公共R不動産のプロジェクトスタディ
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日常にスポーツが溶け込む、未来の都市のライフスタイルとは?

パナソニックの未来創造研究所とPUBLICWAREとのコラボレーションで、新たなプロトタイプ「tranSPORTer」が誕生しました。「都市スポーツ研究」をテーマにしたプロジェクト。開発にまつわ るインタビューを通して、都市とスポーツの未来像について考えていきたいと思います。

未来創造研究所とPUBLICWAREが共同開発したプロトタイプ「tranSPORTer」。自転車による移動式。荷台の箱にはスポーツをするためのアイテムが納められており、都市のいたるところにポップアップでスポーツの場が生まれる。

パナソニックのデザイン本部・未来創造研究所にて、「都市スポーツ」にまつわる研究が行われており、「スポーツが人々のくらしやまちづくりにどのような価値をもたらすのか?」をテーマに、さまざまな角度からのリサーチとプロトタイピングが進行中です。

その一環で、公共空間をもっと気軽に楽しむためのアイテムやアイデアを展開するPUBLICWARE(パブリックウェア)とのコラボレーションが実現。「tranSPORTer(トランスポーター)」と名づけられたプロトタイプが誕生しました。

自転車で移動し、荷台の箱を開けるとボールやリング、棒状のバルーン、空気入れ、点数表、時計などが入っていて、バルーンに空気を入れたら準備はOK。広場や公園など都市の隙間のいたるところで気軽にスポーツを楽しむことができるツールです。

プロトタイプを通じて、スポーツが持つ可能性、さらには都市生活の中で気軽にスポーツを楽しむライフスタイルについて追求していくプロジェクト。パナソニック株式会社 シニアデザイナーの真貝雄一郎さんと、PUBLICWARE ディレクターの大橋一隆さんに、プロジェクト誕生の経緯や背景、今後の展望についてうかがいました。

(聞き手:菊地純平・中島彩 撮影協力:墨田区)

パナソニック株式会社 デザイン本部 未来創造研究所 シニアデザイナー 真貝雄一郎さん(左)と株式会社オープン・エー/PUBLICWARE ディレクター・デザイナー 大橋一隆さん(右)。プロトタイプ「tranSPORTer」と共に。

スポーツの可能性を広げていく

——まずは「未来創造研究所」とはどのような組織か、教えてください。

真貝 未来創造研究所はパナソニックのデザイン本部にあり、パナソニックグループを対象に、サービスや事業の方向性を決めるビジョンデザインからプランニング、実施までをトータルに支援する組織です。メンバーはコンサルタント、デザイナー、建築士など多様なバックグランドを持ち、プロジェクトに合わせてチームを編成して業務にあたります。

——なぜパナソニックが「都市スポーツ研究」に取り組んでいるのでしょうか。

真貝 未来創造研究所では、あらゆる分野の先行研究に取り組んでいます。顧客視点で未来を予測して、次の社会ではどんな価値が求められるかを考え、社会や社内に提案していく事業です。その一部の自主研究として、個人的に関心のある分野の調査やプロトタイプをつくっており、この2〜3年は都市スポーツに着目して研究してきました。都市とスポーツとの関係から、新しい時代の価値を見つけていくというテーマです。

スポーツに着目したのは、僕自身の体験がベースにあります。数年前から友人と一緒にトライアスロンやトレイルランニングなどを始めたのですが、日常的にトレーニングをしていると、体力や健康面ではもちろん、精神面も含めてスポーツの可能性が見えてきました。

例えば、トレーニングの計画を立てて実践することで自己管理能力が高まったり、山の中を走るトレイルランニングはトラブルが付き物なので、あらゆることをシュミレーションしたり、予期せぬことが起きても精神的に余裕が持てるようになったり。仲間とコミュニケーションをとるきっかけにもなります。こうしたスポーツが持つ可能性をもっと広げていきたいと研究テーマに繋がっていきました。

真貝 ところが自分の生活圏内で考えたとき、都市はスポーツをしにくい場所だと気がつきました。テニス、サッカー、野球、バレーなど、あらゆるスポーツでは専用のコートや練習場が求められてハードルが高く、くらしとスポーツは分離しているのが現状です。

例えばコンビニに寄るような感覚でスポーツができたら。くらしとスポーツがもっと融合できたら。単に楽しいだけではなく、自分のくらしをより良くするためのツールとしてスポーツを活用できないか。そんな思いで都市スポーツの研究を進めています。

スポーツの切り口で都市空間を活用していく

——今回は都市を舞台にした研究プロジェクト。パナソニックや未来創造研究所として、公共空間やまちづくりへの取り組みや思いがあれば教えてください。

真貝 パナソニックでは街灯や公共施設の時計などを製造していたり、ひとつの製品からまちづくりに関わっている背景があります。さらに近年では藤沢や綱島の自社工場跡地を活用してスマートタウンをつくり、官民連携のプロジェクトとして集合住宅やまちづくりに挑戦し、未来創造研究所ではその構想や運用の企画支援をしています。

私自身も公共空間やまちづくりに関心があります。日本の公園では禁止事項やルールが多いですが、海外出張に行って視察すると、公共空間だからこそ各々が好きなことをしてそれを許容している雰囲気がありました。日本の公共空間にももっと楽しい風景が生まれたらいいですよね。

PUBLICWAREについて知ったときは、まさに自分が感じていたことを体現していると感じました。新しい発想で公共空間を活用したり、既存のものをハックしていく考え方。都市スポーツの切り口とも親和性を感じて、大橋さんにプロジェクトの協働をご相談したという流れです。

公園や広場など、都市の隙間や空間を活用してスポーツを楽しめる tranSPORTer。そのスペースや状況に合ったルールを考えて、自由な発想で身体を動かす。

日常生活に“揺らぎ”をもたらすスポーツの存在

——都市スポーツの切り口から考えるPUBLICWARE。最初にオファーがあったときはどのような印象を持ちましたか?

大橋 都市とスポーツの可能性に関しては、僕も同じように可能性を感じていました。公共スペースの設計をするときに芝生広場を設けてヨガをするスケッチを描くことがありますが、その風景が社会に馴染んできたのはまだ最近です。街中でランニングする人も増えていますよね。じわじわと重なってきているスポーツと都市との関係性を、しっかり捉えてみるのは面白いのではないかと思いました。

僕自身もフルマラソンやトレイルランを何度か経験していて、東京マラソンを走ったときは日常で暮らしている場所を運動しながら違った視点で見るのがすごく新鮮だったんですよね。

PUBLICWAREは街のもったいないスペースを拠点に、アイテムやアイデアを展開しています。そういった場所に身体性のある活動が交わっていくことは、未来のライフスタイルとして可能性を感じました。

真貝 「身体性」はひとつのキーワードですね。ランニングだと自分が視覚的に認識できるペースで風景を見るので、知らない道と出会えたり、地理感覚が身についたり、都市に対して気付きがたくさんあります。タクシーや車で移動すると、点と点になってしまうものが、歩いたり走ったり、自転車で街を見つめることで面になっていくイメージというか。

行かない道に行ってみる。予期せぬ出会いがある。それが日常生活に“揺らぎ”をもたらすのだと思います。オフィスと家の往復になったり、行く飲食店が固定化したりとルーティンワークになって頭を使わない生活。スポーツはそこから脱する手段になるかもしれません。そうすれば、くらしがもっとおもしろくなりますよね。

ワークアウトリノベーション!?

——これまで都市スポーツ研究として、どのようなことが行われてきたのでしょうか。

真貝 都市スポーツの研究として、これまで「FUTURE CITY MAP」というビジョンマップをつくって展示したり、ランニングをしながらメモがとれるアプリを試作したり、地域でコンセプトごとにランニングコースをつくって発信していく取り組みなどを行なってきました。

FUTURE CITY MAPでは、「ワークアウトリノベーション」といって、オフィスビルの壁でボルダリングができるようになっていたり、階段ではなく坂道になっていたり。コンビニに着替えるスペースがあったら、仕事帰りにランニングをして帰ろうかなと選択肢が生まれたり。空間を変えることによって行動が誘発されることを意識してマップをつくりました。

FUTURE CITY MAP。都市空間にスポーツが融合していくとどんなことが起きるのか?その予想図が描かれている。提供:未来創造研究所

真貝 さらに、スポーツが持つ価値は目には見えにくいので、プロトタイプを通じてその輪郭を明らかにしたいと思いました。大橋さんとディスカッションを重ねていき、走る、投げる、入れるなどのスポーツを構成するプリミティブな行為を抽出し、それらを構成するリングやボールなどを利用者に渡すことで、新しいスポーツが生まれないかと考えました。
それを空気・光・音・水という4つの要素を絡めたスポーツとして、「アンビエントスポーツ」と呼んでいます。

≫スポーツトレラーのデザインや機能など詳細については、PUBLICWAREのサイトで紹介しています。

自由に移動ができて、どこでも誰でも気軽にスポーツが始められる。このフットワークの軽さこそが、tranSPORTer の示す新しい都市とスポーツの在り方なのかもしれない。

どこでどんなふうに使う?
ルールから考える都市スポーツのカタチ

——プロトタイプが完成し、今後はどのような展開を考えているのでしょうか。

大橋 今後は公園で子供たちに遊んでもらったり、ワークショップを開催するなどして、実証実験を重ねていきたいです。実際に使ってみることで、どういったルールを設定して、どんなスポーツが生まれていくのか。思いついたルールをカードに書いて、それが増えていく。好きなカードを選ぶとルールが書いてあって、そのスポーツができるという仕組みです。tranSPORTerは、遊び方のバリエーションも含めてひとつのパッケージになっていきます。

今回はアンビエントスポーツのシリーズとして「空気」がテーマですが、この先は「光」「音」「水」といった違う要素のプロトタイプをつくってみたいですね。

空気・光・音・水という4つの要素でスポーツを考える「アンビエントスポーツ」。空気をテーマにしたのが今回。次回はどんな tranSPORTer が生まれるのだろうか。

真貝 ワークショップでいろんな人に使っていただくことで、僕たちでは思いつかない新しい使い方が生まれるはず。ビルの合間の小さなスペースやお台場の砂浜、大きな公園など、いろんな場所や状況に持って行ったらどうなるか。その場所とそこにいる人たちとの化学反応を見てみたいですね。

大橋 ほかにも、パナソニックのセンシング技術と体を動かすことを連動させたりと、ハイテクなものと人間のプリミティブな部分を組み合わせていけたらおもしろそうです。

真貝 今回はプロトタイプをつくることで「生活の中でスポーツを気軽に楽しむ」というコンセプトをいかに実現できるのかを追求しています。じつは先日、墨田区にご協力いただいて撮影を行い、墨田区の職員の方にも tranSPORTer を見ていただいたところ、好感触なコメントをいただきました。
これから tranSPORTer をいろんな場所で使ってみることで、都市とスポーツの可能性を考えていきたいと思います。自治体やまちづくりに取り組む企業で興味を持っていただける方がいれば、ぜひ一緒に取り組んでいきたいですね。

——今後の展開も楽しみにしています。ありがとうございました。

実証実験の場所の提供、コラボレーションのアイデアなど、ご興味のある方は公共R不動産・PUBLICWAREまでお気軽にお問い合わせください!

PROFILE

中島 彩

公共R不動産/OpenA。ポートランド州立大学コミュニケーション学部卒業。ライフスタイルメディア編集を経て、現在はフリーランスとして山形と東京を行き来しながら、reallocal山形をはじめ、ローカル・建築・カルチャーを中心にウェブメディアの編集、執筆など行う。

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