公共R不動産のプロジェクトスタディ
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「誰かに語りたくなる暮らし」を実現する推進基盤とは -長野県松本市「三の丸エリアプラットフォーム」(前編)-

「誰かに語りたくなる暮らし」を合言葉に、松本城三の丸エリアに位置する10の界隈が取り組みを推進する「松本城三の丸エリアビジョン」。日々の生活に心地よさを育み、訪れる人にとっても魅力的なまちを目指す取り組みです。ここでは、基盤となる組織「三の丸エリアプラットフォーム」の立ち上げと、それがどう作用して活動がなされているのかをお届けします。

各界隈のプレーヤーが主役となり、その活動を支える三の丸エリアプラットフォーム

前段となる「松本城三の丸エリアビジョン」の策定裏話については、こちらのインタビューをご覧ください。

2021年度末に策定された「松本城三の丸エリアビジョン」にて、松本市・三の丸エリアにおける各界隈の目指すイメージと方針が示されました。それを受けて、各界隈の活動意思を最大限に尊重し、支援し、推進する基盤として立ち上がったのが「三の丸エリアプラットフォーム(以下三の丸AP)」です。

三の丸APプラットフォームの顔ぶれ(出典:松本市HP)

三の丸APでは、各界隈のプロジェクトの情報共有や、界隈同士の連携を図ります。事業は、やる/やらないの選択を含め、何をするかなど、決定権は各界隈にあります。三の丸APとしての事業は広報活動や社会実験の効果測定などにとどめ、各界隈が打ち立てたプロジェクトの支援可否を審査し、採択されたプロジェクトに伴走しつつ、技術的な支援やイニシャルコストのみを対象とした支援金を配分するという仕組みになっています。公開プレゼンテーションによる審査時に助言は行いますが、助言の採用についても実行する界隈が決めます。市民が主体となり、行政は主導せず、必要な支援をする。各界隈で意思を持って活動する人を軸に据え、適切な役割分担を考えて構成されました。

三の丸APの組織構成(出典:松本市HP)

三の丸APの構成員は、運営委員、事業会員、連携会員の3構成。三の丸エリアの住民が名簿を見れば、あの人だ、あの会社だ、と思い浮かぶような顔の見える体制です。運営委員は、審査・助言を行う専門家や事務局の市役所お城まちなみ創造本部など。核となる事業会員に、実際にプロジェクトを行う主体の各界隈の代表者。連携会員として、ビジョンの理念に賛同して協力する企業・団体・個人が参加。また、プロジェクトを実現するためのサポート体制を、交通/プロダクト/景観・土木/公民連携といった各分野の専門家で構築し、市役所内の関連部署もテーマごとにチーム化して、部局を横断してのバックアップができるようになっています。

各界隈の事業会員。(出典:松本市HPに掲載の図を一部改訂)

支援の内容は、資金補助だけではありません。歩行者天国のための交通規制などをはじめとした、公共の場を利用するための規制緩和や許認可手続きの簡便化、専門家からの技術的・デザイン的な助言。デザイン・発信までの広報を手助け。技術や広報をサポートすることで、プロジェクトの実現を後押しします。

実際に発行されたチラシやポスターといった印刷物に目を向けると、そのデザインが各界隈の取り組みに統一感・連携感をもたらしており、三の丸APの活動全体が視覚的に捉えられます。何か楽しいことが始まりそうな予感、まちで起きていることにつながりが感じられる発信。市が発行する「広報まつもと」でも、三の丸APが掲載されたページには、受け手側が関連づけできるようなデザインが考慮・踏襲されています。デザインの連携は、三の丸エリア以外の市民にとっての認知度アップにつながります。

三の丸AP のHP。洗練と親しみやすさが両立されたデザインです。(出典:三の丸AP HP)

環境面においても支援しています。夏の歩道に日よけのタープを張りたい。ちょうどいい場所に街灯があるのに取りつけには難しい形状をしている、といったとき、道路整備で街灯を交換する予定にあわせて、タープも、地域で折に触れて使うフラッグ(松本ですから、サッカーチームの松本山雅や、指揮者の小澤征爾さんで知られる「Seiji Ozawa Matsumoto Festival(OMF)」などがあります)も掛けられるような金具付きの街灯を採用するといった検討がなされています。

ただ、技術や広報に関しては、松本では支援前にかなりの程度まで各界隈の中で推進されていて、最終段階を少しサポートすれば実現することも多いそうで、地域の人同士の連携があるためか、はたまた、ものづくりの土壌があるためか、いずれにしても松本のまちが持つ特徴なのかもしれません。

支援の認定審査は公開プレゼンテーションで

支援の認定審査を行う公開プレゼンテーションは、2023年3月に行われました。事業の一切が各界隈に権限があるため、運営委員側としては、応募数はあって2~3、ひとつもなかったらどうしようか、と不安を抱くこともあったといいます。結果として7つの応募があり、サポート認定されました。最終的に、6つのプロジェクトが動いています。

公開プレゼンテーションの様子。上土劇場を会場に開催されました(出典:松本市HP)

「三の丸APの事業だからと言って、必ずしも0から新しいことをやる必要はありません。地域にとって必要だと思うもの、ここで暮らす人がやってみたいもの。すでに始まっているものをサポートして持続的にしていくことも事業の内容と合致する、と市とも合意しています」とは、エリアビジョン策定から三の丸APの立ち上げ・運営サポートまで手がけるハートビートプランの園田聡さん。実際に、コロナ禍の暫定処置として公共の道路利用要件が緩和された際に始めた取り組みを、継続して育てる動きが見られます。それぞれのプロジェクトは、「企画の実施」→「効果の検証と改善」というように、実験的な挑戦としてのイベントを重ね、必要なものを見極めて継続の仕組みづくりを目指します。

松本市・お城まちなみ創造本部の小林真治さん(左)と、エリアビジョン策定から三の丸APの仕組み作り・運営後の伴走まで関わるハートビートプランの園田さん(右)(撮影:秋山まどか)

プロジェクトの審査・助言を行った運営委員からはどのように見えているのでしょうか。

都市計画や建築といった地域づくりの専門家が参加している運営委員のなかで、編集者という違った目線を担っている大輪俊江さんは「市民のやることに行政が寄り添うようなやり方が新しい」と言います。

「従来にありがちな、行政がやることのカウンターというか、意を唱えるために市民が立ち上がるのではなく、ここでは互いを補い合っている感じです。立場は違っても、まちを作る根っこの意識は同じ。各地域にすでにある小さな芽を、それぞれが育てあうイメージです」。キーポイントとして感じているのが、三の丸という土地柄だそうで、参加者が持つ城下町の旦那衆気質。ここをホームに代々商売をしてきた、まちづくりの観点を持った人が活動の核にいて、「それが地域ごと散発的にあったのを、ひとつにまとめて、三の丸APにしようというのがこの取り組みのコアなのかなと思う」。

三の丸AP運営委員の大輪さん(撮影:公共R不動産)

旦那衆とは違う立場や目線として、移住してきてここを盛り上げたい人たち、暮らしてはいないけれど商売をしている人たち、さらに、企画調整役として都市デザイン会社が遠く離れた大阪から参加。いろいろな視点が同時に存在することが、強みになっていると言います。

運営委員では、「何を審査するか」「どこを応援したいのか」を検討してきており、「基本はまちの人がまちをよくするために考えて実行することを応援します。その上で、どの界隈がどう盛り上がったら、三の丸全体、ひいては松本市全体としての底上げになるのか。何を継続したらまちが面白くなるのか。トータルの目線で審査しました」。支援金は、総額500万円を傾斜配分。各界隈からの案や要求に応じて検討しました。少ない予算のなか、自分たちでできることは自分たちで汗を流す、という事例がどのプロジェクトも少なからずあり、ともに作ることで関係を強固にする場面もあったそうです。

まちの人が主導、行政が支援するまちづくりのかたち

三の丸APを立ち上げたことで、各界隈には横のつながりが生まれました。苦労話のシェアはノウハウの蓄積です。現場で動けば次々と発生する困りごとの共有から、地区の備品をお互いに融通しあうといった柔軟な対応も出てきました。月1回の三の丸APのリーダー会議では、「お友達になってくださいから始めよう」という動きがあり、点と点で存在した地域が線になり始めています。「連絡してまで言うほどの間柄ではないけど、機会があったら話したいことは誰しもあるものです」とは、ハートビートプランの新津瞬さん。

各界隈の事業会員と伴走して、社会実験の実現を支援するハートビートプランの新津さん(撮影:秋山まどか)

企画への出店者が集まらないとこぼしたら、あの人ならもしかすると、とその場で紹介してもらったなど、チャンスが生まれています。横のつながりに関して当初から言われたことのひとつに、日程のすり合わせがあるそうで「以前は、よその界隈がやっていることをよく知らない、せめて日程くらい合わせて開催できたらいいのに、という話があった」。今では、お互いの企画を見に行く姿がありますし、日程のすり合わせもスムーズです。

三の丸APと並行して、待ったなしで検討するべき大名町通りの整備について、町会主催で開かれている会議についても、まちづくりを市民が考える活動としてご紹介します。月に1回開催している会議では、歩道の在り方、道路幅、植栽、ベンチ、街灯、など、さまざまに意見を出し、生み出したいシーンを共有し、活用と空間改変をセットで検討。これまでに検討されてきた大名町通りの整備に関する提案と、松本城三の丸エリアビジョンを合わせた整備方針案として「歩きやすい歩行者中心のシンボルロード」「居心地よく楽しく過ごせる空間づくり」が挙げられました。町会が主催して、定期的に市の公共空間活用を前提としたハード整備の話をしているという事実に驚きますが、整備した後の活用・運営を住民側が担うという考えのもとでの話し合いなのだとか。地域の要望を出し、暮らしに利のある整備がなされ、今後の活用が見込めれば、住民側で運営し維持する価値が出てきます。公共工事は大きな仕事であり、一度作れば長く使うもの。先の世代へ受け渡す道路だから、ここに暮らす自分たちが今どうしたいかだけでなく、未来を見据えて考えるべきことがある、という意識で継続しているそうです。

大名町通りの会議の様子の写真(提供:松本市)

松本城三の丸エリアビジョンに触発された動き

さらに、松本城三の丸エリアビジョンに触発された動きとして、中高生による活動があります。中学生が女鳥羽川でフリーコーヒーを行ったり、高校生が清掃イベントを企画したり。学校での探求活動の授業をきっかけに松本城三の丸エリアビジョンを知り、参加する学生が多いのだそうです。

三の丸CLEAN& MEETSの様子(提供:松本市)

ゴミ拾いの活動後に湧水で淹れたコーヒーを飲む三の丸CLEAN & MEETSは、月に1回開催されています。高校生による企画も織り交ぜ、「たまには子どもが大人の悩みを聞いてみよう」などといった話題が学生から振られることもあり、参加する大人も面白がっているのだとか。自身の研究のために松本に滞在していた県外の大学生の参加もあったそうで、まちの人と触れ合える居心地のよさ、土地の魅力などを周囲へ波及させることは、地域外からの参加や、ゆくゆくは移住などの可能性を含んでいるかもしれません。世代を超えて、商店街を超えて、地域を超えて、広がりが感じられる動きです。各界隈でプロジェクトを推進するなかでの共通した課題として、人手不足を挙げる声も聞かれました。企画にメリットを感じてはいるけれど、自分の店が忙しいなど、現実問題としてできる範囲に限りがある。そんなとき、アルバイトやボランティアキャストなどに、若い世代や、ほかの地域からも参加したいという人がいたら、持続的にやっていく未来が描きやすくなるのかもしれません。

プロジェクトの企画実験実施と今後の展開

2023年10月、各界隈では企画の実施実験が行われ、翌11月の成果報告会で、社会実験としての効果測定の結果報告と、各界隈の開催状況の振り返りが行われました。検証結果を踏まえた改善を経て行われる来年度へむけてのプレゼンテーションは、2024年3月に開催予定です。

三の丸APのリーダー会議の様子(提供:松本市)

来年度へ期待することとして、運営委員の大輪さんから、新たな界隈からの動きを挙げるとともに、個人的なリクエストだと前置きがあった上で、「界隈だけではなく、関係人口というか、ここを使ってこんなことがしたいというような動きが別の場所の人からあってもいいのではないかと思います。三の丸に住んでいない自分には関係ない、ではなく、関わるマーケットとしての賑わいの創出があったら」。

場を使いたい人が、場を有する界隈へ企画を持ち込んで一緒にやるのもよいでしょうし、または、新たに枠外応募の可能性はあるのか、連携会員として応援参加の方法はあるのか。いずれにしても、やってみたい人が相談する気持ちにさえなれば、市役所の窓口は一本化されていますから、担当がわからないなどということはありません。道は開かれやすいはずです。お城を中心に同心円状に広がる本丸・二の丸・三の丸。真ん中から盛り上げて、周辺へ広がっていくような動きは見られるでしょうか。

「三の丸に住んでいる人もいれば、仕事で関わる人もいる。立場が違えば意見も異なるから、温度差もあるし、一枚岩とはいかないかもしれない。それでも、ここで暮らしを立てているという点において、ここを盛り上げたい意識は共有できる。まちの在り方を考え、盛り上げることに終わりはないから、今年のチャレンジで困難が見つかったとしても、あきらめるのではなく、この経験を生かして次のステップへ、という継続性を応援したいですね」。

松本城三の丸エリアビジョンの策定から三の丸APの立ち上げを通して、自分たちの提案は何らかの形で反映される、という信頼関係が根底に築かれたのだろうと感じられる活動の数々。ここから先の動きがますます気になります。

≫各界隈のプロジェクトについては、こちらのレポートをご覧ください→後編

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PROFILE

小島 あや乃

長野県松本市出身・在住の編集・ライター。1979生まれ、千葉大学文学部国際言語文化学科卒。松本のまち・くらし・ものづくりを主に取材。

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