公共R不動産のプロジェクトスタディ
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名古屋駅近くの廃校が、
次の100年をつくるインキュベーション施設「なごのキャンパス」へ

東海地区のターミナル、名古屋駅から徒歩10分の「旧那古野小学校」がリノベーションされ、新たなインキュベーション施設が誕生しました。小学校という建物の記憶を残しながら、地域の未来へつなげていく公共施設の活用法とは。その誕生のプロセスと運営の仕組みをご紹介します。

校舎や校庭、体育館など、既存の建築を生かしたリノベーション。背後には、名古屋駅周辺の高層ビル群が。

 
名古屋駅から徒歩10分の那古野(なごの)エリア。ここには、名古屋でもっとも古い商店街のひとつ「円頓寺(えんどうじ)本町商店街」と「円頓寺商店街」があり、かつては多くの人が暮らし賑わう場所でした。しかし、名古屋駅の発展にともなう商業化や近年の少子高齢化により、地域の子どもの数は急激に減少し、2015年には、近隣の3つの小学校が合併することになりました。

その時に廃校になった学校のひとつが「那古野小学校」。名古屋市は「旧那古野小学校施設活用方針」を策定し、校舎をリノベーション活用すべく事業者提案募集を実施。東和不動産株式会社(2022年4月以降「トヨタ不動産」に社名変更)を代表とする共同体が選ばれ、2019年10月、起業家やベンチャーを育成するインキュベーション施設「なごのキャンパス」が誕生しました。

なごのキャンパスのコンセプトは「ひらく、まぜる、うまれる」。

名古屋駅周辺の商業やビジネスエリアと地域の生活エリアとの結節点として、小学校という建築を生かしながらコワーキングスペースやカフェなども擁し、多くの人が行き交う場所へと生まれ変わりました。

その整備プロセスと運営の仕組みについて、運営事業者である東和不動産株式会社の伊藤啓悟さんと株式会社パソナJOB HUBの粟生万琴さん、株式会社R-proの岡本ナオトさんに、お話を伺いました。
 

名古屋駅に繋がる大通り沿いに面している裏手のエントランス。以前は小学校という特性上、壁がつくられ外部から入りにくい構造だったところ、名古屋駅方面から来る人たちの入り口として、その壁を取り壊しオープンにリノベーション。
突如として現れた明るい校舎は「新しい施設ができたの?」と近所の人も思うほど。奥の黄色い外壁の建物は、カフェ「yoake」。元給食室が活用されています。(撮影:あいざわけいこ)
エントランスの扉を開けると、元々は下駄箱があった場所に行き着く。ここはコワーキング、カフェ、そしてオフィスへと繋がる場所。視線の先には校庭が見え、どこか懐かしい感覚に出会います。
放送室と職員室をつなぎ、コワーキングスペース「HOME ROOM」に。キッチン機能もあり、入居者どうしでクリスマスパーティやたこ焼きパーティなども自主的に開催されているとか。
 

過去、現在、未来をつなぎたい。
東和不動産の名古屋駅周辺エリアに対する想い

「リノベーション案件も、ましてやプロポーザル案件に応募することも、会社としては初めての取り組みだったんです」と話すのは、事業運営主体である東和不動産の伊藤さん。

東和不動産はトヨタグループであり、創業からおよそ70年にかけて、名古屋駅周辺の開発を牽引し続けてきたこのエリアでは欠かせない、まちづくりのプレイヤーです。これからリニア中央新幹線が開業する未来の名古屋駅周辺のまちづくりの一助を担いたいという想いから、この公募に手を挙げたそう。
 

なごのキャンパス管理人の東和不動産・伊藤啓悟さん。(撮影:あいざわけいこ)

この想いの原点は、トヨタグループ創業の歴史に遡ります。豊田佐吉が機織り機を発明したことから始まったトヨタ。繊維産業が盛んな時代に「次の時代には自動車がくる」と、いち早く自動車開発を進め、急成長をとげ現在のトヨタ自動車へと繋がっていきます。時代の変化とともに事業を転換し成長を遂げ、およそ100年間培ってきた起業マインドが、この地域に根付いているのです。

そして自動車から次のサービスへの転換期である今、改めてこの名古屋で、次の100年を切り開いていける人たちをインキュベーション(孵化)させていきたい、そんな想いが公募への参加を後押ししたといいます。
 

コワーキングスペース「HOME ROOM」の集中スペースに張られている白い布は、エアバックの素材を使用。機織りから始まったトヨタグループのDNAを感じ取ることができます。

「この公募では、設計と施工までではなく、その後の運営までも一体化して求められており、どれだけリアリティのある事業提案ができるかが重要だと感じました」(伊藤さん)

伊藤さんは商店街を歩いて周り、地元の人たちに「どんな施設になってほしいか」を丁寧にヒアリングしながら、約半年かけて提案の準備を進めていきました。次の100年への想いを実現すべく、公募には、設計、施工、施設管理、起業家支援とコワーキング運営、ブランディング、学生連携など、専門性をもった6社が共同体として応募。そして2018年12月に運営事業者として選ばれました。

現在は、全体統括、施設管理の東和不動産株式会社、起業家支援とコワーキング運営をする株式会社パソナJOB HUB、ブランディングやデザインを手がける株式会社R-pro、学生連携を推進するTongaliプロジェクト、ローカルビジネスをサポートする名古屋商工会議所の5社が連携し、運営されています。

 

入居者の自発的な行動をうながす、運営と設計の工夫

「なごのキャンパスは、次の100年をつくる人たちに『ひらく(OPEN)』、地域の住民と外からくる人たちを『まぜる(MIX)』、そして新しいものを『つくる(BORN)』という、新しい学校の形だと思っています」

こう話すのは、起業家支援やコワーキングの運営を担当する株式会社パソナJOB HUBの粟生(あおう)さん。粟生さんは、今回の公募の事業者でもあり、地域住民の一人でもあります。
 

撮影:あいざわけいこ
3校統合後、息子さんが那古野小学校に通ったという、パソナJOB HUBの粟生万琴さん。(撮影:あいざわけいこ)

事業者として選ばれたのち、2019年10月の開館までに、まずはテナントとして入居してくれる企業を探すことが課題となりました。なごのキャンパスは名古屋駅から近く、駅周辺のオフィス需給が逼迫(ひっぱく)していたため、入居の応募が殺到したそうです。

「なごのキャンパスの大きな特徴には、元小学校という背景があります。そんな小学校の“公共性”に共感していただける人や企業に入居してほしいと思っていました」(粟生さん)

なごのキャンパスでは、自社事業への想いはもちろんのこと、この施設やまち、地域になにが貢献できるか、一緒に盛り上げてくれるかどうか、という観点で入居企業を決めたといいます。現在は大手企業3社と、AIやロボット、医療、教育や建築、人材サービスなど、さまざまな業界のベンチャー企業、あわせて約20社が入居しています。

また、テナントの他にも、コワーキングスペースやシェアオフィスのほか、「法人プログラム会員制度」を導入しています。

法人プログラム会員とは、オフィスは必要ないけれど、ここで開催されるイベントや、集まってくる企業や学生との交流の機会がほしい、また、新しい働き方を検討したい大手企業が会員になれる制度。安定的になごのキャンパスを運営していくため、テナント賃料の他にも収益源を確保し、運営費を生み出す仕組みです。
 

エントランスには、法人会員企業名がならぶ(2020年3月現在)。(撮影:あいざわけいこ)
2〜3Fは教室がテナント用オフィスに。廊下でときどき見かける掲示板は、入居している企業が自主的に設置しているのだそう。(撮影:あいざわけいこ)

設計にも、公共施設に対する想いが込められています。

公共施設というと、どことなく禁止事項やルールが多い印象がありますが、できるだけ施設を運営する際に「やっちゃいけない」というイメージをつくらないよう、どこか「隙(すき)」がある空間を目指して設計されています。
 

ドアノブは、金属から透明アクリル素材に変更。触れたときの冷たさで施設の硬さや厳しさをイメージさせないための設計の工夫。(撮影:あいざわけいこ)
室内のサインは、キャンバスをホチキスで留めるシンプルな構造。ベンチャー企業が育ってどんどん入れ替わることを想定し、簡単に交換できる実用性を考慮。また、カジュアルな素材とデザインによって、空間全体が親しみやすいトーンになる効果も。

多くの規則でしばることなく、運営者も入居者も、地域の人も一緒に、自発的に有機的に、活動が広がっていく。そんなビジョンが運営や設計の小さな工夫の積み重ねに表れています。そして開館後、さっそくその成果が入居者たちの活動に表れているようです。

「校庭には小学校の花壇がそのまま残っているんです。基本的に花壇は誰の持ち物でもないのですが、あるときから入居者さんが札を立てていて…。気付いたら、野菜を育てていました(笑)」(粟生さん)

入居者が自主的に声を掛け合いながら集まり、空間を自ら手掛けて楽しむ姿は、まさに小学校の委員会やサークルのよう。まわりと協調しながら、さまざまなことを生み出してく空間として、なごのキャンパスに関わる人たちが一緒に場をつくり上げていく様子が見られます。
 

校庭にある花壇では、入居者のサイエンスベンチャーが小さな実験を行っているそう。(撮影:あいざわけいこ)
2月3日の節分には、入居者が校庭に集まって豆まきを実施。まるで放課後のような空間。また、元小学校の役割を受け継ぎ、地域の団体が主催する催しでは校庭や体育館が無料で開放されるそう。(画像提供:なごのキャンパス)
 

高校生や大学生が集い、名古屋の未来を描く

なごのキャンパスがオープンして約5ヶ月、なごのキャンパスでは毎週のようにイベントが開催され、これまでに延べ5,000人以上が訪れているそうです。(2020年3月現在)
 

コワーキングスペースの「HOME ROOM」では、毎週のようにイベントが開催される。名古屋に本社をもつ菓子メーカー春日井製菓による「スナックかすがい」は、平日開催にも関わらず毎回100人以上が集まる人気のイベント。(画像提供:なごのキャンパス)

「スタートアップ関連のイベントが多く開催されているので、ここにやって来ているのは主にベンチャーや大企業のサラリーマン。でも、実は意外に多くの高校生や大学生たちが集まってきているんですよ」(粟生さん)

学生たちが多く訪れる理由のひとつに、運営事業者の1社であるTongali(トンガリ)プロジェクトの存在があります。Tongaliプロジェクトは、名古屋大学をはじめとした東海地区の7大学で構成される起業家育成機関で、なごのキャンパスでは学生向けのイベントも開催しています。また、なごのキャンパスでは高校生・大学生にコワーキングスペースを無料で貸し出しているため、学校帰りの学生たちが度々やって来るそうです。
 

テナントとして子ども向け学習教育ベンチャー企業が入居しており、ロボットスクールの開催日は、体育館には100人ほどの子どもたちが集まるそう。(撮影:あいざわけいこ)
高校生主催のまち歩きイベント「歴史・文化探求クエスト@円頓寺」の様子(画像提供:なごのキャンパス)

「なごのキャンパスにやってきた高校生たちが、商店街を盛り上げるワークショップを自主的に開催してくれるんです。実は、わたしたち運営事業者以上に、那古野の外からやって来た若者たちが、なごのキャンパスと地域を繋いで“まぜて”くれています。もしも彼らが10年後に商店街の一角を借りて起業したら…と想像すると、ワクワクしかありません」(粟生さん)

まさに、学生たちは、なごのキャンパスのキャッチコピー「ひらく、まぜる、つくる」を体現してくれている存在なのです。

 

「これからの100年」に向けて、アートやスポーツの切り口を

オープンから約半年が経ち、多くの人に利用されている手応えと同時に、課題を感じていると粟生さんはいいます。

「今は、ビジネスに関心のある学生や大企業やスタートアップなどのビジネスマンにたくさん来ていただいていますが、今後はもっと幅広く一般の個人にも訪れてほしい。そのために、あいちトリエンナーレや地元のアーティストとコラボレーションするなど、アートやカルチャーを通じて、徐々に地域と融合できる機会をつくっていきたいです」(粟生さん)

これからはビジネスの枠を超えて、もっと地域の住民や外から来る人が気軽に「まざる」ための施策を考えている最中だそうです。
 

給食室を改修したカフェ「yoake」は、「まざる」に必要な要素のひとつ。朝7時から営業し、名古屋らしくモーニングが充実。取材日は多くの若い女性で賑わっていました。
コワーキングルーム「HOME ROOM」の一部は放送室でした。春からは、ここから実際に放送を行う試みも予定しているといいます。(撮影:あいざわけいこ)

また、名古屋市が抱える課題解決のアイディアもあります。

実は、名古屋市は小学校から部活動を行っているスポーツが盛んな地域。ところが、教員の業務負担の問題等から、2021年の春から公立小学校の部活動は廃止され、民営化されることに。運営事業者のひとりであるR-proの岡本さんはこう話します。

「スポーツを目一杯やりたい子どもたちは、家から離れたスポーツクラブに入らなくてはいけません。ここは元小学校として運動場も体育館もあり、大人にも子どもたちにも、スポーツを自由に楽しんでもらえる機会をつくることができます。なごのキャンパスが、地域課題に対してできることは、まだまだたくさんありそうな気がします」(岡本さん)
 

株式会社R-proの岡本ナオトさん。(撮影:あいざわけいこ)

なごのキャンパスの「ひらく、まぜる、つくる」。

小学校というこれまでの閉じられた公共空間が、これから「なごのキャンパス」として多種多様の人たちに開かれ、混ざり合い、次の100年をつくり出していく足音が、校庭から聞こえてきそうです。

 
※ なごのキャンパスの最新の営業時間については、公式WEBサイトにてご確認ください。

執筆:前川栄子
編集:中島彩

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