2023年6月に正式版がリリースされた「my groove」は、自治体や企業のプロジェクトに対する意見やアイデアの募集、取り組みへの協力者の募集などをオンラインで行うことができたり、プロジェクトの全体像や進捗をわかりやすく発信できるデジタルプラットフォームです。地域との共創によるまちづくりを推進する上で必要な機能が、ワンパッケージで提供されているのです。
「my groove」では、まちづくりのビジョン策定、地域防災、子育て支援、高齢者支援、地域の魅力発信など、2024年7月時点で全国で累計30以上のプロジェクト実績があります。栃木県小山市、神奈川県真鶴町、東京都杉並区などの自治体から、最近ではスマートシティの推進に取り組む企業との連携なども増えているのだそう。
プロジェクトごとの専用ページを見てみると、活動概要や進捗がまとめられているだけでなく、独自の問いやテーマに意見やアイデアを投稿できたり、イベントレポートなどの記事コンテンツを読めたり、プロジェクトを多角的に理解し、オンライン上で気軽にまちづくりに参加できる仕掛けがあります。
それによって自治体にとっては、リアルの取り組みには参加しにくい若い世代にも情報や参加機会を提供することが可能になり、より多様な世代を巻き込みながらまちづくりを進めることが可能に。
また、市民にとってはプロジェクトの全体像を理解しやすくなるだけでなく、仕事や子育てで多忙であってもオンラインで意見を出しやすくなるなど、まちづくりへの参加ハードルがぐんと下がることも魅力のひとつ。
そんな「my groove」を開発・運営するのは、「人とまちの関係性をデザインする」をミッションに都市デザインやまちづくりDXに取り組む株式会社Groove Designs。代表の三谷繭子さん、取締役の東宏一さんに、「my groove」のこれまでと目指す未来についてお話を伺いました。
開発のきっかけとは?
オンラインを通して、まちづくりに多様な世代が参画しやすくなるために
「my groove」の開発が始まったのは2020年。それまでは都市計画コンサルタントとして、ウォーカブルなまちづくりの推進事業などの都市デザインに関わってきた三谷さん。
三谷さん「従来のまちづくりの現場では、ワークショップや協議会などのリアルの場を通じて地域や市民の声を聞き、対話を進める手法が一般的です。しかし、子育て世帯や働く現役世代はどうしても物理的な時間の制約から参加できないことが多い。私自身も出産を経験し、より多様な世代がまちづくりに参加できる形を考えたいと思うようになったのです。」
オンラインを導入した市民参加型のまちづくりが進む欧米では、すでに複数のオンラインプラットフォームが存在しているそう。例えば、移民が多く、様々な人種の方が住むアメリカでは、インクルージョン社会の実現は切実な課題のひとつ。市民の主体的なまちづくりへの参加意欲を育むためにオンラインを活用することが一般的になっていると言います。
「my groove」の構想当初は、日本でも導入事例が生まれているバルセロナ発の参加型合意形成プラットフォーム「Decidim」をベースに開発を進めたそう。「まずは自分たちの開発思想や実現したい姿を固めていくために、プロトタイプによる検証を重ねました」と話す三谷さん。
現状から目指したいゴールまで。
まちづくりの「プロセス」と「全体像」を伝える大切さ
「まちづくりの取り組みは、文脈が理解できて初めて共感できると思っています。」と三谷さんは言います。行政のWEBサイトで情報を知ることができても、断片的だったり、全体像や方向性が掴めないことも課題に感じていたそう。
三谷さん「プロジェクトの背景や課題、実現したい未来が分かりやすくまとまっていることはもちろんですが、ゴールまでのプロセスや今後の見通しも含めて発信することが大切だと考えました。それらがひとつのページにまとまっていれば、あちこち情報を探さなくてもいいし、まちづくりに参加したくても時間的な制約がある方々がオンライン上で意見を言えたり、プロセスの途中からでも参加できるようになったりと、まちづくりに参加する裾野を広げるための多様な接点をつくり出すことを意識しました。」
例えばゴールまでのプロセスや見通しを可視化するためにつくられた機能のひとつが、活動の全体像を時系列で記載できる「プロジェクトマップ」です。フェーズに分けて活動進捗を整理することで、今がどの段階で、次はどのステップに進むのか、直感的に理解することができます。
オンラインとリアルを掛け合わせ、
地域エンゲージメントを高めるプラットフォームへ
my grooveの利用者層は、その約70%が20代から40代。ちょうど仕事や子育てなどで日中の活動に参加するのが難しい世代ですが、「実はまちづくりに興味がある」「フルコミットするのは難しいけれど、意見やアイデアは持っている」「情報は知りたい」と感じている「潜在層」の存在が見えてきたと東さんは言います。
「これまでなかなか顕在化しにくかった世代や属性の声を集めるためにも、オンライン活用は様々な可能性を秘めている」と東さんは話します。
一方で、これまでの「リアル」の活動と掛け合わせ、うまく相乗効果を狙うことの大切さも実感しているそう。
東さん「my grooveを始めて徐々に分かってきたのは、オンラインだけではなく、地域ならではの文脈に沿ったリアルの活動と補完し合うことがとても重要だということです。オンラインでインタビュー記事を発信したり、ワークショップ前に意見募集をすることで、リアルの場に参加しやすくなったり、より深みのある場にすることができると感じています。」
my grooveのタグラインは、「地域エンゲージメント・プラットフォーム」。地域に関心のある人を少しでも多く発掘し、彼らにとって参加しやすい接点をつくり出し、人とまちのつながりを強める(=エンゲージメント)ことを目指していると言います。
「まずはオンラインをきっかけに少しでも関心を持ってもらうところから。そこから徐々に参加しやすい仕組みをステップアップ式でつくり出し、オンラインとリアルで相乗効果を生み出すことで、潜在層に働きかけていけたらと考えています。」と東さんは言います。
Groove Designsの調査によると、my grooveを利用したことで、様々な効果も出ていると言います。例えば札幌市では、まちづくりに「実は興味関心を持っている」潜在層の参加については、ワークショップ単体への参加に比べ、7倍の増加が見られました。また、栃木県小山市ではmy grooveに登録した方のうち90%超が、プロジェクト終了後も参加したいという思いを持っていたそうです。
潜在的な声を可視化し、地域との協働を加速させる
オンライン活用のポイントとは?
Groove Designsが関わる自治体との具体的な連携事例もご紹介。
栃木県小山市が推進する「小山駅周辺地区まちづくりプラン」策定プロジェクトは、「自分ごととしてまちづくりに取り組む指針をつくる」ことをコンセプトに掲げた取り組みです。
Groove Designsに相談する前から、自治体では「1万人の市民にまちづくりに関わってもらう」ことを内部的な目標にしながら、市民と行政で一緒に検討委員会を立ち上げ、ワークショップやアンケート調査を重ねていたそう。
しかし、どうしても参加者層が限られることに課題を感じた自治体側がGroove Designsに相談。リアルの場に参加できない、より多様な層を計画に取り入れることを目指し、「my groove」の活用をスタートさせたと言います。
東さん「自治体の方などと新たなプロジェクトを立ち上げるときには、まずじっくり対話しながら進め方を検討します。例えばまちづくりを進めたい自治体側としての目的や課題意識、前提条件、情報を届けたいターゲット、オンラインを活用する範囲などを目線合わせします。ここを疎かにすると、コンテンツの方向性やオンラインを使う目的がぶれてしまう。プロジェクトが走り始めた後も、意見募集や記事制作のタイミングや内容を提案したり、一緒に考えながら進めています。
この小山市のプロジェクトでは、2週間半の意見収集期間に200件近い意見と、500件以上の意見へのリアクション、特設サイトでの訪問者向けの簡易アンケートへの回答も1,300件弱と、大きな反響があったのだそう。潜在的な声が可視化され、ポジティブな意見も多いことに対して自治体の皆さんも驚いていたと言います。
三谷さん「意見やアイデアを募集できるオンラインツールとしてのみ活用するのではなく、プロジェクトに参加する人がプレイヤーに育つまでのプロセスの解像度を上げながら目標を設定すること、プロジェクトの全体像を発信できるかが非常に大切です。関係者がプロジェクトの方向性を目線合わせし、整理するきっかけにもなりました。」
まちの「グルーヴ」を生み出すために。
オンラインで小さな一歩を踏み出すことを応援する
ちなみに、これまで出会った利用者の最高齢は84歳の方だったそう。若者から高齢者まで、デジタルに慣れている方もそうでない方も含めて、すべての方にとって使いやすいアクセシビリティを意識することはもちろんのこと、今後は、ゆくゆくこれからのまちの未来を担う多忙な若い世代にもっと情報を届け、参加するきっかけをつくり続けていきたいとも三谷さんは話します。
三谷さん「地域エンゲージメントを高めるプラットフォームとして、最初は小さな一歩でも、最終的には地域で一歩を踏み出し行動する人を増やしていきたいのです。
しかしそれは一足飛びにはいきません。まずは”分かりやすく”発信し、理解や共感をしてもらうこと。そこから興味を持った市民の方にコミットしてもらうための様々な接点を仕掛けながら、市民同士が出会っていく。そこでお互いに学びや刺激を受け取り、背中を押してもらうことで、やっと人は動き出せる。地域で活動するプレイヤーが増えていくとは、そういった小さいステップの積み重ねの結果だと思うんです。それぞれのステップで真摯に取り組み、人の気持ちの機微を大事にしながらまちづくりの伴走をしていきたいと思っています。」
「my groove」という名称は、音楽用語の「グルーヴ」をもとにした言葉。年齢も性別も職業もバラバラな人の集まる地域というフィールドで、多様な人々が出会う場をつくること。自分の想いからはじまる「ノリ」を大事にし、お互いの価値観を理解して少しでも共通の感覚が見出されるような対話のきっかけをつくること。そのような小さな積み重ねにより、その地域やコミュニティならではの「グルーヴ」が生まれるのではないかと三谷さんは言います。
オンラインとリアルの良さを掛け合わせるからこそ生まれる「グルーヴ」が、今後も各地で生まれていくことが楽しみです。今後も「my groove」の取り組みに注目していきたいと思います。