プロセスを大切にした新しい基本方針&基本構想を目指して。神奈川県藤沢市「少年の森」の再整備計画がスタート!

神奈川県藤沢市と言えばどんなイメージを持つでしょうか? 湘南や江の島のような、海のある「南部」エリアをイメージする方も多いかもしれません。今回は、湘南台駅やいすゞ自動車藤沢工場、慶應義塾大学の藤沢キャンパスなどがある「北部」エリアのご紹介。

藤沢市北部はブルーベリーやトマト、キャベツ栽培などの第一次産業が盛んで、豊富な農的資源に恵まれています。新規就農する有機農家も多く、市としても「藤沢産オーガニックマルシェ」等の活動を通して持続可能な農業の広がりを後押ししています。また、市内トップクラスの良好な自然環境を有する「遠藤笹窪谷公園」は生物多様性サテライトセンターとしての側面もあり、環境教育や自然保全の普及啓発を行う役割も。

そんな都心からの利便性と自然環境の豊かさを併せ持つ藤沢市北部に、昭和55年から設置されているのが青少年野外活動施設「藤沢市少年の森」(以下、少年の森)。株式会社オープン・エー(公共R不動産)では、当施設の再整備の基本方針及び基本構想の策定支援業務に携わっています。

欅のシンボルツリーがエントランス正面から迎えてくれる。

アスレチック広場や木製遊具に加え、キャンプ場や宿泊施設も完備されている少年の森は、日常的な親子の遊び場として、プレーパークや森のようちえんの開催場所として、自然と触れ合うイベントやワークショップの実施場所として、様々な用途で親しまれています。特に、多くの生き物が暮らす「じゃぶじゃぶ池」は小さなこどもたちにも大人気

一方で、開設して40年以上経過した少年の森はハード面での老朽化が進み、遊具の安全面や快適性に大きな課題も抱えています。

また、コロナ禍により一時的に利用者が増加したものの、平成26年以降は減少傾向に。施設の維持・管理費用は年々増加する中、10年後も20年後も地域で愛される施設であり続けるためのアップデートが求められています。

取材当日は木々のメンテナンスが行われていました。
テントサイトエリアにある炊事場。

再整備計画の「道しるべ」を作る2年間

令和5年に立ち上がった本事業の大まかなスケジュールは以下の通り。令和10年度の運営開始を目指し、まずは当施設や周辺エリアの課題やニーズを抽出しながら、再整備の核となる考え方を「基本方針」に、さらにその実現のために必要な条件や骨組みを「基本構想」として落とし込んでいきます。

少年の森再整備スケジュール(案):藤沢市資料より抜粋

行政の委託事業は、一般的には単年度毎に切り分けられることが多く、「基本方針」と「基本構想」が別々で公募され、受託事業者が異なることも珍しくありません。しかし今回の公募では両方セットで、2年間を費やして事業のベースとなる方針と構想を策定していく内容。そんな公募を目にした時、藤沢市の事業への向き合い方に行政としての軸を感じたと公共R不動産のマネージャーの梶田は話します。

「再整備計画の指針を作る上で大切なことは、市民の皆さんを置き去りにせず、市の考え方を提示し意見交換すること。暮らしや地域社会に寄与するために、公共施設として“少年の森”はどうあるべきなのか。その問いについて、行政や民間事業者だけで考えるのではなく、市民の皆さんを含む3者で2年間かけて検討を重ね、関係性を育みながら取り組みたいと思っています。」

地域の皆さんとの本格的な対話はこれからですが、来年に向けて様々な取り組みを計画中とのこと!ぜひご関心をお寄せいただけたら幸いです。

シンボルツリーをバックに皆さんと。
左から、平野愛さん(ひらく)、染谷拓郎さん(ひらく)、齊藤康さん(青少年課)、西崎伸哉さん(青少年課)、関口隆峰さん(青少年課)、伊勢崎淳さん(青少年課)、石丸悠介さん(企画政策課)、梶田裕美子(公共R不動産)、高山累さん(SPACY)

こどもを真ん中にしながら、周りの大人にも目を向ける

冒頭でもご紹介したように、少年の森の大きな魅力は「こどもが思い切り遊べる」環境。もちろんその価値を維持しながらも、利用者のゆるやかな減少傾向や行政の厳しい財政状況という現実にも目を向けなくてはなりません。そのため、内容面・経済面ともに新しい持続可能な形を作り出す必要があるのではないかと藤沢市子ども青少年部青少年課の齊藤課長は言います。

「例えばこどもが遊んでいる間に大人がゆっくりできる場所があれば、より訪れやすくなるファミリー層が増えるかもしれない。また、北部地域の特性であり価値でもある一次産業という資源を活かし、生産者とコラボレーションした活動も生み出せるかもしれません。近隣に住む高齢者向けにも何かできるかもしれない。これらは一例ですが、そのように、”こどもの遊び場”の周辺、あるいは北部地域全体の潜在的な利用ニーズも発掘していきたい。今回の事業ではまずその辺りについての地域との対話を深めたいと考え、基本方針と基本構想策定の段階で民間事業者の力を借りています。」

再整備計画が決定した直後は、基本方針は庁内で策定しようとしていた時期もあったそう。

しかし、再整備で終わりではなく、この先何十年も続く施設にアップデートするためにも、検討段階から経営や運営目線を持った民間事業者を入れた取り組みにシフトしたと青少年課の西崎さんは話します。

「40年以上経過した施設の安全性や清潔さの担保、曜日や天気、季節に左右される利用者数などの現実的な課題には、これまで利用し続けていた地域のプレイヤーの皆さんをはじめ、様々な民間事業者の皆さんと連携して向き合っていきたいと思いました。直接現地で申し込まなければならない施設の予約システムをデジタル化にするなど、改善点がたくさんあるはず。そのようなアイデアを一緒に考えていきたい。」

20年先に目指す都市の姿を掲げた「藤沢市市政運営の総合指針 2024」において、少年の森再整備は「まちづくりテーマ3:笑顔と元気あふれる 子どもたちを育てる」の項目に位置付けられています。施設単体ではなく、北部地域全体の活性化も視野に入れた施策が必要だと企画政策課の石丸さんは言います。

「藤沢市全体としても、北部のポテンシャルを多角的に読み解いていくことは非常に重要だと捉えています。海沿いのイメージが強い南部地域では、商業開発も進み人口も増加していますが、北部地域の暮らしの質を向上させ、一次産業や自然環境などの資源を活かしていくことは今後20年に向けた重点施策のひとつです。少年の森は、都市部からの利便性が高く非日常的な森林体験ができるのが大きな魅力。北部地域全体に与えられるインパクトはまだまだ余地があると思っています。」

市民・行政・民間、三位一体で作る「基本方針」「基本構想」を目指して

せっかく2年間もあるなら、市民の声や意見の聞き方、課題抽出の方法も見直し、基本方針・基本構想の「”作り方”から作る」ことにチャレンジしたい。そう考えた公共R不動産チームが声をかけたのは、入場料のある本屋として話題になった文喫や箱根本箱を手がけた株式会社ひらくと、地域や公共空間のポテンシャルを「感性調査」という独自の手法で行う株式会社SPACY

まずは「現状」を知る。感性調査を用いた定性評価

まず取り組んでいるのは、SPACYによる市民向けの感性調査。聞き慣れない手法ですが、これは単なる意識調査や満足度調査とは異なり、定量情報からは見えにくいポテンシャル、場所や地域、人の実態を明らかにするように設計された調査方法です。

例えば、来訪経験のみを尋ねるのではなく、頻度、来訪動機や目的、施設を知ったきっかけ、同伴者の有無などを詳しく聞き取ります。さらに、再度体験したい施設内のコンテンツ、藤沢市の他のおすすめの場所などを深掘りして質問することで、回答者のありのままの姿や志向について解像度を高く、把握することが狙いです。

「感性調査を行う際には、誘導的な質問ではなく、具体性を持ったオープンクエスチョンでの設計を意識しています。施設を知ったきっかけを知ることで市民とのタッチポイントが分かるし、どんな動機で訪れたか?他にはどんな好みがあるのか?メインの目的で訪れた場所だったのか?そうでなければメインの場所はもともとどこだったのか?などなどを深掘りすることで、施設に求められていることや潜在的なニーズが見えてきます」とSPACYの高山さんは言います。

ちなみに、現時点で集まっている回答では、やはり南部の海沿いのイメージの影響か、少年の森以外でおすすめの藤沢市内の場所として「水」にまつわるエリアや施設をあげる人が多いそう。北部には森があり、南部には海があるどちらにも行けるエリアとしてのポテンシャルを開拓する余地もあるのではないかと高山さんは分析します。

アンケートは2024年1月19日(金)まで回答を受付中。詳細はこちらからご覧ください!
https://forms.gle/Ftkpdy8ie5d687az9

広場から管理棟を臨む。
余白のある広場の使い方の可能性は無限大。

「思わず手に取りたくなる」基本構想

さらに来年には、ひらくの皆さんと共に、感性調査で見えてきた声をヒントにしたワークショップ等の対話の場を作り、基本構想をわかりやすく伝える「(仮)ストーリーブック」を制作します。ストーリーブックでは、対話から導かれた施設のポジティブな未来につながるキーワードやコンセプト、活用イメージを盛り込む予定です。

ストーリーブックについて、「思わず手に取ってみたくなる読み物のようなアウトプットを目指したい」とひらくの染谷さんは言います。行政による資料や情報発信等がなかなか住民に伝わりにくい課題は、染谷さんと梶田の間でよく上がる話題のひとつ。

「自分の住む街の基本方針や基本構想を見たことのない市民の皆さんも多いと思うんです。それってなんでだろう?それでいいんだっけ?と。行政が決めた土台の上で市民が暮らすのではなく、市民もそのプロセスに有機的に関わり、互いに共感し合える関係性をつくりたい。かねてからひらくさんとそんな話をしていたこともあり、藤沢市の事業で一緒にチャレンジしませんかと声をかけました」と公共R不動産の梶田は言います。

ひらくは、本のある空間や人の集まる場づくり等を通じて好奇心の種をまき、人々の学びの機会を後押しする仕組みやプログラム、サービスのことを「モチベーション・インフラ」と呼んでいます。

「ストーリーブックをきっかけに藤沢市により興味を持ったり、自分ごととして捉える人が増えたり、実際に活動を起こすきっかけを届けられたらなと考えています。そして、公共空間は誰もがアクセスできるという魅力がありますよね。地域のあらゆる人に開かれているからこそ作り出せる学びの機会があると思います」と染谷さん。

企画政策課の石丸さんによると「基本方針や基本構想の策定段階で、ここまで民間の力を入れた座組みは藤沢市でも初めて」とのこと。藤沢市、公共R不動産、SPACY、ひらく。それぞれの専門性を活かし、市民の声の集め方そのものや課題抽出の仕方から変えることに挑戦していきます。現在取り組んでいるSPACYによるアンケート調査はじめ、来年以降開催する様々な取り組みにぜひご注目ください!

まさに森。藤沢市北部エリアの豊かな自然環境。

少年の森の新たなポテンシャルを探るパブリックイベントを開催!

2024年1月13日(土)には、「少年の森」の未来について語るパブリックイベントを開催します。

当日は、現在作成中の基本方針(案)のご紹介や、緑を介して人と人をつなぐ活動を展開されているNPO birthの佐藤留美さんの講演、藤沢市で活躍する方々を交えて少年の森の新たなポテンシャルを探るトークセッションを企画中。今の「少年の森」の魅力を活かしつつ、より愛され、日常的に利用される施設になるためのアイデアをみんなで考える場を目指し、目下準備を進めています。

パブリックイベントには、「少年の森」の未来にご関心のある方ならどなたでもご参加可能です。藤沢市民や近隣の皆さん、「少年の森」を愛する皆さん、自然豊かな場所に興味・関心のある方々、この場所と接点を持ちたいと考えている生産者・事業者の方など、ぜひお気軽にお越しください!

イベント概要>

・日時:2024年1月13日(土)13:00~15:40頃 ※12:15開場、16:15閉場
・場所:藤沢リラホール(藤沢市鵠沼石上1‐1‐15 5階)
・基調講演:NPO birth 事務局長 佐藤 留美さん
・登壇予定者:
(株)フジマニパブリッシング 代表取締役社長 三浦 悠介さん
 農家レストランいぶき、いぶき農園 元店長 里 崇さん
(公財)藤沢市みらい創造財団 課長補佐 山辺 信一郎さん
・先着150名(申込必須、参加費無料) ※残席があれば当日直接参加可能
・主催:藤沢市
・企画・運営支援:株式会社オープン・エー(公共R不動産)

イベント詳細と参加申込方法>
・藤沢市ホームページ(下記URLよりアクセスください)
https://dshinsei.e-kanagawa.lg.jp/142051-u/offer/offerList_detail?tempSeq=63523

・問合せ先:藤沢市子ども青少年部青少年課(担当/伊勢崎)
・電話:0466-50-8251
・mail:fj-seisho@city.fujisawa.lg.jp

撮影:千葉顕弥

PROFILE

阿久津 遊

1988年宮城県生まれ。ワークショップ等のこども向けプログラムの企画運営に携わり、公共空間活用に関心を持つ。2018年から公共R不動産にライターとして参加。

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公共R不動産の本のご紹介

クリエイティブな公共発注のための『公募要項作成ガイドブック』

公共R不動産のウェブ連載『クリエイティブな公共発注を考えてみた by PPP妄想研究会』から、初のスピンオフ企画として制作された『公募要項作成ガイドブック』。その名の通り、遊休公共施設を活用するために、どんな発注をすればよいのか?公募要項の例文とともに、そのベースとなる考え方と、ポイント解説を盛り込みました。
自治体の皆さんには、このガイドブックを参照しながら公募要項を作成していただければ、日本中のどんなまちの遊休施設でも、おもしろい活用に向けての第一歩が踏み出せるはず!という期待のもと、妄想研究会メンバーもわくわくしながらこのガイドブックを世の中に送り出します。ぜひぜひ、ご活用ください!

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