公共R不動産のプロジェクトスタディ
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埼玉県小川町の公共的な空間4例。
市民活動を生かすクリエイティブな公民連携

埼玉県小川町では近年、古い建物を活かした公共的な空間が続けて生まれています。今回はこれらの4例を取り上げ、行政や市民活動などの関わり方や経緯、事業の組み立て方に着目して紹介します。これは市民活動が盛んな小さな町の地域特性を生かした、小さな町なりのクリエイティブな公民連携なのかもしれません。

埼玉県小川町の公共的な空間4例

埼玉県小川町は、東京から約1時間半強、人口約3万人弱の町です。町の財政状況は厳しく、基本的には、就学や就職を機に転出し人口が減少するという典型的な人口動態です。一方、和紙や鬼瓦などの伝統技術や、酒造り、野菜の有機栽培などで知られ、メディアに取り上げられることも増えてきました。近年は移住希望者が増え、Uターンしたり都心部との2拠点生活をしたりなどの機運も高まりつつあります。

小川町には、かつて産業が集まり栄えていた頃の息吹きが感じられる、商家や蔵、旅館などの古い建物が点々と残っており、近年これに手を入れつつ利活用する動きが増えてきました。

今回は、こうした中から、公共的な空間として開かれた以下の4例を紹介します。

  • 児童数の減少に伴い役目を終え廃校となった小学校の分校を、都市と農山村の交流拠点として活用する『霜里学校』。
  • かつて養蚕技術伝習所として使われた古民家を、人と文化の交流拠点として活用する『玉成舎(ぎょくせいしゃ)』。
  • 駅前の昭和レトロな料亭跡を、観光案内所・移住サポートセンターとして活用する『むすびめ』。
  • 築100年の石蔵をコワーキングロビーとして活用する『NESTo(ネスト)』
    ※詳しくは前回記事(行政・民間・地域の連携から生まれた 埼玉県小川町「コワーキングロビーNESTo」)を参照。

それぞれ歴史的な建物としての経緯や特徴も面白いのですが、今回は、遊休化した不動産を公共的な空間として活用するに至った経緯や、行政・民間・市民の関わり方、事業の組み立てにおける工夫などに着目して紹介します。

これら4例は、ひとつひとつは小さな事例ですが、並べてみると、公共的な空間づくりやサービス提供のやり方は通り一遍ではなく、様々な工夫の余地があることに気付きます。

都市と農山村の交流拠点『霜里学校』

はじめに紹介するのは、廃校となった小学校の分校を活用し、有機栽培の普及や都市と農山村の交流拠点として開かれた『霜里学校』です。

小川町の下里地区は、1971年から霜里農場の金子美登氏が野菜の有機栽培を続け、金子氏の考え方や技術を学びに世界から人が集まるなど、小川町におけるオーガニックの源泉となるエリアです。

この下里地区にある小学校の分校が、児童数の減少に伴い2011年3月に学校としての役目を終えたことを契機に、地域活動の拠点として活用しようという機運が生まれました。小川町は、農産物集出荷施設に用途変更したこの旧分校の活用方法等に関する公募を行い、2013年よりNPO法人霜里学校による維持管理が始まります。

町を流れる槻川のほとりに位置し、周辺は有機農場に囲まれた小さな木造校舎

NPO法人霜里学校は2012年7月に設立され、有機栽培の体験学習などを通じて、有機栽培の普及や都市と農山村の交流、ひいては耕作放棄地の解消や農地・里山の再生に向けて活動しています。旧分校の補修を自分たちの手で行いながら、霜里農場の金子氏とともに「しもざと有機野菜塾」、地元飲食店や手工芸品が出店する「下里さくら祭り」の開催を続けてきました。

2018年、町はさらに、旧分校の一部である用務員棟を、無料休憩所及び地域資源PRの拠点して改修を進めます。この施設は、校舎・運動場と一体的に霜里学校が運営することとなり、分校カフェ『MOZART(モザート)』としてオープンしました。カフェでは、目の前に広がる有機農場や里山の風景を眺めながら、有機栽培された野菜を使った食事などを楽しむことができます。

分校カフェ「MOZARTモザート」の外観
目の前に広がる農場と里山の風景

かつて小学校の分校であったこの場所は、まちの中を流れる槻川沿いの散策途中の休憩所、周辺の里山でサイクリングを楽しむ立寄所としても使われるだけでなく、アニメや映画、ミュージックビデオなどのロケ地としても使われており、里山の新たな原風景として根付きつつあります。

人と文化の交流拠点『玉成舎』

次に紹介するのは、築130年を越える歴史的な建造物が、伝統技法に配慮しながらリノベーションされ、人と文化の交流拠点として開かれた『玉成舎(ぎょくせいしゃ)』です。他の3例と異なり、民間不動産・民間資金で行われた公共的な空間です。

かつて養蚕伝習所として使われた主屋。敷地内には石蔵が隣接しており、ともに登録有形文化財。

小川町において歴史的な建物を保存・活用する流れが生まれた下地には、NPO法人小川町創り文化プロジェクト(通称「まちぶん」)による先駆的な活動があります。まちぶんは2016年7月に設立され、小川町に埋れた歴史的な建物を「再発見」し、不動産オーナーの理解と協力を得ながら、まち歩きツアーやシンポジウムを開催したり、建物内部に立ち入り実測調査を行うなど、地道に保存・活用の道を探ってきたNPO法人です。

『玉成舎』は、こうした流れをつくった代表的な民間プロジェクトです。

1888年に養蚕技術伝習所「玉成舎」として建てられた歴史産業遺産であるこの古民家は、現在地に移築されてからは民家として利用されてきましたが、老朽化が著しく進んでいました。まちぶんは、不動産オーナーとの接触を図りつつ、古民家改修に精通した建築士などの専門家と連携し、建物実測調査や保存再生による利活用を検討します。

この利活用に手を挙げたのは、有機野菜食堂わらしべです。わらしべは、小川町でサイクリングやハイキングを楽しむ人々がよく立ち寄るお店でしたが、徐々に店舗が手狭になっていました。わらしべは2017年、この古民家のオーナーとなり、建物の保全再生をしつつ、店舗の拡張だけでなく新たな価値の創造による地域活性化を目指すことを決めました。資金調達に課題があるリノベーションの費用は、商工会担当者とともに中小企業等経営強化法に基づく「経営革新計画」を策定、民間金融機関と政府系金融機関からの協調融資を実現しました。

玉成舎の1階・わらしべ店舗内

『玉成舎』は、民間による文化発信拠点としての複合商業施設に生まれ変わりました。1階は不動産オーナーでもあるわらしべが営業し、有機野菜による料理を提供。2階にはアジアン雑貨屋や、2011年に創業し、小川町で完全無農薬で栽培したブドウから天然酵母・無添加のワインを生産販売する「武蔵ワイナリー」の角打ち直売所が出店。隣接する石蔵に入居したカフェ「PEOPLE」では、カフェオーナーの人脈で個性的な料理人を招き料理を楽しむイベントなども開催されています。

小川町が埼玉県の歴史的景観モデル地区に選定されたり、玉成舎が埼玉県の空き店舗活用に関する賞を受賞し、新聞やテレビなどのメディア露出も増えました。こうした小川町の外部評価を高めるきっかけとなった民間プロジェクトと言えます。

観光案内所・移住サポートセンター『むすびめ』

小川町駅を降りてすぐ目に入るのは、日本の伝統色・濃藍に塗られた外壁と、真新しい木材の建具が光る建物です。2020年4月に、昭和レトロな料亭が改修され、観光案内所・移住サポートセンター『むすびめ』として生まれ変わりました。

写真向かって左側が移住サポートセンター、右側が観光案内所とサイクルスペース

もともと小川町の観光案内所は、駅から徒歩2分ほど離れた場所にありました。町が閉鎖したガソリンスタンドを借り受けて建物を改修し、1階が観光案内所として開かれ、しばらく物置だった2階も埼玉県下で初の移住サポートセンターが併設されました。ただ、建物の老朽化による移転先や、異なる事業者が運営する両施設をより効果的に運営する方法などが、懸案としてありました。

両施設の移転先となったのは、駅前に長く続く昭和レトロな旧料亭でした。町は、閉店した旧料亭の建物をオーナーから譲り受けるとともに、この建物をどのように活用するか、先述のNPO法人まちぶんとともにワークショップを開催します。最終的に町は、無料休憩所やサイクルスペースなどの機能を兼ね備えた観光案内所と、移住サポートセンターを一体的に運営する施設として活用する方向性を定めます。

改修前の旧料亭

改修は町が主体となり、運営者の選定は観光協会との合同で公募型プロポーザルが実施されました。業務委託先としてNPO法人霜里学校が選定されました。

建物の1階と外装部分が改修され、旧料亭の佇まいを感じる内装をできるだけ残しつつ、新たな建具や家具などは町産材が用いられました。ロビーのテーブル・椅子などは、農林中央金庫・森林組合から寄贈されたものです。入口の暖簾は、門司港駅やThe Okura Tokyoの壁紙復原に携わった襖紙の企業も関わりました。案内所のスタッフが月1回着物を着るという企画を知った町民から、着物の持ち込みもあったようです。

観光案内所としての本領を発揮するのはこれからですが、小川町のさまざまな資源が活用された、まさに「結び目」としてスタートしています。

まちのコワーキングロビー「NESTo」

『NESTo(ネスト)』は、築100年の石蔵を活用したコワーキングロビーです。前回の記事(行政・民間・地域の連携から生まれた 埼玉県小川町「コワーキングロビーNESTo」)でも紹介しました。

関連

行政・民間・地域の連携から生まれた 埼玉県小川町「コワーキングロビーNESTo」

駅から徒歩5分ほどの場所に、地元企業が所有する、大谷石で出来た大きな石蔵があります。あまり使われていなかった築100年の石蔵に魅力を感じ、有志の方々が演奏会や展示会、上映会、ワークショップなどのイベントを開催するうち、何かしらまちに継続的に開かれた場所にできないだろうかという機運が高まっていきました。

一方、町の政策的な課題として、テレワーク環境やサテライトオフィスの整備が求められていました。移住意識や多様な働き方の高まりや、新型コロナウィルス感染症の拡大など社会状況の急激な変化が起き、ちょうど良いタイミングで埼玉県の支援制度ができたこともあり、町は2020年度、歴史的建造物である石蔵を活用して、サテライトオフィス、ワークスペースを整備しようと決めました。

小川町・NPO法人あかりえ・民間企業・建物オーナーの4者で構成する「石蔵保存活用協議会」を設立し、公的資金を活用して耐震補強・改修が実施されました。一般的な公共発注ではなく、官民が混在するプロジェクトチームを組成。設計・施工・デザイン・運営を一体的に検討し、難工事を短期間で完了しました。

行政・民間・地域の連携により活用されたおよそ築100年の大谷石の石蔵

石蔵は、2021年5月に『コワーキングロビーNESTo』としてオープン。運営は協議会の構成員であるNPO法人あかりえが行っています。石蔵内は吹き抜けの大空間が生まれ、真ん中に配された、巨木を切り出したテーブルが圧巻です。音響設備やプロジェクターを設置し、イベント利用も可能となっています。

本格的な運営はまだまだこれからですが、作品展示イベント会場に使われたり、会員交流会が企画されるなど、今後も地域に開かれたコワーキングロビーとして利用されるべく、少しずつ動き始めました。

公民連携の視点から見ると

小川町の公共的空間4例をあらためて整理しました。

『霜里学校』は、都市と農山村の交流拠点となるべく、遊休化した公的不動産を町が公的資金で改修し、NPO法人が運営する事例です。校舎・運動場は普通財産の使用貸借、用務員棟は行政財産の一部使用許可として、これを一体的に同一法人が運営するという工夫がなされていました。

『玉成舎』は、人と文化の交流拠点となるべく、民間事業者が購入した遊休不動産を改修し自営+サブリースする事例です。古民家利活用の機運を高めたNPO法人と、民間事業者の事業計画策定から、公的な中小企業支援策を活用し円滑な資金調達を実現するまで併走した商工会という公的団体の存在が大きく見えます。

『むすびめ』は、観光案内所・移住サポートセンターの移転のため、町が購入した遊休不動産を公的資金で改修し、NPO法人が業務委託で運営する事例です。観光案内と移住サポートという2つの業務をより効果的に展開するべく1事業者へ発注するため、2つの組織が共同でプロポーザルを実施するという工夫がなされていました。

『NESTo』は、まちのコワーキングロビーとなるべく、町・民間・NPO法人・不動産オーナーで協議会を設立、民間不動産を公的資金及びクラウドファンディングで改修し、NPO法人が運営する事例です。事業主体として協議会という中間的な組織を設立するという工夫がなされていました。

ひとつひとつは小さな事例であり、特段の派手さや目新しさがあるわけではありませんが、このように並べてみると、小川町における公共的な空間からは、大きく2つの特徴が見えてきます。

  • これまで積み重ねられてきた活発な市民活動を生かすこと。
  • 行政や公的団体は、これを妨げることなく必要な支援をクリエイティブに行うこと。

これは、小さな町の地域特性を生かした公民連携と言えるかもしれません。

まず、いずれの例にも、何かしら地元に密着した組織的な市民活動が関係していることが共通項としてありました。

これは、選定プロセスによる結果論でもありますし、域外の民間事業者が参入する地域ではなかったという側面もあるでしょう。ただ、経過を辿ると、以前より地元NPO法人をはじめとする市民活動の積み重ねがあり、その上に公共的な空間づくりが行われていることが見えてきます。

小川町には他にも、里山再生や再生エネルギーをテーマとする団体など、筆者も把握出来ていないほどの市民活動が動いています。多くのNPO法人は会員のボランティアに依るところが大きく、継続性という点で不安定さは否めませんでしたが、最近では観光をテーマにしたまちづくり会社も出てきました。少しずつでも多くの民間投資も生まれてきていることは、明るい未来を示す兆候と言えます。

また、公共的な空間の生まれ方として、多様なバリエーションがあり得るのだということに驚きます。

これは、行政の財政状況が厳しい中では、むしろひとつひとつをやれる方法でやるしかなかったという側面もあるでしょう。ただ、一般的なやり方では難しいといって諦めるのではなく、目的を達成するために必要な組み合わせを、その時点の状況や活用可能な資源をもとに、ひとつひとつ手探りで組み立ててている姿が見えてきます。

公共不動産を活用することだけが公共的な空間を生み出す方法ではありません。公民連携という視点から見れば、PFI・指定管理・業務委託などの方法も、使用許可・使用貸借・定期借地などの方法も、規制緩和・税制特例・認証制度などの方法も、広義の公民連携の方法です。行政や公的団体がクリエイティブを発揮できるフィールドはとても広いですし、実直に地道に取り組むことが大事であると言えます。

今回は埼玉県小川町の公共的な空間4例を取り上げましたが、他のまちにもおそらく、こうした舞台裏にある地味で地道なクリエイティビティがあるはずです。今後もこうした視点から光を当てて取り上げていければと思います。

※参考:これからの地域経営に求められる官民連携と公的支援の視点
https://www.jctc.jp/wordpress/wp-content/uploads/korekara_180315.pdf

PROFILE

矢ヶ部 慎一

文学部出身の再開発コンサルを経由して公民連携分野へ。1976年生まれ。株式会社タカハ都市科学研究所にて、法定再開発の事業コーディネート等に従事し、経営企画等も経験。東洋大学大学院経済学研究科公民連携専攻修士課程を修了後、現場経験をベースに公民連携分野へ展開中。東洋大学PPPリサーチパートナー/公共R不動産/株式会社アフタヌーンソサエティ/その他、埼玉県小川町でのNPO法人正会員など。

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