公共R不動産の頭の中
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「ウォーカブルなまちづくり」の本質に迫る

6月3日に、ウォーカブル推進法(正式には「改正都市再生特別措置法」)が成立し、さまざまな自治体でウォーカブル推進都市に対する政策が立てられ、試行錯誤が始まっています。そうした試みはどのような都市ビジョンにつながっていくのでしょうか。

NYタイムズ・スクエア。車道だったブロードウェイが歩行者空間になることで、タイムズ・スクエアの歩行者空間は、従来のほぼ倍の広さに。安全性や快適性だけでなく、その経済効果も検証の対象となっている。(撮影:公共R不動産)

ウォーカブルが見失っていること

現在、国土交通省が推進する「まちなかウォーカブル推進プログラム」に賛同・協力する「ウォーカブル推進都市」を募集している。現在、250以上の都市がそれに手を挙げ、具体的な内容を検討するプロセスの中にある。それに伴って法制度の改正も動いているので、このコラムを読んでくださっている方の中にも、まさにそれを考えている、と言う方もいるかもしれない。

いくつかの自治体から相談を受けることもあるが、その中で気になったことがあるので、今回この連載で、改めて考えてみたい。

「ウォーカブル推進都市」というお題目が、本来求めている「政策」ではなく、「手法」が先走りして、まるで人々を街に歩かせる為のイベントや社会実験が目的になってしまっているような気がするのだ。

もちろん、具体的な方法論を構築するのは重要なことだけれど、その前に、なぜあなたの街で、人々を歩かせたいのか、それはどんな政策、ビジョンに基づくものなのかと言う、上位概念の目的がすっぽりと抜けてしまってはいないだろうか。

ここでは、本当の意味でウォーカブル政策が目指すこと、そして国土交通省がどんな経緯と思いで、これを政策化したのか、その背景と目的を再確認してみたい。

ウォーカブルなまちづくりとは?

今、世界の多くの都市で、まちなかを、車中心から人中心の空間へと転換することで、人々が集い、憩い、多様な活動を繰り広げられる場へと改変する取組が進められている。

たとえばニューヨークでは、社会実験を経て2009年にタイムズ・スクエアが歩行者天国になった。それにより、ストリート自体が新たな観光地として賑わい、周辺の治安が良くなったばかりではなく、沿道の店舗の売り上げも数倍に。車中心の街から、人間中心の街へ、その象徴的な空間となっている。

コペンハーゲンでは、ヤン・ゲールの都市デザイン手法が援用され、人を中心としたまちのデザインとなり、自転車道が整備されたり、道路にベンチやソファが至るところに置かれたりと、まさにウォーカブルシティのモデルとなっている。

オープンカフェ大国といわれるデンマーク・コペンハーゲン。大小さまざまなパブリックスペースがまちなかに点在する。(撮影:公共R不動産)
左 あちこちにちょっとしたテラスが設けられている。 右 歩道と連続して設けられた自転車レーン

国土交通省では、そうした都市事情を背景に、これらの取り組みが、ひと中心の豊かな生活空間を実現させるだけでなく、地域消費や投資の拡大、観光客の増加や健康寿命の延伸、孤独・孤立の防止といった、様々な地域課題の解決や新たな価値の創造につながると位置付けた。そして、そんな「居心地が良く歩きたくなるまちなか」の形成を目指し、ウォーカブルなまちづくりを共に推進する「ウォーカブル推進都市」を募集した、というわけだ。

車中心の都市計画からいかに脱するか。
課題は分かっていても、なかなか実行することができない日本の都市とは対照的に、世界のさまざまな都市で、ウォーカブルな風景が次々に実現している。しかも、それらの都市が、居住者にとっての安全性や快適性がよくなり、結果的に生産性向上にもつながっているのだ。

答えはもう出ている。国としては待ったなし、都市政策の転換が迫られている。

ウォーカブル政策が生まれた背景

このウォーカブル推進都市政策のきっかけになったのは、国土交通省都市局で、2019年2月に発足した、産学官の関係者による政策検討会議(のようなもの)「都市の多様性とイノベーションの創出に関する懇談会(座長:浅見泰司)」だった。

当時の青木由行都市局長は、この懇談会を始めた理由をこんなふうに説明していた。
「審議会みたいな名前にしてしまうと、なんだか堅い議論をしなければならないような雰囲気になるし、若い世代の有識者を入れにくくなってしまう。だからあえて、『懇談会』としてみた。新しい発想を自由闊達に話してほしい、その中から次の政策を生み出したい。」

ひょんなことから僕がその懇談会の副座長をやることになったのだが、ご存知の通り、僕は現場派で、有識者感はあまりない。ただそのキャスティング自体が懇談会のスタンスを表明していたようにも思う。僕以外の有識者と呼ばれる人たちも、大学の研究者というよりは、行政や市民の中に直接飛び込んでいって、実践的な仕事をしながら、並行して教鞭も取っているようなメンバーで構成されていた。

そこでディスカッションされたことを具体的な政策に変換するプロセスの中で、この「ウォーカブル推進都市」の政策が生まれることになる。さらにそれを具体的な政策に落とし込むために、「ストリートデザイン懇談会」や、「まちなか公共空間等における『芝生地の造成・管理に関する懇談会」(通称、芝生懇談会)など、様々な分科会的懇親会が立ち上げられ、そのアウトプットとして空間整備のストリートデザインガイドラインが立てられていった。そこでの議論についても今後、連載の中で触れられたら、と思う。

国土交通省から出された「まちなかウォーカブル推進プログラム」概要から抜粋。

ウォーカブルの本質

ウォーカブルが生産性向上にも繋がると述べたが、これは単に街路沿いの商店の売り上げを意味するのではない。都市全体としての生産性のことである。

ウォーカブル懇談会では、毎回各方面から、多様で個性豊かなゲストスピーカーを迎え、熱気あふれる議論が繰り広げられた。中でも印象に残っているのが、第4回にゲストとして参加していただいた、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄さんのある発言だった。入山さんはグローバル経営学の専門家。サンフランシスコなど、アメリカの都市で、クリエイティブ産業やベンチャー企業の集積によるイノベーションがいかに起きているかを研究している。

彼が語ってくれたのは、イノベーションを起こすようなクリエイティブなベンチャー企業は、合理性よりも、まちの居心地のよさを重視するという話だった。そのまちがどれだけ楽しく、面白い奴らが集まっているか。美味しい店があったり、偶然の出会いがあったり、歩きやすかったり、安全だったりと、まちの「居心地の良さ」そのものが求められているのだという。結果、そういう街中にはよい企業が集積し、イノベーションが起きやすくなり、都市の生産性へと直結していく。

ウォーカブルシティ推進都市の背景で議論されていたことの本質も、まさにそこに繋がっているのだと思う。

日本の都市指標がいまだ、利便性や合理性、高機能化を追い求めている間に、世界の主要都市の価値観はすでに新しいフェーズへとシフトしてしまっている。価値観の多様性や居心地のよさや、安全性、環境への優しさなどを強化し、選ばれる都市にしていく必要がある。決して人びとをただ歩かせたり、まちに賑わいを作ることが目的ではない。そのゴールを見誤ってはならないのだ。

    

馬場さん

6/29(月)19:00〜、「都市の多様性とイノベーションの創出に関する懇談会」の開催者である国土交通省都市局の現場担当者の、墳崎(つかさき)正俊さん、城麻実さんをお招きし、ウォーカブル政策立案の経緯と今後の展望について伺って行きたいと思います。質疑応答の時間も設けたいと思いますので、ウォーカブル政策に興味がある方はぜひご参加ください。

登壇者:墳崎(つかさき)正俊(国土交通省都市局総務課企画官)
    城麻実(国土交通省都市局まちづくり推進課まちづくり企画調整官)
    馬場正尊(Open A/公共R不動産)
司会:飯石藍(公共R不動産)
日時:2020年6月29日(月)19:00〜20:30
場所:オンライン(ZOOM)
主催:公共R不動産
チケット:1000円(peatixにて受付)
定員:先着85名(質問参加あり)
※後日、公共R不動産にて当日のレポートを公開いたします。
申込:Peatixによる事前申込をお願いします。
申込締切:2020年6月29日(月)17時
Peatix申込者の方は,Peatix視聴ページからZOOMのURLにアクセスできます。
【リンク】https://peatix.com/event/1530573/view

墳崎(つかさき)正俊(国土交通省都市局総務課企画官)
2001年国土交通省入省、大臣官房、総合政策局、航空局、観光庁のほか、EU代表部一等書記官、山形県交通政策課長などを経て2018年より都市局
城麻実(国土交通省都市局まちづくり推進課まちづくり企画調整官)
2003年国土交通省入省。九州運輸局交通企画課長、内閣府(防災担当)、鉄道局鉄道事業課を経て現職。

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PROFILE

馬場 正尊

オープン・エー代表取締役/建築家 /東北芸術工科大学教授 1968年佐賀県生まれ。1994年早稲田大学大学院建築学科修了。博報堂、早稲田大学博士課程、雑誌『A』編集長を経て、2003年OpenAを設立。建築設計、都市計画、執筆などを行い、同時期に「東京R不動産」を始める。2008年より東北芸術工科大学准教授、2016年より同大学教授。2015年より公共空間のマッチング事業『公共R不動産』立ち上げ。2017年より沼津市都市公園内の宿泊施設『INN THE PARK』を運営。 近作は「Under Construction」(2016)「旧那古野小学校施設活用事業」(2019)など。近著に『民間主導・行政支援の公民連携の教科書』(学芸出版社、2019、共著)、『テンポラリーアーキテクチャー:仮設建築と社会実験』(学芸出版社、2020、共著)など。

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