馬場正尊のトップ・インタビュー
馬場正尊のトップ・インタビュー

元大津市長 越直美さん │公民連携の鍵は、空間と情報の開放にあり

公共R不動産ディレクターの馬場正尊が地方自治体のリーダーを取材する企画「トップ・インタビュー」。今回のゲストは、2012年〜2020年まで大津市長を務められ、現在は弁護士として活躍されている越直美さんです。

2012年に36歳という若さで市長に就任し、2020年に任期満了で市長職を離れられた越さん。貴重な経験を経て民間に戻られた今だからこそ見える風景はどんなものなのでしょうか。
市長を目指そうと思った背景から、そこで見えてきた面白さ、困難、これからの課題まで、幅広くお話を伺いました。

馬場 今日は元大津市市長の越直美さんにお話を伺います。

越さんは首長経験者であることに加え、M&A専門弁護士の顔もお持ちです。この両方の職能を備えている人というのは、日本でかなり稀有なのではないかと思います。そんな越さんが、政治の渦中から離れ、客観的に振り返って今、何を思うのか。

公共R不動産では、Otsu Lakeside Renovation Projectで大津市とお仕事をさせていただきましたが、今日は、公民連携プロジェクトの進め方やトップの決断の仕方について、ぜひ伺いたいです。

また、僕らは日々行政と仕事をする中で、公と民で交わす「契約書」の重要性や公共発注のあり方についてもひしひしと感じているところです。これらのつくり方、今後のあり方についても、行政と法律、双方のプロとして今考えていらっしゃることをお伺いしてみたいと思っています。

越直美さん(こし・なおみ)プロフィール
三浦法律事務所パートナー弁護士(日本、ニューヨーク州及びカリフォルニア州弁護士)
西村あさひ法律事務所、ニューヨークのDebevoise & Plimpton法律事務所、コロンビア大学ビジネススクール客員研究員を経て、2012年から2020年まで大津市長。当時最年少の女性市長として、待機児童ゼロや人口増加を達成。ガス事業のコンセッション、競輪場跡の再生を始めとするPFI・PPPを実行し、自動運転、MaaS、ドローンによる橋梁点検、AI道路診断、いじめLINE相談・いじめAI予測等のスマートシティの取組みを進める。2020年より、三浦法律事務所パートナー弁護士として、M&A、官民連携、スマートシティ、スタートアップ支援。株式会社ブイキューブ社外取締役。世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー」。1975年大津市出身。北海道大学院・ハーバード大学ロースクール修了。
撮影:千葉顕弥(KENYA CHIBA PHOTOGRAPHY)

立候補のきっかけとなった女性の「二者択一」問題

馬場 越さんが市長職を離れられて、今、どのくらい経つんでしたっけ?

 2020年1月24日までが任期でしたので、ちょうど1年が経ちました。

馬場 ようやく落ち着かれた頃でしょうか。市長をやっていた時と今を比べていかがですか。

 2期、合計8年間、市長をつとめましたが、その間、自分が掲げたマニフェストを達成し、市民と約束したことの結果を出すということに取り組んできました。それ以外のことはあまり考えていなかったですね。常に前を見て進んでいる、すごく充実した時間でした。
逆に言うとゆったりと周囲を見渡して、日々の時間を楽しむ、というような時間はなかったので、今はそれを楽しんでいます。本当は、市長職を離れたら世界各国を旅して回りたかったのですが、コロナ禍でできず、残念です。

撮影:千葉顕弥(KENYA CHIBA PHOTOGRAPHY)

馬場 まずは越さんなりに8年間を振り返って、ポイントとなったプロジェクトを教えてもらえますか?

 私が取り組んできたテーマとして、大きくは4つあります。最初から取り組もうとしていたものがふたつ。市長になってみて、その面白さに気がついたものがふたつです。

まずひとつめは、「保育園(待機児童)問題」です。これは、私が市長を志したきっかけでもあります。

私は、もともと弁護士として、大企業のM&Aなどを手掛けていました。2008年にアメリカのロースクールに留学し、2009年からはニューヨークの法律事務所で働いたのですが、男性弁護士が普通に育休を取得している姿を見て、カルチャーショックを受けました。それがきっかけで、日本においては子育てが女性の役割として固定化されていることに気づいたんです。

Harvard Law School留学時代の越さん(右)

そういう視点で改めて日本の状況を見てみると、当時、第1子出産を機に離職する女性の割合は50〜60%でした。実に半分以上の女性が、出産を機に仕事を辞めていたのです。その大きな要因として、預け先となる保育園が見つからないことがありました。

私自身も、周りの女性が子どもを持った後、会社や法律事務所で働き続けることに苦労する姿や、実際に仕事を辞めた友達の姿も見ていました。一度会社を辞めてしまうと、たとえば子育てが落ち着いて、教育費がかかるようになった頃に復帰しようと思っても、元のキャリアに戻ることは難しい。そういう日本の構造的な問題が、海外に出たことですごくクリアに見えてきたんですね。

女性が子育てと仕事の二者択一を迫られない社会をつくりたい、と考えた時に、保育園を増やすことがまずは必要ではないかと考えました。保育園を増やす権限は首長にある、であれば、大好きな出身地である大津市で市長になるのがいちばん早いのではないかと思ったんです。それを決めたのが2009年、まだアメリカにいる時のことでした。

馬場 自分が問題だと思ったことに対して、まっすぐ突き進む越さんの姿勢がすごいですね!弁護士という職業を通してアプローチするのではなく、直接的に市政を変えようとしたんですね。

撮影:千葉顕弥(KENYA CHIBA PHOTOGRAPHY)

 そうなんです。保育園の数が増えなければ、この問題は解決しないと思いました。自ら保育園を設立するという手段もありますが、それでは増やせる数に限界がありますから。

言い方が悪いのですが、首長になることはあくまで「手段」だったんです。だから、市長になろうと決めたときから、この問題を解決して1期で辞めようと思っていました。ただ、1期目では実現できた、と言えなかったので、2期続けることになったのですが。

馬場 実際、保育園はどのくらい増やされたんですか?

 8年間で54園、約3,000人分の保育園等を増やしました。人口34万人の大津市において、待機児童が年度当初で4年間ゼロになりました。また、これまで預け先がないから働けなかった人も働けるようになったことで、5才までの子どもをもってフルタイムで働く女性が70%増加しました。保育園に預けやすいということで、他自治体からの流入人口も増えました。

人口減少時代を見据えた行財政改革

 もうひとつ取り組んできたのは「人口減少に伴う行財政改革」です。

人口減少は日本社会全体の問題ですが、市にとっても税収減につながりますので、対策をしなくてはいけません。

大きくはふたつの対策がありますよね。
ひとつは直接的に人口を増やす努力をすること。その中には、先ほどの保育園増設のような子育て支援が含まれます。

もうひとつは、人口減を前提とした行財政改革をすること。
昭和のように、人口が増加していた時代には、それに伴うインフラ不足に対して、自治体が公共事業という形で、道路や施設をどんどんつくっても、人口が増えて借金も返せるので、それでよかった。しかし、2008年以降、日本全体で人口が減少しています。人口が減るということは、道路や施設を使う人が減るということであり、自治体の税収が減るということでもあります。それにも関わらず、昭和と同じやり方を続けていれば、いつか破綻します。

ですから、保育園建設への財源を増やす一方で、たとえば高齢者の鍼灸マッサージ券などの補助金や職員の給与をカットし、施設を廃止・統合するなど、批判も受けるような行財政改革も同時に進めてきました。事業や補助金の廃止・見直しでは、約132億円をカットしました。

「保育園問題」と「行財政改革」、このふたつは、市長を志した当初から取り組もうと思っていたテーマで、8年間、一貫して取り組んできました。これらについて、私は、自分のできる限界までやり切ったと思っています。だから、悔いは全然残っていないんです。

公民連携のまちづくりとスマートシティ

馬場 市長になってから面白さに気付かれた、ふたつのテーマというのは何でしょう。

 「公民連携のまちづくり」と「テクノロジーを使ったまちづくり(スマートシティ)」です。

人口減少社会を前提とした社会では、まちづくりにおいてもやり方を変えなければいけない、ということは、先ほどお話しした「行財政改革」とも共通しています。

公民連携のまちづくりに取り組むきっかけは、JR西日本の大津駅ビルの再生でした(所有はJR西日本不動産開発)。

市長になった当初から、「大津駅が老朽化しているので建て替えて欲しい」という市民の声はありましたが、そこで市がお金を出して、駅ビルを建て変えるということはしたくありませんでした。市の財政に余裕がないことも理由ですが、何よりも「県庁所在地の駅」というもののコピーをつくりたくなかったからです。

行政が建てた建物は、不思議と全国どこでも似ていますよね。やはり市民の税金でつくっているので、様々な意見を聞いた結果、冒険のできない中庸な建物になりがちなのだと思います。さらに悪いのは、民間では採算が取れない場所に建物をつくった結果、破綻してしまうようなケースもあることです。

結果的に、大津駅ビルの再生事業は、大津市が賃借していた駅ビルの床をJR西日本に返還し、JR西日本が新たに運営者として民間企業を引っ張ってきたところから動き出しました。

2016年に商業施設「ビエラ大津」としてリニューアルした大津駅ビル。外壁改修の資金の一部は市が負担したものの、事業の大部分は民間資金で賄われた。
左 改修前の大津駅外観 右 改修前の大津駅内部
改修後の大津駅内部。バルニバービ社が運営する、BBQテラス、カフェ、バー、そしてカプセルホテルからなる複合施設「The Calendar」などが入居した。

馬場 ある程度の床面積が確保できたことで、民間主体で動き出したんですね。このプロジェクトにおいての市の役割は何だったのでしょうか。

 市は、外壁の改修に対して資金を一部出しました。民と民の事業であっても、まちに対してインパクトの大きい事業に対しては、ただ傍観するのではなく、何らかの形で市もコミットする姿勢を示すのは重要だと思います。

実際に改修を終えてみると、躯体はそのままなのに、民間事業者の力を取り入れつつリノベーションすることで、よい空間ができて、かつ市の財政も圧迫しない。バルニバービのカフェ「The Calendar」ができて、とてもおしゃれに生まれ変わって、若い方が集まるようになりました。これは画期的でした。

馬場 ガラッと印象が変わりましたよね。beforeの昭和感はすごいなあ。

 大津駅が新しくなって気づいたのは、まちづくり分野には、市民の方が明らかに「見れば分かる」力があるということです。この行財政改革で何十億削減しました、などと、数字や言葉で説明をしなくても、その変化が市民に伝わることにすごく感動しました。これがまちづくりの魅力に取りつかれたきっかけでした。

行政資産の民間への開放が、新たな自治体の役割に

 「テクノロジーを使ったまちづくり」では、スマートシティ化を進めてきました。
自動運転については、京阪バスと一緒に、大津駅から琵琶湖岸までの自動運転(レベル3)を繰り返し、市民の方に乗車して頂き、実用化に向け取り組みました。また、MaaS(Mobililty as a Service)も組み合わせ、地域の交通機関を一体的に利用できるようにするだけでなく、地域のお店のクーポンを出して、回遊できる仕組みを工夫しました。

インフラの修繕においても、ドローンによる橋梁点検や、車載カメラの分析による道路状況自動診断など、AIを使うことで効率化を進めてきました。
他にも、AIによるいじめ事案の深刻化予測、LINEによるいじめ相談を行いました。保育園入所事務や、ケアプランのチェックなどにもAIを活用し、また、行政手続のオンライン化を進めました。

市内での自動運転の実証実験。

 LINEを使ったいじめの相談窓口は、全国で初めての取組みでした。これまで電話で相談を受けていた大人からは不安の声もありました。

でも、中学生に「相談しやすい窓口は?」とアンケートすると、一番多かったのが「LINEやチャットを使った窓口」でした。普段、LINEでコミュニケーションをとっている今の子どもたちが、突然深刻な相談だけを電話でするのは、とてもハードルが高いのです。子どもの声を聞いて、LINEによるいじめ相談を開始することにしました。結果は、電相相談等に比べて、相談数が約5倍になりました。

また、日立システムズと一緒に、AIでいじめの深刻化の予測を行いました。大津市では、いじめの疑いがあったときに学校から教育委員会に報告書を提出します。1万件ほどの報告書をAIで分析すると、こういう始まり方はいじめが深刻化しやすい、など、初期段階でフラグが立てられるようになりました。

自治体には、他にも健康に関するデータなどが、多様に蓄積されています。それを、個人情報ときちんと切り分けた状態で開放することで、市民の生活に役立てられる可能性があるんですよね。

人口減少に伴い、税収が減った結果、今後、自治体は何もできなくなるのかというと決してそうではありません。
自治体には、これまでに積み上げてきた「資産」が豊富にあります。

たとえば、公共空間の公民連携においては、「公園や道路といったインフラ」を、民間に開放して、楽しい空間づくりを促していくこと。スマートシティにおいても考え方は一緒で、行政の持っている「情報」を民間に開放して、一緒に取り組んでいくこと。

これが、これからの自治体の役割になっていくのではないかと思います。

工夫しがいがある、公民連携のおもしろさ

撮影:千葉顕弥(KENYA CHIBA PHOTOGRAPHY)

馬場 公民連携のおもしろさに気づくきっかけとして大津駅ビルがあったというお話でしたが、その後も、さまざまなプロジェクトを手掛けてこられましたよね。それぞれどんな面白さがあったのか、またそこでの気づきについても、教えてください。

 公民連携の「まちづくり」の面白さは、まだ形が定まっておらず、いろんな工夫を凝らせるところにあります。たとえば、「保育園を増やす」という課題は、財政を確保するところがいちばん大変で、逆に言うと、それさえできれば、あとは一定のルールにのせていけば完成します。でも公民連携は明解なルートがない。どうすれば実現できるかの道筋を探っていくことがとても創造的でしたね。

・ブランチ大津京(競輪場跡地の再生)

 大津駅の次に取り組んだのが、競輪場跡地の再生です。

競輪場跡地にオープンした「ブランチ大津京」と近江神宮外苑公園。商業施設と都市公園が一体となっており、公園部分も大和リース株式会社が管理者として大津市からの指定を受けて運営している。

 大津市では、競輪場を2011年に廃止しましたが、施設の解体に約20億円近くかかることが予想され、財政状況が厳しいことから、そのままになっていました。これを民間事業者の力を借りて解体しつつ、再生を行ってもらおうと考えました。

一方で、競輪場の区域には、都市公園の区域指定がかかっていました。

そこで、①競輪場を解体すること、②公園をつくること、③(定期借地権を設定し)借地料を支払うことを条件に、事業化をしていただける民間企業を募集しました。

結果として数社の応募の中から、大和リースが選ばれ、2019年末に、ブランチ大津京としてオープンしました。「公園の中の商業施設」ということで、商業施設とひょうたん型の公園が融合し一体化しています。これが、他にはない空間をつくり出していて、すごくよかったと思っています。

インターネットで物が買える時代には、買い物するだけの場所に、もう人は集まりません。そこにわざわざ来ることに価値のある場所、サードプレイスとしての公共空間のあり方が、ますます重要になっています。家族や友人と訪れて、楽しい空間が必要なんです。

他方、行政が管理する公園は、利用者目線から離れてしまい、市民のニーズが変わっても昔のまま、ということがあります。民間と連携することで、市民が行って楽しい場所ができ、商業施設や公園の新しいあり方を示せたことに大きな意義があったと思います。

もちろん、市の財政面にも大きなメリットがありました。解体費用を負担せずに施設が解体できたことはもちろん、民間事業者負担で公園も完成し、さらには、年ごとに定期借地料が入ってくるようになったからです。自治体にお金のない時代だからこそ、こうしたスキームの工夫が必要になります。

馬場 競輪場跡地においては、素晴らしい結果を出されたと思うのですが、民間事業者とのやり取りにおいて重要視されたことはなんでしょうか。また、このスキームならできそうだ、というのはどの段階で見えてきましたか?

 スキームを組み立てる時に大事だと思うのは、市として譲れないところをはっきりさせるということです。ここでは「解体費用は出せない」ということ、「公園をつくる」ということ、この2点が重要でした。条件を明快に示したことと、立地がよいこともあり、結果的に数社が応募してくださいました。

逆に、公園と施設を一体化させるという発想は、募集時に行政側ではもっていなかったもので、これは民間からのアイデアが、よい意味で、自治体の想像を超えた部分でしたね。

馬場 公共R不動産は、Otsu Lakeside Renovation Projectで、大津市のマーケットサウンディング調査の実施から、事業者公募・選定までをお手伝いさせていただきましたが、初回の打ち合わせから越さんが参加され、市として何をしたいのか、何を大切にされているのか、ということを直接伝えてくださったことに驚きました。多忙な中で、いつもあのように対応されていたのですか?

 確かに、市のプロジェクトを委託する事業者との対話や協議には、出席する時間を割き、行政としての意思を直接お伝えするようにしていました。また、2期目になって、市民の方と直接お話する機会を増やそうと、約230回のミーティングを行いました。とはいえ時間は有限なので、その分、副市長や部長に出席をお願いした会議や式典などもあります。 市長の仕事の時間配分は実は自分に委ねられています。お叱りを受けることもありましたが、それも含めて、すべて市長の責任です。「自分にとって」ではなく「市民にとって」のメリットとデメリットを勘案しながら、優先順位を決めていました。

市民と対話する越さん

馬場 タイムマネジメントを明確にするのも市長の仕事なんですね。
公民連携を進めるにあたって、行政内のチームアップはどのように進められたのでしょう。困難はありませんでしたか。

 競輪場のプロジェクトは私が率先したというよりも、プロジェクトを前に進めてくださる職員の方々がいたから進んだ部分が大きかったです。

馬場 職員の方には、民間との協働に積極的でマーケット感覚を備えた職員の方が多い印象でしたが、戦略的に公民連携チームを組まれていたんですか?

 人事においては、私が5,000人を超える職員を全員把握できているわけではないので、直接選ぶということはありませんが、人事異動の時に、この部署には民間と協働できる人材を必ず配属してほしいという指示は出していました。それを受け、適切な人材を探し配置してくれました。

公民連携は、本来、可能性に満ちたとても面白い仕事ですが、一方で、従来のやり方とは大きく異なります。自治体職員は皆優秀な方々ですが、柔軟な発想ができるかどうかにおいては、向き不向きがあるので、適性のある人を配置することが大切です。

・Otsu Lakeside Renovation Project(駅前公園・なぎさ公園Park-PFI活用)

馬場 公共R不動産でもお手伝いさせていただいた、Otsu Lakeside Renovation Projectについてもお伺いできますか?

大津駅前から伸びる中央大通り。道路の二車線のうち、一車線を歩道化して大津駅前公園と一体化させる計画。

 これは、大津駅前公園、中央大通り、大津湖岸なぎさ公園おまつり広場という、3つのエリアを繋ぎ、大津駅から琵琶湖につながる動線をつくり出そうというプロジェクトです。中央大通りについては、道路の二車線のうち、一車線を歩道化して大津駅前公園と一体化させることで、人の集える空間をつくろうとしました。市のエントランスとなる駅前に公園があり、緑豊かな環境が琵琶湖まで連続することを大津のひとつの特徴とすべく、Park-PFIのスキームを使って進めました。

このプロジェクトは、スケールが大きく、任期満了前にはとても終わりませんでした。民間事業者に入っていただくことで、スピーディに進められる部分はありますが、このプロジェクトの規模感では、あと2期(8年)くらいやらなければ、完了できなかったと思います。

ただ、このプロジェクトは、事業者だけを対象に事業説明会を行うのではなく、市民の方にキックオフ・イベントに参加していただいたり、「市民と一緒に進めていく」というオープンな姿勢で進められたのがすごくよかったです。そういう発想は行政の中に残っていくのではないかと思います。

2018年8月に開催したキックオフイベントで話をする馬場正尊(左)、越直美大津市長(当時、中央)、活用事業者公募の選定委員も務めた、ハートビートプランの泉英明さん(右)。(撮影:公共R不動産)

馬場 市長交代のリスクがある上では、長期計画よりも短期のプロジェクトを組み合わせて、矢継ぎ早に仕掛けていく方が有効なのでしょうか。

 特に公民連携のプロジェクトでは、民間事業者も市長の理念に共感して公募に手を挙げてくださる場合があるので、市長交代は事業の大きなリスクになります。とはいえ、都市計画という大きな視点で街をみた時には統一感が必要です。それこそ、湖畔と駅前とでまったく連続性のないものができてしまうのは、やはりおかしい。面的なまちづくりにはどうしても時間がかかるもので、そのバランスは難しいですね。

馬場 大きな物語と小さな物語を同時に仕掛けていく必要があると。

 そうですね。テンポラリーな形でもよいので、着実に実現するものを並走させていくことが、市民の理解を得る上でも大事かと思います。例えば、大津市でも、歩道の拡幅工事の前に、歩行者天国をつくってお店を出してもらって、実証実験を行いました。まずやってみて、市民の方に体験してもらって進めていくほうが、共感や後押しが得られますよね。

自分が市長になる前は、なんで皆さん長く市長をやるんだろう?と思っていたんです(笑)。でも自分がなってみて、その理由も少し理解できるような気がしました。というのも、任期中にやりたいことが見つかった場合、自治体は年度単位でしか大きな予算が動かないので、すぐに実行するのがどうしても難しいんですね。そうすると4期(16年)くらいは続けたいという気持ちになってしまうのかなと思います。

馬場 市長職への執着があると、強いリーダーシップを発揮しにくいとも言えますね。越さんの場合はそれとは真逆で、ある程度市民からの反対があったとしても、やると決めたことをやり通して来られた印象がありますが、市民コミュニケーションの戦略をどう持っていらっしゃったんですか?

 戦略はありませんでした(笑)。市長になると決めたときから、1期(4年)務めたら終わりのつもりだったので、これをやったら嫌われるかもしれない、とかはまったく考えず、マニフェストに掲げた市民との約束を実現することに集中しました。着任してすぐに、大きく報道されたいじめ事件などもあり、必死でした。そして3年以上経った頃、まだやりきれていないことに気付き、次期も立候補しようと決めました。その時には、施設の統廃合や非管理職の職員の給料カットなど、反発の大きかった政策を先延ばしにしたこともあったんです。本当は必要だと思っているのに、選挙のために先延ばしにしたことについて、自分に腹が立ったし、情けないと思いました。だからこそ、2期目に出ようと決めたときに、絶対に2期目で辞めようと決めたんです。2期目では、次の選挙について考えることなく、政策を実行できました。

馬場 まさに、「手段としての市長」という言葉がぴったりですね。

撮影:千葉顕弥(KENYA CHIBA PHOTOGRAPHY)

公民連携は、事前のプロセスが命

馬場 今後も、公民連携の広まりと共に、行政、民間、共に「今まで経験したことのない事態に直面する」ということが増えていくと思うんです。たとえば公募要項、契約書などは今後どうアップデートしていったらよいでしょうか。法律のプロとして、公民連携への問題意識があればお伺いしたいです。

 弁護士として言えば、契約書は当事者がやりたいことさえ決まっていれば、それを反映するだけなので、テクニックの問題はありますが、本来は自由なものなのです。

たとえば、PFI法などの法律がある場合や、株式譲渡契約など典型的なM&Aは、契約書のサンプルがあって条項がおおよそ決まっているのに対して、公民連携で競輪場を公園と商業施設にするという場合は、明確な法律に則った事業ではなく、契約書の雛形がありません。だからこそ、当事者のやりたいことがはっきりしてさえいれば、工夫のしどころがあり、面白い分野であると言えます。

むしろ自治体の官民連携で一番大事なのは、契約までのプロセスなんです。そのプロセス面を弁護士としてサポートする方が、よい契約を成り立たせる上で重要だと思っています。

馬場 プロセスですか。

 はい。たとえば、任期中に行ったことのひとつとして、ガスのコンセッションがあります。

市長になった当初から、ガス事業の民営化は検討していましたが、2017年4月に都市ガスの小売全面自由化がスタートしたことで、入札による価格競争が期待できるようになり、可能な道筋が見えてきました。

検討の結果、市がガス管などの施設の所有権を持ったまま、ガス小売事業の運営権を民間事業者に売るという「コンセッション方式」を採用しました。

ガス管などの資産は大津市が保有したまま、民間に運営を委ねる「コンセッション方式」を採用し、大阪ガス、JFEエンジニアリング、水道機工の3社から成る「びわ湖ブルーエナジー」とガス事業の実施契約を結んだ。

 このガス事業のコンセッションにおいては、事前の調査やヒアリングにはかなりの時間をかけました。この事前のプロセスが本当に重要なんです。

なぜなら、自治体の事業において、契約内容とは「公募の開始時点で示すもの」であり、事業者選定後、契約締結時の交渉の余地があまりありません。これが民間のM&Aの契約との最大の違いです。事業者選定後に、契約内容を少し修正する必要が生じても、修正内容によっては、他の事業者が入札に参加できた可能性が発生してしまうので、最悪の場合、入札し直しになってしまうこともあります。修正の余地がすごく少ないんです。

馬場 なるほど。

 自治体の人はこれが当たり前だと思っていますが、民間の常識からすると、非常に特殊な状況です。ですから、契約書をつくる前に、マーケットサウンディングや競争的対話という事前のプロセスをしっかり行い、民間事業者が複数者手を上げられ競争原理がきちんとはたらく条件と、行政が譲れない条件との見極めを行うこと。それをやらないと、再入札のリスクだけでなく、そもそも入札する事業者がいない、というリスクも負いかねません。複数社が応募してくれないと、入札価格も高くなってしまうので、自治体にとってのデメリットも大きいのです。

馬場 事前のヒアリングを通じて民間にとって重要なポイントを把握することで、参入しやすい条件を組み立てていく必要があるんですね。

 はい。その時には、繰り返しになりますが、自治体が「目的」と「優先準備」をはっきりさせることがポイントです。

たとえば、ブランチ大津京では、市は財政問題の比重が大きかったので、それを民間に負担してもらうことが一番の条件でした。

また、ブランチ大津京に限らず、民間にとっては重要なのは、投資期間(事業期間)であったりします。民間にとって投資の回収期間はクリティカルな要素。一方、行政にとっては、譲れる条件でもあります。こういった点について、きちんとニーズを把握し公募条件を作らないと、応募者ゼロの公募になりかねません。

Otsu Lakeside Renovation Projectは、自治体が収入を得たいというよりも、面白い公園をつくりたいという意図が大きかったです。その場合は、体力のある大企業だけでなく、中小規模のユニークな事業者も参入できるように、占有料をなるべく安く設定し、条件をなるべく緩和します。

このように、公募条件にメリハリをつけて、自治体の意図と覚悟を示すことが重要だと思います。

撮影:千葉顕弥(KENYA CHIBA PHOTOGRAPHY)

馬場 公募においては、よい審査員を選べるかどうか、という問題も大きいですね。

 そうなんです。自治体のプロジェクトとはいえ、今は、首長や職員が決めるのではなく、独立した審査委員会が採点しなければ、議会を通らないということも多いです。公平性や透明性は担保できるというメリットがありますが、一方で、市が目指すことと審査員の好みが乖離してしまう危険性もあります。

そういう事態を避けるために私が心がけていたのは、審査委員会に、首長が直接、目的と優先順位をしっかり伝えること。その上で、それを審査員で議論し、採点表に反映してもらうことでした。そこまで丁寧に進めて、後はお任せです。

そういう意味では、事前にきちんと議論のできる審査員を選ぶことは重要です。

馬場 僕もよく審査員を依頼されますし、また推薦を求められることもよくあります。ただ、審査員はその自治体や事業への理解も必要だし、多大なる労力と責任がかかる仕事でもあるので、フィー問題は大きなハードルです。そこを善意や正義感だけで請負い続けるのは健全ではないですよね。なんとかそこを健全化したいのですが……。

 審査員のフィーは問題ですよね。私は、市長のときに、まちづくりだけではなく、他の委員会を含め、検討しました。専門家にとっては、自治体の委員のフィーが安く、ボランティアのようになっています。そのため、適任の専門家の方に委員になってもらうのが難しかったりします。

馬場 公共R不動産では、今「PPP妄想研究会」という連載をしているのですが、その中でもきちんと知見をもった審査員を選ぶことの重要性はよく議論しています。一方で、中途半端な外部審査員を呼ぶくらいなら、その自治体のことを熟知している自治体職員が自ら審査を手掛ける、という方向性にも可能性があると考えているのですが、越さんとしてはいかがですか?

 私もそれはあり得ると思います。ただ、大津市では、議会からより独立性を求める意見もあったので、職員の委員を減らし、外部の委員を増やしました。ただ、本来は、自治体の事業ですから、自治体のことを熟知している職員が審査するのは、事業目的と合致した審査に繋がると思います。

スマートシティ×まちづくりのクロスボーダーを目指して

馬場 最後に、今後の展望について伺いたいです。市長退任後は弁護士としてご活躍中ですが、今後、注力したい分野はありますか?

 市長になる前は、弁護士として、上場会社やクロスボーダーの大型のM&Aにかかわることが多かったのですが、これからはさらに市長の経験を生かして、「官民連携支援×まちづくり」、それから「スタートアップ×スマートシティ」の分野を切り開いていきたいと思っています。

市長経験のある弁護士はあまりいませんから、私にしかできないことであり、本当にやりたいことでもあります。

さらに、それを日本だけではなく、世界と繋いでいきたいと思っています。私は、日本の弁護士資格と、ニューヨーク州の弁護士資格を持っているのですが、昨年、カリフォルニア州の司法試験を受けて、カリフォルニア州の弁護士登録手続が完了したところです 。それを取得しようと思ったのは、クロスボーダーのスタートアップに関連した仕事をもっとしたいからなんです。

「スタートアップ×スマートシティ」の仕事は、すでに動いていて、たとえばスタートアップ企業が、自治体と組んでスマートシティ化を手掛けていく時のサポートや、アメリカのスタートアップ企業が日本で事業を開始する際、様々な規制に対してどう対処するかのアドバイスなどをしています。

「官民連携支援×まちづくり」はこれからです。たとえば、海外のユニークなまちづくり手法を日本に持ってくるようなことにも興味があります。海外との繋がりも積極的につくって、自分にしかできない分野を開拓していきたいと思っています。

馬場 越さんのお話を聞いていると、弁護士はすごく職能の幅が広いんですね。

 弁護士も分野次第です。たとえば大型のM&Aでは、契約書の型やプロセスもかっちり決まっています。一方で私が目指す分野は、まだ形が決まっていないので、実はすごく自由なんです。その枠をさらに広げていくような仕事をしたいです(笑)。

たとえばシリコンバレーでは、弁護士事務所がスタートアップを支え、アドバイスをしながら、上場するようなエコシステムが存在しています。彼らも数多くの小さなスタートアップと共に失敗も重ねながら、その中の少数がAppleやGoogleのように世界的な大企業に成長することで、弁護士事務所も大きくなっていきます。スタートアップの分野に限らず、そういったエコシステムをつくることは重要ですよね。

馬場 スタートアップ×スマートシティもすごく面白そうです。Googleやトヨタなど世界の大企業もスマートシティ構想に進出していて、これから発展する分野ですよね。

越 スマートシティを実現するための様々なテクノロジーは進化しているのですが、それを実際に展開するためには、実証のためのリアルな「場」が必要になります。そこで、自治体と連携する必要が出てくるんです。自治体とスタートアップの文化は、ある意味、「水と油」です。規制緩和や法手続きだけでなく、両者をつなぐ接着剤のような存在になれればと考えています。

馬場 行政にとっても、民間と対話して的確な契約をつくってくれたらどれだけ画期的かと思いますが、まだそういう発注ニーズが発見されていないのかもしれません。新しいテクノロジーや民間企業との連携が求められる中で、今後ますます、そうしたニーズは増えていきそうですね。

今日はありがとうございました。

琵琶湖と越さん。貴重なお話ありがとうございました!

PROFILE

木下 まりこ

OpenA/公共R不動産/2009年法政大学大学院工学研究科(陣内秀信研究室)修了後、新建築社に入社し建築雑誌『a+u』『新建築』『新建築住宅特集』の編集を担当。2020年より、OpenA/公共R不動産にてメディア・編集に関わる。

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