マツダ特派員のロンドン公共事情
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道端に野菜?街中どこでも食べられるエディブルな街トッドモーデン

バスを待ちながらバス停脇に植えられたイチゴをつまみ、病院の花壇でハーブを摘む。街中に食べられる植物が生えていて、そのどれも食べてOKというエディブル(食べられる)シティの元祖、トッドモーデンを、2016年5月に訪れた時の様子をお届けします!

Incredible Edible Todmorden

イギリスはランカスター州とヨークシャー州の境にある、人口15000人の街トッドモーデン。マンチェスターから北東に27キロ、古くはテキスタイル産業で栄えるも、今は目立った産業のない谷合の小さな街です。

2008年、そんな街で、環境問題やコミュニティの荒廃など、孫世代の将来を憂えたおばあちゃんたちが、空き地に食べ物を植え始めました。最初はバス停や路肩にしれっと(彼女たちはこれを「プロパガンダガーデニング」と呼んでいます)、そのうち活動に賛同して私有地を提供してくれる人が現れ、警察署やヘルスセンター、ついには行政も巻き込んで、街を挙げての運動、Incredible Edible Todmorden (以下IET)に。さらに活動は世界中から注目を集め、毎年1000人を超える視察ツアー客が訪れるまでに成長。現在ではIncredible Edible Networkとして、イギリスだけでも100以上、全世界に1000を超える団体が同様の活動を行っています。
「食べるなら、あなたもメンバー(If you eat, you’re in)」を合言葉に、資金源は寄付とツアーや講師依頼の報酬のみ、公的な資金援助は一切受けず、無償のボランティアにより活動を続けています。

現地を訪れたのは、2016年5月。広報担当のEstell Brown(以下エステル)さんに町内をご案内いただきながら、お話を伺いました。

ロンドンから移住したという広報担当のエステルさん

立の経緯

「地元高校の給食担当が食育のために生徒たちに何か育てさせたいと言っていて、コミュニティガーデンをやっていたニックとヘレナ、7人の孫がいて子どもたちの未来を憂いていたメアリー、ピークオイル論など環境に関心のあったパム他有志が、何か地域のために小さなアクションを起こそう、そのために食べられるものを植えよう、といったのが始まりです。政府は何もしてくれないから、自分たちでやるしかないって。 ロンドンで消耗してトッドモーデンに越してきた私は そのときから広報やウェブ周りを担当しています。

最初どうやって人を集めたんですか?ってよく聞かれるんだけど、みんなにメールを送ったの。ただ一言、「ケーキあります」って。そこで集まってくれた人たちと野菜や果物を植え始めたのよ。」

歩道の脇にもたくさんの野菜が植えられている。一番人気はルバーブだとか。
「植えても植えてもなくなっちゃうのよ」とエステルさん。その横顔はとても嬉しそう。

今でも第一日曜にはケーキを、第三日曜日にはランチを無料でふるまっているのだそう。収穫した野菜を使ったクッキングレッスン、蜂の仮装をして養蜂をサポートするお祭りなど、IETは沢山のイベントも行っています。毎年恒例の収穫祭ではリンゴジュースをふるまってきたのですが、近年ではその前にみんなが食べてしまい、ジュースの分が足りないのだとか。それも嬉しい悲鳴なのは、If you eat, you’re inというスローガンのなせる業です。

食べ物を育てているんじゃない、地域を育てている

「植物を育てるためにやっているんでしょ、と言われるんだけど、コミュニティを育てるためにやっているの。例えばここで誰かが植物の世話をしていると、「そんなやり方じゃダメだ」、って声をかけてくる人がいて、「いやいや彼のやり方こそちがっている、そのままでいいのよ」という人がやってきて、そうこうしているうちに、「あれ、ここでタバコ吸えないの?」なんて聞いてくる人もいて、こうして普段なら出会わない全くタイプの違う人が出会ったりするのよ。人々は庭の手入れをすることを通して、食べ物を分け合うこと、お互いをケアしあうことを学ぶの。それらを学んだ人たちは今度は地球のことを考え始める。たとえば豆はここでも採れるのに、なぜアフリカからはるばる飛行機で運んでくるの?ってね。」

カフェに置かれた野菜。自由に持って帰れる。

地元高校が最大の雇用先というトッドモーデン。炭鉱掘削用のドリルの工場があるものの、近年ではすっかりポーランド人移民ばかり(「彼らには技術があるから、仕方ないのだけれど」とエステルさん。)だそうで、自治体の社会保障費カットの影響も深刻だといいます。失業率が高く、以前は大麻を違法に育てていた人たちもいたそう。そんなエリアにおいて、食べられるものを育てる、というのは、切実な意味を持っているのだと感じました。

警察署の敷地にも野菜を植えている。

警察署やスーパーの前にも

エディブルガーデンは警察署の前にもあります。「今でも収穫するときは盗みをはたらいてるみたいでちょっとドキドキするのよ。」と笑うエステルさんいわく、警察と地域住民の関係もこの花壇によって変わったのだそうです。

「今までは警察官と話すことなんてなかったけれど、ここに来ればちょっと会話するでしょう。今じゃ、ハーイ調子はどう?ってハグしながらほっぺにキスしあう仲になったわ。」

警察署以外にも、ヘルスセンター、パブ、コミュニティシアター、墓地など、様々な場所で食べられる植物が植えられています。

スーパーの建設予定地に企業から提供された花壇

さらに新しく建設予定のスーパーの前には、新設の花壇も。スーパーを運営する企業からエステルさん宛にメールが来て、全部企業持ちで準備するので、食べられる植物を植えて育ててくれませんか、と言われたそう。着実に活動の場を広げるIET。現在は行政も、自由に植えて良い場所のマップのオンラインで公開したり、食べられる植物を植えることを地区として奨励したりするなどのサポートを行っています。行政はあくまでも後追いで、直接的な資金援助をするのではなく、より活動しやすい体制づくりをサポートするというのが、草の根のゲリラ的活動からはじまったIETらしさともいえます。

左 ヘルスセンターの駐車場はハーブガーデンに。 右 ヘルスセンターの周りがヘルシーじゃないなんて!というのがハーブガーデンになった理由。

コミュニティビルディングから、食育、地産地消へ

当初、街中で食べ物を育てるとあって、近郊の農家などから反対されるのでは、という懸念もあったそうなのですが、IETは各店舗に名前入りの黒板を進呈。その黒板には30マイル以内の近郊で取れたものを書いて宣伝するのに使ってほしい、と伝えたところ、意識的に近郊の商品を仕入れてくれるようになり、地産地消が進んだそうです。新鮮な卵が買える近隣の農家マップの作成などもしており、IETはコミュニティビルディングだけでなく、地産地消の促進にまで一役買っています。

右の黒板はIETが各店舗に渡した、30マイル以内で生産されたものだけ記載できる黒板。

日本では?

「何組も視察に来て下さったけど、どこもやってない (2016年当時) んでしょう?日本だと法律的に難しいのかしら?」と言われてしまったのですが、本当にそうでしょうか?

遡れば日本初の街路樹は、奈良時代に街道沿いに旅人のお腹を満たすために植えられた果樹並木だったそう。また、長野県飯田市北海道札幌市のリンゴ並木など、地元の方々により丁寧に管理されている事例もあります。ただ、誰でも自由に食べてよし、というのはなかなかハードルが高いのかも。近所の小学生が収穫を楽しみにしていたのに…なんていう悲劇が起こらないように、 誰でも食べていいという理念を育てる側が共有していること、ある程度の収穫量があることが重要そうです。たとえば銀杏くらいありふれていれば、通りがかりに少し拾うこともできる( 自治体所有の木と分離した果実で、自治体の収取が行われないことが明らかなものなどは、採ることも許されると思われる) のでは。

とはいえ 私有地ならシンプルに、ご自由にどうぞ、の貼り紙一枚ではじめられそう。

公有地でも「ここは植えていい、食べていいエリア」と定めて運用することはできるはず。全国の自治体の皆さん、出番です!まずは市役所前の花壇でも、公園の一角でも、開放してみませんか?

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PROFILE

松田 東子

株式会社スピーク/公共R不動産。1986年生まれ。一橋大学社会学部卒業後、大成建設にてPFI関連業務に従事。2014年より公共R不動産の立ち上げに参画。スピークでは「トライアルステイ」による移住促進プロジェクトに携わる。2017年から2020年までロンドン在住。2021年University College London MSc Urban Studies 修了。

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