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クリエイティブな公共発注について考えてみた by PPP妄想研究会
  クリエイティブな公共発注について考えてみた by PPP妄想研究会

第6話:誰が構想を描くべき!?段階ごとのブツ切り発注の理由

行政経営の効率化を図る公民連携(PPP)。その法制度や仕組みがクリアになれば、もっとクリエイティブな公共発注が可能になるのでは??という問題意識から発足した「PPP妄想研」が、既存のルールを読み解いた上で、「こんな制度が理想的なんじゃないか」論を妄想していきます。

公共施設の整備のまず最初の足掛かりとなる「構想」。現状は「構想を作成した業者は、その後の設計・施工・運営などのプロセスには関わってはならない」という慣習があります。本当にそうなの?という視点で見直していきます。
公共施設の整備のまず最初の足掛かりとなる「構想」。現状は「構想を作成した業者は、その後の設計・施工・運営などのプロセスには関わってはならない」という慣習があります。本当にそうなの?という視点で見直していきます。

公共事業型&民間事業型ハイブリッドには構想がある

さて、前回は、一般的な公共施設の整備フローである、構想・計画→設計→工事→運営のうち、普通財産リノベーション系の案件(民間事業型活用)には、構想・計画のステップが不在なことが多い、ということを取り上げました。それは、行政の投資額がほとんどないため、コンセプト段階から民間が担うことになっているのだということ。そして、その場合、お金は出せないとしても行政は自らのビジョンや意図を、公募要項の中できちんと示し、民間とコミュニケーションをとって理解してもらうことが重要である。という話でした。

とはいえ、実際のところ、完全なる公共事業型活用か、完全なる民間事業型活用か、どちらかに振り切れていない案件というのが多く存在します。例えば、公共施設としては廃止されたけれど、「普通財産」に転換されずに、行政財産のまま「行政財産の貸付」という手法で貸し出されたり、行政がリノベーション後「運営委託」したり、「指定管理制度」を使ったり……。もう、だんだん頭がぐちゃぐちゃになってきたと思うので、以下の図で、ちょっと整理してみましょう。それぞれの手法のメリット、デメリットについては、また機会があれば研究対象にしたいところです。

公共事業型活用と民間事業型活用の間にあるさまざまなバリエーション

こうした、何らかの行政関与がある案件(妄想研では主にハード整備・リノベーションが伴う事業を中心に扱っています)については、やはり、①所有者は公共であり続ける、②多少なりとも税金を投下する手前、段階的に住民合意を取らねばならない、という理由から、構想や計画の策定というステップを踏むことが多いです。

誰が構想を書くべきか?

前置きが長くなりましたが、今回取り上げたいのは、このように、構想策定から始まる案件の場合、「いったい誰が構想を書くべきなのか?」という課題です。

「え、行政が書くんじゃないの?」そう思われるのが当然ですし、本来、そうあるべきだと思います。だって、自分たちのまちのことなのですから、施設の活用方針がどうあるべきかを考えるのは、役所の仕事のはず……。しかし、実際は「◯◯構想策定業務」として、民間に外注されていることが多いのです。

それらの業務を受託するのは主に「都市コンサル」といわれる業界の方々。リサーチ段階から各種計画・構想の作成まで手掛ける行政計画作成のプロ集団です。確かに、民間企業がなんらか施設の開発をする場合や、商品開発のプロセスに置き換えて考えてみると「コンセプトをつくる」という仕事は専門性が高く、専門とする会社に依頼することの多い、ひとつのプロフェッションとして成り立っている職能です。公務員は、どんな役所であっても「2〜3年で異動して、様々な部署を経験する」という、究極のジェネラリスト型組織。ある意味では、施設活用の際、構想の案づくりをその道のプロに外注するというのは、合理性があるといえそうです。

プロフェッショナルか?ジェネラリストか?

妄想・プロフェッショナル型自治体

余談ですが、PPP妄想研で、この議論の際、一頻り盛り上がったのが人事制度についての妄想。「ジェネラリスト集団」ではなく「プロフェッショナル集団」の自治体って、できないのだろうか、と。そもそも、公務員は、コロコロ部署が変わるような人事制度であるべきなのだろうか?
法制度に基づいて行われる都市開発や施設の再配置という都市計画分野は、行政にしか担えない役割が多分にあります。本来は、外注して人に任せるようなものではなく、行政が手綱をにぎっているべき分野。そのまちのことを熟知している職員が、あるビジョンの実現に向かってコツコツとそのまちを育てていく….。そうしたら、めちゃくちゃ素敵なまちができるのではないかと。そうなったら、大学で都市計画や建築を学ぶ学生の理想の職場が、自分の故郷の自治体になるかもしれない。という妄想。

日本では、おそらく「談合など汚職を避けるため」にこのような人事体制になっているのですが、弊害も大きいです。積み上げてきた知見や人脈、民間との信頼関係などが、2〜3年毎にリセットされ続け、数年単位の公民連携案件は愚か、長期ビジョンにもとづいた行政運営が非常に難しい状況です。海外では自治体であっても「ポスト採用」なので、必要な能力によって適性のあるキャリアや専門教育を受けた人材が採用され、異動も希望しない限りは原則ありません。日本でも「異動」という手法以外にも、汚職を防ぐ手立てはあるだろうに、なかなか人事制度の改革に切り込む自治体がないのが現状です。これも、なにかしら地方自治法に縛られてできないのではなく、慣習の問題。事実、日本でも、公民連携の先進事例で有名な岩手県紫波町では、同じ職員が10年間公民連携を担当し続けています。もしかしたら、小さな役所ほどやりやすいのかもしれないですね。
改革は、辺境から。ぜひ、専門性と志の高い尖った人材がこぞって集まり、まちづくりをするプロ集団自治体が、どこかで誕生してほしいものです。

頻繁な異動を無くし、ポスト採用をすれば、プロフェッショナル集団自治体ができるかも!?

構想を描いた人がその後のプロセスに関われない理由

さて、本題に戻ります。行政が構想作成を外注するのは、ある程度納得できるという話をしていました。今回、取り上げたいのは、その次のステップ「構想を作成した業者が、その後のプロセスには関わってはならない」という、慣習についてです。

公共施設の整備フローは、だいたい1年サイクルで、構想策定の翌年に、基本設計の発注、その翌年に工事事業者、運営事業者の募集を行うというようなスケジュールであることが多いです。それは単年度主義の予算のサイクルがそうさせているのと、税金を投入する場合は、住民合意を取りながら慎重に事業を進めるために、各段階でパブリックコメント(通称:パブコメ)を取りながらじっくり進めることが大前提となっているのが理由です。
このあたりについては、前回のコラムで詳しく見てきました。今回はさらに進んで、整備フローの各段階で、どのような主体が担当すべきなのかを考えます。

一般的に、構想を描く業務を受託した会社は、次のステップ以降では、公募に参加する資格を剥奪されてしまうもの。「構想を描いた会社が、その具体化のためにその後の業務にも関わった方が、むしろよいのではないか?」と思ってしまうのですが、なぜ、それができないのでしょうか?
どうやらそれは、何かしら法制度上定められたものではなく、各業務の独立性を保つための慣例のようです。

    

寺沢弘樹 寺沢さん

入札(や価格点の割合が高いプロポーザル)では、基本構想時は原価割れするような安い価格で受託しておいて、その後の「基本計画→基本設計→実施設計といった、発注額が大きくなる段階で、赤字分を取り返す」風習に対するトラウマが行政のDNAに染みついている面もあると思います。これを短絡的・消去法的に回避するのが(前業務の受託者を排除する)ブツ切り発注に繋がっているんだと思いますね。

たとえば、設計や施工をする会社が構想を描くと、必要以上に意匠に凝ってしまったり、のちの設計公募に有利になるため公平性が保てないことへの懸念や、オーバースペックな構想を描くことで、その先の工事費を吊り上げようとするのではないか、などの懸念があり、そこにガバナンスをはたらかせるため、それぞれのステップ毎に最適なプロフェッショナルをアサインし、その他の業務との利害関係が発生しない独立性を保ち、税金の無駄遣いを防ぐという思想が根底にあるようです。
なるほど、納得の理由です。

構想と、その後の設計・施工・運営といったプロセスの間には大きな壁が 。

コンセプトづくりのプロはオペレーションのプロではない

しかし、ちょっと立ち止まって、別の側面から捉え直すと、また別の風景が見えてきます。
実際、業務に携わっていると、設計段階で受け取ろうとしても、構想や計画の内容の方が、広く浅く総花的で、むしろオーバースペックになってしまっており、そこから見直さねばならないことが多々あるのです。

構想が「コンセプトづくり」の専門家によってつくられているということは、見方によっては、設計、施工、運営の専門家「ではない」人が構想を書いているとも言える、ということ。構想策定に携わるコンサルタントは、行政が達成せねばならない目的に合わせた理想像を描くのには非常に長けているけれど、実際に人が使いやすく、集いやすい施設をどうつくるのか、また、そのオペレーションについては素人です。行政都合には配慮された構想だけれど、運営者となる民間事業者からしてみれば、実現可能性が薄く、事業性がない非効率な「絵に描いた餅」でしかない……ということが起こり得ます。

行政のお金で行政目的のある施設を整備していた頃はそれでよかった(真の意味では全然よくはないけれど……)のですが、第二世代の公民連携で、より民間事業者のウェイトが高くなってくると、構想を描く人と、設計・運営する人の断絶が問題になってきます。行政は公共の便益の最大化のために税金をつかう、民間は利益を出していかねば継続しない。

・運営のことを視野にいれない状態で構想を描き設計しても、そこから事業者探しで苦戦する。
・事業者に求められる公共的役割が重すぎて、なかなか担い手が見つからない。
・事業者が決まったとしても、建物が使いづらく、再度、民間負担で工事をやり直すことになる……etc

こう考えた場合、立派な構想をつくり、設計・施工してから、担い手を探すより、運営視点を初めから持った主体が、構想段階から関わる方が、結果として利にかなった一貫性のあるものができるのではないか、と思うのです。 

現実的な運営面での使いやすさも考えながら、一貫性のある構想が描けるようにするにはどうしたらよいのでしょうか。

予算コントロールで利益相反関係を防ぐ

では、どうしたら構想/設計/工事/運営の事業者が一貫して受託できるようになるでしょうか?

ステップごとに明快に切りわける理由は、法的なものではなく、純粋に利益相反にならないための慣例ということだったので、きちんと別の形で、予算のコントロールさえできればよさそうです。

ひとつのアイディアとしては、やや乱暴ですが、構想から運営まで、発注前に上限の予算を決めてしまうという方法はどうでしょうか。その範囲内で、運営まで見越した構想を描いてもらう方法です。行政職員の方々からは、「いやいや、その予算を決める材料として基本構想・基本計画つくってもらわないと……!」という反論が返ってきそうですね。もちろん、いちから新築で整備する公共施設についてはそうなのですが、この連載のスコープである、「既存施設のリノベーション」が前提で、さらに民間事業者が運営に携わるという場合、施設の老朽化度合いや施設規模・形状により、だいたいの投資額というのは見えてきます。

そもそも構想によって予算を決めるというのは、変な話でもあります。例えば個人で家を建てる前に、自分のお財布事情とじっくり相談するのと同様、本来、自治体であっても財政事情を踏まえて、そのプロジェクトにいくらかけられるものなのか判断し、基準となる額と、その投資によって、どのような効果を得たいのかを発注以前に基準として持っておくべきですよね。

   

水野祐 水野さん

構想とその後の過程を分けることには、予算規模の増加だけでなく、自社や関係者に発注が行われやすい、利益誘導的な構想を生む可能性は否定できないため、一定の合理性が残っているという見方もできます。ただ、そうだとしても、構想の段階から運営の視点を入れていくこと、それを仕組みとしてどう担保していくかを検討していくことは不可欠だと思います。

単年度予算の壁を突破する必殺技「債務負担行為」

いずれにせよ、プロセスを一気通貫して決まった予算で治めようとしたときに、立ちはだかる壁が、単年度の予算システムです。役所では、年度毎に必要予算を計上し、議会で予算を決定するサイクルであるため、複数年にわたるプロジェクトに対し、予算をあらかじめ確保することができません。もし、構想〜運営まで4ヶ年分の予算をとる場合、行政用語で「債務負担行為」という、議会の承認手続きが必要になります。しかし、それはかなり綿密な理論武装をして、必要性を論じなければならないため、よほどのビッグプロジェクトでない限り使われない必殺技的手法です。

しかし、詳しい方はここまでの議論で、薄々気づかれているかもしれません。

「設計・工事・運営の一気通貫」「債務負担行為による予算確保」……このキーワード。そうです。これぞ、PFI法にもとづくPFI(Private Finance Initiative)の特徴そのものでは?と。
ということで、ここまできて、やっぱPFIっていろいろ考えた結果、いきつく手法なのかもしれない……という予感が。とはいえ、PFI法に基づくPFIには使いにくい点もあります。

次回は、PFI法に基づくPFIがなぜ使いにくいのか?その理由をさぐりつつ、そこを飛び越えるための妄想をしていきたいと思います。

イラスト:菊地マリエ

   

林厚見 さん

新しい時代の要請にまだまだ慣習も制度も組織も追いついていないということですね。それはいつの時代にもあることですが、柔軟にポジティブに乗り越えて行きたいものです。「構想」の背景には様々な課題やニーズ、そして潜在的に望まれている何か、があります。それらを幅広く掘ってきちんと共有した上で、あとは構想・設計・運営までの総合的な答を事業主体に委ねるのが理想でしょう。そして、幅広い目線と専門家の目線をちゃんと混ぜて評価する方法が重要です。
なお米国などではUrban planningやEconomic developmentの「プロ専門家」たちが行政の中で活躍し、またコラボレーションしています。ジェネラリスト組織も時代とともに変わるべきですね。

   

加藤優一 加藤さん

ビジョンを描くべきは「当事者」です。構想や計画があることで、社会資本としての価値が守られたり、設計や運営の可能性が広がることが理想ですが、責任感のない条件設定は逆効果。行政や都市コンサルが責任感を持てない場合は、いさぎよく運営者に意思決定を託し、計画と設計に血を通わせることが大切だと思います。
他方、設計者としては、事業に対するデザインの優先度が下がったり、協働する事業者がいないと公募に参加できないなど、リスクがあるようにも感じます。しかしながら、条件は与えられるものではなく、創り出すものと考えれば、そのプロセスづくりも設計者のスキルとして必要な時代なのかもしれません。

公共R不動産では、民間事業型の公共不動産活用を促すためのデータベース作成にも取り組んでいます。詳細は【公共R不動産 データベースβ】をご覧ください。

PROFILE

菊地マリエ

菊地マリエ

公共R不動産/アフタヌーン・ソサイエティ。1984年生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。日本政策投資銀行勤務、在勤中に東洋大学経済学部公民連携専攻修士課程修了。日本で最も美しい村連合特派員として日本一周後、2014年より公共R不動産の立ち上げに参画。現在はフリーランスで多くの公民連携プロジェクトに携わる。共著書に『CREATIVE LOCAL エリアリノベーション海外編』。