公共R不動産のプロジェクトスタディ
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インクルーシブ最先端な生野区。民間企業×NPO法人による小学校跡地活用の運営とは – いくのパーク(後編)

2023年5月、外国籍住民比率日本一(※)の生野区にある小学校跡地を舞台に、多文化共生のまちづくりの拠点「いくのコーライブズパーク」が誕生。株式会社RETOWNとNPO法人IKUNO・多文化ふらっとが共同事業体を構成し、20年間の長期貸付で学校跡地を活用する、全国的にも大変珍しい事例です。後編では、共同事業体が組まれた経緯や運営の現状について、各事業者の方々にお話を伺いました。

(※)2020年度国勢調査より

前編はこちら

大阪市初となる小学校跡地を活用した複合施設「いくのパーク」

外国籍住民が全体人口の約2割を占める大阪市生野区。同時に少子高齢化も進み、大阪コリアタウンに隣接する大阪市立御幸森小学校は2021年3月に閉校し、約100年の歴史に幕を閉じました。

御幸森小学校は、大阪市の公立学校で初めて「ユネスコスクール」に認定され、これまで世界各国のさまざまな文化を学ぶ多文化共生教育に励んできました。その意思を継ぐかのように、大阪市で初となる学校跡地活用事例として、多文化共生のまちづくりの拠点を目指して誕生した複合施設が「いくのコーライブズパーク」。通称「いくのパーク」です。

その名称に「ともに生きていくこと(CO)」「尊厳を持つ人であること(LIVES)」「開かれた場所であること(PARK)」といった3つの意味を込め、災害時の避難所を兼ねた多文化・多世代共生や地域コミュニティの拠点として運営し、現在約30件の入居者を迎えています。

ふらっとの2022年4月1日〜2023年3月31日の年次活動報告書より引用

コンテンツ集めから賃料まで、対等な役割分担

一般的に公共空間の活用事例はひとつの事業者が主となり、他社は協力会社やテナントとして関わるケースがほとんどです。しかし「いくのパーク」は、食や新規事業を切り口に大阪のまちづくりや企業の活性化に貢献してきた民間企業の株式会社RETOWNと、生野区の地域課題の解決に励むNPO法人IKUNO・多文化ふらっと(以下、ふらっと)、この2社が共同で運営しています。

RETOWNとふらっとは、どのようなバランスで「いくのパーク」を動かしているのでしょうか。1人目のインタビュイーとして、株式会社RETOWN のプレイスメイキング事業本部/PPP推進室 いくのパーク運営事業局に所属する大城 こなみさんにお話を伺いました。

大城さん 自社運営やリーシングなどで管理する敷地面積はおおよそ半々、賃料も面積按分です。ふらっとさんは保育施設や障がい者を雇用する飲食店など地域の課題を解決するインクルーシブな視点のコンテンツ、RETOWNは食や起業にまつわるコンテンツが多く、自然と役割が分かれていますね。1つの口座に毎月定額を納め、それを共有の財布として運営費に回しています。

まるで共働きの夫婦のような収支管理。パワーバランスは一切なく、共同事業体の名前にふさわしい対等な関係が築かれています。具体的なコンテンツについては、前後編で2社の特色の違いが見て取れるように、ここではふらっとが運営・誘致する店舗をいくつかご紹介しましょう。

ふらっとがオフィスを兼ねて運営している、多国籍対応の学習サポート教室「DO-YA」(提供:ふらっと)
賑やかな子どもの声を歓迎する、地域に開かれた図書室「ふくろうの森」。ふらっとが運営(提供:ふらっと)
校庭の駐車場横のスペースを活用したコミュニティ農園「いくPAの農園〜ぐるぐる〜」も運営(提供:ふらっと)
人権・平和・共生・自立した市民といった理念のもと、在日コリアンを中心に設立された「コリアNGOセンター」
年齢を問わず地域の人々がデッサンを中心とした美術創作活動をおこなえる「みゆきもり美術研究所」

共同事業体が生まれた経緯 _ RETOWN視点

しかし、なぜ、これほどまで特色の異なる2社が、共同事業体を構成するに至ったのでしょうか。

2021年、RETOWNは、約60カ国もの人々が暮らす生野区にある小学校跡地の活用にポテンシャルを感じ、プロポーザルに手を挙げる準備をはじめました。ふらっとの存在を知ったのは、その公募期間中。つまり客観的に見れば、最初は同じプロポーザルを目指すライバルでした。

しかし、その後、ふらっとがパートナーを探していたため、両者の特性を理解する共通の知人にマッチングの高さを示唆され、顔合わせをしたところ、見事に意気投合。共同でプロポーザルに応募することになりました。

大城さん RETOWN代表の松本 篤は「まちづくりではリスクを取るプレーヤーが必要不可欠」と言い続け、自らその役割を果たそうとしてきました。ふらっとの理事・事務局長の宋 悟さんは、その覚悟に共感してくださったんです。それぞれやりたいことがある、だけど方向性は同じ。ならば上下関係をつくらず、共に並走して、お互い利益もリスクも半々にしましょうと。

2017年からRETOWNに所属する大城さん

大城さん 生野区に地縁のないRETOWNが、地域と関係性をつくるには時間がかかります。関係性づくりはやり方を一歩間違えればトラブルの火種になる。地域に精通し、長年築いたネットワークを持つふらっとさんと組ませていただけることは、とてもありがたいです。ふらっとさんがいることで「いくのパーク」は地域の方々にとって安心感のある場所になっていると思います。

リスクテイカーである松本さんを代表に、収益性と地域性をふまえた魅力的な事業づくりを得意とするRETOWN。片や、地域で40年以上にわたって保育・子育てに関わってきた代表理事の森本 宮仁子さんを筆頭に、地域課題に長年向き合って市民活動をおこなってきたメンバーで構成されるふらっと。得意分野や視点、価値観の異なる両者が協働することで、相乗効果が生まれていると言います。

共同事業体が生まれた経緯 _ ふらっと視点

一方、ふらっとはどういった経緯から小学校跡地の活用に関わったのでしょうか。2人目のインタビュイーとして、大城さんの話でも名前のあがっていたふらっとの理事・事務局長の宋 悟さんに、ふらっとの成り立ちに遡ってお話を伺いました。

宋さん 生野区は課題先進地域です。多国籍・多民族化、少子高齢化、子どもの貧困化も進み、さらに5軒に1軒が空き家。山積する地域課題のなか、才能もあり一生懸命に生きているのに、社会の不平等さに歯痒い思いをする子どもたちの姿を何度も目の当たりにしてきました。

宋さんは在日コリアン3世。大学時代に韓国の民主化運動を知ったことから社会活動の道へ

宋さん だけど、この状況は生野区に限られた話ではなく、日本の将来の少し先を行っているだけ。生野区が課題解決エリアになれば、全国の将来を救うロールモデルになります。大阪弁で言う「ほっとかれへん」の精神で、誰もが自分のままでいられる居場所をつくろうと、おのおの活動を続けてきた。ふらっとはそんなメンバーが集まってできたチームなんです。

2016年に学校再編の方針が決定。御幸森小学校跡地の活用が検討されはじめ、仲間内から「資本力のある外部の企業や学校法人が跡地に入り、地域との関わりが途絶えるのでは」といった懸念の声があがるようになりました。

宋さん 2018年に多文化共生のまちづくりをテーマに生野区でシンポジウムが開催され、森本先生と私もパネリストとして登壇することになりました。関係者との打ち上げで、御幸森小学校の跡地活用について「このままでは市民の思いが置き去りになる。我々が市民セクターをつくって力を合わせてふんばらなあかん」といった話になったんです。

これをきっかけに、2019年6月にふらっとを発足し、翌年10月に法人化。別々に市民活動をしていた人々が小学校跡地の活用検討のもと一致団結することになりました。

その後、公募が開始され、跡地の規模的に単独の運営は難しいと考えたふらっとは、志を同じくして共に歩めるパートナーを探しはじめます。これまで多文化共生をテーマとしたプログラムや子ども食堂の体験企画を実施するにあたり、大学などの他組織と連携・協力してきたふらっとにとっては自然な流れでした。そして、最終的にRETOWNと共同事業体を組むことになります。

ふらっとが運営する「いくPAのこども食堂~てんこもり~」の会場となっているキッチン付きの多目的ルーム

民間企業とNPO法人、応援と反発、全てを包括したまちづくり

こうして、民間企業とNPO法人が共同事業体をつくり、20年間の長期貸付で小学校跡地を活用したまちづくりを実施するという全国的にも非常に珍しい事例が生まれました。

宋さん 「全国No.1のグローバルタウン」というコンセプトを考えるにあたっても、RETOWNさんは私たちの思いを寛容に受け止めながら、より伝わりやすい魅せ方を提案してくれました。お互いリスペクトの気持ちを大事にしながら、議論すべきところはとことん議論する。お金のことも何もかも対等な関係で、一緒に考え、一緒に汗をかく。企業だから・NPOだからと区別せず、共に手を取り合い、地域課題をどう解決するかを考える時代になってきたんですよね。

RETOWNとふらっと、両者とも「いくのパーク」に事務所を移転しています。

「いくのパーク」の運営を開始して約半年、地域の人々にとって思い出深い場所だけあって、期待と不安の入り混じった多数の感想や要望が日々あがっていると言います。それは「こんなイベントをやってみたい」や「私も関わりたい」といった前向きなものから、「それってやる意味あるの?」や「わしは聞いてないで!」といった辛辣なものまで、実にさまざまです。

宋さん 地域に新しいものが生まれる時は、既得権益が犯されることへの恐れや承認欲求などもあって摩擦が起きやすいものです。応援だけじゃなく反発も含めながら「いくのパーク」という地域の拠点をみんなでつくっていく必要がある。そのために「町が元気になるには、次世代のためには、お互い何ができるか?」といった共通のゴールとなる問いを掲げて、みんなの視点と重心を揃えながら、我々が成果を出し続け、時間をかけて信頼関係を積み上げることが大事ですね。

国籍だけでなく、民間企業とNPO法人、応援と反発、さまざまな存在を包み込み、まさにインクルーシブな運営が展開されている「いくのパーク」。この最先端で稀有な事例は、きっと将来、全国の地域が抱える課題解決に一役買うロールモデルとなることでしょう。

PROFILE

前田 有佳利

全国200軒以上のゲストハウスをめぐる編集者。1986年生まれ。2011年よりゲストハウス情報マガジン「FootPrints」を運営。2016年に書籍『ゲストハウスガイド100 -Japan Hostel & Guesthouse Guide-』(ワニブックス)を出版。2017年より大正大学の月刊誌『地域人』でコラム連載。2018年より毎月各地で「ローカルクリエイター交流会 -Guesthouse Caravan-」を開催。旅先で得た知見を活用し、和歌山県の移住PR事業にも携わる。

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