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馬場正尊のトップ・インタビュー
馬場正尊のトップ・インタビュー 歴史的建造物利活用プロジェクト

[後編]既存制度をカスタマイズして、資源を資産に

前半では、小田原の歴史的・文化的魅力についてあらためて考えるとともに、小田原市全体の戦略のなかに、「別邸文化」などの文化資源を活用する方針を位置付けることの重要性を確認しました。 「小田原の未来」を描き、実現するために必要なビジョンと戦略とは?後半では、具体化に向けて、どのような制度設計や仕組みをつくり出せばいいのかを徹底議論しました。

左から、馬場正尊(オープン・エー代表)/時田光章氏(小田原市副市長)/後藤治氏(工学院大学・理事長)

独自の自治体目線で「文化財」を再解釈

後藤 新しく政策や部署をつくるだけではなく、既存の制度や条例をベースにかえる方法もあります。

たとえば、文化庁による文化財保護法に基づく小田原市文化財保護条例があります。自治体目線で「文化財」を再解釈すると、別邸のように「文化財」としての見方に加えて、「観光資源」として経済活性化につなげられるコンテンツとしても捉えることができます。なので、文化財保護条例の解釈を拡張して、自治体の経済活性化をその目的にうたうことも充分に可能なのです。
ほかには、国土交通省と関連する小田原市の景観条例で、仮に沿道景観の整備を行うとします。こちらも、景観条例の目的に、市の独自の方針として「伝統技術の継承」という目的を加えれば、街路樹などの整備を行う際に、庭師等の職人を育成することができるのです。

このように、既存の制度やルールにスパイスのように目的を加えることで出来ることが増え、部署の予算をちょっと違う方法で使うこともできると思います。今の制度の解釈を見直すだけでも、実はいろいろなことができるようになるかもしれません。

馬場 なるほど!新しい仕組みをつくりだすだけではなく、既存の制度の解釈を拡張すること。先進的なチャレンジができる可能性を、現実的に広げてくれそうですね。

後藤 基本的に、既存の制度や法律はマクロな視点でつくられています。マクロ的観点で最低限の基準を決めていることが多いので、個別の事情をミクロに見ていません。

データ分析やマーケティングも、テクノロジーの発展によってやりやすくなりました。従来よりも、具体的で個別的な見方で行政の行く先を決められる時代です。マクロな視点を持つ「国」としてはできないことでも、住民や民間事業者と顔の見える関係性を構築できる「自治体」であれば、ミクロな視点での自由な解釈による制度運用ができるのではないでしょうか。

馬場 新しく制度をつくるのと、既存の制度をアレンジするのと、どちらが必要なのでしょうか?

時田 どちらも必要で、並行して進めなければいけないことですね。

後藤 人口減少社会に向けて、部署の統廃合も同時に必要です。ですが単に経済的な統廃合だけでなく、もっと先を見て、自治体独自の戦略に沿った統廃合が必要です。

時田 そういった議論も行っていきたいですね。後藤先生は本当にたくさんの知見をお持ちなので、ぜひお知恵をいただきたいです。

新しい小田原の別邸文化を描く

現在、カフェやギャラリーとしても活用されている清閑亭は、箱根から続く尾根筋「天神山」の先端部に建ち、相模湾に向かって広がる庭園もこの土地が当時の一等地であることを示している。

馬場 具体的に、どんな風に別邸を活用したら新しい小田原ブランドにつながるのかについて考えてみたいと思います。お二人は、たとえばどのような方向があると考えますか?

後藤 別邸は、公有財と私有財の間になれるのかもしれないと思うんです。別邸の敷地にはたくさんの植物が残っています。それは現代人にとって貴重な人工的自然、つまり「公園」として解釈できるのではないでしょうか。しかも、小田原らしいカラーのある公園として打ち出せる。そうすると、公園のための予算を活用することも検討の余地があるかもしれません。

時田 なるほど。私は例えば、民間事業者だけではなく、個人にも歴史的建造物を開放するのもいいなと考えています。結婚式などの個人的なイベントのために自由に使えるようにすれば、使いたいという人がいるのではないでしょうか。個人や民間の多様な提案に応えられるように行政が動いていきたいですね。

馬場 たしかに、結婚式や家族の行事などで使いたい人は多そうですね!小田原文学館など、すごく雰囲気のある式ができそうです。

僕はやはり、小田原の別邸文化は、ある意味とてもハイソサエティだと思うんです。「憧れ」の対象になるというか。別邸には、その品格自体をブランド化できる歴史と風景があると思うのです。そう考えると、例えば、価格設定がやや高めの、少人数限定のオーベルジュやレストランなどの方向もありえるのではないかと。

つまり、別邸の高級路線での活用を模索してみるということなのですが、どうなのでしょう。市民にもっと開かれた活用のほうがいい、という視点もあるとは思うのですが・・・。

後藤 そこは両立可能だと思いますよ。

高級な宿泊施設をつくったとしても、一年間通してフル稼働しているわけではないでしょうから、オフシーズンは市民に公開することもできますよね。公開日が宣伝にもなるし、もちろん市民も楽しい。ただし、一般公開時には案内人がついて、きちんと紹介する仕組みも必要です。

そもそも別邸の良さは、不特定多数のたくさんの人間がいるなかで味わうものではない。別邸ならではの価値を味わうための工夫も必要です。その意味で、宿泊施設や人数を限定したレストランのようなものはいいですね。市民や公共に開くことと、民間で活用することは、うまく調整すれば両立できると思います。

時田 公有の建物の管理・運営は、基本は市民の税金でまかなわれているので市民に開かないといけませんが、維持・管理には、かなりのお金がかかります。私は、外にアピールして、外から人を呼ぶことが、とても大事だと考えています。市民のみならず、市外からでも人が訪れるようなコンテンツが必要です。後藤先生の言うように、説明の論理が成り立てば、そのような民間活用の方向性もありえると思います。

「電力王」と称され、実業界で活躍した松永安左ヱ門は、現・松永記念館で自分の古美術品を市内外の人々に公開し、園遊会を開いて、もてなしていました。今の時代にも、そういったアートやデザインのシナリオを活かしていくのもいいですね。世界的に有名なアーティストを呼んだり、ギャラリーとして貸し出したり。

馬場 いいですね。ひとつひとつにストーリーのある別邸の個別性を生かしながら、全体の戦略性をもって活用するのが大切ですね。その上で、副市長の言うように、やっぱり外部の人にも来てもらうために企画するということが重要なポイントなのだと思いました。

後藤 とても大事な視点です。個々の別邸や建造物に対してひとつひとつプランを立てること自体を、行政の政策に位置付けることが必要です。

「小田原の未来」に向けて動き出す

馬場 小田原には、都市のにぎわいと、歴史的・文化的な品格という奥行き、奥深さがあるということがとてもよくわかりました。これから小田原で歴史的建造物利活用のプロジェクトを実行するためのシナリオ、実行体制、条例制定、民間事業者との連携。この四つの指針がクリアになった気がします。時間はかかるがやっていかないといけませんね。

特に、既存の制度をカスタマイズして使うというアプローチの方法が見出せたのも大きかったです。条例や制度って、本当はやわらかいのだなと。自治体独自の戦略のために、条例を積極的に活用するのが大事なのだなと、気づきをたくさんいただきました。

後藤 そうですね。次は、行政の組織が横断的にこのような議論を行うことが必要ですね。どこか特定の部署がいやいややらされるのではなく、積極的に前向きに議論できる土壌をつくることが、いい組織、いい自治体につながります。

時田 いい議論ができる組織は伸びていきます。若い人もどんどん巻き込んでフラットな会議があるといいですね。

後藤 法律や条例の解釈については、ぜひわたしたち専門家を呼んでいただけると。国の制度はマクロでみると安全値を取っていますが、ミクロで見るとかなり広い幅で解釈できます。国内外の事例なども参考にしながら、みんなで解釈を進めていく場があるといいですよね。

馬場 じゃあぜひ、そういう場を設定しましょう。副市長もぜひ来てださいね!

時田 はい、ぜひ!これからもよろしくお願いします。

プロフィール

小田原市 副市長 時田光章
1953年神奈川県小田原市生まれ。青山学院大学法学部卒。1977年から小田原市に奉職。市職員として生涯学習部次長、企画部次長・部長、理事・総務部長を歴任。定年退職後、2015年7月に副市長就任、現在に至る。市総合計画の改定に四度関わるなど、行政運営に係る豊富な経験を有する。副市長としての担任事項は、文化、環境、都市、建設、教育行政に関する事務全般ほか、多岐にわたる。

工学院大学 理事長 後藤治
1960年東京都生まれ。1988年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程中退。文化庁文化財保護部建造物課文部技官・文化財調査官を経て、1999年工学院大学助教授、2017年より現職。博士(工学)、一級建築士。専門は、歴史的建造物の保存修復、日本建築史。主な著書に『建築学の基礎⑥日本建築史』『論より実践 建築修復学』『都市の記憶を失う前に(共著)』『伝統をいまのかたちに(共著)』『それでも木密に住み続けたい(共著)』『食と建築土木(共著)』など。

株式会社オープン・エー 代表取締役 馬場正尊
1968年佐賀県生まれ。1994年早稲田大学大学院建築学科修了。博報堂、早稲田大学博士課程、雑誌『A』編集長を経て、2003年オープン・エーを設立。建築設計、都市計画まで幅広く手がけ、ウェブサイト「東京R不動産」「公共R不動産」を共同運営する。近著に『CREATIVE LOCAL エリアリノベーション海外編』『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』『RePUBLIC 公共空間のリノベーション』『公共R不動産のプロジェクトスタディ 公民連携のしくみとデザイン』など。

撮影:森田 純典

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