なぜいま公共不動産の「解体」を捉え直すのか?
前回記事で提示した「クリエイティブな解体」という仮説。公共不動産の解体を、単なるコストや後始末ではなく、まちの未来を豊かにする「きっかけ」として捉え直す──この視点の探求は、私たちの間でもまだ始まったばかりです。
今回このテーマにより深く向き合っていくため、春から研究所に新たな視点と実践知をもたらしてくれるメンバーが加わりました。

川口義洋
岡山県津山市在住|2025年3月に津山市役所を退職し、合同会社コトプレイスを設立|津山市役所時代には、旧グラスハウス利活用事業など、様々な公民連携プロジェクトを実践|FM+PPPで公共施設を幸せな存在にするために日々奮闘中|建築は趣味のようなもので、仕事との領域はかなり曖昧|「公共空間に彩りを添えて、まちを楽しく豊かに」が活動テーマ|2025年より公共R不動産に参画|一級建築士
元・岡山県津山市職員として、公共施設マネジメントの最前線で数々の具体的な成果を積み重ねてこられた川口義洋さんです。その実践経験が、私たちの手探りの探求に具体性をもたらしてくれると感じています。
そこで今回は、その川口さんを交え、この「クリエイティブな解体」について、率直な意見を交わしました。その議論の模様を、前編と後編の2回に分けてお届けします。
まずは、それぞれの立場から見えている課題感、そして「クリエイティブな解体」という言葉に込めた想いとは? そんなところからトークは始まりました。


この公共不動産の『解体』というテーマは、僕自身、公民連携・公共施設マネジメントに関わっている中で、なかなか前に進まない現状に強い課題意識を持っています。その構造的な問題や、少しでも前に進むための糸口を見つけたいと思っています。

多くの自治体職員の方が、この解体というテーマに強い関心と、同時に大きな悩みを抱えているのではないかと思います。その課題解決のヒントを皆さんと一緒に探求していければと思います。
なぜ解体は進まない?「負のスパイラル」の構造
さて、なぜ公共施設の解体は進まないのか。初回記事でも公共不動産の解体先送りによる「負のスパイラル」に触れましたが、これは多くの自治体で担当者を悩ませている「あるある」な状況なのかもしれません。予算、制度、長年染みついた意識。様々な要因が絡み合い、解体を「待ったなし」の課題から「ついつい先送り」の対象へと変えてしまっている。そんな空気が見えてくる気がします。

まさに僕がこの10年、公共施設マネジメントを見てきた中でも、『減らす・壊す』という本質的な部分が、ずっと置き去りにされていることが最も大きな課題だと感じてきました。遊休化した公共不動産を活用していくことを否定するつもりはありませんが、僕の肌感では、実際に地域で本当に有効活用できる施設は、全体のせいぜい1割程度、多めに見ても2〜3割。
残りの7〜8割の、活用が難しい施設群とどう真剣に向き合うのか。この議論がないままでは、問題は深刻化する一方です。
2012年に山梨県の中央自動車道で笹子トンネル天井板崩落事故が起きた時も、インフラ老朽化への懸念が一斉に叫ばれ、『今度こそ変わるはずだ』という期待感がありましたが、結局、喉元過ぎれば議論は沈静化してしまい、根本的な状況は何も変わっていないように感じます。今年、埼玉県八潮市の道路陥没事故が起きてしまったことからも、あらためて、「ハコ」も「インフラ」も適切に維持していくためには「減らす」ということに正面から向かい合うタイミングなんじゃないかなと思っています。


公共不動産の「解体」に関する全体像を把握するための国の継続的なデータが見当たらないんですよね。2013年の総務省調査以降、国が状況をアップデートしてくれているわけでもなさそう。この10年で状況がどれだけ変化しているのか、実はよく見えていない状況です。

https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01zaisei05_02000056.html

さらに、公共施設の「解体」と「新設」に関する地方自治体を支援する国のメニューのバランスはかなり「新設」に偏っていて、「解体」は限定的。例えば、解体費用に充てられる『公共施設等解体撤去用地方債』も、結局は将来への負担の先送りという側面がありますし、最近拡充された交付税措置も、広域的な施設の統廃合といった特定の大きな動きが前提だったりして、まだまだ地方自治体が自力で取り組む課題とされている印象です。
こうした全体的な課題認識に加え、実際に解体を進める現場では、さらに具体的な困難が待ち受けています。その複雑な構造を川口さんが「負のスパイラル」と言語化してくれたわけですが、具体的にどんな困難がありますか?

行政の立場で解体業務に携わってきて痛感するのは、まず『解体=新たな価値を生まない』という根強い認識から、予算が非常につきにくいという現実です。新しいものを『建てる』ことには前向きでも、『壊す』ことにはどうしても後ろ向きになりがち。結果として、使われない施設が長年放置され、老朽化が進んで維持管理費や安全リスクはむしろ増大し、ますます解体費用が膨らんで誰も手が出せなくなる……。まさに悪循環です。これに加えて、近年ではアスベスト除去基準の強化や廃棄物処理費の高騰、さらには深刻な人手不足といった外部要因も、解体費用を押し上げる大きな要因になっていますね。


事業者が見積を出す時、解体工事の不確定要素を踏まえてどのくらいリスクを取るべきかが分からない場合は手を出しづらい、という面もありそうです。解体工事の入札が適正価格で、かつスムーズに行われるための環境整備も課題だと感じます。

そもそも解体のもっと手前の段階というか、公共不動産の活用を考える時から解体費用って必ず知っておかなければならないのではないかと思いました。ちゃんとした金額を知っておかないと、活用も解体も検討の方向を間違ってしまいそうな気がします。
公共不動産「解体」に向き合う津山市の実践
これだけ根深い課題も横たわる公共不動産の解体ですが、思考停止せずに具体的な工夫を重ねることで、道は拓けるのかもしれません。川口さんの実践には、他の自治体にとってもヒントになりそうな仕掛けが見えてきました。

津山市では、私がファシリティマネジメント(FM)を担当し始めた10年以上前から、公共施設の総量を『減らす』ことがFMの大きな目標として掲げられていました。しかし、解体にはその都度予算確保が必要で、各年度の予算状況に左右されてしまう。そこで、施設の長寿命化も目的としつつ、解体費用も柔軟に充当できる『FM基金』を2016年に創設しました。
この基金の名称は『公共施設長寿命化等推進基金』なのですが、条例の目的に『解体にも充てる』と明記しておくことで、解体の原資に充てられるようになりました。それまでは放置され、屋根が抜け落ちてしまったような古い保育園なども多く残っていたのですが、この基金のおかげでスムーズに解体が進められるようになりましたね。

財源確保に一つの道筋をつけた川口さんが次に取り組んだのは、解体工事の「発注方法」でした。ここにも大幅なコスト削減と業務効率化を実現するヒントがありました。

基金ができて数年が経ち、解体もある程度進んではきたものの、今度は『そもそも、この解体費って高すぎるのでは?』という疑問が湧きました。当時、津山市では(そしておそらく今でも多くの自治体では)、解体工事に対しても、詳細な図面と積算に基づく『仕様発注』を行っていました。でも、民間工事ではもっとシンプルです。この公共の工事と民間の工事の間に存在するコストギャップにメスを入れたいと考えました。


具体的には、どのように変えたのですか?

従来の仕様発注から、『見積り合わせ』(性能発注に近い考え方)に切り替えました。市は詳細な積算をせず、図面と求める性能(例えば更地にして引き渡すこと)を示すだけ。これで複数の業者さんから見積もりを取ります。予定価格は公表しません。よりシビアな価格競争が働き、結果として従来の半分以下のコストで解体できる案件も出てきました。何より大きかったのは、職員の積算や設計の手間が大幅に削減できたことです。
この「見積り合わせ」方式は合理的で自治体にとってもメリットが大きいように思えます。しかし、それだけ良いことずくめなら、なぜ他の自治体ではなかなか広がらないのでしょう。


地方自治法上、公共工事は原則として『一般競争入札』で行うものとされています。そのためには『適正な予定価格の算出』が必要、というのが行政の当たり前になっています。随意契約は一時期談合等の温床と言われダメだと言われていましたが、「競争性のある見積合わせ」ならクリアできています。ただ一方で、不当に安い価格での受注(ダンピング)を防止する必要もあり、その基準として積算が必要だという考え方ですね。これを変えるのは、行政内部ではかなりハードルが高い。
もちろん、首長や副市長といったトップ層の理解と後押しがあれば突破できることもあるのですが、多くの担当者にとってはそこに至るハードルが高いのが現実かもしれません。でも実際にあった話ですけど、隣町で3000万円の見積もりだった大型遊具の解体が、この方式をアドバイスしたら300万円で落札された、なんて話もあるんですよ。
さらに、津山市ではこんなユニークな試みも。

古い木造建築を壊す際、その建物に使われていた大正時代のレトロなガラスを使った建具などが残っていました。『これ、欲しい人いるんじゃないかな?』と、解体する建物を会場にして建具のフリマ販売会を開いたこともあります。大きな収益になったわけではないんですが、『楽しみながら壊す』『壊すものから新たな価値を見出す』という方向性には可能性を感じます。

「解体」に向き合う皆さんの取り組みを教えてください
これからの公共施設マネジメントにおいては、「足元を固める現実的な取り組み(守り)」と「未来の価値を創造するクリエイティブな視点(攻め)」の両輪を同時に回していくことが、大変重要になってきたと考えています。
計画的な財源、柔軟な発注方式、そしてプロセスそのものに新しい価値や楽しみを見出す視点。川口さんの津山市での取り組みは、まさに公共不動産の「解体」という避けては通れない課題に現実的に向き合うための「足元を固める」アプローチであり、同時にクリエイティブな「守り」のヒントになり得ます。
この記事を読んでくださっている皆さんの中にも、きっと同じように現場で奮闘し、知恵を絞ってチャレンジを続けている自治体職員の方がいらっしゃるのではないでしょうか。ぜひ、皆さんの取り組みやアイデアを教えていただけませんか? 一緒に情報を共有し、さらなる良い実践を生み出していきましょう!ご連絡をお待ちしています。
とはいえ、「守り」を固めるだけでは「後始末」や「コスト」という後ろ向きのイメージから抜け出すことは難しいかもしれません。足元を固めつつも、さらに一歩進んで「解体を捉え直す」視点を持つこと。多くの人が「それ面白そう!」「関わってみたい!」と共感し、後押しが生まれるような取り組みに転換していくこと。そんなこともきっと必要になるはず。
次回は、この「攻め」の視点、「クリエイティブな解体」の多様な可能性について、引き続き研究員トークをお送りします。どうぞお楽しみに!
前回記事で提示した、公共不動産の『クリエイティブな解体』という大きな方向性としての仮説を、今日は皆さんと一緒に、より具体的に、そして現場のリアルな視点から深掘りしていければと思っています。そもそもこの連載は、僕と宮本くんが『解体やインフラ更新問題はもう待ったなしだよね』と話し合ったことに端を発しているんですが、さらに公共不動産の現場で長年取り組まれてきた川口さんとご一緒できるということで、多くのヒントが見えてくるのではないかと期待しています。