馬場正尊のトップ・インタビュー
馬場正尊のトップ・インタビュー

クックパッド株式会社 Japan CEO 福崎康平さん|多様性を受け止めるプラットフォームをつくる

公共R不動産ディレクターの馬場正尊が地方自治体のリーダーを取材する企画「トップ・インタビュー」。今回は趣向を変えて企業版トップインタビューをお送りします。ゲストは、クックパッド株式会社 Japan CEOの福崎康平さんです。

クックパッド株式会社 Japan CEOの福崎康平さん

大手料理レシピ投稿・検索サービスの「クックパッド(Cookpad)」。「毎日の料理を楽しみにする」をミッションに、あらゆる料理にまつわる事業を展開し、近年では生鮮食品のECサービス「クックパッドマート」など、生産者と消費者を結ぶサービスが勢いを増しています。

2020年秋、Japan CEOに福崎康平さんが29歳で就任し、その約3ヶ月後に東京・恵比寿の本社(※)を訪ねインタビューを行いました。

※2021年5月に本社は横浜市西区みなとみらいに移転しました。

大学在学中からCtoCサービスを立ち上げ、また料理が趣味であり世界35カ国を巡って料理を振舞う旅を経験、現在ではクックパッドの国内トップとして料理にまつわるプラットフォームづくりに挑む福崎さん。「料理が好きだ」と話すそのまっすぐな語り口からは、料理そして食べるという行為が実にクリエイティブであり、そこには無限の可能性があるのだと感じさせられます。

若きトップは今、何を考え実践しているのか。また働く環境やその街にどんなビジョンを抱いているのか。多様性を受け止めるプラットフォーム、そして個人のクリエイティビティを引き立たせていく「つくり手」という概念。福崎さんの思考を紐解いていくと、クックパッドというサービスの背景にある、大きな哲学と公共性が見えてきました。

福崎康平さん(ふくざき・こうへい)プロフィール

大学在学中に、東日本大震災の被災者に在宅を無償貸与できる「roomdonor.jp」を立ち上げ、メディアや政府関係者からも注目を集める。在学中に35カ国をまわり、料理を振る舞う旅を実施。2014年コーチ・ユナイテッド入社。先生と生徒のマッチングサービス「cyta.jp」を運営。2016年2月同社代表取締役。2018年1月クックパッド入社。買物事業部部長、執行役を経て2020年9月に、日本事業の総責任者であるJapan CEO就任。

アイディアが生まれる生活環境、いつでも集まれるオフィス

馬場 クックパッドの若きトップがどんなビジョンを持っているのか、今日のインタビューを楽しみにしていました。まずは働き方や働く環境についてうかがいたいと思います。コロナ以降、働き方やオフィスの在り方にも変化があったと思いますが、いかがでしょうか。

福崎 「どこで働くか」というテーマは、創業者の佐野自身も強い思いを持っていて、少しさかのぼってお話したいと思います。現在は恵比寿ガーデンプレイスという大きなタワーに入居していますが、その前は白金台の自然教育園の隣で緑豊かな環境にオフィスを構えていました。その前は南青山で、渋谷や新宿、六本木などIT企業が多いエリアから少しずらした場所にありました。

私自身も生活者向けのサービスをつくる上で、働く環境についてはずっと考えてきました。以前は都心の利便性の高いところに優秀な人たちが集まり、文化が育ち、IT企業も渋谷や新宿といった街に集中していましたよね。私も元々子会社の経営をやっていて、渋谷にオフィスを構え渋谷と恵比寿の間に住み、オフィスと家を行き来する生活を長くしてきました。ところが、生活者のためのサービスや事業をつくっていく身として、それでいいのか?と思うようになってきたんです。

馬場 それはいつ頃ですか?

福崎 24歳くらいのときです。都心に住んでサービスを運営していると、どうしても自分の当たり前が都心のスタンダードになっていきます。生活者向けのサービスをつくるのであれば、自分自身がしっかりと生活者となって、ほしいものを考えなければいけない。仕事も遊びも生活も全部本気でやらなきゃいけないと、そのときに気が付きました。

馬場 ビジネスシーンの中にいるだけでは生活者のリアリティーがあまり感じられなかった
ということですね。

福崎 クックパッドはたくさんの生活者が毎日の料理を楽しみに考えて使ってくれているので、だからこそ私たちもそんな向き合い方になれるような場所にオフィスがあることが大切だと思うんです。

馬場 今このオフィスにはどれぐらいの方が働いているのですか?

福崎 400人くらいです。ただコロナ以降は自宅勤務をメインに週一出社の状態です。緊急事態宣言が出る前から自宅勤務にしていたのですが、やはり週1回ぐらいはオフィスに来たほうがいいということになりました。コロナ以降、改めてオフェスはすごく必要だなと思っているし、オフィスが果たす役割も変わっていくと思っています。

馬場 オフィスに来る目的はどんなものになっていくのでしょうか。

福崎 やっぱりオフィスは来たいから来る場所だと思うんですよね。オンラインでやっていると「いいアイディアがあるから会って話したい!」と思うことがあります。そのときにオフィスがあることはすごく価値があるし、そういう衝動が起きたときにアイディアの種が消えないよう、パッとすぐ集まれる場所や環境であることが重要なのだと思います。
 

クックパッド本社では、エントランス正面に大きなキッチンがある。

クックパッドが理想とする街

馬場 アイディアが出たときにパッと集まって意見が交わせるオフィス。そんな理想の働く環境を想像すると、それはどんな風景ですか? どんな街なのでしょうか。

福崎 いくつか要件があるのですが、まずは「つくり手が近い」こと。クックパッドというと料理レシピが検索できる、消費者に寄ったサービスというイメージがあるかもしれませんが、「クックパッドマート」という食材が買えるサービスもつくっており、それは生産者つまり「つくり手」によって支えられています。クックパッドもレシピの投稿者がいてくれて成り立っています。だから消費者とつくり手の両方がすごく重要になってきます。

僕はコーヒーをよく飲むんですね。昔は苦手だったのに、いまは大好きになりました。なぜかというと、家の近くに焙煎する方のお店があって、うまみや酸味をうまく引き出してくれて、その人の豆に対する向き合い方や思いを受けて、コーヒーが好きになったんです。そういったつくり手の人たちが近くにいる環境がすごく重要で、いろんな発想はおいしい料理をつくりたい、楽しみたいと、本気で向き合ってる人たちと触れ合ったときに生まれてくるのだと思います。

クックパッドマートは、精肉店や鮮魚店、ベーカリーなど地域で有名な店や農家のこだわり食材をアプリから購入できる生鮮食品ネットスーパー。駅やドラッグストア、コンビニなど家の近くで食品を受け取れる。

福崎 もうひとつは、多様性のある街。例えば僕が今住んでいる横浜はおもしろくて、海沿いに行けばみなとみらいなど先進的なエリアもあれば、馬車道など歴史文化があるエリアもあり、京浜東北線沿いの内側には立ち飲み屋がたくさん並ぶ下町っぽさもあり、街にグラデーションがあるんですよね。多様性のある街には、発想の源もたくさん生まれてくると思います。

もうひとつは適度な人口密度。人がいるから何かを生み出したいという人も集まってきます。ただ人口が多ければいいわけではないですが、適度な人口密度は重要だと思います。この3つぐらいの要素がある街がいいですね。

馬場 あらかじめ人の行き交う営みがあった街で、多様性に対して寛容で適度に雑多でいろんな人がいる。必然的にそれなりに人口が多い。つまり自然の近くとはまた少し違うイメージですね。

福崎 もちろんそれでいて、海や自然が近いというバリエーションが増えるのも、すごくいいなと思いますね。

個人のクリエイティビティを大切にしたい

馬場 話を聞いていると「つくり手」というフレーズが出てきますよね。野菜の生産者ともいえるし、料理をする人ともいえる。福崎さんにとって「つくり手」とは、どんな意味を含むのでしょうか。

福崎  家で丁寧に料理するだけが「つくる」ことじゃないと思うんですよ。例えばラーメン二郎でお気に入りのトッピングの組み合わせがあったら、広く捉えればそれも「つくる」と言えると思います。一人ひとりのクリエイティビティが重要だし、「すごく好き」というこだわりや思いがあれば、どれもクリエイティブですよね。

なにか自分の毎日の食事に責任を持ったり、「こうしたい」という思いがあれば、もっと料理は自分にとってコントロールしやすいものになります。そういった「つくり手」としての感覚や思いをみんなが大事にできるようなサービスをつくりたいし、そんなカルチャーを応援したいと思っています。

馬場 一人ひとりが本来持っている、小さくても大きくてもいい、そのクリエティビティを大切にしたいというクックパッドの哲学なんですね。

福崎 そう考えています。ただ、そのやり方は常に変わっていきますよね。昔は釜戸で炊飯していた時代もあれば、炊飯器をポチっと押すだけの時代もある。だけど「おいしいご飯を食べたい」という思いは何も変わっていません。便利なものができたとしても、コントローラビリティ(自らが意図して行動できること)がすごく大事だと思っています。

多様性を許容し、調和していく

馬場 過去のインタビューを拝見すると、福崎さんは世界を放浪しながら料理を振る舞ってみんなで食べていましたよね。その行為によって国籍や人種などを飛び越えて共有できるというエピソードとこれまでの話はすごく繋がってるなあと思ったんですね。

僕ら公共R不動産は、公共空間や公共性とはなにかと日々考えているのですが、福崎さんの話を聞いてると、料理をすることはすごくパブリックな行為に感じたし、そんな経験をした人がクックパッドのトップにいることにすごく必然性を感じます。料理をすることと今の事業、それから将来的につくろうとしている新しい働く環境はどのように繋がっているのでしょうか。

福崎 同じ料理って世の中には絶対ないと思います。使う食材やつくる人が違えばそれは違う料理だし、ひとつの作品です。

誤解を恐れずに言うと、レシピはその料理をつくる上でそれを簡素化する仕組みであり、同時にその思いや考えを伝えることがすごく大事だと思っています。どうしても世の中って便利なもの、分かりやすいことを求めがちですが、それをクックパッドではやらないことを大切にしているんです。

例えば、クックパッドがミールキットを開発して大量に販売したり、人気レシピだけをセレクトして公開することは、実はすごく簡単なことなんですよ。だけどそうではなくて、たくさんの人の思いや、やりたいことは全部違うものであり、料理にとってそれはすごく重要なことだと思っています。

例えば、ある家庭でお母さんがカレーをつくり、息子さんが「これは好きじゃない」「これが好き」と言っていくうちに、「じゃあこの隠し味を入れてみよう」と、お母さんにどんどん独自のノウハウが生まれてくるわけです。そういった一つひとつの思いやアイディアがもっと認められて共有できるようなサービスや空間に仕上げていくことが弊社の社会的責任、ひいては公共性だと思っています。

そうじゃないと世の中は、栄養が効率よくとれるプロテインバーだけになってしまいます。これまで私は料理で自分の価値観や思いをつくり上げてきたからこそ、そこは大切にしたいと思っています。

馬場 社会をパッケージ化しちゃいけないと思ってるんですね。この100年はできるだけ合理的にみんなに同じものを公平に与えることが良しとされてきて、それはある程度実現したのかもしれないけど、次の社会ではそれを超えて、多様でバラバラなものが求められると思います。バラバラではあるけど調和しているものです。

福崎 それができるのがインターネットだと思うんですよね。

馬場 その概念を「料理」の世界で体現してるのがクックパッド。なるほど、読み解き方が分かってきました。僕や公共R不動産のメンバーでは、公園をつくることにも関わっていて、例えば、南池袋公園ではマルシェの運営もやっています。そこでは芝生の上に小さい子どもからおじいちゃん、若いおしゃれな女の子までがバラバラなことをやっていて、だけど空間として調和していていい空気が流れています。この感じが次の社会の姿かもしれないと思うんですよね。

福崎 それってある種の“強さ”なのかもしれませんね。

馬場 そうですよね。いろんなことを包み込むような場というか。

福崎 それが理想ですね。食って究極のエゴだと思うんです。住んでる地域や文化によってクジラを食べちゃいけない、牛や豚を食べちゃいけないなどありますが、そういった違う概念を全部受け止めるのがクックパッドだと思えば、たくさんの楽しみが集まるじゃないですか。「簡単なレシピだけ受け付けます」と決めてしまったら、簡単なものしか集まらなくなる。いろんなものを受け止める場やサービスがあるということが社会にとってもすごく重要だと思います。

馬場 なるほど、食はエゴが許されるフィールドなんですね。だから多様性を許容する社会において、食べることが入口として一番取っ掛かりやすいのかもしれないですね。

街とプラットフォームビジネスがつながる未来

馬場 クックパッドは一見分かりやすいサービスですが、突き抜けた先には複雑性や多様性を許容しながら調和する、新自由主義を超えた民主主義の在り方みたいなものがあり、それを食べることや料理をすることで表象しようとしてる会社なんだなあと、すごく腑に落ちました。

働く環境についても大切にしている指針がよくわかったので、いつかクックパッドを誘致したいという自治体が出てきてもおかしくないですよ。官民連携でまちづくりと産業誘致とがセットになっていくイメージですね。昔は工場など物をつくる第二次産業が企業誘致の中心でしたが、次は地域のつくり手と繋がることが目的になっていくのかもしれません。

福崎 うちはプラットフォームの会社だからこそ、たくさんの人を巻き込んで世の中にたくさんのインパクトを起こしていくことが使命です。その仕組みのベースとなる考え方とつながる街に私たちがオフェスを構えれば、街ごと実験場になって、それはすごくおもしろいことだと思うんですよね。

馬場 しかも「食」という万人に向けたテーマですからね。

福崎 最後につくり手の話に戻りますが、私自身もそうだし社員みんなが、道端で出会ったつくり手の人々が使いたくなるサービスをつくりたいと思っています。例えば誰かの料理を食べて「これおいしかったからレシピを投稿してみて」というように、道端でコーヒー屋さんに出会って、「私たちは実はこんなサービスをつくっているので、使ってみてください」と言えたら、社員たちは会社で働いている価値や意味を毎日ビンビンと感じられると思うんですよね。

馬場 それってすごくいい街ですね。そういう感覚とプラットフォームビジネスが繋がるかもしれないと思うと、すごくおもしろいですね。

福崎 思考の実験として、この街に行ったらどんな人たちが集まり、どういう人たちが活躍するようになるのかとこれからも考えていきたいと思います。

馬場 今日はありがとうございました。

福崎さん、ありがとうございました!

撮影:石阪大輔(hatos)

PROFILE

中島 彩

公共R不動産/OpenA。ポートランド州立大学コミュニケーション学部卒業。ライフスタイルメディア編集を経て、現在はフリーランスとして山形と東京を行き来しながら、reallocal山形をはじめ、ローカル・建築・カルチャーを中心にウェブメディアの編集、執筆など行う。

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