マツダ特派員のロンドン公共事情
マツダ特派員のロンドン公共事情

ロンドン市がめざす子どもにやさしい公共空間とは

昨年ロンドン市から「Making London Child-Friendly」というレポートが発行されました。子どもが子どもだけで自由に移動し、集い、遊べる場所を増やすにはどうすればよいかを検討したレポートで、副題は「子どもと若者のための場とストリートをデザインする(designing places and streets for children and young people )」。 子どもにやさしいまちをめざす自治体は数多くありますが、このレポートが際立っているのは、建築や都市の環境(Built Environment)の改善にフォーカスしている点です。 都市開発のプロセスに、積極的に子供の意見を取り入れていくにはどうすればよいのか。コロナ禍で見直される屋外環境や、ウォーカブル政策の観点からも学べる点があるのではと思い、本コラムでこのレポートを紐解いてみたいと思います。

ロンドンの課題―Independent Mobility

英国では、子どもだけで通学したり出かけることができる年齢に法的な制限はありませんが、子どもを不必要に一人にすることで危険にさらしたとみなされる場合は保護者が訴追されることがあり、12歳になるまでは大人が送り迎えをするのが一般的です。実際、1971年から2010年までの間に、歩いて大人の同伴なしに通学する小学生は86%から25%に減っており、肥満率も高まっていることが問題視されています。(小学一年生からは一人で通学することが多い日本の感覚からすると、さぞや道路が危険なのではと思ってしまいますが、歩車分離が徹底しており、自転車は車道だけを走るため、小さい子どもを連れてヒヤッとしたことは日本のほうが多いです。)

そのため、 レポートでは、キー概念として、子どもだけで移動できること(Independent Mobility)が掲げられています。 子ども(以下18歳未満を指します。)が自由に公共空間で過ごし、移動できることは、子どもの権利であり、事故や犯罪に巻き込まれる不安なく安全に出かけられる場所の選択肢を増やし、そこに子どもたちが自分で行けるようにするために、どのように都市環境をデザインすればいいか?というのがこのレポートの趣旨です。

子どもの権利としては、国連が定める子どもの権利条約の中でも、遊ぶ権利(31条)、集う権利(15条)、自分たちに影響する事柄に意見を表明する権利(12条)を特に重視し、その権利が実現できる都市環境の在り方を検討しています。

隣接する小学校からの動線を改善した公営住宅(Bourne Estate) © Erect Architecture

道路を遊び場に

レポートの中で評価されているのが、道路を封鎖して子どもたちが遊ぶ機会を設けるPlay Streetの取り組みです。 英国では70以上の自治体が子どもたちの遊び場にするために道路を一時的に封鎖することができる仕組み(Play Street Policy)を持っています。近隣住民、事業者の合意を得たうえで行政に申請するもので、Play Streetを推進する社会的企業のPlaying Out では、自分の住む自治体にそうした仕組みがない場合のロビイングの方法まで示したマニュアルも発行しています。

日本ではルールや合意がないまま道路で遊ぶ子どもたちが道路族と呼ばれてしまう状況もありますが、あえてイベントとして道路を封鎖することで、開催に向けた合意形成の中で解決策が見えてくることもあるかもしれません。

Play Streetの取り組み(レポートP51より)

子どもの意見を反映させたまちづくり

子ども、というと、保護する対象としてみてしまいがちですが、このレポートでは、子ども自身がまちづくりのデザインや計画に意見を表明できることも非常に重要であるとされています。家主でもテナントでもなく、選挙権もない子どもたちは、ともすれば計画策定の中では完全に見えない存在になってしまいます。レポートでは開発計画のなるべく早い段階からステークホルダーである子どもたちを巻き込むよう明記しています。

子どもたちにより計画から整備まで行われたFlanders Wayのポケットパーク。©BUILD UP HACKNEY

ロンドン市のハックニー区では、区有地のうらぶれた通りにポケットパークをつくる際、NPO(Hackney QuestBuild Up Hackney)を通して20人の子どもたちが計画に参加。エリアのマッピングから公園のデザイン、実際の施工までを行いました。利用者である子どもたちの意見が直に反映されただけでなく、「若者」とひとくくりにされ無力感を感じていた参加者にとって、大きなエンパワメントとなりました。

子どもたちによる施工の様子©BUILD UP HACKNEY

小さな実験から大きな開発まで

さらにレポートでは、すべての規模の計画に、子どもにやさしいまちづくりの手法を取り入れるべきであるとしています。一等地である金融街シティの環状交差点を、隣接する小学校の交通安全と大気汚染改善の観点から、気持ちのいいグリーンスペースにつくりかえた事例なども紹介されています。

子どもにやさしいまちづくり

このレポートを読み始める前、子どもにやさしいまち、と聞いて、育児支援や教育費の無償化のような、親世代に向けた施策が充実したまちを思い浮かべてしまったのですが、主役は子どもたち。子どもの権利をいかに実現するかが、結果として子どもにやさしい、ひいてはみんなにやさしいまちづくりにつながっていくのだと痛感しました。なお、子どもの権利条約に掲げられた子どもの権利を実践するため、ユニセフでは「こどもにやさしいまちづくり事業」を行っており、日本からも多くの自治体が参加しています。ロンドン市のレポートは都市環境に着目したものでしたが、解決すべき課題は地域によって異なり、権利の具現化のためには個別の子ども施策を推進していくのではなく、医療・教育・福祉・都市計画といった各領域全体を視野に入れた総合的な戦略が求められ(内田, 2013, p175)ます。子ども条例や子ども会議を有する自治体もあり、日本においてはどのような取り組みがあるのかも、今後紹介していければと思います。

トップ画像© Madeleine Waller

参考文献
喜多明人、荒牧重人、森田明美、内田塔子、半田勝久編著(2013)『子どもにやさしいまちづくり(第二集)』,日本評論社

 

PROFILE

松田 東子

株式会社スピーク/公共R不動産。1986年生まれ。一橋大学社会学部卒業後、大成建設にてPFI関連業務に従事。2014年より公共R不動産の立ち上げに参画。スピークでは「トライアルステイ」による移住促進プロジェクトに携わる。2017年から2020年までロンドン在住。2021年University College London MSc Urban Studies 修了。

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