公共R不動産のプロジェクトスタディ
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『土と生きる』美術館の可能性を考える 前編

瀬戸の雄大な自然の中に佇む愛知県陶磁美術館。敷地面積28万平米の緑あふれる美術館で、株式会社NI-WAの提案により、陶磁美術館の活性化検討のパイロット事業としての社会実験が行われました。「美術館に泊まれたらどうだろう?」「せっかくの敷地や緑をもっと活かすには?」そんな美術館の可能性を検証すべく、6月に行われた社会実験の様子をお伝えします。

<実証実験概要>
開催日:2023年6月10日~11日
内容:『土と生きる』をテーマに、美術館敷地でのアウトドアダイニング後テント泊、翌朝陶磁美術館長による敷地案内ツアー、関係者によるトークセッションなどを実施。

「土と生きる」をテーマに行われたこの企画は、土とともに瀬戸物のまちとして栄えた瀬戸の大地を感じるための一泊二日の試みです。大地の恵あふれる食材を、美術館併設の窯で粘土から焼き上げた器とともに味わい、土の上で眠る、穏やかに流れる時間と空気を満喫する二日間でした。

テーマは「土と生きる」

今回の社会実験は、美術館閉館後の17時過ぎ、敷地内の芝生広場に各々テントを組み立てるところからスタートしました。
陶磁美術館は谷口吉郎建築の建物の魅力もさることながら、一帯がぐるりと木々に囲まれ、森や公園と言った方がイメージに合うかもしれません。屋外での過ごし方の選択肢を提案することで、美術館が自然と人が集う公園のような存在にもなれるのではないか、それが今回検証したいことのひとつです。

左 豪快なポテトサラダ 右 グリルで焼いた地鶏

暮れなずむ芝生広場にランタンが一つ、また一つともると、いつもの、芝生広場が幻想的な雰囲気に。屋外で豪快に調理される食材の香りが食欲をそそります。お待ちかねのディナーはポテトサラダや地域食材を使った車海老のロースト、鯛の塩釜焼に和牛の希少部位(ザブトン)を使ったグリル。

自作の器で乾杯する参加者

合わせるのは、株式会社NI-WAが手掛けるNakatsu Brewery(中津ブルワリー)から届いたクラフトビールです。中津ブルワリーは、大阪中津の「ハイパー縁側」たる広場にある、ODM(Original Design Manufacturing)方式によるオリジナルクラフトビール醸造をお願いできるブルワリーです。委託者は、企画、レシピづくり、製造までブルワリーと協働できます。美術館来館者が、オリジナルビールを仕込める日も来るかもしれない、と夢が膨らみます。参加者の中には、事前に美術館併設の陶芸館で作陶したマグカップで乾杯する人も。土をこね、形をつくって、焼きあがるまで一か月。できたての自作の器で飲むビールの味は格別!(陶磁美術館では、陶芸館で作陶と絵付けの体験ができます。現在は改修工事のため 陶芸館は 2024年10月31日まで、その他の展示スペース等は2025年3月31日まで休館中です。)

子どもたちも満喫できる非日常な雰囲気の中アウトドアダイニングが始まりました。

夜の森の中で耳に届くDJ音楽が、この空気感をいっそう引き立ててくれます。

左 DJが奏でる懐かしのナンバーに笑顔がこぼれます。近隣に配慮した適切な音量を探るのも今回の検証事項の一つでした。 右 自然を感じながらゆったり食べる特別なディナーは、美術館の静謐な雰囲気ともマッチします。

テントサウナも設営し、気が向いた人からフィンランド式のサウナに入っては汗を流していました。サウナからたなびく煙が美術館を背景に空へ立ち上っていく様子は、まるで北欧の森の中のよう。

食事のあとはふらりとフィンランドサウナへ。向かい合って座るので自然と会話が生まれます。

夜も更ける中、参加者の一人がこんな話をしてくださいました。

「この自然が焼き物を通してどう見えてくるか、目の前に広がる緑が100年前とどうつながっているのかを体験できる場となると良いなと思っています。ここは地層が特徴的で、掘れば良質な粘土が出てくるし、東海丘陵といって独自の植生をもっています。動物もたくさんいて、リス、ウサギ、タヌキ、キツネ、イタチ、シカ、イノシシを見かけるたび、ここは森の中にあるのだと実感します。こうした自然が粘土を育み、焼き物という形になることを、訪れる方に感じていただける場にしていきたいですね。」

美術館の敷地の中でテント泊という特別な体験は、忘れられない経験となりました。

敷地内散策

翌朝は、あいにくの雨模様。2日目は、朝から野点体験や、公開トークセッションも準備されていましたが、やむなく中止となりました。

雨の中、陶磁美術館の佐藤館長の案内で、敷地内散策を実施。敷地内で発掘された平安時代から鎌倉時代の窯を見学し、ヤマモモやフモトミズナラなど独自の植生をもつ豊かな自然を感じながら、園内を散策して2日間の締めくくりとなりました。

左 このエリアで採れる土について子供たちに解説する館長。 右 敷地内に自生するヤマモモ

2日間をとおして開催された、『土と生きる』。観る、が主体の施設から、土に触れて、風の音を聞いて、緑の香りに包まれて。地域食材を味わって、仲間と語り合う、五感で体感できる美術館の可能性が垣間見えました。『森に子どもと一緒に遊びに行ったら、素敵な器にも出会えてね』といった会話が生まれる、日常の延長線上にふと名器に触れ合える瞬間がある、そんな発想の転換で美術館を捉えると、さらに豊かな時間が広がっているのではないでしょうか。

煙たなびく瀬戸の森に佇む名建築と名器の数々。今後の陶磁美術館の発展が楽しみです。

同日に行われたトークセッションの模様を後編でお伝えします。

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