公共R不動産のプロジェクトスタディ
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市民主導の社会実験「URBAN PICNIC」が導き出した「公園の最適解」とは

150年前の開港以来、多くのひとを迎えてきた港町・神戸の中心地、三宮。観光客が賑わう駅前からほど近い場所に、市民が日常を過ごす憩いの公園「東遊園地」があります。2023年4月にリニューアルされた園内には、2015年から2021年までの7年間で行われた社会実験「URBAN PICNIC」を経て実装された芝生広場やカフェが加わり、近隣住民に癒しの時間を提供しています。今回は「神戸のまちがこうなったらいいな」という市民のアイデアから始まった社会実験「URBAN PICNIC」の軌跡を紹介します。

「東遊園地」から神戸のまちをもっと楽しく

海と山に囲まれた兵庫県神戸市。その中心地である三宮は、休日約20万人もの人が訪れる三宮センター街をはじめ、有名デパートやファッションビルなどが立ち並び、ハイセンスなアイテムを求めて県外からも多くの買い物客が集まります。

社会実験の舞台となったのは、三宮の旧居留地エリアにある日本初の西洋式運動公園「東遊園地」。1968年に神戸港が開港すると同時に外国人が暮らすための居留地がつくられ、住民たちは「東遊園地」で西洋スポーツや団欒を楽しんだといわれています。阪神・淡路大震災以降は、追悼行事「神戸ルミナリエ」の会場としても有名です。

今回、2023年4月にリニューアルした園内には、芝生広場や、カフェ&レンタルスペース「URBAN PICNIC」、1冊の本が寄贈できる「アウトドアライブラリー」が誕生し、買い物を楽しむ賑やかなまちの一角に、多様な人が思い思いの時間を過ごせる豊かさをプラスしています。

高層ビルが立ち並ぶ繁華街の一角に位置する東遊園地。賑やかな雰囲気とは一変、広々とした芝生や木々が穏やかな空間を演出
かつては西洋スポーツの発信地だった「東遊園地」の芝生広場でボール遊びをする親子
リニューアル時に誕生したカフェ&レンタルスペース「URBAN PICNIC」の外観
少し高くなった「見晴らし広場」。地下に駐車場が収められている

近隣住民が犬の散歩をしたり、ベンチに座ってコーヒーを片手におしゃべりをしたり、日向ぼっこをしながら読書をしたり。すっかり三宮の日常に溶け込む「東遊園地」ですが、リニューアル以前は、ルミナリエなどの大規模イベント時以外、人が寄りつかない閑散とした公園だったそう。

そんな「東遊園地」のリニューアルのきっかけをつくったのが、市民のアイデアから始まった小さな社会実験「URBAN PICNIC」でした。

砂地で閑散としたリニューアル前の東遊園地(提供:有限会社リバーワークス)

「まちを面白く」から始まった芝生化計画

2015年から2021年に行われた市民発信の社会実験「URBAN PICNIC」を主導したのは、一般社団法人リバブルシティイニシアティブ代表の村上豪英さん。神戸の賑わい創出の鍵を握る「東遊園地」に着目し、地域の人と協力しながら5年に渡って実証実験を積み重ねてきました。

「このベンチがお気に入りなんです」と村上さん。園内に置かれる座具は、リニューアルにあたって市民参加のコンペティション形式で製作されたもの

村上さん「東遊園地の芝生化は、知り合いの神戸市職員に『神戸のまちはどうしたら面白くなるだろう』と聞かれて提案したアイデアです。

旧居留地の中でも、デパートがあるエリアは賑わっているのですが、東遊園地がある一帯は閑散としており、人が集まらない場所でした。神戸の一等地にある公園が放置されたままではもったいない。ここに市民が憩える場所ができたら、神戸のまち全体にも魅力的な空間が広がっていくのではないかと考えました」

そこで、村上さんは、自分たち民間の手で社会実験を行うことを決意します。

閑散とした「東遊園地」一帯を市民が集う楽しい場所へ。地元大学の教授(当時は准教授)やブランディングの専門家、公園設計のプロなども含む、同じ想いを持つ仲間と神戸パークマネジメント社会実験実行委員会を組織し、行政でも大企業でもなく、市民の手で、神戸市管理の都市公園を変える挑戦が始まりました。

村上豪英さん(一般社団法人リバブルシティイニシアティブ代表)
1972年兵庫県生まれ。京都大学大学院理学研究科修了。シンクタンク勤務を経て、株式会社村上工務店に転職、2012年より同社の社長を務める。東日本大震災を契機として、神戸の人々をつなぐための学びのプラットフォームとして、2011年に神戸モトマチ大学を開校。2015年からは東遊園地から神戸の都心の価値向上をめざす社会実験「URBAN PICNIC」を事務局長として開催。2023年からは東遊園地の園地内に拠点施設を設置している。2022年に神戸市兵庫区の旧湊山小学校跡地の利活用事業者として、校舎をリノベーションしたコミュニティ型複合施設「NATURE STUDIO」をオープン。2025年初夏には新棟を建てさらに多世代の人が集う場所を目指す。

公園のポテンシャルを証明した初回の社会実験

今でこそ様々な市町村で行われている「社会実験」ですが、プロジェクトが始まった当初はまだ珍しい試みだったのだそう。なぜ村上さんは公園を変える試みとして最初に社会実験を行うことを選んだのでしょう。

村上さん「日常的に人が集まるかどうかのデータが欲しかったんです。そのポテンシャルが証明できたら、芝生本設化の計画は自然と走り出すはず。そのためには天候などあらゆる状況を踏まえて、最低でも2週間はここで社会実験をする必要があると思いました」

神戸市から許可を得て、2015年6月に初回の社会実験を実施しました。園内のパフォーマンス広場に120平米の天然芝を養生し、その場に、市民に本を寄贈してもらう「アウトドアライブラリー」 と仮設のカフェを設置。神戸の地産地消が体験できる「ファーマーズマーケット」を同時開催し、まちいく人の流れがどう変わるかを実験しました。

初回の社会実験の様子。石畳のパフォーマンス広場部分に仮設の天然芝とカフェが現れ、人が集まるようになった(提供:有限会社リバーワークス)

村上さん「初回の実験では、想像以上の可能性を感じました。内輪のイベントになってしまわないよう、知人への告知はしていませんでしたが(笑)それでも人が来てくれた。<来た>というより、これまで公園を通り過ぎていた人が<足を止めてくれた>んです。

そして最大の手応えは、芝生化に必ずしも全面賛成ではなかった神戸市の職員さんが『東遊園地に芝生ができると、こんなにも人が集まってくれるんだ』と感動してくれたことです。今後も社会実験を『一緒にやっていきましょう』と、信頼関係が生まれた瞬間でもありました」

村上さんは「良い流れを止めるわけにはいかない」と続けて同年11月にも2週間の社会実験を実施。公園の使い方を広げるため、ヨガや音楽ライブ、絵本の読み聞かせなど市民公募によるプログラムを開催し、多種多様な人が訪れることのできる機会を創出しました。

その後も続いた社会実験では、年間で100回ほどの小規模プログラムを開催したそう(提供:有限会社リバーワークス)

実験の継続で市民の関わりしろが増えていく

村上さんたちは社会実験によって生まれた人の動きや園内での活動内容、芝生の傷み具合にいたるまで、詳細に結果をまとめて報告書を提出しました。そんな市民発信の地道な活動が実を結んでか、神戸市も「東遊園地」の全面リニューアルを計画し始めます。

公園をよりよくするためには何が必要なのかをさらに知りたいと思った村上さんは、リニューアルに向けて長期の社会実験を継続することに。一般社団法人リバブルシティイニシアティブを設立し、実行委員会形式から主体者を移行。神戸市から予算を確保し、2016年から2018年の3年間で毎年約5ヶ月の実験を行いました。

2017年には2.5cm角の細い角鋼で作られた立方体フレームを角度をつけて連結させ、カフェやライブラリー等の機能を備えた仮設建築を設置。2018年にはコンテナをリユースした仮設カフェの営業を行いました。

上空から見た社会実験中の東遊園地。カラフルな立方体が連なって見えるのが仮設建築(提供:有限会社リバーワークス)

初回から形を変えながら継続して設けている仮設カフェは、社会実験の核となるもの。

村上さん「一番自然な形で地域住民と会話が生まれるのがカフェの営業なんです。仮設カフェの目的はコーヒーを売ることではなくコミュニケーションをつくること。働くスタッフにも思いを共有し、親しみやすい空間づくりを行いました。

その中で店を構える場所を公園内で少しずつ変え、コミュニケーションが生まれやすい場所を探りました。公園を通過する人に足を止めてもらうために、道側に店を構えてみた年もあったのですが上手くいかず、やっぱりカフェは芝生に近い方が利用してもらえるということがわかりました」

コンテナによる「仮設カフェ」と「アウトドアライブラリー」。周りには訪れた人が団欒できるベンチやテーブルも。長期間の社会実験にあたっては、雨天時のために屋根の存在も重要となる(提供:有限会社リバーワークス)
社会実験中に市民と楽しそうにコミュニケーションをとるカフェのスタッフ。社会実験の繰り返しの中で、芝生の広場にカフェが正対することが重要だと分かってきたそう。(提供:有限会社リバーワークス)

カフェと合わせて継続的に行ってきたのが、市民が本を寄贈できる「アウトドアライブラリー」。ここでは、市民が公園に愛着をもつ仕掛けを構築しました。

村上さん「アウトドアライブラリーは、一方的に公園を良くするのではなく、市民と一緒に公園をつくることができないかと始めたものです。持ってきてもらう本は一冊だけ。選び抜かれた大切な本を寄贈してもらうことで、その分の気持ちが公園に宿るんですよね」

市民がひとり1冊寄贈できるアウトドアライブラリー。人びとの滞在を促すには、本棚が外部に面していることの重要性も実験の繰り返しの中でつかんでいった。

長期に渡る社会実験が少しずつ周囲の共感を呼び、手伝ってくれるボランティアスタッフや協賛企業も増えていったといいます。

村上さん「赤字でカフェを経営したり、本業の合間を縫って公園へ通ったりと、自分たちの本気が伝染して本当に色んな方が『URBAN PICNIC』を手伝ってくれるようになりました。今振り返ってみると『手を貸さなきゃ』と思わせるくらい周りから見たら大変そうに見えていたのかもしれません(笑)」

7年間の試行錯誤で見えた「公園の最適解」

2019年には神戸市がPark-PFI(公募設置管理制度)事業を実施。公募した「東遊園地にぎわい拠点施設運営事業者」に、村上工務店、ティーハウス建築設計事務所、リバブルシティイニシアティブで構成される企業グループが決定。村上さんは晴れて運営者として、社会実験の結果を存分に活かしたカフェ&レンタルスペース「URBAN PICNIC」を実装する準備を進めます。

2020年には、春・秋2週間ずつの社会実験を行い、定番プログラムを発掘・育成するためのイベントや、持続可能な公園を目指す第一歩としてコンポストを理解するワークショップなどを開催し、リニューアルに向けて園地管理の新しい可能性を探りました。

リニューアルされたカフェ&レンタルスペース「URBAN PICNIC」。芝生広場に面してカフェが設けられている。公園のあちこちから視認できるカフェのカウンターもコミュニケーション促進には大事な役割。

長期にわたった社会実験の繰り返しの中で村上さんたちが大切にしてきたのは、実験の規模を大きくするのではなく、細かいチューニングを続けながら公園の価値を高めていくことでした。 その結果が東遊園地のリニューアルにも存分に反映されています。

村上さん「毎日のように公園にいると色んなことがわかってくるんです。雨が降ったときには屋根がある場所がないとイベントをやるのは難しいとか、芝生の中心に向かってみんな座りたがるとか。最終的に、<誰もがくつろげる場所>という公園のあるべき姿が見えてきます。

たとえば、公園の中にターゲットを絞ったおしゃれなカフェがあると、それ以外の人が公園に居づらくなってしまいますし、公園の正面にカフェがあると主役感が強くなってしまうんです。そういった点を考慮し、リニューアル時には誰もが親しみやすい雰囲気を意識しました」

リニューアルした園内には、社会実験のプロジェクト名を引き継いだカフェ&レンタルスペース「URBAN PICNIC」が誕生。芝生広場に斜めに面して配置され、園内のどこからでも人が流れてきやすいよう設計されています。

リニューアル後の東遊園地俯瞰(提供:神戸市)。施設「URBAN PICNIC」と円形広場「ガーデンステージ」が管理対象となる。
リニューアル後の東遊園地の平面図。芝生広場とガーデンステージの両方に面する形で「URBAN PICNIC」が配置されています(提供:有限会社リバーワークス)

管理範囲は、カフェ&レンタルスペース「URBAN PICNIC」とガーデンステージを村上工務店などの企業グループが、それ以外の場所を神戸市が担当。管轄エリアが分かれていてもファニチャーなどのデザインコードを統一することで公園全体がゆるやかにつながり、居心地の良いリビングのような空間を提供しています。

手前はURBAN PICNICが、奥は神戸市が整備し管理するベンチ。デザインコードを揃えることで、利用者には違和感のない一体感が生まれています。

「東遊園地」がまちを面白くする新たな拠点に

夕方の東遊園地。百貨店やブティックなどが集まる旧居留地エリアに接している。

村上さん曰く、公園に訪れる市民は「消費やコマーシャルと少しだけ距離を置きたい人」。そんな市民のニーズに真摯に応えながら、アクティビティを取捨選択していくことが重要だといいます。

村上さん「東遊園地を訪れた人が心地よく過ごせるよう、公園本来の価値が高まることを見極めていきたいです。リニューアル前は人が訪れるきっかけとして小さなプログラムを頻繁に開催していましたが、今は何もしなくても人が憩いにくるようになったので、プログラムはそんなに必要ないのではないかと見直しています。

反対に夜の公園はまだまだ市民が使っていない余白があり、ナイトピクニックなどのプログラムを計画して夜のシーンの新たな使い方を提案しています」

「夜風を楽しむ秋の夕暮れ」をテーマに2023年11月に開催された夜市「NIGHT PICNIC」

長期にわたる社会実験を経てリニューアルされた「東遊園地」。公園がよくなって終わりではなく、村上さんはさらなる展開を考えています。

村上さん「今後の展望としては、東遊園地と離れた百貨店などとイベントを共催するといったように、旧居留地のエリア全体に人を呼び込むことを仕掛けていきたいと思っています。

また、東遊園地では市民ボランティアの手によって多年草を中心とした持続可能な花壇をつくる仕組み「GREEN COMMONS(グリーンコモンズ)」もスタートしました。花壇の手入れをする植栽のボランティアを育成するための制度で、東遊園地が神戸中の緑がきれいになる発信源になったらうれしいです」

多年草やオーナメンタルグラス、ハーブなどが中心に植えられた東遊園地の花壇
公園のリニューアル後も引き継がれたアウトドアライブラリー

「まちがこうなったらいいな」というひとりのアイデアをきっかけに行政や市民、様々な人を巻き込み、「東遊園地」は多様な人が訪れる空間へと生まれ変わりました。

「公園は老若男女に開かれた場所であってほしい」という市民の思いから実装されたカフェ&レンタルスペース「URBAN PICNIC」は、神戸の賑やかなまちの一角で、訪れた人の日常をそっと見守っています。

撮影:藤田育

PROFILE

岩井 美穂

1994年生まれ、福岡県出身。2023年に岡山へ移住し、「ココホレジャパン」に入社。地域の文脈から生みだされるローカルな暮らしやご当地なモノ・コトが好きでまちづくりの発信に携わる。

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