2003年に開館した「山口情報芸術センター」(以下、YCAM)は、メディアテクノロジーによる新たな表現の創出を軸にしたアートセンターです。国内外のアーティストや専門家とコラボレーションした展示の他、館内には映画館や図書館も併設され、幅広い芸術文化にまつわる活動が展開されています。
地域と連携したプログラムも長年実施されており、今回ご紹介する「meet the artist」も代表的な取り組みの一つ。2004年、開館直後にスタートした本プログラムは、カメラやブログ、雑誌、演劇、映画、ラジオなどの生活に身近なメディアテクノロジー=「市民メディア」を扱い、公募で集まった市民とアーティスト、YCAMが1年間かけて作品をつくり上げるプロジェクトです。
2022年は「空間」がテーマになり、地域の空き家を市民とともに解体しながら、映画上映や焚き火、演劇、餅まき、運動会など、100本以上のイベントが開催されました。さらに、庭木や廃材を活用したお皿やスツールを制作するなど、「解体」というプロセスそのものを味わい尽くすような試みが数多く生まれました。
アーキビスト/ドキュメントコーディネーターとして活動するYCAMの渡邉朋也さんと、本プロジェクトで使用した空き家のオーナーのご家族でありYCAMのボランティアスタッフとして活動する田中幹生さんに、これまでの歩みやプロジェクトへの思いについてうかがいました。
実空間でしか生まれないもの
「meet the artist 2022:メディアとしての空間をつくる」がスタートした2022年当時は、コロナ禍の影響がまだ色濃く残り、ワークショップやイベントなどがオンラインに転換されることが当たり前になっていた時期。そんな状況だからこそ、人がリアルで集うことの意味を改めて問い直したい。「空間」をテーマにした背景には、そんな想いがあったと渡邉さんは言います。
渡邉「当時はあらゆるイベントがオンライン化していましたが、やはりリアルなイベント、例えばライブハウスのような場所で起きていた、いい意味での“喧騒”には、大きな意味があったのではないかと思います。その喧騒で生まれる関わりやコミュニケーションが確かにあったはず。今回は、“空き家を解体する”という特殊なシチュエーションを軸に、予測不能で制御しきれない出来事や人との出会いはどう生み出されていったのか、改めて観察したいと考えていました」
感染対策として人数制限などに配慮しながらも、あえて実空間での実施にこだわった今回のプロジェクト。中でも「空き家」に注目した背景には、山口県が全国的にも空き家率の高い地域であるという現状もありました。もともとは個人の資産である空き家を使い、公共性が帯びる文化的な場を地域につくりだすことはできないか。空き家の活用可能性を探ることで、少しでも地域の未来につながる糸口をつかめないか。そんな思いでこの空き家解体のプロジェクトが始まったといいます。

空き家の「解体」がひらく、人との関わりしろ
「meet the artist 2022:メディアとしての空間をつくる」は、主に国土交通省の「住宅市場を活用した空き家対策モデル事業」をもとに運営されました。2021年秋から始まった物件探しは行政や不動産業者にも相談しながら進められましたが、最終的には偶然のご縁によって決定。YCAMのボランティアスタッフである田中さんの奥様のご実家である旧金子邸が、活動の舞台となったと言います。
田中「渡邉さんたちが物件探しのためにまちを歩いていたとき、たまたま道端で会ったんです(笑)。話を聞くと空き家を探しているということで、『それなら妻の実家がありますよ』と。1930年代に建てられた築90年近い家で、山口市の旧街道沿いエリアでは最も古い。妻が生まれ育った家なんです。少し前まで他の人に貸していたのですが、ちょうどそろそろ壊そうかと話していたタイミングでした。意外な展開になりましたが、解体する途中で、昔この家に来たことのある近所の方々も立ち寄ってくれたりして。妻もその人たちとの交流で思い出すことも多かったみたいで、嬉しそうでしたね」
こうして偶然の出会いから始まった空き家(旧金子邸)の解体は、2022年春からスタート。リノベーションして場を新たにつくり出すのではなく、あえて「解体」を選んだ背景には、さまざまな人の関わりしろをつくりたいという渡邉さんの思いが込められていました。
渡邉「解体することにした理由のひとつは、壊す方が道具が少なく、誰でも参加しやすいという点がありますね。地域のいろいろな人と活動することを考えると、参加のハードルは低いほうがいい。解体という行為が、自然と人を巻き込むきっかけになるのではないかと思ったんです。
解体は、通常の500分の1のスピードで行いました。みんなの手で少しづつ解体していくことで、少しづつパブリック的な要素が加わり、みんなで公共空間とはなにかを考えるきっかけになる。つまりは、空き家を解体しながら公共文化施設をつくっていくような挑戦となりました」

解体のプロセスを楽しむ100のイベント
解体作業が完了したのは、約1年後。それまでの間、トークイベントや映画上映、ライブや運動会など、空き家を通じた空間の活用パターンをいくつも試したと言います。更地になるまでのプロセスを活かした、さまざまな表現や交流の仕方を実験。最終的には、合計100を超える企画が開催されました。





それぞれのイベントは、プロジェクトに関わるメンバーから自発的に持ち込まれたアイデアや、YCAM側からの働きかけなど、さまざまな形で生まれていったそう。企画を組む上で、日々変化する解体の進行状況によって変わる場の空気感や参加者同士の関わりを観察しながら、柔軟に工夫を重ねていったと渡邉さんは言います。
渡邉「最初は、壁や床、ドアがしっかり残っていて、家としての安定感がありました。空間がはっきり分かれている分、イベントのゾーニングも明確で、それはそれで企画のイメージがつきやすかったんです。
でも、解体が進むにつれ、床が抜けたり、襖だけ残ったり、壁がなくなったり、だんだん家じゃない何かになっていく。空間が広がったことで、ダイナミックな動きを伴うワークショップや映画上映がしやすくなったり、庭との連動性を意識した企画が生まれたり。特に印象的だったのは、解体が進むことでトークイベントの雰囲気が良い意味で変わったこと。主催者と観客の境界線がゆるやかになくなり、自然と解放的な議論が生まれるようになった。そうした空間の変化に合わせて、段階的に企画を組み立てていきました」
「特殊な現場」だからこそ生まれる能動性
「空き家を解体しながら公共文化施設をつくる」という、これまでのmeet the artistの活動と比べてもより抽象度の高いテーマにも関わらず、最終的には80名以上もの市民がこのプロジェクトに関わっていきました。一般的にアートプロジェクトはボランティアベースで運営されることも多いなかで、今回のプロジェクトでは「解体作業」という労働の部分と、「イベント企画」などやりたいことに取り組む部分を明確に分けてマネジメントをしていたと渡邉さんは話します。
渡邉「作業としては、釘を抜いたり、バールで壁を壊したり、決して安全とは言えないものです。なので、それらの作業に対しては賃金をお支払いしていました。作業中も、音楽を流しながらできるだけ楽しい雰囲気をつくるようにしたり。
でも最初のうちは特に先が見えにくいというか、“何をやっているのかよく分からない。これが公共文化施設に…?” という疑問の声もありましたね。ただ、あえて“自ら解体する”という特殊な現場を用意することで、自発的な意欲も生まれるのではないかとも考えていたんです。そうすれば、おのずと面白い企画が生まれるのではないかと。だからこそ、なるべくみんなで集まれる場を意識的につくるようにしていました」
空き家の利活用に興味がある人からYCAMに関心を寄せる人、山口市内外のクリエイターやアーティストまで、多彩な方々が解体に参加したそう。工程に応じて、インテリアデザイナーや工務店など専門的な知見を持つ方の協力も得ながら、そのプロセスをつくり上げていったといいます。
プロダクトとして継承される家の記憶
2024年秋には、YCAMと山口市中央公園を会場に、プロジェクトの成果を紹介するイベント「中園町で逢いましょう」が開催されました。空き家を一時的な公共文化施設へと転換する試みを体感できるよう、解体された旧金子邸の一部を展示会場に再現。また、旧金子邸を構成していた木材や瓦などを使った皿や箸などの食器、ベンチや植木鉢などのプロダクトに変換するプロセスも展示するなど、これまでの取り組みを通じて見えてきた、空き家の利活用の可能性がさまざまな形で発表されました。


旧金子邸の解体によって生まれた廃材を使ってプロダクトを制作した背景には、記憶の継承というテーマもあったと渡邉さんは言います。
渡邉「梁から椅子を、柱から屋台をつくったりと、旧金子邸を構成していたものを分解し、新しいプロダクトに生まれ変わらせた。それを家庭に持ち帰ってもらうことで、それぞれの食卓に“旧金子邸的エッセンス”が埋め込まれることになるのではないかと思ったんです。箸を使う時、旧金子邸がちょっと頭によぎる。そんな記憶の継承の仕方もあるのではないかという思いもありました」
誰もが場の担い手になることの可能性
奥様のご実家をプロジェクトの舞台として提供した田中さんは、プロジェクトをこう振り返ります。
田中「解体作業やイベントを通じて、地域の方をはじめ、アーティストや専門家、ときにはお寺のお坊さんたちまで本当に多くの方と出会いました。そうした人たちと作業をしていると、普段の立場や仕事に関係なく、不思議と対等に話せたんですね。そして、集まることで発想がどんどん膨らみ、自分でも何かをやってみようと思えた。その感覚がとても楽しかったですね。ひとりひとりを主役にしてくれたというか。私にもできるんだなと、そんな気持ちになりました」
そうした「私にもできるかもしれない」という実感を届けることは、meet the artist全体を通したひとつの軸でもあると渡邉さんは話します。
渡邉「meet the artistでは、これまでさまざまなメディアテクノロジーを扱ってきました。テクノロジーは一部の人だけが特権的に使うものではなく、みんなが使えないと意味がない。みんなで集まって、どう使うかを話し合い、実践できる。そんな場が必要だと常々思っています。
今回の“空間”のテーマも同じです。人口が減っていく中で、特に地方ではひとつの場所に多くの人が集うことは難しくなってきている。だからこそ、誰かが場を用意してくれるのを待つのではなく、自ら場を作り出す力が求められていく。人が集まれそうなときに、その時々の空間でファシリテーションしながら場を立ち上げていく。みんながそうした力や思いを持っていれば、人が少なくても地域は盛り上がっていけるんじゃないかと感じています」
これからの公共文化施設のあり方とは?
分散するアートセンターのかたち
さまざまなテクノロジーを活用し、自ら創造・表現する力を育む。そんな実践の場を生み出してきた立場として、これからの公共文化施設の役割にも、いま改めて意識を向けていると渡邉さんは言います。キーワードは「YCAM化」。アートセンターであるYCAMがひとつの「箱」として存在するだけでなく、より分散的に「YCAM的な何か」が地域に広がることを願う気持ちがあると話します。
渡邉「YCAM全体のテーマは、オープンとコラボレーション。YCAMとしての思いや知見、技術を地域に“溶かしていく”ような感覚で、まちのいろんな場所や要素をYCAM化していく。そんな未来の公共文化施設のあり方をイメージしています。
旧金子邸をYCAM化できれば、まちにある大体のものはYCAM化できるはず。この試みをきっかけに、他の場所にも展開していけると感じました。それらをネットワーク化していくことが、YCAMという存在を100年先に残していくために必要だと思っています。アートセンターは、みんなの気持ちやバイブスが集まった結果できる場所。であるならば、必ずしも大きな建築物が必要なわけではなく、どこでもアートセンターになり得ると信じています」
「YCAMがあったからこそ、このまちの文化が育ち、人の暮らしや営みも豊かになった」と、いつか後世で振り返ってもらえる存在でありたいと語る渡邉さん。
現在、空き家のあった土地は更地になり、瓦を撒いたり、建築家とレイアウトを検討しながら、駐車場として活用する準備が進められているそう。今後も、YCAM化したアートセンターのひとつとしてさまざまなイベントを展開していく予定だと言います。

「meet the artist 2022:メディアとしての空間をつくる」は、山口市だけでなく全国各地の社会課題でもある「空き家」を取り上げながら、「解体」を通じて市民の関わりしろを生み出すことでアートセンター化した実践です。
「つくる」のではなく「壊す」という通常とは真逆のアプローチ。決められた完成形や効率性を前提とせず、「解体」のプロセスをまちに開くこと自体に時間と手間をかけていく。その過程が多様な企画やアイデアを呼び込み、やがて空間そのものに新たな価値が帯びる。そのような時間軸を持った運動体全体が、公共文化施設のあり方を問い直しているように感じました。
そして、人口減少や社会構造の変化が進むなかでも、市民ひとりひとりの“場をつくる力”を育むことで、文化と地域の新たな関係性を築くことができるのではないか。そんな気づきを得ることができました。
これからの公共文化施設のあり方を模索し、挑戦し続けるYCAMの活動に今後も注目していきたいと思います。
掲載している写真は、全て山口情報芸術センター[YCAM]の提供によるものです。