公共R不動産のプロジェクトスタディ
公共R不動産のプロジェクトスタディ

アーティスト集団Cascolandから学ぶ、
ボトムアップ型プロジェクトのアイディア

オランダを拠点に世界で活動するアーティストネットワークCascoland(カスコランド)。ボトムアップのまちづくりの仕掛け人として、地域住民による持続可能な取り組みを行なっています。このたび、Cascolandの共同代表であるFiona de Bellさん(フィオナさん)とRoel Schoenmakersさん(ルウルさん)の来日をきっかけに、2020年1月10日にトークイベントが開催されました。その様子をレポートします。

アーティスト集団Cascolandの共同代表 フィオナさん(左)とルウルさん(右)

ボトムアップ型のプロジェクトが盛んなオランダ・アムステルダム

イベントは、オランダ在住歴22年の建築家・根津幸子さんによるボトムアップ型まちづくりの事例紹介からスタートしました。根津さんは現在アムステルダムを拠点に設計活動を行なっており、駅前複合施設や集合住宅の大規模開発プロジェクトをはじめ、地域住民を絡めたまちづくりに関するワークショップなどにも携わられています。アムステルダムのまちづくり事情は、下記にまとめられているのでご覧ください。

アムステルダムで多発するボトムアップ型プロジェクトの背景
https://www.realpublicestate.jp/post/amsterdam-bottomup

オランダ在住の建築家・根津幸子さん。本イベントは2020年1月10日に開催された。
 

ボトムアップ型プロジェクトのキーとなる「Daily Life Skill」とは?

Cascolandとはフィオナさんとルウルさんのほか、建築家、パフォーマー、アーティストなど多様な職種のメンバーが集まり、社会課題を解決する集団です。

彼らが大事にしているのはトップダウンではなく、ボトムアップで課題を解決すること。ボトムアップの手法をとる際に活用しているのが「Daily Life Skill(デイリーライフスキル)」というもので、コミュニティを盛り上げたり、プロジェクトを進行していく際に欠かせない要素なのだといいます。

デイリーライフスキルとは、簡単にいうと「それぞれが持っている得意技」のこと。料理が上手だったり、歌がうまかったり、サッカーが得意だったり…など、どんなことでもデイリーライフスキルになり得ることがポイントです。

ここで、デイリーライフスキルにまつわるワークをすることに。参加者それぞれが考えるデイリーライフスキルを考え、紙に書き込んでいきます。
 

自分のデイリーライフスキルとはなんだろう?自分自身を見つめ直すいいきっかけになりました。

紙に書き終わったらシェアタイム。2人1組になり、それぞれどんなデイリーライフスキルを持っているのかをシェアし合いました。

どんなに小さなことでも、自分にとっては当たり前に感じることでも、誰かを助けたり、まちづくりに寄与するスキルになりうる。そんなCascolandの指針を体感することができたワークの時間。フィオナさんが「デイリーライフスキルは相手に与えることももちろん大事だけれど、受け取ることがとても大事」と語っていたのが印象的でした。
 

デイリーライフスキルを通じて、相手がどんな人かを知る。大いに盛り上がりました。
 
 

住民や行政を巻き込み動かす、ユニークでピースフルな手法

デイリーライフスキルとは何かを体感したところで、Cascolandが手がけたプロジェクトの紹介へ。住民や地権者、行政を巻き込んで課題を解決していくCascolandが、どのような手法をとっているのか。ここでは厳選したものをご紹介します。
 

フィオナさんによるプレゼンテーション。

◆daily life disturbance(日常を破る)

Cascolandはプロジェクトが動き出す際に、調査を大事にしています。その調査の手法の一つが“日常を破る”ということ。その地域で一番危ないと言われている公園にベッドを設置し、Cascolandのメンバーが一晩泊まりました。治安が悪く、地元の人も寄り付かない場所と言われていましたが、彼に話しかけたり、食べ物を分け与えたり、歌ってあげる人もいたといいます。体を張ってコミュニケーションすることで、本当のまちの姿を知ることができたという事例です。
 

Photo by Cascoland

◆bending the rules(ルールを曲げる)

こちらはキルギスタンで地元の美大生たちと行ったプロジェクト。キルギスタンは政府の規制が厳しく、アート活動は政府を批判するものになりがちという理由で制限されていました。そこでCascolandが実行したのは、道の真ん中でお茶会をするというパフォーマンス。警察は横目に見ながら、ただお茶を飲んでいるだけなので見逃してくれたそう。学生たちはあまり社会でアート活動ができないと諦めがちでしたが、“ルールを曲げる”というやり方ならできるんだ、という気づきを与えることができたといいます。
 

Photo by Cascoland

◆having a conversation(会話する)

会話はとても重要なことであり、必要なのはその環境を整えること。街中に小さな小屋を用意したところ、無理に誘導せずともいろんな人が「これは何?」と集まり、自然と会話が始まっていったといいます。この場所ではいろんな会話のトピックが生まれ、ときにはドメスティックバイオレンスの話など、深い話になることもあるそうですが「小屋という囲われた空間があるので安心でき、感情を出すことに抵抗なく会話することができるのでしょう」と、フィオナさんは話します。
 

Photo by Cascoland

◆interventions as generators(積極的に介入する)

こちらはモロッコやトルコからの移民が多く暮らす、芝生が広がる住宅街でのプロジェクト。コートヤードの芝生スペースを土にかえてガーデニングをしたいという市民の申し出を、市は一度却下しました。そこでCASCOLANDと市民が力を合わせて考え、モバイルガーデンなるオブジェを芝生の上に置き、ガーデニングを始めました。ここでいうガーデニングとは、自分たちで消費できる野菜、ハーブ、花などのことです。1年後、市はコートヤードを住民が共有でガーデニングができるように整備してくれることになりました。まずは一時的なアイテムでアクションを起こし、積極的に行政へ介入したことで可能性が開けた事例です。
 

Photo by Cascoland

住民が主体となり、コミュニティを作り上げていくためのアイディア

続いて、長期的にコミュニティをつくりあげていった事例の紹介。ボトムアップ型のまちづくりで大切なのは、市民の主体性を育てていくことであり、そのための土壌づくりをしていくことがCascolandのミッションだとルウルさんは語ります。
 

◆shared responsibility(責任を共有する)

こちらは移民が多いエリアで、鶏を育てるプロジェクト。3羽の鶏が入った4つの可動式の鶏舎を設置し、12家族で協力して世話をします。鶏を世話するという共通の責任を持つことで、住民同士のコミュニケーションが生まれたといいます。
 

Photo by Cascoland

◆sustainability fuels local economy(地域社会で持続可能な燃料を作る)

Cascolandは、地域社会の中で環境問題にどうアプローチできるかという視点も大事にしています。アムステルダムでは古くなったパンを鳥にあげる人が多く、それをネズミが食べてどんどん繁殖していく問題が発生していました。そこで生まれたのが、古いパンを集めてバイオガスに変えるというアイディア。現在は、古いパンからつくられたガスで新しいパンをつくるというサイクルが生まれているそうです。
 

Photo by Cascoland

◆shared spaces & services(空間とサービスを共有する)

こちらは温室を活用してコミュニティガーデンをつくり、空間とサービスを共有した事例。人口が高密度化するアムステルダムでは、市民が気軽に集まれる公共スペースの確保が重要だとCascolandは考えています。

ここでは地域の住民が助け合いながら自主的に野菜を育て、収穫した野菜を使ったサラダやデリを販売しています。都市部ではジェントリフィケーション(低所得者層の居住地域が、再開発によって地価が高騰すること)の問題があるように、昔から住む人と新しい住民とのコミュニケーションは課題になりがちですが、「空間とアクティビティを共有することは、コミュニティを形成する上でとても前向きで有効な方法です」と、ルウルさんはいいます。
 

Photo by Cascoland

◆one day shop(週1日限定ショップ)

こちらは廃れてしまった商店街に賑わいを取り戻すことを目指したプロジェクト。デイリーライスキルを持つ人たちをショップオーナーとして採用し、週1日限定ショップを開きます。ここでも登場するのは温室。お店の中に温室を設置することで、効率的に空調を使い、プライベートな空間をつくることができる非常に便利なツールだといいます。
 

最初に限定ショップのオーナーになったのは美容師さんでした。美容師さんは、カットの最中にお客さんといろんな会話をするので、プライベートな話もたびたび聞く。つまり“まちの声”をよく知る人として、まちづくりのキーマンになりうることがわかったといいます。
 

そのほかにオーナーになったのは神父さん。身寄りがいない高齢者を限定ショップに招き、温かいスープを提供します。市民の健康に関する問題は見えにくく、行政もそれを課題に感じています。ここに高齢者たちを招くことで、リアルな市民の声を聞くことができたといいます。
 

限定ショップで手応えを感じた人たちには、自分のお店を持つことを勧め、さまざまな職種の人たちが事業を立ち上げていったといいます。週1日限定ショップのオーナーという小さな始まりから、まちづくりのキーマンとなる社会起業家を生み出し、コミュニティを盛り上げていく流れをつくった事例です。
 

 “パートナーシップ”が、新しい働き方につながる

プレゼンの後は質疑応答の時間が設けられ、会場からはCascolandの仕事のスタイルや、クライアントとの関係性について質問があがりました。

ボトムアップ型でのプロジェクトでは、地域の人たちだけで自走できる仕組みをつくることが大切です。最初の主導権はCascolandが持ち、まちのビジョンや継続性を担保するビジネスモデルの骨格を考え、そこから少しずつ住民の人を巻き込み、しっかり時間をかけて遂行していくのが彼らのスタイル。プロジェクトを始める前のリサーチの段階で、誰にプロジェクトを引き継いでいくのか視野に入れることもポイントだといいます。

クライアントワークの場合でも、Cascolandはクライアントとの対等な立場を崩さないようにしているといいます。

「私たちが提供しているのは『成果』ではなく『プロセス』です。プロセスからなにが出てくるかはその地域次第なので、プロセスを一緒に共有できるクライアントとのみ仕事をするようにしています」とフィオナさん。これからのまちづくりでは、クライアントや行政とのパートナーシップをどのように展開していくかがキーとなっていくのでしょう。
 

盛り上がったイベントもそろそろ終わりの時間。公共R不動産ディレクターの馬場正尊は最後のコメントにて、「Cascolandのアイディアに共通しているのが、“ちょっとした違和感”と平和な雰囲気が同居していること。すべてが肯定的なのでみんなが共感し、隙がちゃんと用意されているので、いろんな人が関われる安心感につながっているのかもしれない」と考察していました。

日本でも、仕事の進め方や働き方がいまドラスティックに変わろうとしています。経済のアップダウンを激しく経験したオランダは、私たちの少し先の未来を見ているのかもしれません。Cascolandのプレゼンテーションからは、ポジティブな姿勢で問題を解決していくたくさんのヒントをもらった気がします。

彼らの今回の来日の目的のひとつは、一緒に課題を解決しながらまちづくりに取り組むパートナー探し。今後、日本でもCascolandが手がけるプロジェクトが誕生することに期待しましょう。


文:佐久間 七子
撮影:秋山まどか

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