公共R不動産のプロジェクトスタディ
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ポートランド Washington High School / 築100年の廃校がローカルのクリエイティブを集めた複合施設へ

アメリカオレゴン州ポートランドの廃校活用をレポートします。2015年にオープンした、音楽ホールやオフィス、飲食店などが入居するWashington High School。市内中心地の住宅街にあるシンボリックな旧校舎が、ローカルの情熱と創造力によって新たな複合施設へと生まれ変わった事例です。

4階建のレンガ造りの旧校舎。グリークリバイバル様式の古典的なファサードが特徴的。

地域のシンボリックな旧校舎

Washington High Schoolはポートランドのダウンタウンからウィラメット川を渡ったサウスイースト地区にあります。緑豊かな住宅地のなかにローカルな飲食店やコーヒーショップ、バー、個性的な小売店などが集まり、ポートランドのエッセンスが詰まったエリアです。

サウスイースト地区にはBurnside、Division、Clintion、Hawthroneなどの目抜通りがあり、話題のお店はだいたいサウスイーストかノース地区に集まっている。

Washington High Schoolはサウスイースト地区の最初の高校として1867 年に誕生しました。最初の建物は火事で消失してしまいましたが、1924年に再建されて地域のランドマークとして現在の建物が完成しました。長らく地域に親しまれてきたものの、1970年代から少子化の影響を受けて1981年に閉校。その後は児童サービスセンターとして活用されたりハリケーン・カトリーナの避難受け入れ所となったり、イベント会場となったりしていたものの、活用方針が定まらないまま20年間にわたって空き空間になっていました。

そんな中で転機が起きたのが2009年。地元のデベロッパーであり不動産管理会社のVenerable Properties社(現在はMeritus Property Group社に移行)が地域団体のBuckman Community Association(*1)やPortland Public Schools(*2)と話し合いながら旧校舎の活用計画に着手。同じく地元のデベロッパーPacTrust社とパートナーシップを組んで、2013年に2社共同で土地と建物を購入しました。

*1 ポートランドではNeighborhood Associationという地域の自治組織の仕組みがある。市に認められた公式な組織で市から活動予算の支援もあり、都市計画策定への参加、歴史的建造物の保存活動などまちづくりに関する活動が行われる。※参照

*2 Portland Public Schoolsとはポートランドにある公立学校区。アメリカでは市や町が行う一般行政とは独立して、公立学校を所管する学区が特定の公共サービスとして教育行政を行っている ※参照

広々とした階段のホールを囲むように教室が並ぶ。ロッカーや黒板、教室の時計、キャビネットやインターホンなど学校の面影が至るところに残されている。

そもそもこのプロジェクトはVenerable Properties社の創設者、故アート・デムーロ氏がこの旧校舎に魅了され、地域のシンボルとして保存していきたいと望んだことから始まったといいます。取得後は建物の歴史的価値を維持しながらファサードを中心にリノベーションを行い、同年には国家歴史登録財に登録されました。

ローカルのクリエイティビティが詰まった複合施設へ

2015年、20年以上使われていなかった旧校舎が複合施設として再びオープンを迎えました。1階はコーヒーショップやバーなどが入り、2〜4階には音楽ホールとオフィススペースが誕生。オフィススペースにはポートランドのローカルチェーンオーガニック系スーパー New Seasons Marketの本社をメインテナントとして、地元の建築設計事務所やクリエイティブエージェンシー、IT系スタートアップ、NPO団体などあらゆる業種の企業や団体が入居しています。

1階正面にあるバー「Show Bar」。ローカルのクラフトビールが楽しめる。
1階のバーとオフィススペースをつなぐ扉。ワクワクする内装とライティング!
かつての教室はオフィスへ。黒板が残されている。
トロフィー ケースには学校の歴史を伝える記念品が展示されている。
左 ロッカーがならんだ広い廊下。これぞアメリカの学校!という風景。音楽ホールでライブがあるときは多くの人でにぎわう。 右 4階のワンフロアはNew Seasons Market本社のオフィスに。ローカルやオーガニック、環境への配慮などポートランドのライフスタイルを色濃く反映するスーパーで、地元に愛されている会社。

建物の中央にある旧講堂は音楽ホール「レボリューション・ホール」に生まれ変わりました。運営は市内ノース地区でライブハウスを運営するMississippi Studiosが担い、さまざまな音楽イベントや企業イベントが開催されています。Mississippi Studiosといえばミュージシャンによって運営されている老舗スタジオで、音楽愛に満ち溢れたポートランドの音楽シーンを語る上では欠かせない存在。地元の人いわく「いつもクールなイベントが行われているよ!」とのことで、運営体制にぬかりなしです。

建物の中央にあるレボリューション・ホール。中規模のコンサートやパフォーマンスの会場としてポートランドの音楽シーンで重宝されている。(画像提供:Washington High School)
木製の座席の多くが復元された。オフィスと共存できるよう、防音用スプリングの天井や遮音の厚いドアが設置されている。(画像提供:Washington High School)

屋上もしっかり活用されています。ここはダウンタウンとサウスイースト地区を一望できる穴場スポット。ウッドデッキが敷かれて、普段はテナントの共用スペースになっています。こんなところでコーヒーブレイクしたり、ミーティングができたら最高ですね。

屋上デッキからはダウンタウンやイーストサイドを一望できる。開放的で気持ちいい!

屋上デッキにはバーが併設されており、結婚式やイベント用のレンタルスペースとしても機能しています。訪れた日中も最高に気持ちのいい空間でしたが、夜もまたライティングが映えてきっといい雰囲気を醸し出すこと間違いなし。屋上デッキだけでなく、レボリューションホールやそのほかのバー、ラウンジなどもイベント用に貸し出されているとのことです。

校庭はドッグパークとして地域に開放されています。全面が芝生の広々とした空間で、夕暮れどきには犬を散歩させている人同士が談笑する姿がありました。ビジネスやエンターテイメントだけでなく近隣の人々の日常まで、多様なシーンを生み出す場所となっています。

左 校舎の正面にはドッグパークが広がる。 右 校舎の前のパティオは、バーやレストランのテラス席や公園利用者の休憩スペースとしても使われている。

歴史的な建物のインパクトもさることながら、運営体制や入居するテナント企業の顔ぶれ、飲食店のメニューなどからも至るところから「ローカル」と「クリエイティブ」のパワーを感じます。

公式サイト のステートメントの一部にはこんな言葉が記載されていました。

“Washington High is not just a historic landmark, but a community landmark within Southeast Portland.”

歴史的ランドマークにとどまらず、サウスイースト地区のコミュニティーのランドマークとして生まれ変わったWashington High School。今日もこの場所から新しい出会いや活動を生み出しています。

参照:
https://washingtonhighschoolpdx.com/
https://djcoregon.com/news/2015/04/06/mixing-business-with-pleasure/

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PROFILE

中島 彩

公共R不動産/OpenA。ポートランド州立大学コミュニケーション学部卒業。ライフスタイルメディア編集を経て、現在はフリーランスとして山形と東京を行き来しながら、reallocal山形をはじめ、ローカル・建築・カルチャーを中心にウェブメディアの編集、執筆など行う。

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