公共R不動産のプロジェクトスタディ
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「百貨店の公園化」と連動する福山駅周辺のエリア再生

広島県福山市に2022年10月にオープンした行政保有の大規模商業施設のリノベーション「iti SETOUCHI」の実験的な取り組みを紹介した前編に引き続き、そもそもなぜ、福山市がiti SETOUCHIの再生に乗り出したのか。その鍵となる駅周辺のエリア再生の全体像を、福山在住でもある菊地マリエがレポートします。

福山市「中央公園」に開業したガーデンレストランenlee(写真提供:leuk)

南北に分断された駅前と地価の下落

前編では、広島県福山市に2022年10月にオープンした行政保有の大規模商業施設のリノベーション「iti SETOUCHI」の実験的な取り組みについて、その背景やスキームの特徴を解説したが、今回は、そもそも福山市ってどんなところ? なぜ駅周辺の再生に乗り出したの?というところについて触れたい。

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巨大な元百貨店を「屋根のある公園」と見立てた「iti SETOUCHI」の挑戦

福山市は広島市に次ぐ広島県第二の都市で、人口は約46万人。第二次産業が非常に盛んで、北部は繊維産業、南部は鉄鋼業や造船業など、特色ある産業が多くあり、その多様さは「ボタンからロケットまで」と形容されたりもする。

市の中心部に福山城があり、元城郭の中を突っ切る形でJRの線路が走っているため、福山駅は日本で最も城に近い新幹線駅として知られる。電車を降りると目の前に石垣が迫り、鉄道好きには興味深い駅だが、都市構造的に見ると駅と線路で、都市が南北に分断されているのが特徴と言える。

福山駅前の風景。駅越しに福山城を望む。(提供:福山観光コンベンション協会)

福山市の駅周辺再生が開始された2017年当初、福山駅前の西側には廃業した地元デパートCASPAの廃墟、東側には30年越しの議論の末、再開発計画が頓挫した伏見町エリアに低層の建物がひっそりと立ち並んでいるという状況であった。駅前広場の再開発が2011年に完了し、駅前広場にはタクシープールとバスロータリーが整備された。しかし、交通の便を優先して行われたその再開発を経ても、地下は下落し続け、駅前広場に面する伏見町の1地点では最盛期の1/10以下の地価となった(図参照)。

図:1987年から2017年の福山駅前の地価の変化(「福山駅前再生ビジョン」より)

福山駅周辺再生ビジョンとデザイン計画

そこで、2018年「福山駅前再生ビジョン」を掲げるところから、福山駅周辺再生が開始された。まず、印象的なのが、再生ビジョンの巻頭にバーンと見開きで載せられた絵だ。

分断された南北がひとつの公園のように再生されている。駅前を公園化・歩行空間化し、人の居場所とすることや、駅前の建物を、繊維業や鉄鋼業といった福山の産業の新たな駅前拠点として使用することなどが表現されている。楽しげな絵としてふわりと世に出されたものの、よく見ればドラスティックな変革の提案である。

2018年に掲げられた「福山駅前再生ビジョン」。

続く2019年には、前述のビジョンをより具体化した「福山駅周辺デザイン計画」(以下、デザイン計画)を作成して発表した。この計画は、完成版ではなく、定期的に「デザイン会議」によって議論され、時代に合わせてアップデートされ続ける前提なのが特徴だ。デザイン会議は地元の産業関係者や有識者によって構成され、年に2〜3回のペースで駅周辺再生関連のトピックを部署横断的に情報共有、及び議論する場として設定されている。ここでのフィードバックを受けながら、駅周辺再生が進められている。

2019年度のデザイン計画では、それぞれの既存の地域資源やこれまでの歴史に従って、駅周辺を異なる特徴をもつ4つのエリアとして再生することが提示された。それと同時に、駅前広場の再整備が、駅前のための投資ではなく、駅周辺エリアの価値向上、ひいては福山市域、備後地域の活性化を視野に入れた広いスコープのもと行うものであることも示された。駅周辺の4エリアについては、エリアごとにデスティネーション(目的地)となるような拠点施設が設定され、それらがマグネットとなって歩きたくなるまちが連なり、各エリアをつなぐ東西軸、南北軸が強化され、駅前エリア全体の回遊性を高めようという計画である。その三ノ丸エリアの拠点がiti SETOUCHIという位置付けだ。

デザイン計画が発表されてから、2023年1月現在までに、すでに3エリアで取り組みが開始されている。エリアごとの戦略を見てみよう。

2019年度のデザイン計画で示された4つのエリア。(出典:福山駅周辺デザイン計画

1.伏見町エリア

駅南東側の「伏見町エリア」は、再開発が難航したおかげで、低層の建物が立ち並び、車通りも少なく、昭和のまま時代がとまったかのような雰囲気が残る。そのため、ここでは既存建物を活かしてリノベーションし、個性的な店舗を誘致して再生させることとなった。

2018年、2019年と2ヵ年に渡って計4回、全国で開催されている「リノベーションスクール」が福山でも開催された。2泊3日の集中的なワークショップ形式で、実在する店舗に対して、リノベーションプランを作成、最終日にオーナーと地域の方々にプレゼンテーションを行い、合意が得られれば実現していくというもの。伏見町には2ヵ年で合計20店舗の新規の店舗が開業し(うち、スクール関係は7店舗)、地価が9%上昇。このエリアでは、UR都市機構が地方都市再生の新しい取り組みとして民間の土地・建物を所有し、行政のビジョンと合致した取り組みに対して貸し出すという実験的なプロジェクトも行っている。

この時点で、駅前再生ビジョン、デザイン計画と並んで、伏見町に目に見える変化があったためか、廃ビルとなっていた駅前CASPAも解体・再建する計画がにわかに動き出したようだ。

伏見町エリアの新しい動き(出典:第9回福山駅前デザイン会議参考資料「リノベーションまちづくり」)

2.霞町エリア

続いて、南側の「霞町エリア」は、駅から約800mと、歩けない距離ではないものの、国道2号線が間を阻むためか、歩行者がガクンと減る。福山市には14の商店街があるが、霞町商店街はその中で最も駅から遠い商店街のひとつで、シャッターを下ろした店舗が目立つ。その霞町エリアの再生拠点として選ばれたのが、福山市「中央公園」だ。面積は16,062㎡、公園内に福山市立図書館が建つ大きな公園だ。商工会関係の大イベントが年1〜2回の頻度で行われる以外、公園部分の利用はほとんどなく、閑散としていたところ、Park-PFI手法を用い、この公園に民間の飲食店を呼び込み、東屋や芝生広場を併せて整備することで日常的な利用を促進することとなった。

福山市「中央公園」にPark-PFIで開業したガーデンレストランenlee(写真提供:leuk)

2019年11月に運営事業者の公募を実施し、地元まちづくり会社のleuk(ルーク)を代表企業とする地元企業数社のコンソーシアムが選定された。2021年5月にはガーデンレストラン enlee(エンリー)がオープン。カフェの運営はleukメンバーのひとりであり、福山市で人気のカフェレストランKOKONを営む藤井孝憲氏が行う。スキームとしては、一般的なPark-PFIの手法であり、民間事業者が20年間土地を福山市から借り受け、自らの投資で建物を整備。民間事業者は、売上の中から、市に毎月賃料を支払いつつ、投資回収を行っていくというもの。スキームは一般的だが、このコンソーシアムの構造が特徴的で、コンソーシアム内でleukのスポンサー企業として資金を出しているのが福山電業である。つまり、企画運営を行う地元まちづくり会社の野望を、信用力も体力もある地元企業が初期投資を出すことでサポートし、継続的にleukから回収していくという構造になっているのだ。コロナ禍真っ只中での開業となったため、心配された集客も順調だ。公園を日常的に使われる場所とすることがこのpark-PFIのミッションであったため、毎月NIWASAKI marcheが開催され、認知度向上に勤めていることも功を奏しているのかもしれない。

3.三ノ丸エリア

そして、駅東側の「三ノ丸エリア」の再生拠点として位置付けられたのが、前回詳しく紹介したiti SETOUCHIである。iti SETOUCHIは、この駅周辺再生全体の中では三ノ丸エリア再生の拠点施設であるし、更に言えば、伏見町との東西軸の回遊性を高めること、また、北側の福山城エリアとの繋がりを意識することで、JR高架によって分断されている南北軸の回遊性を強化することが期待されている。そのため、福山市大規模商業施設再生の公募要項では、施設単体ではなくエリアでの再生を求められていた。実際、福山電業は、iti SETOUCHI開業前からすでにwonder SANNOMARUというエリアブランディングの企画を行っており、駅前の元CASPA跡地のバリケードからitiにかけて、公共所有の壁面やコンセプトに賛同してくれる三ノ丸商店会の店舗にwonder SANNOMARUのキーカラーである緑とピンク色のポスターを貼り、統一感のあるエリアづくりや、駅からitiへの導線の強化に貢献している。

キーカラーを押し出したwonder SANNOMARUのビジュアル。(画像提供:福山電業)

また、街に大きく開いたイベントスペース「cage」は、意識的に福山城西側の福山市博物館・美術館エリアに続く道に面して配置され、物理的に城エリアから足を伸ばしやすいデザインとするなど、南北軸を意識したものになっている。

街に大きく開いたイベントスペースCage。(提供:福山電業)

4.福山城エリア

最後に残るのは「福山城エリア」。福山駅周辺再生の文脈での取り組みではないが、2022年が築城400年に当たるため、城本体のリニューアル工事を行い、城での宿泊プランを始めたり、チームラボの光の祭を開催するなど、企画やイベントが盛りだくさんであった。そのような非日常の賑わいから日常へと、どう橋渡しがされていくか、今後、駅周辺再生の動きと公園・文化観光課との連携がより一層必要になってくると思われる。

福山城で行われたチームラボの光の祭。(撮影:菊地マリエ)

もちろん福山城エリアについても何も検討がされてこなかったわけではない。駅北口のロータリーと駐車場にJRがホテルを整備する計画などが動いていたが、コロナの影響で議論が中断。現在、南側の駅前広場の議論と併せた再検討が進んでいるところである。

民間が動き、行政が支える福山のまちづくり

上記の4つのエリアは、ウォーカブルエリアとして設定されており、ほこみちや国家戦略特区の制度を駆使して、各所で歩行空間化の社会実験が行われている。これらの取り組みから、2020年には国土交通省の推進するウォーカブルなまちづくり施策のモデル都市として選定され、ウォーカブル税制の対象地区となっている(道路に面した民地をまちづくりのために提供すると、その分の固定資産税が減免されるという仕組み)。

また、この4エリアについては、2022年度末、市民公募による1,156点の応募の中から、「ふくまち」という愛称が決定したところだ。「福山の街」、「福を待つ」、未来への希望のような新しい風が「吹く街」の意味が込められている。

2021年には、福山駅前広場再生協議会が設置され、また新たな段階に入った。上記4エリアの結節点となる駅前広場の具体的な地権者や交通事業者、関係事業者を含め、今後の在り方検討が開始された。いよいよ、2018年に掲げた駅前再生ビジョンを具現化するため、2023年には基本方針、2025年には基本計画、その後、具体の設計・整備に入っていく予定だ。

福山の特徴は、民間の反応が早く、またパブリックマインドの高い地元企業が実際に動くところだと感じる。現段階では行政はビジョンや計画を発信してはいるものの、大きな投資を行っているわけではない。しかし、そのビジョンを実現すべく、民間が先に反応し、動いているのが福山のスピード感ある変化を生み出している。これから、駅前広場の再生という段階になると、いよいよ市の投資が入り、物理的な風景にも大きな変化が生まれるフェーズに入る。

2018年のビジョンの公表からここまで4年間で、同時多発的に、大小さまざまなプロジェクトが戦略的に行われてきた。グランドビジョンを実現するため、駅を中心に半径1km以内のエリアを丁寧に設定し、官民問わずそこに眠るさまざまな地域資源をフル活用する。鍼灸治療のように、ポイントポイントに仕掛けを埋め込み、じわじわと攻める福山市の駅周辺再生。これは市長の強いリーダーシップと覚悟のもと、多部署が連携することでしか実現できない長期戦である。

役所の体制としては、駅周辺再生推進室が主導しながら、伏見町エリアは商工観光の部署と、霞町エリアのPark-PFIは公園緑地課と、福山城エリアは文化振興課、福山駅前については道路部局、観光部局など、多様な部署と連携して取り組んでいる。まだまだ、駅前広場の再生における本格的な成果が目に見えてくるのはこれからだが、多くの地方都市で、駅前の再生が課題となっている中、非常に参考になる視点が多くある事例ではないだろうか。

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PROFILE

菊地 マリエ

公共R不動産/アフタヌーン・ソサイエティ。1984年生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。日本政策投資銀行勤務、在勤中に東洋大学経済学部公民連携専攻修士課程修了。日本で最も美しい村連合特派員として日本一周後、2014年より公共R不動産の立ち上げに参画。現在はフリーランスで多くの公民連携プロジェクトに携わる。共著書に『CREATIVE LOCAL エリアリノベーション海外編』。

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