馬場正尊のトップ・インタビュー
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株式会社ジャクエツ 代表取締役CEO 徳本達郎さん(後編)|「あそび」の本質から未来のまちづくりを考える

公共R不動産ディレクターの馬場正尊が地方自治体や企業のリーダーを取材する企画「トップ・インタビュー」。今回のゲストは、幼児向けの「あそび」の環境をつくる株式会社ジャクエツ代表取締役CEOの徳本達郎さんです。会社の成り立ちや独自のものづくりの哲学についてうかがった前編に続き、後編では、「あそび」の概念や今後のまちづくりについての対話をお届けします。

ジャクエツのグループ企業の学校法人早翠学園が営む認定こども園「第二早翠幼稚園」。

前編はこちら

「あそび」という、人間の本質的な活動

馬場 御社のコンセプトブックを見ると「あそび」や「プレイ」について徹底的に追求されていますよね。僕が代表をつとめる設計事務所「オープン・エー」ではオフィスを設計することもあるので「働く」ことについて考えているのですが、大人も「プレイ」の時代になるんじゃないかと最近思っているんです。

19世紀は人間が働くことを「labor(レイバー)」といい、その後20世紀に入って産業革命が起こり、機械がレイバーを担うようになってからは働くことを「work(ワーク)」と呼ぶようになりました。そしてもうすぐAIやITがワークを担うようになっていきます。半分以上の仕事はなくなると言われている次の時代、人間は働くことを一体なんて呼ぶかと考えると、それは「プレイ」なのではないかと。遊びのように、創造的に楽しく振る舞うことや人を喜ばせることが最終的には残っていくのではないかと話しているんです。

公共R不動産ディレクター馬場正尊(左)と株式会社ジャクエツ 代表取締役CEOの徳本達郎さん(右)

馬場 そんなことを思っていたときに、ジャクエツのコンセプトブックで「あそび」について問いかけているのを見て、すごく惹きつけられたんですよね。ジャクエツにとっての「あそび」の考え方についてお聞かせいただけますか。

徳本 歴史学者のヨハン・ホイジンガは「遊ぶことが人間を進化させ、遊びこそが人間活動の本質である」と説いています。実はゴリラなど一部を除いて、人間以外に遊べる動物はほとんど存在しません。遊ぶにはお互い対等に向き合う姿勢が必要で、共感性を持っていたり、状況や背景を受け入れられる脳を持っていないと成立しないからです。

人間は生まれてから成長する過程で、遊びを通じて多くのことを学んでいきます。人間の長い進化の過程でも遊びを強化することで共感力が育まれ、お互いの知識や経験を共有しながら社会性を身につけ、高度な集団となっていきました。

人類の歴史から見ても、ホモ・サピエンスがネアンデルタール人より小さくて体力も弱かったにもかかわらず最終的にネアンデルタール人より進化したのは、ホモ・サピエンスが集団行動ができたからだと言われています。一人ひとりのパワーが弱くても、協力することでシナジーが生まれて生き残ったということ。つまり共感性やチームワークが人類を進化させてきたことは明確です。

馬場 遊びとは、最終的に人間の一番創造的な動作かもしれないですね。

ジャクエツのコンセプトブックを開くと「あそび」の意味や本質について考えさせられる。

徳本 そして、ホイジンガは「遊びは自由な行為であり、遊びは強制できない」とも説いています。遊びは自然と生まれてきて、自分からのめり込むものであると。だから勉強もそうですし、働くことも外からの指示や義務感ではなく、内にあるエンジンでしか動けないんですよね。好きだからやり続けられる。だから馬場さんがおっしゃった「働くことはプレイになる」という考え方にすごく共感します。これからどんどん遊ぶように働く時代になっていきますよね。

馬場 そうじゃないと働けないですよね。

徳本 いまNHKの朝の連続テレビ小説で植物学者の牧野富太郎についてやっていますよね。すみません、少し脱線しますが(笑)

馬場 いえいえ、楽しいです(笑)

徳本 牧野富太郎は小学校を中退して、ほぼ独学で植物の知識を身につけ、その後、東京大学理学部植物学教室へ出入りするようになります。当時、植物学教室には植物が好きな人はほとんどいなくて、東大の中でも入りやすいから、自分の名前を残したいからという理由の人ばかりでした。

そんななかで牧野富太郎は植物が大好きで、夢中で採取して研究を続けた結果、たくさんの新種を発見して日本で初めて植物に命名していきます。最初は周りから疎まれていたのが、どんどんいい影響を与えるようになっていく、というエピソードを見ました。

馬場 結局は夢中になれることを見つけて没頭する人が伸びていきますし、それはつまり、遊びの本質と同じですよね。

遊具の細部にさりげなく見られるジャクエツの文字。遊具や教材などさまざまな商品を通じて「あそび」の環境を支えている。

徳本 「PLAY DESIGN LAB」などで弊社に協力してくれているプロフェッショナルのみなさんとも、遊びが大切であるという共通認識があるんですよ。アスリートの為末大さんと遊具の開発をしたのですが、為末さんも「オリンピアンたちはトレーニングで技術的にいいコンディションをつくれても、最後にメダルが取れるのは、自分が楽しめる状態にまでもっていけるかどうかで決まる。それには幼児期の夢中になって遊んだり、楽しんだりする体験が重要になってくる」とおっしゃっていました。

馬場 幼少期の遊んだ経験がその後の人生にかなり大きな影響を与えますよね。小さな遊びの中の成功体験とか、小さく工夫した経験が、ボディブローのようにじっくりと効いている感じがあるというか。

徳本 そうなんです。だからコラボレーションの時も自然とそんな感覚が身につくような遊びの環境をつくりたいとおっしゃってくださいました。

馬場 ジャクエツの遊具を見ていて哲学性を感じさせるのは、やっぱりそういった方々とジャクエツのデザイナーが対話をしながらつくっていくからなんでしょうね。

徳本 そうですね。専門家のみなさんと対話しながら、弊社のデザイナーが安全性の検証をくり返して商品化していきます。

馬場 そのプロセス自体がものすごくクリエイティブですよね。デザイナーだけではなくて、医師やスポーツ選手ともものづくりをしているわけですから。そんな環境はなかなかないと思います。

株式会社ジャクエツの福井本社。開発チームが集まるクリエイティブの拠点であり、ファクトリーや歴代製品のアーカイブが見られる「INUHARIKO LAB」も併設している。

地域の「菌」を生かしたまちづくり

徳本 最近、美学者で東京工業大学 未来の人類研究センター長の伊藤亜紗さんが提唱する「利他学」に関心があります。伊藤さんは身体性や障がいを手掛かりに横断的な研究を通じて「利他学」の研究プロジェクトを行っており、人々が自然と繋がって“しまう”ということが「利他」を考えるうえでは大切だとおっしゃっていました。

そもそも西洋と日本では「利他」の概念が少し違い、一般的に西洋で利他主義というと、お金持ちの人がたしなみとして恵まれない人に手を差し伸べることをイメージしますが、日本では自分の利と他人の利は切り離せず、ごちゃ混ぜであるとされていました。ジャクエツもそんな日本の利他の考え方を今後発信していきたいと思っています。

例えば、健常者が一方的に障がいのある人を助けるのではなくて、健常者も障がいのある方も両方が助け合っている相互的な関係があるといいですよね。遊びにおいても、自分と他人とを分けない考え方が大切だと思っていて、まちづくりの考えかたもそんな方向に変わってきている気がするんですよね。

ジャクエツでは、障がいの有無や年齢、国籍などを問わず、みんなで楽しむ『インクルーシブデザイン遊具』を開発している。(画像提供:株式会社ジャクエツ)

徳本 まちづくりで言うと、これまで全国に700ほどの幼稚園や保育園を設計してきましたが、たとえ園舎を単体で建て替えても、その町自体に元気がないとあまり意味がないんですよね。もっと多機能化して、いろんな人が交わるような施設になっていくとよいと思っています。

社会福祉法人の「佛子園」さんが、まさにそういったおもしろい場づくりをされています。

佛子園といえば多機能施設の「シェア金沢」が有名ですし、佛子園の本部が営む「B’s・行善寺」もすごくおもしろくて、高齢者や学生、障がいのある人など、誰もが分け隔てなく助け合いながら暮らしていくコミュニティとなっています。敷地内にはクリニックや保育園、グループホーム、児童発達支援センター、そしてカフェや花屋、温泉やそば屋などもあります。

行善寺がある白山市の人口は11万人ぐらいですが、行善寺には年間55万人もの利用者や関係者が訪れるそうです。福祉関係のサービス利用者が半分で、残りの半分は一般の人たちがスポーツジムを使いにきたり、食事をしに来たりとごちゃ混ぜにしているんですよね。

馬場 もはや町ですね。

徳本 弊社のお客さんには学校法人や社会福祉法人が多く、話す機会があるのですが、今後の公共施設でもこういった学校法人や社会福祉法人が事業を動かすパワーになっていく気がします。

馬場 僕らも建築からまちづくりにアプローチしていて、『エリアリノベーション』というまちづくりの本を書いたり、いろんなまちで実践したりしています。出自がデザインなので最初はかっこいい空間をつくろうとするわけですが、やっているうちに結局その空間を誰が運営していくか、もっと言うと誰が経営していくかが重要であるという結論に至りました。

特に地方都市では、小手先のデザインではどうしようも出来ない状況になっているじゃないですか。そうすると、まさに「シェア金沢」や「行善寺」といったところに行き着きますよね。福祉施設からどんどん広がって、結局はまちを運営してますよね。あの風景自体をまち化する方が次の都市のイメージに近いんじゃないかと思うようになりました。

馬場 シェア金沢や行善寺は公共施設ではないですが、おそらく今後の公共ではあらゆる施設が融合していきますよね。人口が減っているので誰かのためだけの場所では成り立たないし、偏った施設になってしまう。いろんな解釈があって、いろんな人が使える施設になっていかないと保たないはずです。

徳本 行善寺にはマッサージ屋さんもあって、福祉の部分で採算がとれているのでしょう。私が訪れたときは「手が空いてるのでやりますよ」と無料でやってもらえました。たまたまタイミングがよかったのだと思いますが。

馬場 それってまさに自然な利他ですよね。

徳本 そうなんです。こういったまちづくりはコンセプトとしてすごくおもしろいと思います。

馬場 仕事も多様に存在していて、そこにいる人は多農工的にいろんな仕事をやるんでしょうね。「僕の仕事は〇〇です」という感じではないんだろうな。

徳本 佛子園さんは行政とも協働していて、最近では指定管理でJR小松駅の施設運営も始まったようです。弊社にはもともとパブリックな概念を持ったお客様がたくさんいて、みなさんの事業領域が広がってまちづくりにまで来ている感覚があります。

馬場 公共R不動産は、公共施設をどのようにアップデートしていくかをテーマに活動していて、行政からいろんな相談を受けています。今までの公共空間の担い手というとグローバルチェーンのカフェなどに限られていましたが、最近になって選択肢が一気に増え始めた感じがします。ローカルのこういった企業や団体が、地域の公共空間のマネジメントをやると質感が全然変わりますよね。

徳本 また脱線しますが(笑)、先日、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが食育関連で敦賀にいらしてくださって、なぜ彼が発酵研究家ではなく「デザイナー」というのかと聞いてみたんですよ。

環境と菌は切っても切り離せないもので、環境が変わると付いている菌が変わるから、小倉さんは菌の研究ではなく、デザイナーとして環境と菌との折り合いをどうつけるかに取り組んでいる。だからデザイナーという肩書きなのだと。それを聞いてすごく共感しました。

どこかの成功例を横展開すれば地方が活性化するわけではなくて、その場にいる菌がそれぞれ違うように、そこにいる人や環境が違えばハードも変わらないとダメなんです。地酒の味が個性豊かなように、多様性があって然るべき。地方のまちづくりでも、土着してる菌や風土にもっと影響を受けるべきで、そこをコーディネートするのがデザイナーや建築家のみなさんの役割ですよね。

馬場 いま日本の行政システムが少しづつ変わろうとしています。これまでは建物を建てた後に事業者を決めるという、ハードとソフトが分離しているシステムになっていましたが、さっきの理論でいうとそれは破綻していますよね。

そこでいま僕らは設計する人と事業者を最初からチームアップして事業を開始していこうと呼びかけています。行政はデザインとマネジメントを一括発注する必要があると。菌と同じで、運営者がどんなキャラクターになるかによって設計は変わるはずですから、工事は分離発注でもいいけど、クリエイティビティで勝負するところは一気通貫でやらないと、また「ハコモノ」と呼ばれるものをつくってしまいます。

徳本 それはもうぜひ言い続けてください。

馬場 嬉しいことに、共感してくれる行政がたくさんいるので心強いところです。

「あそび」を軸とした公共プロジェクトへ

馬場 今後、公共R不動産ではあらゆる民間企業のみなさんと手を取りながら、パブリックの事業領域を広げたいなと思っています。今後、公共R不動産とジャクエツさんと一緒に未来をつくっていけるとしたら、どんなことがありえるでしょうか。

徳本 うちは全国にブランチがあるので社員がその土地に土着していますし、全国の幼稚園や保育園がクライアントなので、現場の菌がどういう状態にあるのかを把握できるのが強みだと思っています。そして今後、弊社とお付き合いのある社会福祉法人や学校法人のなかで公共施設の運営事業に興味を持つところが出てくる可能性も十分にあると思っています。

馬場 公共R不動産ではいろんな自治体さんから遊休化した公共施設について「なんとか活用できませんか?」と相談をもらいます。今後は、地域の人と地域の思想で、地域で経済を循環させていかないと成立しないと思っているので、ぜひいろんなブランチの方々ともお話させてもらえたらと思っています。行政からの相談事に対して、一緒にゼロベースからプロジェクトをやってみたいですね。

徳本 実は今度東京の世田谷区松原に新しい拠点をつくっています。「JAKUETS TOKYO MATSUBARA」といって、いろんなパートナーさんや企業さんとのコラボレーションの拠点となっていく予定です。公共R不動産やオープン・エーのスタッフのみなさんにも来ていただいて、一緒にプロジェクトを進めていけたらいいですね。

馬場 それはぜひお願いします。今日の話を振り返っても、やはり「あそび」を軸にして共通のプロジェクトができたらおもしろそうだなと思いました。公園もあるかもしれないし、子どものための施設かもしれないし、もしかしたらワークプレースもあるかもしれない。かなり展望が広がったような気がします。

徳本 ぜひこれからもよろしくお願いします。

馬場 ぜひ今後ご一緒させてください。今日はありがとうございました。


撮影:石母田愉

株式会社ジャクエツ
https://www.jakuets.co.jp/

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PROFILE

中島 彩

公共R不動産/OpenA。ポートランド州立大学コミュニケーション学部卒業。ライフスタイルメディア編集を経て、現在はフリーランスとして山形と東京を行き来しながら、reallocal山形をはじめ、ローカル・建築・カルチャーを中心にウェブメディアの編集、執筆など行う。

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