rihn/cms_upload/publicity/339/ecoDRR20230331.pdf

図-7 レインガーデン試験施工の配置案(google mapを元に加筆)
図-8 公園の水の流れを受け止めるレインガーデンのイメージ
図-9 レインガーデンの断面形状

4 レインガーデンの試験施工

上記の計画したレインガーデンの試験施工は、葉山で森林整備・保全活動を行う「一般社団法人葉山の森保全センター」との共催ワークショップとして2023年3月4日に実施した。町内外の有志30人程度に加え、葉山町の都市計画課担当者も参加した。

地面の掘削はバックホウでおおまかな形を掘り、人の手で整形を行った。穴の底面には浸透を促進させるための竪穴をさらに掘り、瓦や炭を入れている。掘った穴に、砕石を30cm充填した後、砕石層の横側と上部に透水シートを設置し、泥水による目詰まりを防止した。砕石の上に載せる植裁基盤としての土壌では、現地の土に土壌改良材と落ち葉を混ぜ込み植物が育ちやすいようにして埋め戻し、穴を掘る際に剥ぎ取った植裁を根と土が付いたまま移植した。掘削時にかなり多くのガラや石が出土したが、これをレインガーデンの仕上げや、現地発生土を溜める石積み土留として転用した。図-10にワークショップの実施状況を示す。

図−10 花の木公園レインガーデンワークショップ実施状況

できあがったレインガーデンは公園の表流水を呼び込むために窪地状に仕上げたものや、表流水に侵食されないように、堤防のように石を巡らせ、手前に掘を掘り込んだものなど、バリエーションの違いが出た。これが景観の多様性にも貢献しており、見て楽しめるものにもなっている(図-11)。

ワークショップに参加した市民からは、「土や石を掘って楽しみながら、洪水抑制に貢献できることが嬉しい」、「小さな町で地域を守る素敵なコミュニティの取り組み」などの感想が聞かれた。数値的な効果目標があることによって、レインガーデンをつくるという楽しい作業が、防災などの地域の公共の便益につながっていることに、より実感や充実感を持てたようだった。

図−11 できあがった様々なタイプのレインガーデン

今後の展望

設置後のレインガーデンは、降雨時に、雨水が流れ込み浸透貯留している様子が見られた。公園の表流水がレインガーデンに一部流れ込みにくい場所があったので、みずみちをスコップで掘り、雨水を導くメンテナンス作業を行った(図-11)。時間数ミリの雨なら階段での泥水流出は起きないように改善が見られている。また、移植した植裁は施工後1ヶ月を過ぎ、順調に定着している。養生期間が終わればロープを解き、レインガーデンの上を歩けるようにする予定である。ワークショップの参加者が雨の日にレインガーデンがどうなったかが気になり、雨の最中や後にちょくちょく見かけにいって、かんたんな補修などをしているのが面白いところである。

図−12 降雨時の雨水貯留するレインガーデンと、表流水を導水するみずみち

今後は、降雨時に設置したレインガーデンの効果検証を事後の流量測定に基づいて行う予定である。また、レインガーデンに関与する住民有志で立ち上げた「葉山グリーンインフラ研究会」による、地域でのグリーンインフラの啓発、情報共有、実装などに関わるハブとしての活動を開始する。特に、斜面隣接地や水はけの悪い庭の改善など、浸水被害に困る家庭や小公園などでレインガーデンを導入する際の相談や施工を行っていきたい。

今回述べたように、民地の小さな取り組みから始まったレインガーデンづくりが、公共用地にも展開し、市民と行政が協働するかたちで共通の防災の目標のために作業を行うことになったことが社会的な成果でもある。公園などの公共用地で市民協働によりグリーンインフラを設置することで地域の洪水抑制に貢献できる他、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の強化や、防災力の向上、生物多様性の向上、環境学習の場などの様々なグリーンインフラの多面的効果が発揮されることが想定される。

地域でグリーンインフラを実装するには、みずみちウォーキングなどの方法で地域の課題を共有し、スモールプロジェクトから始め、様々な地域の主体を巻き込んでいくことによって、地域の中で実践や知識を蓄積し、社会的関心を高めていくことが重要と考える。

参考文献:
1) 飯田晶子, 大和広明, 林誠二, 石川 幹子(2015), 神田川上流域における都市緑地の有する雨水浸透機能と内水氾濫抑制効果に関する研究, 都市計画論文集, 50 巻, 3 号, p. 501-508

PROFILE

滝澤 恭平

ランドスケープ・プランナー/編集者 ハビタ代表、株式会社水辺総研取締役、「ミズベリング・プロジェクト」ディレクター、『ハビタ・ランドスケープ』著者。1975年生まれ。大阪大学人間科学部卒業、角川書店に編集者として勤務。2007年工学院大学建築学科卒業、ランドスケープ設計事務所・愛植物設計事務所にランドスケープデザイナーとして勤務後独立。2014年東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。以降、九州大学大学院工学府都市環境システム専攻博士課程にて都市河川再生とグリーンインフラの研究を行う。2015年水辺総研を共同設立、全国の水辺のまちづくりや河川再生を精力的にサポート。2019年、日本各地の風土の履歴を綴った著書『ハビタ・ランドスケープ』刊行。地元の水辺として、東京杉並区の善福寺川を市民力で里川にカエル「善福蛙」で活動を行っている。

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