新しい図書館をめぐる旅
新しい図書館をめぐる旅

図書館は地域の人財データバンク。町と人に寄り添う「紫波町図書館」の仕組みとは

地域コミュニティの醸成や課題解決の支援など、まちづくりの基盤となっている図書館。そんな新しい図書館像を探るべく、公共R不動産では全国の先進的な図書館の取り組みやそこで働く人々、その運営の仕組みを取材していきます。第一弾は、岩手県紫波郡の紫波町図書館です。

紫波町図書館

盛岡市と花巻市の中間に位置する、岩手県紫波町。補助金に頼らず、公民連携で地域再生を進めるオガールプロジェクトをはじめとした様々なプロジェクトが動く町として、全国から注目を集めています。そんな紫波町のコミュニティづくりの核となっているのが、オガールプラザ内にある紫波町図書館と司書のみなさんの存在です。

オガールプロジェクトの「おがる」とは、東北の方言で「成長する」の意味。その名のとおり、町の人々や町が成長するための施設を目指す、その取り組みや運営の仕組みについて、紫波町図書館主任司書の手塚美希さんにお話を伺いました。

紫波町図書館

「子どもたちと本をつなぐ」「地域に関する資料を網羅的に収集・保存する」「紫波町の産業支援をする」の3つが、紫波町図書館の運営方針です。手塚さんは図書館の立ち上げから携わり、2012年8月の開館以降、地域と人と情報とをつなぐハブとなって日々活動されています。

まるでジャーナリストのように町を駆け巡り、情報を集め、そこから課題を見つけ出す。ときには選書を通じて、ときには展示やイベントを通じて、多角的な手法で情報発信していく。そんな手塚さんの活動を通じて、地方の可能性を切り開く図書館像について考えていきたいと思います。

紫波町図書館 主任司書 手塚美希さん

地域に必要なのは「情報」。町の情報発信基地をつくりたい。

手塚さんは秋田県小阿仁村の出身。県内で最も高齢化、過疎化が進む地域ですが、とても教育熱心な村で、学校の授業や地域の集会など、日常的に子どもと大人が対等に話す機会がありました。幸せな環境と感じていながらも、当時はインターネットがなく、「情報」がないことが唯一つらかったといいます。

それならば、最新の情報が集まる情報発信基地をつくったらどうか。そこに今まで通り老若男女が集まって語り合える場所があれば、もっと村が豊かで幸せになるのではないか。いつか村にそんな役割を持つ図書館をつくりたいとの思いから、司書の資格がとれる大学に進みました。

卒業後はビジネス支援図書館の先駆者的存在である浦安市立図書館に5年間勤務し、秋田市立中央図書館明徳館、秋田県立図書館を経て、2010年、紫波町図書館の設計段階から参画し、現在にかけて紫波町図書館の運営に取り組んできました。

紫波町図書館は、オガールプロジェクトの一部として組み込まれ、紫波町の企画総務部に属しています。館長含めたスタッフ全員が図書館司書の資格を持ち、11人で運営されています。

ワンフロアに赤ちゃん用コーナーから、新聞を読むコーナー、レファレンスカウンターなど多くの機能があり、何かあればすぐに司書が駆けつける。

コミュニケーションを土台にした空間と司書のサービス

本を読み、勉強するため、静かにしないといけない場所。これは誰もが抱くであろう、従来の図書館像。そのイメージを変えることは、紫波町図書館をつくるうえで、ひとつの大きな挑戦だったといいます。

本を読まない人にも図書館に来てほしい。図書館内で情報交換がされたり、人と人の出会いが生まれる場所にしたい。そのために、コミュニケーションを土台にした司書のサービスと、話してもいい空間づくりが行われています。

司書自身が積極的に人に話しかけ、話し声が気にならないよう、館内にはBGMが流れています。くつろいだ時間を過ごせるよう、飲食も可能。一方で、2階には、静かに読書や勉強したい人に向けた空間も用意されています。

「紫波町図書館の最大の特徴は、コミュニケーションを土台に、情報と人、人と人をつなぐことです。子どもたちや障害がある人、どんな人でも許容し合える空間にするために、貼り紙は極力せず、すべて司書を介したコミュニケーションで解決しています。

図書館は、ハコモノではなく『装置』だと思っています。固定概念やこれまでの図書館のイメージを破るアイデアを考えて、多くの人に『ここは自分の居場所だ』と思ってもらえるような工夫をしています」

Asyl監修のもと、図書館を含めたオガールプロジェクト全体が、統一感のあるデザインになっている。

町に出て情報を集め、企画展を開催

紫波町図書館では、月1回、企画展が行われています。

町でどんなことが起こっているのか、町民に何を知ってもらいたいか、そして町のどんな問題が解決できるか、町に何が必要なのか、など司書が考え、テーマを設定します。情報を得るため司書は町へ出かけ、町の人と雑談したりインタビューをすることで、町の課題やその解決のヒントが見えてくるようになるといいます。

企画展において、デザイン、カルチャー、医療や福祉、産業などテーマは多岐にわたり、岩手県立美術館のほか、書店、酒蔵などの民間企業も含め、公民の垣根なく連携した取り組みがあります。

企画展「森のしごとが好き!」。木の成長過程などのマンガを掲示したり、紫波町内外の林業従事者へのインタビューをもとにした選書と展示が行われた。

例えば、「森のしごとが好き!」という企画は、紫波町で森の仕事の担い手が減少している問題をもとに立案されました。

リサーチの過程で、森の仕事の担い手を志望して林業に取り組む若い人がいることが分かり、インタビューを実施。「なぜこの仕事に就きたいと思ったか」「仕事で楽しいポイントはどこか」「この仕事をする上で、地域の皆さんに知ってほしいことはなにか」など、若手で林業を志す人たちの声が展示にまとめられました。

林業の仕事は過酷なイメージがありますが、現在、その状況はかなり改善されています。従来のイメージを払拭するため、最新機材の安全性やユニフォームのデザイン、重機の中がとても快適であることなど、現場で働く人の生の声や、林業にまつわるアイテムが展示されました。

企画展「森のしごとが好き!」。ユニフォームや関連グッズからも林業の魅力を発信。

こうしたインタビューや町の人とのコミュニケーションで得た情報が、選書の指標のひとつになります。さらに、「森のしごとが好き!」の場合、展示から具体的なアクションにつなげる施策として、紫波町にある林業の就職先の候補を調べ、職務内容までも掲載されました。このような展示が、年に10回、開館以降60回以上開催されているのです。

「一過性の企画ではなく、未来に情報をつなげて活用していけるように意識して、展示やイベントを組み立てています。それを繰り返していくことで、私たちは、地域の人財データバンクになります。司書の使命は、あらゆる世界と人とをつなぐこと。人の可能性を閉じないために、人財データバンクの役割は、今後さらに大きく役立っていくと思います」

SとWをかたどった、紫波町図書館のロゴマーク

農業支援図書館として

紫波町は農業が盛んな町で、食料自給率は170%を誇ります。そんな背景から紫波町図書館では、農業支援の取り組みも盛んに行われています。

手塚さんが初めて紫波町に就任し、図書館が農業を応援しようと決めたとき、あらゆる疑問を抱いたといいます。紫波町の名産は何か。生産物と生産者の割合は。農家さんが困ったときはどこに相談にいくのか。実際、本当に困っているのか。町の農林課はどんな役割があるのか。

それならば、それらを知るネットワークをつくりたいと農林課へ相談して、「紫波町図書館農業支援を考える会」を開催してもらえることに。農家関係者のネットワークがある農林課が企画を担当し、農林公社主催で行われました。

そこで、農家の人の生の声に触れ、5つの気づきがありました。それが、紫波町図書館の活動を方向付けるターニンポイントになったといいます。

  1.  図書館が出向くサービスを考えること。
  2.  専門的な知識や情報は、県や地域の農業の専門員に直接聞くため、必要とされてないこと。つまり、専門機関に的確に橋渡しできる連携ルートを確立したほうがよいこと。
  3.  農家さんの農業に対する考え方は一人一人違う。ニーズも一人一人違うので、万人向けのサービスはできないこと。
  4.  図書館が地域の農業のことを発信できるということ。
  5.  図書館員がまず農業について知り、たくさんの農家の人の声を聞く機会を得なければ、サービスが提供できないこと。

紫波町図書館は紫波町の中心部にあり、農村部からは車がないと来られない場所にあります。そこで「出張としょかん」として、農業専門の出版社「農文協」と農村部に出向き、各地の公民館で野菜作りの裏技のDVDの上映会を実施。そこで、図書館は農業を応援していること、所蔵する農業関係の本の紹介や貸出、農業のあらゆる疑問が解決できることについて告知しました。そして、図書館に置いてほしい本のリクエストも受け付け、徐々に農家の人々の利用数が増えていきました。

「出張としょかん」は農業以外にも、子ども向けなどさまざまなテーマで行われます。町民が来館する割合は、町民全体の約3割。そこで司書が町へ出て、町と町の人に積極的に寄り添うことで、図書館にできることが見えてきたといいます。

公民館で行なった出張としょかん「観て学ぶ野菜づくり名人になる!コツと裏ワザ!」

紫波マルシェとの連携。子どもたちと農業をつなぐ。

紫波町図書館が入る「オガールプラザ」の1Fには、産直「紫波マルシェ」もあります。

農業が盛んな地域でも、紫波町の子どもたちが農作業に携わる機会は少なく、農家を目指す子どもの数も多くはありません。

紫波マルシェでは、子ども向けのイベントとして「キッズ店長」が開催されています。夏休みと冬休みの2日間、抽選で選ばれた子どもたちが、マルシェの1日店長をするものです。

産直「紫波マルシェ」には、紫波の農畜産物や加工品を中心とした生鮮三品が豊富に並ぶ。

その日に店に並ぶ野菜の歴史について、司書が子どもたちに本を見せて紹介します。そうすることで、接客の際に野菜の説明ができるようになります。そのほか、袋詰めと値付け、ポップの作成など、子どもたちが実際に売り場をつくり、レジ打ちもして、最後にその日の気づきをまとめる「キッズ店長新聞」を作成。新聞記事を書くために、参考になる本を探す手助けをするのも司書の役割です。

このように、紫波町図書館の農業支援は、教育分野とも連動し、未来につながる本質的な取り組みが行われているのです。

町と人に寄り添う図書館

手塚さんは、幼少期の地元の村での経験から、町が成長し、豊かに暮らしていくためには「情報」が必要だと感じてきました。

大都市が刺激的で、若い人たちが集まるのは、そこにメディアや人や活動など、さまざまな情報が存在して漂っているから。そのような状況を小さな町でつくるのは難しいかもしれません。しかし、図書館がその役割を担うことができるのではないかと手塚さんは話します。

「都市にはない知的刺激を掘り起こし、提示して、知る喜びを得られる場所。何かを生み出す場所。図書館はそういう場所であり続けたいと思っています。

図書館の使命は、情報の収集と提供です。情報の洪水の中でただ消費するだけではなく、一人ひとりが自分の足元に根ざした必要な情報は何かを考え、選び、情報から生産や創造する行動までを繋げることが、図書館にはできると思っています。

すべては人と人とのコミュニケーションから始まりました。紫波町図書館の司書は、町と人に寄り添う人です。私たちが地域、世界、すべての情報と人をつなげ、町と人の幸せのために図書館として何ができるかを考え続け、実行していきたいです。AIの時代が来ても、人がいる限り寄り添い続けることはできます。

『明日、世界が終わるとしても、私はリンゴの木を植える』。これは、尊敬する浦安市立中央図書館の司書であった鈴木均さんが引用したルターの言葉です。一緒にリンゴの木を植え続ける司書のみんなで、町も人もおがる(成長する)図書館にしていきたいと思っています」

画像提供:紫波町図書館

手塚美希さん プロフィール
紫波町企画総務部情報交流館 紫波町図書館 主任司書

1975年秋田県上小阿仁村生まれ。千葉県浦安市立図書館、秋田市立図書館明徳館を経て、秋田県立図書館に勤務後、家族の転勤に伴い退職し東京へ。2010年7月から紫波町経営支援部企画課公民連携室に図書館専門嘱託員として勤務。単身赴任しながら紫波町図書館開館準備を行う。2012年に紫波町図書館が開館し、ライブラリー・オブ・ザ・イヤー2016優秀賞受賞。好きなものはみんなで飲む日本酒。

紫波町図書館
岩手県紫波郡紫波町紫波中央駅前2丁目3-3
オガールプラザ中央棟 情報交流館内
http://lib.town.shiwa.iwate.jp/


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PROFILE

中島 彩

公共R不動産/OpenA。ポートランド州立大学コミュニケーション学部卒業。ライフスタイルメディア編集を経て、現在はフリーランスとして山形と東京を行き来しながら、reallocal山形をはじめ、ローカル・建築・カルチャーを中心にウェブメディアの編集、執筆など行う。

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