新しい図書館をめぐる旅
新しい図書館をめぐる旅

「屋根のある広場」ボローニャ市立中央図書館

新しい図書館を巡る旅海外編第一弾は、2018年にイタリア・ボローニャ市の中央図書館「サラボルサ」を訪ねた際のレポートです(現況と異なる可能性があります)。2001年にイタリア最大のマルチメディア市民図書館としてオープンしたサラボルサは、旧証券取引所を改修して造られた図書館。紆余曲折の計画段階から2008年の再整備、大学や民間企業、近隣エリアとの連携まで、新しかった図書館はどのように市民の居場所としてアップデートされてきたのかを探ります。

ネプチューン像が建つマッジョーレ広場。像の後ろ、写真真ん中の建物がサラボルサです。

大学と美食の文化創造都市ボローニャ

イタリアのボローニャ市は、人口38万人、市街地に張り巡らされたポルティコ(屋根付きの柱廊で歩道として開放されている)が美しい赤レンガ色の街。ヨーロッパ最古の大学がある街、ボローニャソーセージやボロネーゼでも有名な美食の街としても知られています。

街のシンボルのひとつアシネッリの塔から眺めた赤レンガ色の街並み。

また、ボローニャ市は、1960年代から行政が文化による都市再生に着手。歴史的建造物を保存しながら新しい思想・芸術・産業を生み出し、 2000年にECにより欧州文化都市にも選ばれています。 あのジェーン・ジェイコブスも著書『都市と諸国民の富』の中で、中小企業の水平ネットワークによる産業クラスターが「協調と競争」のバランスをとりつつ高い国際競争力を維持しており、クリエイティブシティの先駆けであると絶賛。さらに官と民がとりこぼしてきた公的福祉の分野を、「社会的協同組合」と呼ばれる組合組織セクターが柔軟に担ってきた歴史があります。

吹き抜けが統べる図書館

吹き抜けが印象的な図書館。来訪時にはイタリアの映画監督の企画展が行われていました。 床のガラス面からはローマ時代の遺構を見ることができます。

そんなボローニャのど真ん中にあるマッジョーレ広場に面した美しい建物が、サラボルサです。小さな入り口からは貸出カウンターや受付などは見えず、観光客でも遠慮なく入れる雰囲気。しばらく歩くと、天井のフレスコ画が美しい圧巻の三層吹き抜けのアトリウムに迎えられます。

地上三階地下二階。一階は職員のいるカウンター、階下の図書スペース、児童向けと乳幼児向けスペースとカフェ。二階は雑誌新聞の閲覧スペース、開架式の書架。三階はUrban Center Bologna(アーバンセンター)で、パネル・模型・映像による、ボローニャの都市の魅力や駅周辺の再開発、住宅団地の再生といった各種プロジェクトを紹介する展示スペースと、市民ワークショップや大学の授業でも使われる会議スペースで構成されています。地下一階はティーン向けスペースと講堂、ローマ時代の遺跡、地下二階は倉庫です。

小さな空間の集合を、屋根のある広場としての吹き抜けが統合しているかのようなつくり。吹き抜けではコンサート等の催しも頻繁に行われており、もちろんその音は全館に鳴り響くので、図書館自体が静かな場所というより文化と出会うにぎやかな場所という印象になっているそうです。

整備の経緯

建物は1880年代にその形が出来上がり、郵便局、証券取引所、レストラン、銀行、小劇場とその用途を変えてきました。1980年代にマッジョーレ広場とその周辺を再整備する大枠の地区計画が策定され、1990年代に市の都市計画部門が建物を取得。屋根のない広場であるマッジョーレ広場に対して、この建物を「屋根のある広場」として整備することで、二つの広場をつなげ、文化の拠点として市民の居場所をつくろうという構想が生まれました。

大きな収益が期待できる中心市街地の一等地であることから、議会は収益施設との複合施設にすることを要求。2001年に民間運営の高級レストラン、ワインバー、書店を併設した図書館としてオープンしました。しかしレストランと書店は売り上げが伸びず2005年に撤退。2007年に政権が変わると、市は市民とのワークショップを開催し、利用者の声に基づき再び改修を行いました。

この改修では、乳児・幼児・10代向けの図書スペース整備、アーバンセンターの誘致、閲覧スペースの縮小(インターネットの普及に伴う)を行うことに。改修にあたっては市、州、銀行の財団等からの出資(70万ユーロ)に加え、子供向けスペースの整備には家族省の出資、アーバンセンター整備についてはセンターが独自に調達した資金が使われました。

幼児用の図書ルーム。日本語の絵本も5冊ほどありました。

アーバンセンターの意義と大学との連携

アーバンセンターは、ボローニャ大学との共同研究、都市再生プロジェクトの支援を目的としたセンターで、市・大学・銀行・関連企業等で構成される委員会が運営、加盟団体が資金拠出しています。社会学、人類学、コミュニケーション学、芸術など様々な学部の大学教員が参画して協働プロジェクトを実施するだけでなく、研究成果の市民への発表と共有の場としても機能しています。訪れた際は、常設展示の市街地の縮小模型や、主要都市開発プロジェクト紹介に加え、企画展も行われていました。

もともとボローニャ大学はまとまったキャンパスを持たず、施設が街中に分散していることから、サラボルサが大学図書館の一部としての機能も果たしており、テスト期間中などはDVDルームやミーティングルームも勉強したい学生の予約でいっぱいになってしまうのだとか。大学はアーバンセンターの運営費とは別に毎年50万ユーロをサラボルサの運営費として拠出しています。

とはいえ財政状況は厳しく、図書購入費は毎年減少。開館時間を短くせざるを得ない年もありました。2013年には予算不足のため日曜日は閉館することに。2014年の冬には民間企業の支援を得て15時から19時だけ開館することができました(イタリアでは、金融機関をはじめとした民間企業が文化振興をメセナ活動として資金面で援助する伝統があるのだそう)。

歩行者天国との連携で町中広場に

広場へ続く三つの主要なT字型の大通りは、土曜の朝から日曜の夜までT Days (ティーデイズ)と呼ばれる歩行者天国に。週末になるとストリートアーティストによるパフォーマンスなどが行われ、車道も広場としての役割を果たしていました。(期間中車は進入禁止ですが、徒歩と自転車以外の交通手段が必要な人のために、代替措置としてシャトルを運航しています。)伝統的な広場としてのマッジョーレ広場、屋根のある広場としてのサラボルサ、そしてそこへ至る車道が、それぞれ歩いて楽しめて、滞在できる目的地となっていることで、中心市街地の魅力を戦略的に高めているわけです。

週末の歩行者天国の様子。周辺の事業者には、期間中テラス席の設置のための道路占有や営業時間延長が認められています。

実際、週末に中心市街地を歩くと、マッジョーレ広場では野外ステージを設置してのコンサート、ポルティコにはストリートミュージシャンが立ち、道路に向けて開け放たれたレストランの店内からはピアノの生演奏が聞こえてきて…と、音楽があふれていました。

中心市街地全体を広場として位置付けることで、活性化を図っているボローニャ市の中央図書館サラボルサは、その時々で運用を見直されつつ、市民の居場所として機能しています。

参考文献
井上ひさし『ボローニャ紀行』2010年、文春文庫

小篠隆生 、小松 尚 『「地区の家」と「屋根のある広場」 ―イタリア発・公共建築のつくりかた 』2018年、鹿島出版会

小松 尚、 小篠隆生 『 公共空間としてのボローニャ市立「サラボルサ図書館」に関する考察』2017年、日本建築学会計画系論文集 第82巻 第739号 2227-2237

佐々木雅幸『創造都市への展望―都市の文化政策とまちづくり』 2007年、総合研究開発機構

Manella, Gabriele & Daconto, Luca, 2017. Sala Borsa: Plural Presences and Innovative Public Spaces. Public Spaces : Times of Crisis and Change, pp.79–104.



PROFILE

松田 東子

株式会社スピーク/公共R不動産。1986年生まれ。一橋大学社会学部卒業後、大成建設にてPFI関連業務に従事。2014年より公共R不動産の立ち上げに参画。スピークでは「トライアルステイ」による移住促進プロジェクトに携わる。2017年から2020年までロンドン在住。2021年University College London MSc Urban Studies 修了。

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