公共R不動産のプロジェクトスタディ
公共R不動産のプロジェクトスタディ

岡山県津山市が実践するファシリティマネジメントと公民連携

人口減等による税収減少、時代の変化による公共施設へのニーズの変化などによって、近年地方自治体ではすべての資産管理を行い、総合的に企画・管理・活用する”ファシリティマネジメント(FM)”の導入が注目されています。岡山県津山市でFM事業を推進しながら、公民連携のプロジェクトも作り出している川口義洋さんにお話を伺いました。

「直す」「減らす」「増やす」の3つの視点で進めるFM/PPP

ファシリティ(土地・建物・設備など)を最適な状態で保全・維持し、自治体経営の視点から総合的・戦略的に管理・活用するファシリティマネジメント(以下FM)の考え方は、ここ10年ほどで少しずつ認知や実践が広がっています。平成26年、総務省から各自治体へ、公共施設等の計画的な管理推進のための「公共施設等総合管理計画」の策定要請があったことも普及の後押しになりました。

岡山県津山市では平成30年に組織再編を行い、それまで別々だったFM推進係と建築営繕係を統合した財産活用課が発足しました。津山市のFM導入初期から携わる川口さんは、現在に至るまでFM/PPPを通した公共施設再編を指揮されています。

川口義洋さん
津山市 総務部 財産活用課 FM推進係  参事 兼 係長
1971年岡山県生まれ、1995年明治大学建築学科卒業。
1999年津山市役所に入庁し、16年間建築営繕及び建築指導部門の業務に携わる。
2015年FM部門に異動、それ以降、建築の視点から公共施設のマネジメントや公共空間の利活用などに取り組む。
2018年から旧苅田家町家群のコンセッション事業に関わる。
2019年には全国初の取組となる学校断熱ワークショップを企画、実践。
公民連携とFMの両軸で活動中。

川口さんが掲げるのは、「直す」「減らす」「増やす」の3つの考え方に沿った公共施設の最適化です。本格的にFM/PPPに関わるようになった川口さんがまず取組んだのが、「直す(保全)」基盤となる、”FM専用基金(公共施設長寿命化等推進基金)”の設立でした。

川口さん作成資料より抜粋

FM専用基金+施設別カルテによる基礎固め

「FMの基本は、保全維持のための土台を固めることです。そのために、土地を売った収入等を原資にしたFMのための基金をつくりました。一般的に、ある公共施設の50年間の修繕費は合計建築費の2パーセントだと言われています。そのためには中長期的な見通しを持てる資金計画が不可欠です」と川口さんは話します。

さらに川口さんが取り組んだのが、FM基金を効果的に活用・管理するための施設別カルテ(保全・長寿命化計画シート)の作成です。これは市内公共施設のうち長寿命化対象となる62施設の今後10年の維持管理コストや利用状況と改修計画をまとめたもの。

「それまでは施設ごとにばらばらに修繕要望が出され、施設所管課ごとに予算要求がされていました。カルテにより財産活用課が横断的・一元的に施設状況を管理できるようになっただけでなく、施設の状況を客観的に判断し、短中期的な見通しが立つようになったことで、優先順位をつけた改修計画ができるようになりました」と川口さんは言います。

川口さん作成資料より抜粋

予算を「減らす」入札手法

続いて取り組んだのは「減らす」FM。ここではファシリティの総面積と予算面、両方の削減を意味しています。例えば大規模な公共施設の場合、壊すだけでも数億円かかるとも言われています。その原因のひとつには「入札手法」があると川口さんは話します。

「これまでの入札方法は指名競争入札と言って、行政が事業遂行のための項目と費用をすべて細かく洗い出し、総額予定価格を算出した上で入札が行われていました。それだと行政の手間もかかりすぎるし、ひとつずつ積算するとどうしても高額になってしまいます。津山市で現在導入しているのは、見積もり合わせという入札方法です。

見積もり合わせとは、端的に言えば”目指したい状態”だけを行政から指定し、民間事業者に提案してもらう方法です。施設の解体であれば、”更地にする”ことが目指したい状態ですよね。
そうした理想の性能や状態を先行させるので、行政としても時間の短縮になり合理的です。民間事業者もいかに効率的にできるか考えるので、結果的に安く落札することができ、しかもより競争原理が働くので市場価格に近づきます。」

津山市ではこの入札方法の導入によって、これまでの半分以下の価格で落札できた案件もあるそう。従来のやり方とはまったく違うために組織内調整はとても大変だったそうですが、入札方法ひとつ取っても様々な手間・予算を削減できる、FMの可能性を感じられる事例です。

エネルギー効率化による維持管理費の削減

津山市では、今後30年間で30パーセントの維持管理費を削減することを目標に掲げています。一方で市内の全小学校にエアコンが導入されたこともあり、電気料金の増大はもちろん、地球環境への影響の観点からも課題意識があったそう。

今後の目標達成のためには一般的なやり方だけではない施策も必要と考えた川口さんは、エネルギーの使い方を抜本から考えるきっかけとして、断熱やエネルギーの専門家である建築家の竹内昌義さんを招いた全国初の取組みとなる小学校の断熱改修ワークショップを行いました。

川口さん作成資料より抜粋

断熱改修の結果、省エネはもちろんのこと教室の快適さや温度環境がめちゃくちゃ改善されるそう!

このような活動を経て、津山市では5年間で公共施設の総面積2.5パーセントの削減を達成。しかし、まだまだ削減すべき面積も予算も多くあるなか、川口さんはこれまでの「直す」「減らす」に加えて、「増やす(収益化)」ためのPPPを本格始動します。

FM視点を活かしたPPPの推進へ

城下小宿 糀や

こちらは津山市初のコンセッション方式によるホテル「城下小宿 糀や」。

江戸時代の古民家をリノベーションし、一棟貸しのホテルとして2020年7月にオープンしました。土地や建物の所有権は津山市のまま、運営権利を民間事業者に設定するコンセッション方式で開業しました。

当初は指定管理者制度の活用が前提となっていたそうです。修繕や保全費用も行政がまかない、5年契約で毎年300万円の委託料を民間事業者に支払う形での運営が想定されていました。そんな計画が進んでいた2018年に市長が交代。従来のコストカットだけでなくサービスの質や収益の向上につなげる「活性型行革」をテーマに掲げる新市長のもとで様々な行政改革が行われ、このプロジェクトに関しても再検討が求められたそう。

そこで川口さんのもとに担当部署から相談があり、協議の末浮かんだアイデアがコンセッション方式でした。

「行政で枠組みを決めず、できるだけ民間事業者の動きやアイデアを邪魔をしない形を考えたかったのです。5年縛りではなくできるだけ長く続けてほしいし、改修工事を終えて完成した建物をハコとして単に渡すのではなく、民間事業者のアイデアをできるだけ活かしてほしかった。そういった条件に適うのがコンセッション方式でした」と川口さんは話します。

サウンディングなどを経て、最終的には津山市でホテル経営を行うHNA津山に運営権を設定。その結果、もとは年間約300万円の支出の想定から、年間450万円の収入につながるプロジェクトになりました。

川口さん作成資料より抜粋

随意契約型の民間活用制度の促進へ

そうした公民連携を進めながら、2019年には民間提案制度をスタート。津山市の民間活用制度は、随意契約が前提となっていることが特徴です。

2021年1月には民間活用制度を活用した初の事例となる、廃園になった幼稚園を活用した「たかたようちえん」というパン屋さんがオープンしました。

川口さん作成資料より抜粋

さらに、公共R不動産が運営している公共不動産データベースを活用し、津山市阿波地区の3つの公共施設の活用を募集。早速反響があり、問い合わせのあった事業者の方と調整を進めているところなのだとか。この地区では2年くらい前から地域の方たちも交えて、公共施設の公民連携による利活用策を練ってきていましたが、プレイヤー不在のままで具体的な事業化の目途が立っていなかったそう。そんな中、公共不動産データベースを通じて、民間事業者から最高のタイミングで声がかかり、一気に事業化の道が開けたとのこと。地域と行政、事業者のニーズが重なり合い、最高のマッチングが成立したと言えます。阿波森林公園を使ったグランピング事業について、川口さんたち庁内チームが指定管理業者と問い合わせ事業者との間をつなぎながら、急ピッチで事業化に向けて協議を進めています。

阿波エリアの公共施設群

経営視点のFM思考を広めるために

そんな組織内外と連携し合いながら活動を進める川口さんは、庁内でFM/PPPの認知を広げるための取り組みも行われています。

川口さん作成資料より抜粋

そのひとつが庁内FM新聞「つやまFMだより」。課内の若手メンバーと一緒に毎月編集会議を開き、財産活用課で行なわれている様々な活動をわかりやすくまとめています。

「FMやPPPの考え方は、自分たちの部署だけでなく、他の部署にも理解を浸透させることが必要です。庁内全体で同じ目線になることが大切だと考えています」と川口さんは言います。今では、「FM/PPPと言えば財産活用課!」という認知が広がり、何かあるとすぐに相談がある状態になっているそう。

もともとは建築家を志し、建築技師として市役所の営繕チームに配属されたところから現在のキャリアにつながっている川口さん。現場的視点からマネジメント的視点まで兼ね備え、積極的な他部署との連携から庁内の啓発まで、フットワーク良く幅広い視野で活動される様子を伺っていると、その情熱や行動力に驚かされます。

「僕の場合、仕事の根本にあるのはクリエイティブでありたいということですね。いろいろな人とつながりながら、創造的にたのしく仕事をつくっていきたいんです」と川口さんは言います。

舵取り役としてのFM

これからやっていきたいことを伺うと、2021年3月末に老朽化などが原因でクローズした「グラスハウス」というプール付の大規模施設の大改造プロジェクトが挙がりました。この施設は年間1.1億円の超赤字施設だそうで、今後は「RO-PFI+コンセッション」方式での運営を目指しているとのこと。

グラスハウス

 「RO」とはRehabilitate Operateの略称で、民間事業者が改修と運営を担う形式です。ただし「グラスハウス」はあまりにも大規模な施設であることから、津山市も資金を投入する予定です。民間事業者は、その資金と併せて、改修と運営計画を立てていきます。実現すれば「RO-PFI+コンセッション」方式での運営は全国初となるそう。

「各部署が単発で事業をすすめると、一度実現はしても次につながりづらい。そこで全体を俯瞰して優先順位を定めて段階的に進めていく舵取りをするのがFMの役割です。FMはすぐに大きな成果が出るものではありません。上述の入札の仕組みを変えるだけでも約1年かかっています。自治体全体を経営する視点で戦略的に考えた上で、小さな取り組みの積み重ねが重要なのです」と川口さんが話すように、一朝一夕ではいかないFM導入。ある特定の部署だけが担えばいいのではなく、組織横断的にFM的思考を浸透させる重要性にも改めて気付かされたインタビューとなりました。

公民連携の必要が叫ばれている今だからこそ、10年20年先まで視野に入れて取り組むFMとPPPの推進に今後も注目していきたいと思います。

津山市のファシリティマネジメントについての取り組み
https://www.city.tsuyama.lg.jp/business/index2.php?id=6945

 

PROFILE

阿久津 遊

1988年宮城県生まれ。ワークショップ等のこども向けプログラムの企画運営に携わり、公共空間活用に関心を持つ。2018年から公共R不動産にライターとして参加。

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