「ともにつくる」から始まったKUMIKIPROJECT
矢ヶ部:今日はよろしくお願いします。桑原さんの活動には前々から注目しておりまして、実はオンライン講座に申し込んだり、少額ですが出資したりしておりまして……「なんで自分はここまで前のめりなんだろう」って感じなんですが(笑)。
桑原:出資までしていただいてありがたい限りです。今日はよろしくお願いいたします。
矢ヶ部:そんなわけで、桑原さんが主宰されている「アンドパブリック」という会社についてある程度は理解しているつもりなのですが、今日はせっかくなので、それ以前の活動やアンドパブリック設立に至った経緯などについてもお伺いできればと思います。
桑原:わかりました、設立の経緯ですね。きっかけは東日本大震災です。
震災の少し後になるのですが、僕は奇跡の一本松で知られる岩手県陸前高田で「紬(つむぎ)」という会社を設立し、地域住民とともに津波で流されてしまった集会所を再建するというワークショップをはじめました。

矢ヶ部:震災がきっかけだったのですね。
桑原:国産の杉材を使って一緒に空間をつくりあげることで、地域のコミュニティを再生していく過程では多くの笑顔を見ることができました。この時の「ともにつくることで人と人が繋がる光景」がどうしても忘れられず、「この光景を全国で見たい」という想いが強くなっていき、プロジェクト名であったKUMIKIPROJECT(くみきぷろじぇくと)に社名を変更しました。そうしてワークショップを全国展開していったのですが、ある時コロナがやってきてワークショップが一切できなくなってしまったのです。
矢ヶ部:桑原さんの活動は対面ベースなので、コロナ禍になってしまうと活動が制限されてしまいますよね。
桑原:はい。もちろん自分たちが活動できなくなったことは痛かったですが、それよりもショックだったのはコロナ禍でKUMIKIPROJECTでつくったお店が閉店してしまったことです。
僕らはずっと「社会に良いこと」をやっていると信じていましたし、「共に空間をつくることで人と人との関係が豊かになります、それが社会価値なんです」とも言い続けてきました。しかしそのように自信を持って言っていたわりには、あっさりとなくなってしまいました。
もちろん閉店するにはいろいろな理由があると思いますが、KUMIKIPROJECTで共に空間を作り、そこで生まれた豊かな関係や社会価値というものは、結局彼らの暮らしを支える力になったのだろうかと疑問に思いまして……さらに、僕らが言い続けてきた「社会に良いこと」とは、具体的に何がどう良いんだろうって自問するようになったのです。
矢ヶ部:自分たちのやっている「社会に良いこと」に対して疑問が沸いてきたということでしょうか。
桑原:はい。本当に素朴な疑問だったんですよ。僕たちはワークショップを通じてリアルに人と関わり、「豊かな関係性」なるものをつくったつもりでいましたが、それがその人の人生に役にたったのだろうか、お店が潰れる時にその人はいっぱい悩んだり考えたりしたと思うのですが、その過程で「豊かな関係性」といったものがどのように作用したのか、って。

岩手県陸前高田市で1社目の株式会社を起業。「ともにつくるを楽しもう」をコンセプトとする「空間づくりワークショップ」を事業化したのち、ノウハウを全国に拡げる財団を設立。事業譲渡を行うまでの10年に渡る「ソーシャルビジネスを営む実践知」を活かし、2023年に社会的インパクトの可視化と最大化を生みだす専門集団「アンドパブリック」を創業。テクノロジーと対話の専門技術を活かし、行政の課題解決力と住民の自治力をともにアップデートする新たな仕組みの社会実装に挑んでいる。
コミュニティを再生させて、それで地域の関係が良くなるとか日本の森を元気にするとか言っていた割には、その後それらがどうなったのかわからない。社会に良いことをしていると言い続けていても、その実態を語れないっていうのはどうなんだろう、って。
だから、自分たちのやっている「社会に良いこと」を可視化したいと思い、どうやったら見えるようにできるのかって考え始めたことが、アンドパブリックの活動に繋がっていったのです。
矢ヶ部:内側から生まれた疑問が、可視化という挑戦になったのですね。
桑原:コロナ禍だったので、やることがなかったっていうのもありますね(笑)。
社会を良くするってどういうこと? 豊かな関係ってどんな関係なの? などなど、とりとめもなくぐるぐると頭の中で考えていました。
「社会に良いこと」を可視化するためのツール
矢ヶ部:コロナ禍で考える時間がたくさんできて、いよいよ「社会的に良いこと」の可視化に取り掛かるわけですが、具体的にどのようなプロセスで可視化に取り組んだのでしょうか?
桑原:まずは、すでに世の中にある可視化の手法をいろいろと調べてみることにしました。可視化の考え方や手法はいろいろとあって、そのためのツールなどもあるんですが、どれも難しすぎるんですよ。だから、いっそのこと僕たちみたいな事業者が、事業をやりながら気軽に使える可視化のためのツールがあればいいなと思い、可視化のツールの開発をすることにしたのです。
矢ヶ部:ツールをつくってしまおうという発想がすごいです……。ツールづくりでは何を大事にして、あるいは何に注意しながら進めましたか?
桑原:3つありまして、1つ目がシンプルなこと。2つ目が改善がしやすいこと。そして3つ目がツールを使って対話ができること。この3つは必要だと思っていました。
イメージとしては、自分たちが目指している山はこれで、頂上に行くにはこんな登り方があるよって整理されているような感じですね。そして、それをベースに同じ山を目指すチームで対話が生まれる。そのようなものがあれば、事業の現場でも使えるのではないかと。

矢ヶ部:一つの事業には様々な価値観を持った人たちが関わってくるので、ツールを拠りどころにして対話が生まれるのはいいですね。
桑原:そうなんです。研究のためのツールではないので、ツールによって事業が前に進まないとダメなんです。事業の担い手が事業の意味を感じながら事業を進めるためには、どのようなツールを使ってマネジメントできたらいいのだろうってことをずっと考えていました。
アジャイル開発で再挑戦。満を持してパーパスボードの完成。
矢ヶ部:試行錯誤の結果、ツールはイメージ通りに完成していったのでしょうか?
桑原:一旦形にはなったのですが、「なんかこれじゃないな」と思って一回リセットすることにしました。
矢ヶ部:リセットするのも勇気だと思うのですが……さらっと言ってしまうところがすごいです(笑)。原因はなんだったのでしょうか?

桑原:最初に完成したツールは、まず自分たちのやろうとしている事業がどのSDGsのモデルに近いかを選ぶところから始まるんですよね。
次に自分たちが目指す成果を初期と中期に分けて書く欄があって、そこを埋める。さらにやるべきことを細かく入力していく。要は手順に沿ってやれば誰でも簡単に書けるんですが、実際には最初の計画通りにものごとって進まないじゃないですか。
例えば初期にAという変化が起きて、それが積み上がってBという変化が生まれて、やがてCという成し遂げたい社会の変化にたどり着くとします。おそらくその過程では何度も見直したり考えたりする必要があるわけですから、この経路を最初から完璧に描くことなんて無理ですよね。つまり、都度改善できることが大事だって気づいたんですよ。
ところが完成したツールだと、自分たちが事業でどんな打ち手を打つのかは考えやすくなるのですが、そこから生まれる初期・中期・長期の成果の繋がりが見え辛く、要は部分最適になってしまっていたのです。
矢ヶ部:全体が見えないと、ゴールを見失いかねないですよね。
桑原:これは失敗だなと思った理由が大きく二つあって、一つは長期的な視点で生み出したい社会の変化があった時に、もしかしたらそこにたどり着かない成果に対してもマネジメントサイクルを回しちゃう可能性があるってことです。全体の繋がりが見えないから、今やっていることがどこにもいかないってこともありますからね。そうなると時間もお金も全て無駄になってしまう。
そしてもう一つが、ずばり「楽しくない」。やるべきことがわかるツールというのは、つまりto doをきっちり回すことを支えるツールってことなんですけど、そうなると人がどんどん手段化していきますよね。
ツールによって社会の目的を達成するために人が手段化されるのだったら、楽しくないし熱量も上がらないなって気付いてしまったんです。

矢ヶ部:確かに、それは楽しくないかもしれない。
桑原:あらためて、アジャイル開発(※1)ってすごいよなって思いましたよ。理にかなっているんですよね。僕は見事に失敗する開発の王道をやってました。ワイヤーフレームを描いて、きっちりデザインに落として、形にして……そうしたら、誰も使わないものができてしまうという。
矢ヶ部:失敗こそしましたが、それもすごい経験ですよね。では、次こそはアジャイル開発で改善できるようなものに変えたのですか?
桑原:そうですね。ツールの設計の思想をガラッと変えました。対話が生まれ、都度改善もしやすく、且つ全体像も見えるようなものを目指すことにしました。現段階ではやろうとしている事業のボトルネックになる「指標の設計」と「データの測定」に対してアプローチできる機能をリリースして、他は後回しにしています。
矢ヶ部:それが、パーパスボード(※2)ですね。パーパスボードを初めて知った時は衝撃を受けました。こんなものがつくれるんだ、って。こういうものがあると、自分たちがやっていることが何のためなのか、あるいは何に繋がるのかってことが説明しやすくなりますよね。
桑原:はい。説明できるって大事なことですよね。

※1アジャイル開発とは:
短期間のサイクルを繰り返し、顧客のフィードバックを頻繁に取り入れながら、小さな機能単位でソフトウェアを開発・改善していく反復型の開発手法。変化に柔軟に対応し、迅速なリリースと継続的な改善が特徴。
※2パーパスボードとは:
コンサルティングを通じて蓄積した顧客支援のノウハウや、測定指標のデータを標準化して落とし込んだインパクトマネジメントツール。現在はβ版で、インパクトスタートアップや地方自治体などの協力を得て、現場からのフィードバックを得ながら改良を進めている。
アンドパブリックという名前に込められた想い
矢ヶ部:インパクトを可視化する取り組みがパーパスボードとして一旦形になって、それでいよいよアンドパブリックの設立という理解でよいのでしょうか?
桑原:パーパスボードの開発にむけた再出発が始まったのが2022年の夏で、そのときはまだ新会社にするという発想はなく、KUMIKIPROJECTの新事業くらいに捉えていました。これまでの反省を活かし、今回の開発を進めるにあたっては最初にツールありきではなく、まずは社会的インパクトを可視化したい企業や団体に対して、コンサルティングを提供しながら、現場で何が必要なのかを見極めて、それを開発に活かすということを行っていました。
一方で、KUMIKIPROJECTは空間をつくるワークショップの会社なので、社会的インパクト可視化をコンサルティングする業務はブランド的にも馴染まず、求められる職能も異なるため、この領域に興味を持ってくれる仲間に別で集ってもらい、全員副業のサイドプロジェクトとして半年間走らせることにしました。コミュニケーションの相性や仕事の価値観のすり合わせも重ねることができた結果、一緒にこの先もやれたらいいなと思えた仲間と共同創業し、新会社として「アンドパブリック」を設立しました。
矢ヶ部:ここでいよいよ「アンドパブリック」の登場となるわけですね! ところで、どうしてアンドパブリックという名前にしたのでしょうか?
桑原:もともと予定していた名前が商標を取られていて使えなかったため、どんな名前がいいかを考えていたのですが、当時、パーパスボードをやらせてもらっていた企業の担当者の方からのフィードバックも名前のきっかけになっています。
それは、「インパクトを可視化するプロセスで自分の仕事の意味を捉え直すことができた」という意見がたくさんあったことです。可視化そのものに対する意見ではなく、副産物としての気付きがあったことの方が大きかったみたいです。
当然といえば当然なのですが、行政に限らず民間にも自分たちの利益の追求の先に社会をより良くしていこうという視点がある。パーパスボードによってその視点を取り戻すことができたって言うんですよね。
そして、まさにその視点こそがパブリックな視点と言えるのではないかと思い、名前をアンドパブリックにしようと決めたんです。公共の視点、つまりパブリックな視点で未来や社会のことを考えて仕事をすることが、僕たちの考える“アンドパブリック”ということなんです。
矢ヶ部:なるほど。アンドパブリックしよう、って呼びかけているニュアンスですかね。
大風ではなく、そよ風でいい
桑原:パブリックな視点を加えるというのは、ささやかなアクションでいいと思っているんですよ。というのも、過去にKUMIKIPROJECTでとある村と深く関わるようになったのですが、住民対話のときに村の有力者の方から「大風を吹かすな」って言われたんです。
最初はびっくりしましたが、よくよく話を聞いてみると「よそからきて大きな変革を掲げられたって住んでいる人たちはついていけないぞ」と。だから「大風を吹かすな」なんですよ。
矢ヶ部:いきなり言われたら、ちょっとびっくりしちゃいますね。
桑原:でも、本当にそうだなって思ったんです。地域で変革を起こそうと外部の人間が鼻息を荒くして入っていくとお互いに苦しくなってしまうので、「変革」ではなく「変容」でいい。
少しだけアンドパブリックな視点を加えて小さな変容が起これば、実はそれは後の変化に繋がる大きな一歩なのではないかと思うんです。だから、小さな変容という意味でのそよ風なんです。
矢ヶ部:「大風を吹かすな」と言った方は、きっと誰よりも村に対して当事者意識が高かったのでしょうね。
桑原:そうだと思います。今、僕たちは「インパクト指標研究会」というものをオンラインでやっているのですが、「関係人口」をテーマにしたことがありました。地方創生が推進される際に、関係人口の“数”が指標としておかれることは多いと思います。でも、数だけが増えても地域に暮らす人が疲弊することもある。だからこそ「大風を吹かすな」と言った人の感覚や想いのようなものを大切にした指標も考えられるといいなと思います。
矢ヶ部:そこは数値じゃ測れない領域ですからね。
桑原:指標の置き方ってすごく大事なんです。自分たちが実現したい未来がきちんと議論されて、それを測れる指標を置かないといけないんです。だから、僕たちのやろうとしているインパクトの可視化にしても、それが人を幸せにする可視化にならないのだったら意味がないと思ってやっています。
アンドパブリックの取り組み
矢ヶ部:さて、ここまでは設立に至った経緯についてお話しいただきましたが、ここからはアンドパブリックの活動や取り組みについてあらためてお聞きしたいと思います。
桑原:はい。アンドパブリックは2023年2月に設立したので今年で3期目ですね。主な事業は民間企業の事業が生み出す社会的インパクトの可視化に関するコンサルティングです。
現在のお客様はほとんどが民間企業となっていますが、アンドパブリックとして行政のデータに基づく政策立案と検証を支えていくことも大切に考えているので、今はとにかく民間企業との仕事を通じて実績を積み重ね、収益を確保しつつデータを蓄積することを重点的にやっています。

矢ヶ部:なるほど。ちなみに民間企業はどのようなところとやっていますか?
桑原:大企業のクライアントが多いです。仕事の始まりとしては紹介もありますが、ウェブサイトを通じてお問い合わせいただくこともあります。
矢ヶ部:大企業から直接問い合わせがくるのはすごいですね。その企業の担当者の方がアンドパブリックの活動に興味を持ったというパターンなんでしょうか?あるいは、インパクトの可視化をしたいというのが最初にあって、それができるところを探しているというパターンなのでしょうか?
桑原:後者だと思います。おそらく、対話によって従業員のエンゲージメントを高めながら可視化していくという僕らのやり方に共感して、アンドパブリックを選んでくださっているのだと思います。
マイクロインパクトボンド(MIB)という仕組み
矢ヶ部:先ほど、ゆくゆくは行政のデータに基づく政策立案と検証を支えることもやっていきたいとおっしゃってましたが、具体的にどのようなことをやっていきたいのでしょうか?
桑原:行政の皆さんと一緒に挑戦したいことは、マイクロインパクトボンド(以下、MIB)という仕組みの社会実装です。MIBとは、端的に言えば「地域課題の解決に、市民が少額出資をして参画し、課題が解決されたらリターンを得るという社会参加の仕組み」になります。

桑原:例えば、どこかの自治体が市民の健康促進のために、健康事業に750万円の予算をつけたとします。通常であればどこかの民間事業者に、750万で事業を委託をするのですが、MIBの場合、最初に固定報酬と成果報酬に分けてしまうのです。例えば固定報酬として500万、成果報酬として250万というように分けます。つまり250万は成果がでなければ払われないお金として、成果連動型の契約にするのです。
矢ヶ部:なるほど。大胆ですね。
桑原:で、僕らは何をするかというと、少額出資を市民から集めます。自治体側において500万円は固定報酬として事業の成果に左右されず保証されているため、仮に10万円ずつ50人から、合計500万円集めるとします。
事業を実施した結果、市民が積極的に参加したおかげで成果を達成できた場合、最終的には自治体から固定報酬500万円に加えて成果報酬としていた200万円が支払われるため、その一部を市民に金銭リターンとして還元します。事業者の成功報酬分や必要経費を差し引いても、10万円出資したら12万円になって返ってくるイメージです。その場合は利回り20%ですね。これは一例にすぎませんが、いずれにせよ、最初にお金をだした市民に対して、地域課題が解決されたら金銭リターンが戻るという仕組みなんです。
矢ヶ部:おおよそ理解できました……すごい仕組みですね。
桑原:例えば、健康事業には様々な指標設定が可能です。例えば健康行動が生まれることや検診受診率などもあると思います。そうした指標について定めた目標値を達成できたなら、成果報酬が出る。クリアしなかったら固定報酬だけになり、行財政への影響を小さくできる。
矢ヶ部:むっちゃいいじゃないですか。
桑原:今までは事業を一定の回数実施することに重きが置かれていて、それによって何がどう変わったのかは十分に把握できているとは言い難い事業も少なくないと思います。少しずつでも成果志向の事業が増えていくといいと思っています。
施策が何を生み出したいのかという議論が丁寧になされて、きちんと仕様書に反映される。成果志向の行政政策へと変わるべきものを支えていければいい。成果志向の政策立案の実現と、市民の自治意識の向上をともに実現することを、MIBという仕組みで支えたいです。
地域課題に対する意識は高くなくてもいいのです。むしろ、意識の高さや低さに限らず、小口でお金を出してもらう関わり方を入り口に、次第に地域課題が解決される際の自身の貢献を実感してもらう。そうした意識変容の階段を無理なくデザインするイメージです。
矢ヶ部:なるほど。その発想は行政からは生まれないかもしれませんね。
MIBによってプロジェクトの責任を分散させる
矢ヶ部:MIBのような仕組みがあると、官民連携がやりやすくなりそうですね。
桑原:そうだと思います。民間企業がただ単に営業として自治体に健康アプリを売り込むのではなく、「健康アプリで市民にこのような変化を生み出そうとしています」ってことをロジックモデルで見せて、検診受診率が上がるというデータを見せたときに、例えば自治体が検診受診率に指標をおいていたら両者は組めると思うんです。
よくある話ですが、審査会などで共感に訴える巧みなプレゼンテーションによって採択が決まるということではなく、「この指標で実際このようなデータ出てます」って根拠に基づいたアプローチをして、納得の上で連携する方がよほど意味があるのかなって。
矢ヶ部:確かに。プレゼンテーションがやたらにうまい企業が、共感で事業をかっさらっていくようなことがなくなるのはいいですよね。
また、民間が行政の仕事に新規参入していくには実績が重要視されますが、MIBのような仕組みがあると実績のない優良なスタートアップでも参入しやすくなりますね。
桑原:そうなんですよ。実際に財務基盤がまだ確立していない小さな会社でも先進的な会社ってたくさんあって、そのようなところがプロポーザルに入っていけるようになると思います。これまでに蓄積してきたデータを開示すれば、それが信頼に繋がりますから。
加えて、MIBでは市民が資金を出してプロジェクトに参画することによって、何か起きた時の責任を行政職員だけが負わないようになるという側面もあるんですよね。このような政策の進め方が増えてきたらいいなって本当に思っています。
公共R不動産と一緒に指標の開発をしてみたい
矢ヶ部:桑原さんのお話を聞いていると、僕たち公共R不動産の理念や活動とも通じるところがたくさんあり、何か一緒にできることがあるような気がしています。
桑原:例えば指標の開発などを一緒にやれたら面白いと思いますが、どうでしょう。
僕らのやっていることは社会的インパクトを可視化することですが、それによって抜け落ちてしまうものもあるのではないかと危惧しているんです。しかし、適切に指標を設定すれば、抜け落ちるものを防げるはずなんですよね。
矢ヶ部:なるほど、可視化のプロセスで取りこぼされているものに目を向け、それを拾うようなことですね。

桑原:AIは何か質問をしたらパッと答えが返ってくるじゃないですか。でもそこには生活の実感が十分には掛け合わされていないと感じます。だから指標をセットする際には、わたしたちが持っている「現場感」を掛け合わせるという作法がないとダメなのではないかと。
矢ヶ部:指標自体を増やしていくというのは一つの方法かもしれませんね。指標をたくさん開発して、指標を多様にするというのは選択肢としてあるような気がします。
桑原:指標の多様さというのは本当にその通りで、ある現象を一つの指標で測るのではなく、いろいろな指標で測れたらいいかもしれませんね。指標のパレットがあったとしたら、そこに色があればあるほど彩りのある世界が描けるってことなので。
矢ヶ部:公共R不動産でも言語では伝わらないものをいかに伝えるか、みたいなところをずっとやってきているんですよね。自分たちが生み出した空間を言語で伝えようとはするけれど、同時に非言語で体験させたり、測れないことだけどこういう観点もあるよねってことを、いかに指標としてセットできるかっていつも考えます。
桑原:例えば、「子どもの笑顔が生まれたエピソードをたくさん集めて開示してみよう」などと呼びかけるのもありですね。最初は定性的に集めて、それから各エピソードに共通することはなんだろうって定量化してみる。定性指標から定量指標にステップアップさせていくような作業です。そうすると、子どもの笑顔が生まれたエピソードに共通する要素みたいなものがわかりますからね。それが指標を考える上でのキーとなるのではないでしょうか。
矢ヶ部:エピソードで語るのは面白いですね。僕たちは風景って言葉をよく使いますが、風景よりもエピソードの方がもっとナラティブな感じがします。
対立ではなく、共に目標達成に向かう「仲間」
桑原:企業とのワークショップでは絵を描いてもらったりもしていますよ。自分たちがイメージする“豊かさ”とか、“賑わい”とか、そういうものを絵にしてもらうのですが、みなさん慣れていないので苦戦している様子です(笑)。このワークショップは今後行政に対しても取り入れていきたいですね。

矢ヶ部:普段の仕事であまり感性を必要とされていない場合、絵を描くとなると頭の切り替えが難しそうですね。
桑原:難しいかもしれませんが、社会的価値を捉えるってそういうことだと思うんですよね。今の世の中、社会的価値を数値やお金で捉えるって方向が強いですが、捉えるセンサーは人間の感性的な部分なのかな、と。
ただ、絵にするのが苦手な人はいるので、僕たちがやるワークショップではチームでそれをやるようにしています。そのようにしてようやく感性が開かれていくと思うんですよ。
矢ヶ部:ワークショップは感性を掘り起こすトレーニングにもなっていますね。では、アンドパブリックとしては今後はワークショップなどで行政の方々の頭を解きほぐしながら、ゆくゆくはMIBを展開していきたいと考えている……そんな感じでしょうか?
桑原:そうですね、そんな感じですね。
矢ヶ部:事業をやる際に、事業の主体となる人たちが感性を開いて自分たちが見たい光景を可視化して、市民とイメージを共有するのはいいことですよね。行政と市民の共通の目標になりますからね。
桑原:そうなんですよ。対立する関係ではなく仲間になって目標が達成されたら、「良かったね」ってお互いに言い合える豊かな関係になっていくじゃないですか。仕事の中に喜怒哀楽がきちんと組み込まれていて、「このために自分は入職したんだ!」って実感できる仕組みがあればいいですよね。
僕が自分の人生の残り時間で、一番形にしたいことは「自治のOSをアップデートすること」。その手段がMIBという仕組みなんです。今は種をまく時期で、少しずつ社会のなかにMIBを実装させていきたいと思っています。
矢ヶ部:公共R不動産としてもご一緒できる部分があれば一緒にやっていきたいと思います。今日はありがとうございました。




