スポーツ×公共空間 でまちを変える
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【廃校活用×スポーツ施設】茨城県城里町 七会町民センター「アツマーレ」 プロサッカークラブと町の協働関係

新連載「スポーツ×公共空間 でまちを変える」の第2回のテーマは、プロサッカークラブを切り口とした廃校活用事例です。2018年1月、茨城県城里町(しろさとまち)に旧城里町立七会中学校を活用した七会町民センター「アツマーレ」がオープンしました。行政施設とプロサッカークラブ「水戸ホーリーホック」のクラブハウスやグラウンドが一体化した施設であり、行政とプロサッカークラブによる日本初の廃校活用の試みです。アツマーレの事例から、クラブチームが町や地域と関わることについて考えていきます。

既存の校舎を生かしたクラブハウス

水戸市内から車で40分ほど。城里町七会町民センター、通称「アツマーレ」はのどかな山間にあります。2015年に閉校となった旧七会中学校をリノベーションした施設であり、同時に城里町の老朽化した支所、公民館、バーベキュー施設の機能を集約した複合施設として、2018年に誕生しました。

「アツマーレ」の最大の特徴は、プロサッカークラブ「水戸ホーリーホック」のクラブハウスも併設していること。校庭だった場所は天然芝のグラウンドとなり、フルコートのサッカーグラウンドが2面もあります。

建物の前には天然芝のグラウンド。一番大きな建物が元校舎棟で当時の教室をほぼそのまま活用。校舎棟から通路がつながり、更衣室や会議室などが配置されている(写真提供:城里町)
左 町民によるグラウンドゴルフが開催されている 右 水戸ホーリーホックのオフィス前には過去のペナントが飾ってある

2階建ての元校舎には、1階にトレーニングルーム(一般利用も可能)、支所・公民館機能を有する事務室とクラブのオフィスとロッカールーム(更衣室)、プレスルームが配置されており、2階はクラブのスタッフルーム、ミーティングルーム、監督室に改装されています。

校舎は築19年で状態は良く、最低限のリノベーションにとどめて活用されています。元校舎に併設している体育館はそのまま町民体育館として使用されるほか、地域交流施設としてバーベキューサイトも設けられています。

左 城里町民とクラブが共用するトレーニングルーム 右 木工室と金工室を改装した選手ロッカールーム(写真提供:城里町)

本連載の初回で論じた通り、都市とスポーツの関係にはさまざまな切り口がありますが、今回ご紹介した「アツマーレ」は、地域のストック活用としてプロスポーツクラブと公共施設が同居する空間になっていることが最大の特徴です。どのような狙いで、また、どのようなプロセスで誕生したのでしょうか。施設計画時のキーマンである、上遠野修城里町長、城里町財務課(当時)の小林克成さんと飯塚博一さん、そして株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホック事業執行役員の市原侑祐さんにお話をうかがいました。

左 上遠野(かとうの)町長 右 左から小林さん、市原さん、飯塚さん

アツマーレ誕生の背景
城里町の施策と水戸ホーリーホックの課題が結びつく

2015年3月、城里町立七会中学校は常北中学校と合併するために閉校となりました。また当時は、城里町のあらゆる公共施設の老朽化が進んでおり、建て替えをするのか、改修するのか、集約するのかといった検討を迫られていた時期でもありました。

時を同じくして、水戸ホーリーホックは、練習場やクラブハウスに関する悩みを持っていました。当時の様子を市原さんはこのように話します。

「2015年当時、水戸ホーリーホックは水戸市内を流れる那珂川の河川敷沿いのグラウンドで練習をしていました。クラブ専用の練習グラウンドでしたが、更衣室やシャワールームなどを備えたクラブハウスがないのでかなり不便な環境で、さらに台風や大雨でグラウンドが水没すると使用できなくなるなど、常にリスクと隣り合わせな状況でもありました。

またJリーグでは、J1(Jリーグ1部)に昇格するにあたって『クラブハウスに隣接した天然芝グラウンドを揃えること』という基準が設けられています。J2に所属していた水戸ホーリーホックにとって、成績上は昇格の基準を満たしたとしても施設の問題からJ1に昇格できず、選手のモチベーションはなかなか高まらない状況でした」

そんな環境面での悩みを抱えている水戸ホーリーホックに、手を差し伸べたのが城里町でした。上遠野町長から水戸ホーリーホックの沼田邦郎社長(当時)に、旧七会中学校の校舎の利活用について打診をしたことをきっかけに、本計画がスタートしました。

上遠野町長は水戸ホーリーホック誘致の理由をこのように話します。

「城里町としての狙いとしては、3つありました。1つ目は、スポーツを通じて町全体の健康寿命が延びてほしいこと。2つ目は、誰もが気軽にスポーツに触れ合える場と時間をつくりたいこと。3つ目は、水戸ホーリーホックの活動を間近で見られる環境をつくることで、スポーツを身近に感じてほしいということです。いずれも、プロクラブが町にあることでの相乗効果を生み出せると考えていたので、町と水戸ホーリーホックがそれぞれ歩み寄り、協議を進めていきました」

フルコートのサッカーグラウンド2面を整備(写真提供:城里町)

クラブチームを廃校活用のコンテンツに

アツマーレは行政資産であり、施設整備の費用は城里町が負担しています。その施設の一部を優先的に水戸ホーリーホックが利用できるというスキームです。なぜ城里町が、民間企業である水戸ホーリーホックのクラブハウスを整備することができたのでしょうか?

以下の2点がポイントとなりました。

①七会中学校跡地利用に関するアンケート(2015年8月)
②「跡地利用整備に関する協定」の締結(2016年7月22日)

まずは①のアンケートの結果が大きく影響したと小林さんは言います。

「閉校してから半年後、この施設の活用方針を検討するためにアンケートで町民の意見を聞いた結果、スポーツの利用や町の交流拠点を望む声が多いことがわかりました。また町民が中学校の校舎に愛着があり、建て替えを望む声が少なかったので、リノベーションという手段をとりました」

その後、城里町と水戸ホーリーホックが②の協定を締結。城里町がクラブハウスの設置と天然芝のサッカーグラウンド2面を整備し、水戸ホーリーホックが優先的にグラウンドを利用できること、それ以外の時間は町民が優先利用できることが決まりました。

施設整備の費用については、Jリーグが求める施設の基準を満たすには予算が膨れ上がってしまうので、「Jリーグの基準と町の財政状況との細かな調整をやり続けた」と、小林さんと飯塚さんは話します。結果として、施設改修費は約1.01億(うち地方創生拠点整備交付金が約4000万円)、グラウンド整備費は約2.26億(うちスポーツ振興くじ助成金:約3800万円)。総改修費は約3億2755万円となり、その中で合併特例債や地方創生拠点整備交付金を活用することで、町の実質負担を2割強の約8300万円に抑えています。また、行政施設を統合することでも経費削減が行われました。

施設運営に関しては、行政部分は城里町が、クラブが利用する部分(ミーティングルーム、事務室、食堂など)はクラブが運営を行っています。協定では10年間、水戸ホーリーホックが優先的に施設を利用できることになっています。

両者は常に協力し合う関係となっていて、基本的に城里町は場を提供し、水戸ホーリーホックはクラブのリソース(サッカー関連のコンテンツに加えて、ファンコミュニティ、パートナー企業の招待等)を提供して城里町内外から集客をし、アツマーレでの多様な活動を創出しています。通常の公共施設とは異なり、水戸ホーリーホックの拠点があるからこその活動を生み出していると言えます。

アツマーレを拠点に日々トレーニングをする水戸ホーリーホック(2021年の様子)写真提供:水戸ホーリーホック

町民のシビックプライドを育む施設を目指して

こうして2018年にアツマーレがオープン。竣工時にはJリーグ関係者も多数訪れ、村井満チェアマン(当時)は竣工式の際に「少子化かつ人口減少が進む地域では、公立学校の統廃合が進むことは避けられないなか、地域のストックを利活用したアツマーレは全国に先駆けたモデルとなる」といったコメントを残されました。

現在、チームの練習以外の時間では高齢者を中心に町民がグラウンドに集い、グラウンドゴルフをすることが多いとのこと。筆者が取材した日は平日でしたが、午前中は水戸ホーリーホックが練習していて、午後になると多くの町民が集まり、談笑しながらグランドゴルフをしている姿がありました。プロスポーツ選手から高齢者まで、幅広いユーザーが入れ替わりで利用するのもアツマーレならではの風景です。

午後には町民がグランドゴルフを楽しむ姿が見られる。

休日には、地元の中学校や高校のサッカー部の練習試合を開催することが多いそうです。茨城県内の強豪校を招いて練習試合ができることで、部の強化につながっているとのこと。その結果、城里町立常北中学校は茨城県大会で準優勝を果たし、“サッカーが強い中学校”として、周辺エリアにおける常北中学校の認知が高まりました。そして普段プロチームが利用している環境で中高学生がプレーすることは、怪我の予防や技術力の向上はもちろん、学生たちが誇りを持てるようになり、将来の目標や夢を持つことにもつながるのではないでしょうか。

また、施設内では、水戸ホーリーホック主催の「Make Value Project」が開催されています。これは水戸ホーリーホックのパートナー企業や地元の団体に向けたオープンセミナーで、スポーツを通じた交流をクラブが主導して実践しているもの。選手の意識の向上やファンやサポーター、町民の町への愛着の醸成につながっているそうです。また、水戸ホーリーホックのファンが練習を見るために城里町を訪れることが多くなり、新たな人の流れが生まれています。

水戸ホーリーホックでは「GRASS ROOTS FARM」という農事業にも取り組み、「ホーリーニンニク」を栽培している。選手たちが地域の子供たちと一緒に皮むきから収穫までを体験した様子。写真提供:水戸ホーリーホック

水戸ホーリーホックのクラブにとっても、良い循環が生まれていると市原さんは話します。

「他クラブと比べて練習環境が充実しているので、選手を獲得しやすくなりました。その結果、チームの成績も少しずつ上昇して、事業規模も6億2100万円(2018年度)から10億2400万円(2022年度)となり、アツマーレ開業前後で1.5倍ほど拡大しました。チームの強化面でも事業面でも成長しており、本当にありがたいことです。この勢いにのってJ1昇格を目指して、町にとってもいい効果を生み出していければと思います」

町とクラブ、そしてパートナー企業との連携をはかりたい

将来的な構想について、城里町の上遠野町長は次のように話します。

「城里町の施策として、心身ともにスポーツを通じた町民の健康づくりを実現していきたいです。その拠点がアツマーレであり、スポーツにまつわるさまざまな活動を展開できればと考えています。

アツマーレが開業したことで、選手と町民の距離感が近くなりました。クラブや選手への応援の声が届きやすい距離感が城里町の特徴とも言えます。水戸ホーリーホックを応援することで町民が一体となるような時間をより多く創出していきたいと思います。そして、将来的には選手も城里町に住んでほしいですね。現役中はもちろん、引退後も城里町に住んでもらえるような魅力をつくっていきたいと思います。城里町の産業は農業を中心としているので、選手が引退した後も関われるような仕組みもつくっていきたいです」

また城里町の小林さん、飯塚さんは次のように話します。

「まずは協定の施行期間である10年間は、民間と行政が協力してアツマーレの運営をしていきたいです。練習を見るために町外からも水戸ホーリーホックのファンが来ることが多くなったり、また町民によるグラウンドゴルフも定着し始めるなど、少しずつ変化が生まれています。現在は町が主体的に施設を運営していますが、このような活動を積み重ねて10年後にはクラブが施設の運営をリードしていくかもしれない。スポーツの力を活かして町民が集い、城里町のハブとなるような施設として運営を続けていきたいです」

公開練習の日には町外からもファンやサポーターが練習見学のため城里町にやってくる。写真提供:水戸ホーリーホック

水戸ホーリーホックの市原さんは次のように話します。

「クラブとしては、これからも町民のみなさまと共にこの場を活用し続けていきたいです。サポーターのみなさんが来ていただくのはもちろん嬉しいことですが、加えてパートナー企業のみなさまにもこの場をもっと使っていただきたいですね。パートナー企業と町とクラブの連携をはかる場所として活動していきたいです。それこそが、この地域だからこそつくれる公民連携モデルなのではないかと思います」

スポーツの力を活かした、地域のハブとなる場づくり

スポーツの力を活かした地域のハブとなる場づくり。今回ご紹介した「アツマーレ」が地域のストック活用として先進事例であることは間違いありません。そして、ハードとしての施設整備だけに留まらず、ソフトとしての運営についても、この施設はどうあるべきか、町とクラブが常に対話を続けている協働関係がポイントになっています。

プロクラブが拠点を構えることで、主に2つの副次的な活動や効果が多く生まれていると感じました。

1つ目は、プロクラブが身近な存在になっていること。クラブや選手を画面越しではなく間近で見ることができ、声が届く距離感で応援できることは、町民のみなさんにとって高揚感が生まれることでしょう。町民一人ひとりが想いをのせてクラブや選手を応援することは町民同士で連帯感を生み、町への想いを一層高めるものになっており、“シビックプライド”という目に見えない価値を育むことにつながります。

2つ目は、スポーツを通じた多様な交流が生まれていることです。グラウンドゴルフのような「プレー」での交流や、パブリックビューイングや練習観戦などスポーツを「観ること」。さらに水戸ホーリーホック主催の「Make Value Project」では、「スポーツを題材にした交流の場」として、選手と町民、企業などが集い対話する場になっています。BBQエリアで城里町の食材をともに食すことで、町民と選手だけでなく、町民同士の距離感がグッと縮まることも起きているようです。

スポーツの価値は多面的であり、こうした多様なスポーツの使い方に地域の資源を掛け合わせることで、さらに地域の価値を拡張できていくはずです。

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PROFILE

桜井 雄一朗

芝浦工業大学大学院修了(在学中にMoscow Architectural Institute(Russia)に留学)。 K計画事務所、日建設計、エナジーラボを経て、2019年に株式会社hincha(インチャ)設立。 「スポーツを街の文化にする」を信念に、スポーツを基軸としたまちづくりプロジェクトの事業企画・施設計画・運営計画に携わっている。スポーツの力を活かして、人の想いや熱量が集まる場と仕組みをつくることで、日本と世界を変えるべく奮闘中。一般社団法人Sports X Initiative 理事。

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