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マツダ特派員のロンドン公共事情
  マツダ特派員のロンドン公共事情

英国鉄が高架下を民間企業に一括売却、影響やいかに

ロンドンで鉄道の高架下といえば、パン屋やマイクロブルワリー、ギャラリーや工房など、スモールビジネスのスタートアップの場として広く認識されているのですが、2019年2月、所有者であるNational Railが米系不動産会社の出資する会社に高架下を一括売却、というニュースが。売却から9か月、その影響を探りつつ、ロンドンの高架下活用の歴史を繙きます。

スタートアップの場として

2k540下北沢ケージなど、日本でも近年活用が進む高架下。ロンドンでは、 その多くが19世紀前半に建造された 煉瓦造りで、古くから安い賃料で貸しに出されてきました。騒音、振動は当たり前、決して快適とは言えない環境ですが、その分賃料が安いことから自動車修理工場などが入るようになり、近年ではマイクロブルワリーやパン屋が続々とオープン。そのクリエイティブな雰囲気に惹かれてバーやレストラン、コワーキングスペースも増え、住宅に再開発しようとする猛者(不動産開発業者の介入による賃料高騰を懸念するテナントと地域住民の反対運動により、住環境には適さないという理由で行政が開発差止済み)まで現れ、現在ではすっかり人気物件となりました。
物件としての高架下は、平均40㎡から100㎡(場所によっては1000㎡超えの大きな区画も)、上りと下りの二車線の間で区切られているものもあれば、前後に抜けている区画も。天井が高いためメザニン階をつくりやすい、近くに同じつくりの高架下があるため拡張しやすい、などの空間的なメリットもあります。防音や振動対策は所有者側からは一切行われず、メンテナンス費用はテナント持ち。特に雨漏りは日常茶飯事で、その修理のために専属の電気水道技師を雇っているというブルワリーもあるほど。「まるで中世みたいなひどい大家なんだ!」とテナントが憤るほど、ほったらかしであるがゆえに実現した安い賃料により、難民だった人が「イギリスに着いたその日からビジネスを始められた」というほど、賃料高騰著しいロンドンにおけるスタートアップの砦として機能してきました。

マイクロブルワリー、パン屋、アンティークショップ、車修理工場など、多様なビジネスが軒を連ねるバーモンジーの高架下

高架下の一括売却

テナントに中世並みと言わしめた大家こそ、今回高架下を一括売却したNetwork Rail。イギリス国内の鉄道インフラの所有と管理を一手に担う国有会社です。(イギリスの鉄道は、1990年代に上下分離方式で民営化され、運行は20以上の民間各社が、インフラ管理は国が行っています。民営化当初はインフラ管理もそのために設立した会社に継承されましたが、ずさんな管理により大事故が多発、会社も破綻して2002年以降Network Railに引き継がれました。)
2019年2月、Network Railは、2,700カ所近くあるロンドンの高架下を含む、イングランドとウェールズの5,261の賃貸物件を、14.6億ポンドで、米系不動産会社 Blackstone Property Partners と投資会社Telereal TrilliumのJVである The arch company に売却。鉄道事業に専念するため、という今回の売却は、目的・金額ともに妥当、との判断が会計監査院によりなされたのものの、売却にあたってテナントへの配慮が足りないとの指摘もなされました。

米系の不動産会社と投資会社によるJVでできたThe Arch Coイングランドとウェールズにある5200を超える鉄道高架下の所有者となった。

懸念される影響

Network Railが売却を検討していることが明るみに出て以来、テナントたちは連帯して反対運動を展開 。本業でがないがゆえに低く抑えられていた賃料も、専門の民間不動産会社の手に渡れば高騰すること必至と見られています。とはいえ、 Network Rail 所有時代から、 既に周辺家賃相場の上昇等を理由に賃料の値上げは頻繁に行われており、平均賃料は2013年度(22,052ポンド)から2017年度(31,094ポンド)にかけて41%も上昇していたという報道も。テナントの中には過去にさかのぼって4倍の賃料を払えと言われて廃業した人もいるといいます。(今回の売却を見据えての賃上げだったのではという見方もありますが、Network Railはそれを否定。)
高架下のテナントと市民のサポーターからなるGuardians of the Archesは署名活動やロビー運動を実施、新オーナーから「テナントファースト」アプローチをとる、との約束を取り付けましたが、賃料や賃貸条件について明文化されたものはなく、賃料上昇に伴い、多くの人が職場を失うだけでなく、高架下の多様性という魅力が失われてしまうのではないかと懸念されています。同団体は地元自治体の介入を求めていますが、動いている自治体はありません。
公民連携の視点からすれば、経営の効率化、民間活力の活用(海外資本ではありますが…)という意味で、妥当とも思える今回の売却が、スモールビジネスに与える影響と、長期的にロンドンという街に与える影響については、まだまだ未知数です。

高架下のレストラン。防音対策などはなく、そのまま使うテナントが多い。

ロンドンで高架下を見るなら

最後に、余談ながら個人的におすすめな高架下ベスト3を。
Bermondseyエリアは、週末に地元のグルメフードが集結するMaltby Street Marketが開催されたり、20近いブルワリーやバーがひしめく高架下。高架下に興味がなくても楽しめること請け合いです。
HacknyのLondon Field駅そばのエリアは、パンで有名なカフェからスポーツジム、メタルワークや家具工房に至るまで、多様なビジネスがぎゅっと凝縮されたエリア。
Bethnal Greenエリアは車修理工場が長年集積してきたエリアで、昔ながらの高架下の使用方法を知るのにおすすめです。(1年ほど前にオープンしたBERIDというパン屋の絶品サワードウを試すのをお忘れなく。)

参考文献: Froy, F. and Howard, D. (2017) Pragmatic urbanism: London’s railway arches and small-scale enterprise. European Planning Studies, 02 November 2017, Vol.25(11), pp.2076-2096



PROFILE

松田東子

ライター
松田東子

株式会社スピーク/公共R不動産。1986年生まれ。一橋大学社会学部卒業後、大成建設にてPFI関連業務に従事。2014年より公共R不動産の立ち上げに参画。スピークでは「トライアルステイ」による移住促進プロジェクトに携わる。ロンドン在住。