新しい図書館をめぐる旅
新しい図書館をめぐる旅

市民と一緒につくった「瀬戸内市民図書館」 地域をネットワーク化し、情報とサービスが循環するまちへ

地域コミュニティの醸成や課題解決の支援など、まちづくりのエンジンとして機能する新しい図書館像を探るシリーズ。第二回は、岡山県瀬戸内市邑久町の瀬戸内市民図書館を訪ねました。

撮影:中川正子

2016年6月にオープンした瀬戸内市民図書館もみわ広場。市民と行政が手を取り合い、市民参加型のワークショップを重ね、約6年の月日をかけて作り上げられました。

愛称の「もみわ広場」とは、「もちより・みつけ・わけあう広場」という基本理念の頭文字をとったもの。日々の暮らしや仕事から生まれた疑問や課題を「持ち寄り」、その解決方法や展望を「見つけ」、その発見をみんなで「分け合う」ことのできる広場を目指しているといいます。

市民と連携した開館までの取り組みをはじめ、移動図書館、工夫に満ちた配架構成や空間デザイン、郷土資料展示スペース、地域に根ざしたイベント企画など、公立図書館としての先進的なサービスが注目を集め、2017年には、「ライブラリー・オブ・ザ・イヤー」大賞を受賞。人と人をつなぎ、新しいまちづくりの拠点となっているその運営の仕組みについて、瀬戸内市民図書館主査/図書館司書の横山ひろみさんにお話をうかがいました。

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蔵書数は約8万冊(2016年開館時)。「母が笑っているのがいちばん」「前向きに考えよう」といったユニークな見出しがついた書架もある。撮影:中川正子

親しみやすく、地域性に富んだ機能と空間デザイン

南側の外壁に飾られた市民による手作りタイルや、芝生の庭に植樹された、瀬戸内市のシンポルツリーであるオリーブなど、瀬戸内市民図書館では、市民参加型のエッセンスと瀬戸内市の地域性が、その空間デザインからも見受けられます。

メインのロゴマークをはじめ、館内の案内サインなどのアートディレクションは瀬戸内市出身のデザイナー・アーティストの黒田武志さんが手がけました。施設案内パンフレット、利用案内、もみわ広場オリジナルグッズなど、細部に至るまで、館内には親しみやすさと統一感が生まれています。

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洗練されながら、親しみやすさもあるサインやグラフィック。撮影:石母田諭
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南側の壁面には市民の手でつくられたタイルが。ハード(建物)もソフト(企画・運営など)も市民と連携している。撮影:石母田諭

複合施設として、館内にはさまざまな機能が併設されています。気軽に集い、打ち合わせや談笑ができるフリースペース「もみわカフェ」、邑久町出身の人形師・竹田喜之助の糸操り人形が展示されている「喜之助ギャラリー」、人形劇用の舞台設備を有した「つどいのへや」など。「つどいのへや」では、人形劇を継承しているアマチュア劇団グループによって月1回ほど人形劇が行われるほか、講演会やイベントなど約200人を収容するコミュニティスペースとして活用されています。

地域郷土資料スペース「せとうち発見の道」。瀬戸内市のプロフィールが展示され、郷土愛が深まっていく。撮影:石母田諭

サービスカウンターの前には、瀬戸内市の地域郷土資料スペース「せとうち発見の道」が広がります。専属の学芸員が常駐していることも、瀬戸内市民図書館の特徴です。学芸員も2011年の計画段階から参画し、開館後は主に郷土資料の展示や活用を担当しながら、図書館職員としての知識も備えているそうです。

瀬戸内市民図書館では、公共が直接雇用している職員で運営を行う「公設公営方式」を採用し、2019年10月現在では、牛窓図書館と長船図書館を合わせて館長、主査、司書、学芸員など14名の職員(うち正規は5名)が働いています。

このように、人々が気軽に集い、快適に過ごせる仕掛けが行き渡たる瀬戸内市民図書館。開館まではどのような整備プロセスを経ていったのでしょうか。

喜之助ギャラリー。企画展示や公演を記録したDVD上映も行われる。撮影:石母田諭

はじまりは、市民と本との接点をつくる『移動図書館』

2016年の開館以前は、市内にある3つの図書館の規模は小さく、市民一人当たりの蔵書冊数は全国的にもかなり少なかったそう。自分の町に図書館があるという感覚がない市民が多くいたといいます。そこで、本がある暮らしをもっと身近に感じてもらうために、開館準備期間中から移動図書館のサービスを開始しました。

瀬戸内市内の全幼稚園・保育園に対して、月1回の頻度で移動図書館が巡回。ワンボックスカーに何箱もコンテナを積んで司書自ら本を運び、おはなし会を開催しました。そして、子どもたちに好きな本を選んでもらい、貸し出しも行われました。

「開館前は、自分で本を借りた経験がない子どもたちがたくさんいました。移動図書館で子ども達が図書カードをつくり、自分で本を選び持って帰るという経験を積み、ご家族の方にも『新しい図書館ができたらこれが日常になる』と、図書館がまちにあるイメージを持ってもらえたと思います」

翌年には、石川県内の図書館から移動図書館車が無償譲渡され、「せとうちまーる号」が誕生。以前よりも車体が大きくなり、岡山県立邑久高等学校美術部の学生によって昆虫や花がデザインされました。その後は、幼稚園・保育園に続いて、デイサービス事業所や特別養護老人ホームへの巡回も開始していきました。

せとうちまーる号。 撮影:中川正子

市民の声を設計にも取り入れる
「としょかん未来ミーティング」

移動図書館と並行して、市民ワークショップ「としょかん未来ミーティング」が開催されました。図書館づくりの基本的な考え方を示した「新瀬戸内市立図書館整備基本構想」をたたき台に、計12回のワークショップを通じて、市民から意見を集めるというものです。来たい人が自由に来て意見を言える場にするため、委員会をつくることなく、話し合いのテーマを広報に載せ、誰でも参加できるスタンスで行われました。

市民の声を受けて、基本設計図からいくつか改善点が生まれました。まずは「つどいのへや」の位置。当初のプランでは、書庫が1階にあり、「つどいのへや」は2階にありましたが、人形劇を見に来た人がすぐ集えるように、車椅子の人も使いやすいようにとの意見を受けて、「つどいのへや」が1階に設置されることになりました。

「としょかん未来ミーティング 子ども編」の様子 提供:瀬戸内市立図書館

「としょかん未来ミーティング」では子ども編も行われました。大人がテーマ設定するのではなく、中高生から企画運営委員を募集し、14名の学生たち自らが学校で「新しい図書館に求めること」についてアンケートをとって発表しました。そこから出たアイデアが、おしゃべりしながらホワイトボードが使える部屋「チャットルーム」です。図書館はしゃべってはいけない場所という既成概念を超えた学生のアイデアが実現されたのです。

ほかにも、市民が自分たちでなにができるかを考え、イベントが実施されました。市民ボランティアグループの「パトリシアねっとわーく」が本のイベントを企画し、新しくできる図書館にむけての応援グッズとして、シールを販売。その売り上げを図書館基金に寄付されたそうです。市民の図書館に期待する姿勢から、図書館スタッフも「がんばろう!」と刺激を受けたと横山さんは話します。

このように市民の思いとアイデアを受けて、2016年6月に瀬戸内市民図書館が開館しました。

印刷物にもデザインが行き渡る。ホームページやパンフレットには版画家・イラストレーターのイオクサツキさんの作品が採用された。撮影:石母田諭

学校図書館との連携。
オンラインでネットワーク化し、本と情報を循環させる

開館後は、市内全域にわたってサービスが展開されています。まず行われたのが、市内の9小学校、3中学校の学校図書館とのオンラインシステムによるネットワーク化。オンラインで予約を受け付け、毎週木曜日に連絡便を走らせて、学校図書館に本を届けるサービスです。各学校を順番に巡るので、学校図書館同士の連携として、別の学校の図書館から本を回して届ける役割もあります。各学校の司書とはオンラインツールを使い情報交換をし、効率的に本を巡回させるほか、選書のアドバイスを送り合うことも。

「司書も常に成長していかなければいけません。市の総務学部課と連携し、学校図書館の司書と一緒に学習会を実施しています。市民、そして学校教員の方々にも、学校図書館司書がなにを目指し取り組んでいるのか理解してもらいたい。そうすることで、図書館の動きがもっと活発になっていけると思います」

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2階にはスタディルームがある。撮影:中川正子

図書館が学校に出向く一方で、図書館を利用する学生も増加しています。館内につくられた自習スペース「スタディルーム」は、岡山県内は自習や持ち込み資料がNGな図書館が多い中、「学生たちが勉強する場所をつくってほしい」と市長の願いもあり誕生した機能です。約30席と席数が限られているので、試験日が近づくと、イベントスペースの「つどいのへや」を自習室として開放するなど、受け入れ態勢を工夫しています。

医療・福祉施設と連携した、市民の健康づくり

学校図書館だけでなく、医療・福祉の分野でも行政との連携が始まりました。司書が市内の医療・福祉施設にも出向き、市民の健康づくりに貢献しています。

そのひとつの取り組みが、回想法を利用した心理療法。希望がある15箇所のデイサービス事業所や特別養護老人ホームを月に一度訪問しています。書籍のほか昔のおもちゃやお櫃(ひつ)などの日用品を持っていき、「これはどのように使うのですか?」と質問を投げかけることで、脳が活性化し、生き生きと話がはずむそうです。

もうひとつの代表的な取り組みが「認知症に優しい図書館」を目指した活動です。認知症に関しては、当事者だけでなく、その家族やサポートする人たちの相談場所が必要のため、「地域包括支援センター」が図書館で認知症サポート養成講座を行ったり、認知症の当事者やご家族の方が集まる会「認知症カフェ」が開催されています。

図書館で偶然にセミナーを知り、ついでに受講するといった市民もいるそうです。認知症は多少の自覚があっても、医療施設のセミナーに行くほどではないと思い込んでいる人もいるそうですが、図書館であれば、日常の延長線上で「ちょっと気になったから受講した」という空気がつくりやすいといいます。職員自らが講座を受けることで、認知症に関連した書籍を集めた本棚づくりにも活かされています。

「認知症にやさしい本棚」が設置されている。撮影:石母田諭

瀬戸内市民図書館と同時進行で瀬戸内市民病院の新病院棟が建設され、地域医療連携室との取り組みも生まれました。看護師や理学療法士を図書館に派遣してもらい、腰痛体操や感染症予防、ストレッチなどを教えてもらうことも。図書館に来たらたまたま腰痛体操をやっていたから参加してみた、という市民もいるそうです。このように、思いがけないイベントに出会えるのは、図書館で実施するからこそではないでしょうか。

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館内に入ると開放的な「もみわカフェ」が広がる。ここは飲食物の持ち込みも可。撮影:中川正子

市民と図書館による二人三脚のスタンス

開館後は、市民によってつくられた図書館友の会「せとうち・もみわフレンズ」が発足しました。その会員数は100人ほど(2019年10月現在)。オリーブの庭の芝刈り、花壇の水やりなど、環境整備のサポートのほか、図書館をより積極的に活用するためのプログラムを考え、イベントを企画し実施されています。

運営委員会は毎月図書館で行われ、活動方針が話し合われています。フレンズとの共同企画で「もみわ祭」を開催し、古本市や、コンサート、写真展、芝生広場をいかしたパフォーマンスなどが行われています。最近では「瀬戸内市ふるさとかるた」がつくられました。

「図書館職員だけでは届く声が限られてしまいますが、市民の方が積極的に運営に関わっていただけることで、情報がたくさん入ってきます。詐欺の注意喚起や、環境問題、ふるさと納税のPRなど、市民のみなさんから企画を持ち込んでくださり、コラボ企画がどんどん増えていきます。それに合わせて選書をすることもあります」

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「もみわ祭」で開催された、“ハッピー”をテーマにしたお絵かきワークショップの様子。提供:瀬戸内市立図書館

開館以前は、市民が気軽に集まったり、学んだり、活動できる場所は瀬戸内市にはほとんどなかったといいます。

「赤ちゃんも大人もお年寄りも、誰がいつ来ても受け入れられる場所。本との付き合いによって、すべての市民の学びや、知的欲求が充たせる場所。それが図書館です。図書館だからこそ、市民同士がつながり、新しい活動が生まれていくのだと感じています」

計画当初からいまもなお一貫している、市民と図書館による二人三脚のスタンス。まちづくりの拠点として、市内の学校や医療・福祉施設までもをネットワーク化するシステム。瀬戸内市民図書館には、市民とまちと図書館が一緒に成長をしていく、そんな可能性に満ち溢れていました。

撮影:石母田諭

瀬戸内市民図書館 もみわ広場

岡山県瀬戸内市邑久町尾張465-1
TEL:0869-24-8900
lib.city.setouchi.lg.jp/

PROFILE

中島 彩

公共R不動産/OpenA。ポートランド州立大学コミュニケーション学部卒業。ライフスタイルメディア編集を経て、現在はフリーランスとして山形と東京を行き来しながら、reallocal山形をはじめ、ローカル・建築・カルチャーを中心にウェブメディアの編集、執筆など行う。

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