公共R不動産のプロジェクトスタディ
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海があるライフスタイルを日常に AOSHIMA BEACH PARK 10年の軌跡とエリアリノベーションのいま

「青島ビーチヴィレッジ」の誕生や地価上昇が注目を集める宮崎県青島。その根底には、かつての「夏限定の海水浴場」から「通年楽しめるビーチ」へと価値を転換させた、公民連携による戦略的な投資がありました。
2015年に始まった、「AOSHIMA BEACH PARK(青島ビーチパーク)」。単なる「海の家」の枠を超え、街の不動産価値までをも変えた10年間の取り組みについて、プロジェクトを牽引してきた宮崎市役所の臼本隼也さん、二宮稔礼さん、長谷川暁さん、谷口洋さんにお話を伺いました。

海水浴場からの脱却に向けた実験

南国リゾートとしてかつては新婚旅行先として名をはせた青島。観光産業で沸いた1970年代を経て、徐々に減っていった海水浴客は、2014年に過去最低の7万人となりました。当時、海岸にあったのはライフセーバーが期間限定で駐在する「渚の交番」のみ。「海に行く=海水浴」という文脈だけでは、人は集まらなくなっていました。空き地や空き店舗、空きホテルが増え、地価は下落。そんな都市経営課題を解決するため、2015年、宮崎市は公民連携で浜辺に居場所をつくるための実験に乗り出しました。それが「AOSHIMA BEACH PARK」(以下、ビーチパーク)です。

1960年代から70年代にかけて、新婚旅行客でにぎわった青島

仮設コンテナから始まった「リーンスタートアップ」

お話を伺った宮崎市観光戦略課の皆さん。左上から時計回りに臼本隼也さん、谷口洋さん、長谷川暁さん、二宮稔礼さん

ビーチパークの始まりは、驚くほどアナログで軽やかなものでした。

「いつでも撤退できるように」 そんな発想から、20フィートのコンテナを店舗として公有地に置くところからスタート。とはいえ、それでも立ちはだかる法令の壁。敷地は海岸保全区域かつ国定公園の第二種特別地域に指定されているため、商業行為はできるのか、工作物の新設はできるのか、といった問題を調整。コンテナを利用し、可動性を確保したうえで、期間を制限することで仮設建築物として設置許可を得つつ、経費削減にも繋げました。

「最初の設計では足りないものだらけで、オープン直前に『食べる場所がない!』と気づいて。市が持っていた海水浴場の廃材を引っ張り出してきて、みんなでテーブルを作ったんです(笑)」と臼本さんは当時を振り返ります。

予算も限られる中、地域のサーファー、ライフセーバー、若手建築士、行政職員が毎週のようにワークショップを行い、自分たちで穴を掘り、柱を立て、デッキを組み上げました。
この「自分たちで場を作る」プロセスが、結果として地元住民とのつながりや愛着を生み、コミュニティの場を育む土壌となりました。

ウッドデッキはワークショップによりDIYで施工

行政と民間の適切な役割分担で世界観をつくる

プロジェクトを成功に導いたのは、行政による緻密な調整と、民間による世界観の構築の絶妙なバランスです。 複雑な許認可交渉、地元の商店街や自治会・観光事業者への丁寧な説明、インフラ整備は行政が、民間出身のプロデューサーによるプロデュース、情報発信、店舗運営を民間が担いました。

運営スキーム(2020年当時)。補助金だけに頼らず、店舗からの出店料を環境整備に再投資するサイクルを構築。(宮崎市観光戦略課作成資料から抜粋)

こうして2015年7月、飲食物販店舗、ビーチスポーツやヨガ、音楽フェスなどのイベント開催、くつろぎスペースの提供(時間貸し含む)を行う、まったく新しいスタイルの海の家が、32年ぶりに出来上がりました。

2015年完成当初の青島ビーチパークの様子
近年の青島ビーチパーク。海の家ではなく「ビーチスタイル」をつくり上げている

初年度は夏季のみの設置でしたが、4月から9月、10月とのばし、2022年からは常設に。現在は通年営業となり、公募で選ばれた事業者が運営を担う持続可能なモデルへと進化しています。

2025年現在の運営スキーム

地価は県内トップの上昇率へ。波及するエリアリノベーション
ビーチパークがもたらした最大の成果は、「風景」と「意識」の変化です。

「水着の人が一人もいない秋の海辺。ベビーカーを押す人、読書をする人、ただ黄昏れる人。海といえば泳ぐ場所ではなく、心地よく過ごす場所へと価値観が変わったんです」(臼本さん)

秋の青島ビーチ。水着の人はいないが、思い思いに過ごす人でにぎわう。

この10年で、周辺には大きな変化が起きました。
2016年にはアウトドア・アクティビティの拠点となるショップの「サーフシティ宮崎」、その後ナチュラルな雰囲気のカフェ、地元食材にこだわったスイーツ店などが次々とオープン。 1990年に廃業以来、廃墟化していたホテル跡地も2017年からプロポ―ザルを開始し、2022年に「NOT A HOTEL」などが進出した「青島ビーチヴィレッジ」が誕生しました。

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ビーチパークがもたらした変化はエリアへ波及。(宮崎市観光戦略課作成資料から抜粋)
2022年にオープンした青島ビーチヴィレッジ

その結果、ビーチパーク開業当初も下落していた地価が上昇に転じ、現在3年連続で県内トップの上昇率を記録しています。「NOT A HOTEL」が青島を変えたと言われることもありますが、実はその種を蒔き、土壌を耕し続けてきたビーチパークを含む地道な地域の取り組みとつながりが、その裏側にあったのです。

10年間の地価推移(宮崎市観光戦略課作成資料から抜粋)

また、地元中学校に全国初のサーフィン部ができたり、渚の交番が主催するジュニアライフセービング教室で学んだ子どもたちが、ライフセーバーになったりと、その効果は教育にまで及んでいます。

渚の交番主催のライフセービングスクールの様子(渚の交番HPより)
https://www.facebook.com/photo/?fbid=4186488191463922&set=a.481033020691513&locale=ja_JP

青島からさらにその先へ

チームの視線は、すでに次のプロジェクトへと向いています。青島から車で10分の景勝地「堀切峠」にある「道の駅フェニックス」の再整備です。ビーチパークで培った公民連携のノウハウを活かし、施設の再整備を民間の知恵と一体で進めようとしています。「点」で始まったビーチパークの動きが、いまや「面」としてのエリア再生へと広がっています。

「かつて自分が子どもの頃にはなかなか行くことがなかった青島に、いまは思春期の娘が自分から行きたいと言うんです」という担当課の谷口さんの言葉が、このプロジェクトの本質を物語っている気がしました。行政がパッションを持って民間と手を取り合い、10年かけて「日常の風景」を塗り替えていく。青島の事例は、日本の公共空間活用のひとつの到達点と言えるかもしれません。

【プロジェクト概要】
名称: AOSHIMA BEACH PARK(青島ビーチパーク)
所在地: 宮崎県宮崎市青島
主体: 渚の交番青島プロジェクト(実行委員会)、宮崎市

URL:https://www.aoshimabeachpark.com/

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