公共R不動産のプロジェクトスタディ
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全国No.1のグローバルタウンの拠点を目指し、大阪市初の試みとなる小学校跡地活用。大阪市生野区「いくのパーク」(前編)

2023年5月、外国籍住民比率日本一(※)の生野区にて、学校再編後の小学校跡地を売却せずに活用した大阪市初の事例として、多文化共生のまちづくりの拠点「いくのコーライブズパーク」が誕生しました。株式会社RETOWNとNPO法人IKUNO・多文化ふらっとの2社が、共同事業体を構成し運営しています。前編では、小学校跡地の活用に至った経緯や実現のプロセスについて、立ち上げに関わった行政の方々を中心にお話を伺いました。

(※)2020年度国勢調査より

全国NO.1のグローバルタウンを目指す「いくのパーク」

日本における多文化共生の最先進地域と言える大阪市生野区。5人に1人が外国籍を持ち、外国籍住民比率は日本一です。観光地として有名な大阪コリアタウンのイメージが強いですが、韓国や朝鮮にルーツを持つ人だけでなく、約60カ国もの人々が暮らしています。

この生野区で約100年の歴史を刻んだ大阪市立御幸森小学校の跡地を活用し、誕生した複合施設が「いくのコーライブズパーク」。通称「いくのパーク」です。株式会社RETOWNNPO法人IKUNO・多文化ふらっと(以下、ふらっと)の2社が、「全国NO.1のグローバルタウン」を目指し、違いを豊かさに変えた、誰もが暮らしやすい拠点づくりをはじめています。

「いくのパーク」の役割は、「防災・避難所」「多文化・多世代共生、新しい学び」「地域コミュニティ」の3つ。そこから細分化し「つなぐ・まなぶ・たべる・はたらく・つどう・たのしむ・つたえる・まもる」といった8つの機能を掲げ、約30件の多彩な入居者を迎えています。

「いくのパーク」の施設概要(提供:生野区役所)

特色の異なる2社の共同事業体による運営

共同事業体を構成している株式会社RETOWNとふらっと、それぞれが「いくのパーク」内にオフィスを構え、さらに自社運営やテナント誘致により、各教室だけでなく体育館や校庭、屋上に至るまで、多種多様なコンテンツで埋め尽くしています。

2004年に設立されたRETOWNは、「食を通じたまちづくり」をビジョンに掲げ、まちが本来持っているポテンシャルを再編集し発信する拠点づくりをおこなうローカルディベロッパー事業や、産地と消費者を直接繋ぐ産地活性化事業、飲食業界で働く人材を育成する学校などを経営し、大阪のまちづくりや企業・起業家の活性化に貢献してきた企業です。

一方、ふらっとは、2019年6月に発足し、翌年10月に法人化。多国籍・多民族化や少子高齢化、子どもの貧困化など、さまざまな地域課題の解決に向けて、何十年と生野区に根を張って市民活動をおこなってきたメンバーが集結し、地域住民の居場所づくりに励むNPO法人です。

前編ではRETOWNが、後編ではふらっとが運営・誘致した店舗の一部を紹介します。前後編を見比べることで、2社の特色がうまく混ざり合った複合施設であることがわかるはずです。

保健室を改装したレトロな「喫茶室みゆきもり」。RETOWNが自社で運営しています(提供:RETOWN)
飲食業界で活躍する人材を育成する学校「飲食人大学」。給食室を活用し、RETOWNのグループ会社が運営(提供:RETOWN)
体育館を活用した元プロ選手によるバスケットボールスクールや、K-POPダンススクール、ドローン事務所など
屋上のプール跡を活用したBAR&BBQ「アナザームーン / いくのBBQスカイパーク」(提供:ふらっと)
クラフトビールの醸造所も加わり、コラボ商品として「いくのIPA」を企画(提供:MARCA BREWING)

特例を設けてまで小学校跡地を売却しなかった経緯

「いくのパーク」の施設概要がわかったところで、前編の本題となる、小学校跡地の活用に至った経緯や実現のプロセスについて、大阪市生野区役所まちづくり推進担当課長を務める川楠 政宏さん、大阪市生野区長の筋原 章博さんにお話を伺いました。

川楠さん 生野区の特に西部地域では、少子高齢化から学校の小規模化が進んでいました。そのため、子どもたちの教育環境の改善が急務となり、中学校区単位で小規模校を再編して、小学校と中学校が「一小一中」の形で連携し、小中一貫した教育を進めていくことなどを目指した「生野区西部地域学校再編整備計画」を2016年に策定しました。

当時の大阪市の方針では、小学校跡地は売却が基本。しかし、生野区はあえて売却しない特例の方針を取り、前生野区長の山口 照美さん(任期2017~2021年度)のもと、学校再編の取り組みを進めていきました。


川楠さん 生野区の西部地域は戦災を免れたこともあり、大半が密集住宅市街地で、狭い路地や古い木造住宅が多くみられます。災害時の避難所にできそうなまとまった土地は学校くらいしかありません。御幸森地域においても、小学校を売却すると地域の避難所もなくなってしまう。なので、御幸森小学校を売却せず、地域の防災拠点としての役割を残す必要があったんです。

生野区役所のまちづくり推進担当課長として、御幸森小学校跡地の活用に携わってきた川楠さん

避難所として使うだけでは、区の財政で校地や校舎を維持・管理し続けることは困難です。そこで、およそ100年もの間、まちを守ってきた御幸森小学校の意思を継ぐように、単なる施設運営にとどまらず、事業性と地域課題の解決力を兼ね備えた拠点づくりを公民連携のかたちで目指しはじめました。

調査・研究、そして地域の意識醸成に尽くした1年間

2017年、御幸森小学校の活用可能性調査や構想策定支援業務を委託する民間事業者をプロポーザルにより公募。翌年4月に、日本各地の公共空間の活用やリノベーションまちづくりなどについて見識を持つ株式会社セミコロンが採択されました。

2019年6月、生野区は公民連携・市民協働でまちづくりを推進するため「生野区西部地域の学校跡地を核としたまちづくり構想」を策定しました。

行政のプロポーザルといえば、民間事業者にヒアリングやサウンディングをし、要件を整理した上で公募を実施するといった流れが一般的です。しかし、生野区西部地域の学校跡地の活用にあたっては、民間事業者だけでなく検討段階から地域住民の意見も集めようと、「みんなの学校会議」や「参画エントリー会議」などの対話・アイデア創出型のイベントを次々に開催していきました。

川楠さん 小学校は地域の人々にとって思い出深い場所です。なので、地域の方々から「自分たちの意見を伝える機会がほしい」と要望が出るのは当然のこと。セミコロンさんからも「市民やまちづくりのプレーヤーが集まるフォーラムをやるべき」といったアドバイスもあり、跡地活用に向けた意識を醸成していけるよう、約1年かけて、まちづくりに関するフォーラムや「みんなの学校会議」などをおこないました。

フォーラムのチラシ。左は市民を対象に、右は事業主となるプレーヤーを対象に開かれました。

それらと並行して、地域の人々から学校跡地活用に対する意見を聞く「学校跡地検討会議」を継続的に開催するにつれて、次第に跡地活用に求められるものが見えてきました。

川楠さん 会議やフォーラムなどでも共通して出ていたキーワードは、「多文化共生」「インクルーシブな視点」「みんなに優しい町」でした。外国籍住民比率が日本一の生野区に暮らす皆さんだから、自然と出てきた言葉なんですよね。その言葉に込められた地域の皆さんの思いは、現在の「いくのパーク」にしっかり反映されようとしています。

2021年3月に生野区役所が発表した「御幸森小学校 跡地活用計画」より引用

既存の制約のもと、学校再編と跡地活用を同時推進

地域の機運を高める準備期間を経て、2021年3月、ついに御幸森小学校跡地の活用事業者を求めるプロポーザルがはじまりました。公募を進めるうえで、苦労した点はありましたか?

筋原さん もともと学校再編という大事業のスケジュールを守りつつ、御幸森小学校跡地の活用プロジェクトという公民連携事業をおこなわねばならず、学校再編と跡地活用の2つが両立する方程式をなんとか見出そうと励んでいるところです。通常ならこういうプロジェクトは、収益性を確保するための条件を逆算して規制緩和など環境を整える必要があるのですが、それらを設けることなく既存の制約を守りながら、行政事業と公民連携のエリアリノベーション事業を同時進行する必要があったわけです。

そのため、あらゆる工程において、教育委員会や都市整備局、計画調整局、建設局、契約管財局といった関係各所と連携し、地域まちづくり課を中心に区役所が一丸となって実現に向けて地道かつ煩雑な調整を乗り越えていきました。その苦労の甲斐があり、大阪市初となる定期建物賃貸借による小学校跡地の活用事例の幕開けとして広く注目を浴び、プロポーザルの応募が多数寄せられました。

こうして2021年10月、多数の応募の中から「生野区西部地域の学校跡地を核としたまちづくり構想」と親和性が最も高いものとして、RETOWNとふらっとによる共同提案が選ばれました。

プロポーザルの開始と共に、御幸森小学校は2021年3月31日付で閉校となりました。

翌年4月、筋原さんが生野区長に就任。偶然にも、大正区長(任期2010〜2016年度)を務めていた当時、同区の最北端にある尻無川において、特区指定を受けて水辺の公共空間を活用したまちづくりを目指した複合施設「TUGBOAT TAISHO」の活用事業者だったのがRETOWNでした。

日本を先導する多文化共生のグローバルタウンへ

2023年5月、御幸森小学校跡地が「いくのパーク」として新たなスタートを切りました。

大正区長や港区長など、これまで10年以上の区長経験を持ち、さまざまなまちづくりに携わってきた筋原さんの目には、生野区や「いくのパーク」はどのように映っているのでしょう。それを知るため、最後にまちの展望について筋原さんに尋ねました。

筋原さん まちづくりにおいて、地域と事業者と行政、「三人四脚」で走ることが大切です。生野区だけでなく、価値観や文化の違いはどこにでもあります。その壁を壊して一緒にやろうというのではなく、お互いに壁を残しつつも違いを認め合い尊重し合いながら、壁と壁の間で一緒にできることを少しずつ広げていく「異和共生」の考え方を大切にしています。

筋原さんによると、この「異和共生」という考え方は、大正区の関西沖縄文庫の主宰である金城馨さんが提唱しているものであり、筋原さん自身、深く共感している言葉だと言います。

筋原さん 壁と壁の間を橋渡しするコミュニケーターの役割を行政が果たせたらと思っています。外国籍住民比率が日本一の生野区は、他の地域よりきっと壁が多いはず。将来、生野区がグローバルタウンになっていく、その具体的な姿の見える化が「いくのパーク」の取り組みです。「いくのパーク」がモデルとなり、生野区は、日本を先導する「異和共生」のグローバルタウンになっていくと信じています。

「地域の方々にとっては『いくのパーク』が安らげる場所になれば」と筋原さん

日本における多文化共生の最先進地域と言える生野区で実施された、公・民・地域連携。既存の制約を変えることなく、その制約を遵守するかたちで実施された難易度の高い貴重な事例です。言い換えれば、率先して高いハードルの飛び方を見せてくれたとも言えるのでは?

そういった意味で「いくのパーク」は、日本を先導するインクルーシブな多文化共生の見本となるだけでなく、今後の廃校利用に勇気を与える鍵にもなりそうですね。

行政の方々の視点でお送りした前編に続き、後編では「いくのパーク」の運営を担う共同事業体であるRETOWNとふらっとの方々に、事業主と地域の視点でお話を伺います。

後編はこちら

PROFILE

前田 有佳利

全国200軒以上のゲストハウスをめぐる編集者。1986年生まれ。2011年よりゲストハウス情報マガジン「FootPrints」を運営。2016年に書籍『ゲストハウスガイド100 -Japan Hostel & Guesthouse Guide-』(ワニブックス)を出版。2017年より大正大学の月刊誌『地域人』でコラム連載。2018年より毎月各地で「ローカルクリエイター交流会 -Guesthouse Caravan-」を開催。旅先で得た知見を活用し、和歌山県の移住PR事業にも携わる。

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