マツダ特派員のロンドン公共事情
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ライブハウス、ナイトクラブはどうなる?ロンドンの文化インフラプラン

コロナウィルスの影響で営業自粛が続く、ライブハウス、ナイトクラブ、パブ。ここロンドンでも、各事業者が難しい判断を迫られていますが、ロンドン市は2019年に、こうした場所を「文化インフラ(Cultural Infrastructure)」として、街に欠かせない保全していくべき対象であると定義するとともに、サポートするための計画書をつくっています。非常時こそ平時の備えが活きてくるもの。ロンドン市の文化インフラプランを読み解きながら、これからの行政の役割を考えます。

文化インフラの定義とプラン策定の目的

ロンドン市の文化インフラプラン(Cultural Infrastructure Plan)において、「文化インフラ」とは、文化が存する建物、構造物、スペースを指し、文化の消費地(博物館、ギャラリー、劇場、映画館、図書館、ライブハウス、遺跡のような、文化が体験され、展示され、売買される場所)と文化の生産地(クリエイティブなワークスペースや工房、パフォーミングアーツのリハーサルスペース、レコーディング・撮影スタジオ、工場などの、アーティスト、パフォーマー、作家、製造者による創造の場)の両方を含み、市民の関心とニーズを反映したものである、とされています。ライブハウスやパブももちろん含まれているだけでなく、オペラハウスからスケートパークまで、ハイカルチャー、サブカルチャーといった区分を超えた概念であることが特徴です。

スケート―パークからパブに至るまで、「文化インフラ」に含まれる施設は多岐にわたる。MAYOR OF LONDON Culture Infrastructure Plan P12-13より抜粋  ©Greater London Authority

文化インフラプランは、ロンドン市が、こうした「場」を次世代のためにどのようにサポートするかを明文化したアクションプランです。 同時に、一目見て多岐にわたる文化インフラのレンジと量の豊かさに市民が気付き、そうした場を必要としている人が容易にその場所にアクセスできることを目的としたマップも作成されました。このマップは市民が追加を要望することができ、新しく開業した場所の広報効果もあるだけでなく、マップがあることで、 自治体が政策決定の精度を上げ、プランナーやデベロッパーが地域の既存資源とニーズを理解し、よりよい再開発や公共空間の改善を行うための助けとなると期待されています。

ロンドンの文化インフラマップ (https://maps.london.gov.uk/cim/index.html から画面キャプチャ)ロンドン中心部だけで音楽会場が630件もある。

コロナ前から危機だった?計画策定背景

文化インフラプラン策定の背景には、こうした文化インフラが急激に減少していることへの危機感がありました。ロンドンのパブは2001年から2016年にかけて25%(※1)、草の根のライブハウスは2007年から2017年にかけて35%(※2)、ナイトクラブは2005年から2015年にかけて50%(※3)も減少しています。原因としては、地価の上昇、事業税の上昇、工業地から住宅地への転換の規制緩和、深夜営業や騒音対策などに伴う規制強化、緊縮財政に伴う自治体からの補助金の減少の5つが挙げられています。こうした文化インフラの減少は、その場所が提供している雇用が失われるだけでなく、たとえばLGBTQ+コミュニティなど、その場所を介して広がるコミュニティに属する人々が、安心感、帰属意識を得、友達をみつけ、出会った人と一緒に過ごすことができる「安全な空間」を失うことを意味しています(※4)。

なぜ文化インフラは大事なのか?

計画書では、文化インフラはまちのアイデンティティとコミュニティの結束を強め、文化的でクリエイティブな分野のビジネスと雇用を創出し、観光客をひきつけ、市民に文化的な活動に参加する場となる、とその意義がうたわれています。イギリスは1997年からはじまったブレア政権のクール・ブリタニア戦略に基づき、文化芸術をはじめとするクリエイティブ産業を国を挙げて支援してきました。経済発展に貢献するからこそ大事にすべき、という新自由主義的な論理には、批判の声(※5)もあるのですが、文化産業の経済波及効果を定量的に把握し、支援していくロンドン市の姿勢は、クールジャパンの掛け声はあれど、文化で稼ぐ、という発想がまだまだ一般的ではない日本においては、参考になるのではないでしょうか。

ステージを備えたパブも多い。写真はロンドンで最初のコミュニティ所有(地域住民が出資した会社が運営)のパブIvy House。2016年撮影。

支援策、日本では?

4月9日、英国政府は各自治体が事業者から徴収する深夜営業許可料等を12か月間免除するよう各自治体に要請しました。ロンドンの夜の市長であるAmy Laméは即座にロンドンの各区に要請を展開、支援を後押ししています。こうした緊密な連携が取れるのも、プラン策定により方針が固まっているからこそ。市の資金援助を受けて、「文化の区」を標榜するウォルサムフォレスト区では、バーチャルカルチャープログラムをローンチしました。

日本でも、各自治体が支援策を打ち出しています。福岡市は、ライブハウスや劇場を支援対象にした協力金の給付を一早く打ち出しました。東京都は協力金をはじめ、 芸術文化活動支援事業「アートにエールを!東京プロジェクト」というアーティストの活動の場を提供する試みをはじめています。 東京都生活文化局は2016年に、ホール・劇場等問題に関する東京都の緊急の取組について、として都内のライブハウスをはじめとしたイベントスペースの現況調査を行っており、今こそこうしたデータや知見を活用すべき時期と言えます。各事業者から、悲鳴ともいえる要望が数多く寄せられている今こそ、正しい現況把握と、実情に寄り添った支援が求められているのではないでしょうか。

※1 M. Wickham & N. Cominetti, ‘Closing Time: London’s Public Houses’, GLA Economics, Current Issues Note 53, April 2017
※2 GLA, ‘Saving London’s Music Venues’, Greater London Authority website 2017
※3 N. Baker, ‘Half of UK Nightclubs Closed since 2005’, The Drinks Business, 10 August 2015
※4 Campkin, B., Marshall, L.,2018, ‘London’s nocturnal queer geographies: Why have London’s LGBTQ nightlife venues been closing and what is at stake when they are lost?’ ,Soundings: A journal of politics and culture , Issue70, pp.82-96.
※5  Hewison, R., 2014. Cultural capital : the rise and fall of creative Britain に詳しい。

PROFILE

松田 東子

株式会社スピーク/公共R不動産。1986年生まれ。一橋大学社会学部卒業後、大成建設にてPFI関連業務に従事。2014年より公共R不動産の立ち上げに参画。スピークでは「トライアルステイ」による移住促進プロジェクトに携わる。2017年から2020年までロンドン在住。2021年University College London MSc Urban Studies 修了。

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