公共R不動産のプロジェクトスタディ
公共R不動産のプロジェクトスタディ

子連れで美術館に行ってもいい? ―センス・オブ・ワンダーと出会う、美術館の可能性

2023年6月に、愛知県陶磁美術館活性化検討パイロット事業の一環として、愛知県陶磁美術館の屋外空間で行われた 「わくわく体験フェス『せと ネイチャープレイランド』」から、陶磁美術館館長の佐藤一信さんとイベント主催者である「森のようちえん『もりのね』」園長の井上健太郎さんによるトークセッションの様子をお届けします。

わくわく体験フェス「せとネイチャープレイランド」

この企画は、2023年6月18日(日)に、地元の森のようちえん「もりのね」主催で行われた、自然、土、アート、音楽、北欧等をテーマにしたネイチャーイベントです。瀬戸の自然の特徴でもある「森」や「土」をモチーフに、美術館に馴染みのない親子連れも気軽に参加できる様々なイベントを実施しました。

菓子まき、じゃんけん大会、美術館の茶碗を使った呈茶体験、楽器やバランスボール体験、マルシェコーナー、自由にくつろげるフリーテントサイトなどがあり、当日は約180人の参加者でにぎわいました。イベントや各種体験への参加はもちろん、テントでのんびりしたり、お弁当を食べたり、シャボン玉をしたり、みんなで茂みに入って行ったり。思い思いに過ごす子どもたちの姿であふれる空間は、「美術館の敷地」というより、公園のようでした。

楽器の演奏を楽しむ参加者の皆さん

日常使いの場としての、美術館の新たな可能性を感じさせたこのイベント、陶磁美術館館長の佐藤さんとしても、ウェルカムな使い方だそうで・・・そもそも子連れで美術館に行ってもいいの?子どもにとって、アートはどんな意味がある?大人はどう関わればいい?森のようちえん園長の井上さんの問いかけは、子育て中の筆者も大いに気になるところ。注目の佐藤館長のお返事はいかに?

佐藤一信さんプロフィール:1994年より愛知県陶磁資料館(現、愛知県陶磁美術館)学芸員。その後、同学芸課長、副館長を経て、2022年より現職。日本近代陶磁史を担当。主に「万国博覧会と近代陶芸の黎明」(2000年)、「近代窯業の父 ゴットフリートワグネルと万国博覧会」(2004年)、「明治の人間国宝」(2010年)、「清水六兵衞家 京の華やぎ」(2013)、「タイル 近代都市の表面」(2015)などの展覧会を担当。

美術館に敷居はない

佐藤館長:はじめまして。愛知県陶磁美術館館長の佐藤です。館長といっても、私はもともと学芸員です。やきものの展覧会を企画したり研究をしたり、教育普及といってお子さんたちと一緒に作品鑑賞をしたり、野焼きといって外で一緒にやきものを焼くワークショップをやったりしてきました。

井上さん:2023年4月に瀬戸市で開園した森のようちえん、「もりのね」の園長の井上です。けんけんと気軽に呼んでください。私が陶磁美術館を知ったのは、妻が当時まだ小さかった子どもを連れて、陶磁美術館のベビーカーツアーに参加したことがきっかけです。

井上健太郎さんプロフィール:せと野外保育所もりのね共同代表 ネイチャー・インタープリター。1975年愛知県稲沢市生まれ。静岡大学大学院森林資源研究科修士終了。もりの学舎インタープリターを経て、NPO法人もりの学舎自然学校の理事として活動。2023年、瀬戸市の仲間と認可外保育施設「せと野外保育所もりのね」を設立。瀬戸市初の森のようちえんとして陶磁美術館やキャンプ場などの瀬戸の自然を活かした保育を行っている。

佐藤館長 陶磁美術館では2013年から、0歳から3歳までの年齢限定で、ベビーカーツアーをやってきました。今でこそ子ども向け、赤ちゃん向けの企画は増えてきましたが、当時、0歳代の月齢のお子さんを美術館に呼ぶのは、うちと森美術館(東京都)しかやっていなかったんですよ。

井上さん 美術館というと、気楽に行けない、敷居が高いイメージがあったんですけど、ベビーカーツアーと聞いて、「えっ」と思って。

佐藤館長 他にも、「土どろ・ウォーキング」というのを愛知県児童総合センターと長年やっていて、児童総合センターから陶磁美術館まで歩いて来る間にみつけた土を、ひとすくいずつ筒に入れていくと、いろんな土があって、地図が地層になる、という企画などもやっています。

井上さん 瀬戸にはいろんな土がありますもんね。

佐藤館長 そうなんです。土どろ・ウォーキングなどでご一緒する中で、児童館はこどもたちも普通に行くんですが、美術館は敷居が高い。来てくださる方が少ないんです。でも私たちは美術館には敷居はないと思っています。児童館も美術館も、自由に行き来してほしい。
たとえば、図書館に行くときに、気構えなく普段着で本を借りているんじゃないでしょうか。美術館もそれぐらいの感覚できてほしい。 小さいお子さんだからダメとかじゃなくて、その時しか気づけない発見がたくさんあるので、それを展示室の中でお話ししてみてほしいんですよね。

井上さん そう言ってもらえると、子どもを連れていく側としてはぐっとハードルが下がりますね。

佐藤館長 お子さんに読み聞かせすると、しゃべれなくても目で追って、話していることに耳を澄ませているな、という瞬間があると思うんです。絵本をめくって、子どもが絵や言葉と、今出会ったな、という瞬間。自然の中だと、虫を見つけた、お花が咲いてる、指を指して「あっ!」という瞬間。そういう瞬間に、親も世界と出会い直すことができるんですよね。私は、そういう体験ができるのが美術館だ、と考えています。

森のようちえん体験中の様子。何か見つけたかな?

井上さん 自然もそういうところがあるかなと思っていて。「もりのね」は森のようちえんなので、子どもたちはほぼ一日中外ですごしているのですが、自然も、今館長がおっしゃっていたアートも、小さい子の心にたくさんの「あっ!」という何かを与えているんじゃないかな、と思うんです。子どもにとってアートや自然はどんないいことがあるんでしょう?

佐藤館長 自分を実感できるということでしょうか。感じたこと、考えたことを口に出して、他の人に応してもらうことで、自分が感じていることを、自分で確かめられる。アートがあることで、自分がこう感じる。作ってる人はどうだったんだろう、というやりとりがある。それが子どもであっても、大人であっても、その年齢に応じて自分を実感できるっていうのが一番いいところかなと思います。作品を見て、「これどう思う?」という問いかけに答える自分を実感する、子どもにとってそういう機会になるといいなと思います。

井上さん そういうとき、大人はどう関わればいいんでしょうか。その作品に対して知識もないし、どう見たらいいんだろうと悩みます。

茂みに分け入っていく子どもたち

佐藤館長 モノを見る、というのは、どんな人であっても、自分の経験とか、想像したモノと照らし合わせて、形作ることだと思うんです。かつて見たものにこういう風に似ていて、こんな景色が浮かび上がってきて、とか。それを大人は子どもにいっぱい話してあげてほしい。子どもが「こう思う」、と言って、そうだなと思えば「そうだね」、と言えばいいし、違ったら「お父さんはこう思ってね」、と言えばいいんじゃないかと思います。やり取りをするのには、周りの大人がとっても大事なんですよ。だから知識があるかないかじゃなくて、ひとまずそこで本当にじっくり見ることで気づいたことをお互いにしゃべってみる。正解・不正解というのはないので、人間同士、話してみてほしいと思います。

井上さん それは「もりのね」で大人が子どもに関わるときの立ち位置と同じかなと思いました。レイチェルカーソンが名著『センス・オブ・ワンダー』の中で、まずは感じることが大事、と言っています。そしてそのセンス・オブ・ワンダーを持ち続けるためには、子どもと一緒に再発見し、経験を分かち合ってくれる大人が少なくとも一人そばにいる必要がある、とも書いていますね。

佐藤館長 まさにそうですね。

井上さん 大人も一緒に楽しむ、ということですよね。

佐藤館長 そういうことです。小さなお子さんがいるとことによって新たに見えるものが、大人にとってもすごく新鮮だと思うんですよね。本当に貴重な短い時間ですので、それを共有していただけたらいいなって。そういう場所の一つが自然だったり、美術館だったりするといいなと思っています。

井上さん そんな自然やアートと一体になって触れられる場所がこの陶磁美術館ですね。2025年4月まで工事のために休館になってしまいますが、開館を楽しみにしています。

子どもと気軽に来てほしい、と背中を押してくださった佐藤館長。愛知県陶磁美術館には美しい芝生が広がる屋外空間があり、子どもたちものびのび楽しめます。2025年4月1日のリニューアルオープンの際には、ぜひ新たな世界と出会いに、子どもたちと美術館を訪れてみてください。

左 フリーテントサイトにテントを持ち込んで 中 森のようちえん体験ではヤマモモの木に登って実をほおばった 右 大盛り上がりのお菓子撒き
左 11店舗が出店したマルシェコーナー 中 フィンランドの遊びクッブ体験 右 美術館の茶碗 を使った呈茶体験も

執筆:松田東子
撮影:松田東子

関連

『土と生きる』美術館の可能性を考える 前編

関連

「土と生きる」美術館の未来を考える 後編

関連

愛知県陶磁美術館活性化パイロット事業 トライアル利用事業者募集

連載

すべての連載へ

公共R不動産の本のご紹介

クリエイティブな公共発注のための『公募要項作成ガイドブック』

公共R不動産のウェブ連載『クリエイティブな公共発注を考えてみた by PPP妄想研究会』から、初のスピンオフ企画として制作された『公募要項作成ガイドブック』。その名の通り、遊休公共施設を活用するために、どんな発注をすればよいのか?公募要項の例文とともに、そのベースとなる考え方と、ポイント解説を盛り込みました。
自治体の皆さんには、このガイドブックを参照しながら公募要項を作成していただければ、日本中のどんなまちの遊休施設でも、おもしろい活用に向けての第一歩が踏み出せるはず!という期待のもと、妄想研究会メンバーもわくわくしながらこのガイドブックを世の中に送り出します。ぜひぜひ、ご活用ください!

もっと詳しく 

すべての本へ