東京郊外に息づく、農と暮らしが共にある関係性
江戸時代、農産地として栄えた東京都東久留米市。高度経済成長期には住宅開発が進み、人口は急増しました。その後、都市化の波と共に農地は大きく減少し、現在では少子高齢化が進行するなか、大規模団地や住宅地、生産緑地が混在する郊外の住宅地となっています。
そんな東久留米市で、農園「奈良山園」と書店「野崎書林」「ブックセンター滝山」を営む野崎家は、鎌倉時代からこの地で農業に携わってきました。街の風景が変わる中でも、「農」のある暮らしを未来につなぐため、営農地や事業拠点のあり方を見つめ直し、少しずつその役割を更新しています。
例えば、野崎書林の一角を地元野菜などを扱うマルシェスペースに。大規模団地の目の前に位置する元菓子店は、マルシェやジャム加工所を兼ねたブックカフェ兼コミュニティスペースへ。雑木林だった土地は観光農園と直売所に生まれ変わり、果樹園だった土地には畑付きの高齢者向けデイサービスが開かれました。


各拠点の設計には、安価で入手しやすく、扱いやすい木材「タルキ」を主な資源として使用することで、DIYがしやすい、柔軟な空間づくりが目指されています。土地・農作物・人・書籍と、多様な資源と文化が循環するネットワークを育み、地域に根ざした新しい営みを築こうとするタルキプロジェクトの活動。
現地ツアーでは、これらの拠点を実際に回りながら、タルキプロジェクトを主宰する野崎林太郎さんと、それらの設計を手がけたIN STUDIOの小笹泉さんにお話を伺いました。前編では、タルキプロジェクトが手がけた6箇所のうち、見学ができた5つを写真とともにご紹介します!
書店とマルシェが融合
地域の農産物が集まる「野崎書林」
現地ツアーの出発点は、東久留米駅前にある野崎書林。2020年5月にリニューアルされたこの書店は、一部を農産物や地産品の販売スペースとし、地元のマルシェとして親しまれています。東久留米市や西東京市など多摩エリアの農家とネットワークを築き、新鮮な野菜や果物、加工品が並びます。複数の農家の方と連携することで、小規模ながらも豊富な品揃えが実現しています。
店内には、書店エリアとマルシェスペースの両方にタルキを使った什器が設置されており、本と野菜が自然に共存するように並んでいます。



かつての果樹園が、地域の福祉拠点に
畑つきデイサービス「アルゴ弐番館・四番館」
次に訪れたのは、野崎家の旧果樹園を活用して2023年につくられた、畑つきの福祉事業所「デイサービスアルゴ弐番館・四番館」。ここでは、利用者が野菜の栽培から収穫、メニュー決め、調理までを一貫して体験でき、日常生活のリハビリや認知症ケアにもつながっています。
運営は、東久留米市近隣を中心に介護・福祉事業を展開する「医療法人五麟会グループ」。デイサービスに加えて、駄菓子屋や高齢者向けのカフェ、就労支援など、福祉と地域をつなぐ多様な活動を行っています。
医療法人五麟会グループの福祉部門代表の方と野崎さんの偶然の出会いをきっかけに生まれたというこの施設は、少子高齢化や介護ニーズの高まりを背景に、タルキプロジェクトにとっても重要な拠点のひとつとなっています。




400年の歴史とともに開く農園「奈良山園」
農と地域を結ぶ無人直売所「畑テラス」
続いて、野崎さんが代表を務める「奈良山園」へ。江戸時代から400年続くこの農園では、ブルーベリーやキウイ、ジャガイモやトマトなど、多種多様な野菜や果物が年間を通じて育てられ、養蜂も行われています。
園内にある無人野菜直売所「畑テラス」は、旬の果物の摘み取り体験の受付も兼ねた小さな拠点。保存樹木であるメタセコイヤの大木の下に立ち、近くには畑や養蜂所、農作小屋も並びます。農地と住宅地の間に位置し、その結び目となる場として2018年に整備されました。





地域に根ざす複合型書店「ブックセンター滝山」
次に訪れたのは、野崎さんが専務を務める書店「ブックセンター滝山」。先ほどの「野崎書林」と同様に、書店にレンタルビデオショップが併設されており、クリーニング店も入る複合施設として、地域の日常を支えています。
店内には、ここでもタルキを活用した什器が配され、各店舗の機能が違和感なく調和するよう工夫されています。また、教科書の配送業務も担っており、書店の奥には専用の配送スペースも設けられていました。



タルキプロジェクトの始まりの場所
団地のそばに開かれたコミュニティスペース「MIDORIYA」
最後に訪れたのは、タルキプロジェクトの原点とも言える加工所兼直売所「MIDORIYA」(2017年)。大規模団地の目の前、バス停もすぐそばという人通りの多い場所にあり、信号待ちやバスの待ち時間にふらっと立ち寄る人も多いそう。
隣接するブックセンター滝山と連携し、イベントやワークショップ、ブックカフェの運営など、地域に開かれた様々な企画も展開しました。現在では主に奈良山園の果物を使ったジャムの製造・販売など、農と暮らしをつなぐ役割も担っています。
計画当初の予算はわずか数十万円。工事は外注せず、数ヶ月かけて少しずつDIYで進めていったそう。工事の途中段階でイベントやワークショップを開きながらこの空間の可能性を探るなど、試行錯誤を繰り返しながら、完成へと近づけていったと言います。「MIDORIYA」をつくる過程で、手に入りやすく加工しやすい木材「タルキ」の活用が始まり、DIYで少しずつ拠点を育てていくという、タルキプロジェクト全体に通じる姿勢が形づくられていきました。




アワードでも「次の時代の公共を実践するための、さまざまな問題提起と試行錯誤が見られた」と評されていたこのプロジェクト。後編では、タルキプロジェクトのお二人とのトークを通じて、「そもそも、なぜこんなことが起きているのか?」という根っこの部分に迫ります。
